婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第32話 契約は紙でできてるけど、絆ってそうじゃないよね

 

ミレーヌの屋敷を訪れるのは、いつぶりだろうか。

 

応接室の扉を開けた瞬間、紅茶の香りが鼻をくすぐった。深い青のカーテンと、繊細な刺繍が施された椅子。昔から変わらぬ静けさと、品の良さに包まれて、俺は少しだけ背筋を正す。

 

「……領内の教育拡充を中心とした施策、ならびに市場の整備とギルド誘致。実に意欲的な構想ですな」

 

ミレーヌの父――フィルベルト・ヴァルガス子爵が、顎に指を添えながら言った。

 

「すべての子どもに読み書きと計算の機会を。将来の労働者育成だけでなく、社会全体の生産性向上に寄与する投資だと考えております」

 

俺は、息を詰めずにそう答えた。

 

「ふむ……事業としての回収可能性は?」

「初期段階では赤字も想定内です。ですが、人材の定着率と商業収支への貢献度を数年単位でモデル化すれば、むしろ安定資産になります」

 

沈黙。カップを持ち上げる音が響いたあと、フィルベルト子爵はようやく微笑を浮かべた。

 

「なるほど。見込みはある……だが、判断材料は利益だけではない」

「はい」

「エリオット、お前が“誰のもの”か。それが、我がヴァルガス家にとって非常に重要なのです」

 

その言葉に、胸の奥がひくりと跳ねた。

ルイーゼとの婚約が形式上であることは、もはや秘密ではない――そう言われた気がした。

 

「……ご懸念には誠意をもってお応えいたします」

 

俺は、頭を下げた。

 

「よろしい。詳しい検討は後日。まずは、娘と少し話していかれてはどうかな」

 

そう言い残すと子爵は部屋を後にした。

 

数分後、ミレーヌが姿を現し、静かに笑う。

 

「形式って、いつまで続けられるのでしょう。紙の上で交わされた約束より、現実に隣にいる人のほうが、大事になったりしない?」

 

ミレーヌは俺の隣に腰かけて、俺の飲みかけの紅茶を一口含むと、そっとカップを置いた。

 

「……わたしと、どうなさるおつもり?」

 

穏やかで、でも逃げられない問いとともに、ミレーヌは俺にぐっと距離を詰める。服越しにその柔らかい感触が伝わってくる。

 

「――なにをする気だ?」

「ううん。ただ、ちょっと確かめたいだけ」

 

そう言って、ミレーヌはいじらしい笑みを向けてくる。

 

「十、数えるね。そのあいだに、もし我慢できたら……今日は、ここで引き下がってあげる」

「……引き下がる?」

「そう。なにもなかったことにして、あなたは帰れる。ルイーゼ様のところへ」

 

彼女は、俺の膝にそっと手を置いた。

そして、まっすぐに俺の目を見る。

 

「でも、もし我慢できなかったら……ふふ。どうなると思う?」

「……」

「では、十、数えるね」

 

カウントダウン責め。これはすでに何度か、ルイーゼにやられている。数を数えられるだけなのに、それはまるで催眠にかかったように、心拍数が早まる不思議な効力を持っている。

 

ミレーヌは俺の目を見つめると同時に、指先が、そっと俺の膝からゆっくりと内腿へと滑ってくる。

 

「数えてる間、動かなくていいよ。わたしがするから……あなたは感じてて。いーち……」

 

スラックス越しの内腿を、柔らかな指がなぞる。

触れているというより、火照らされているような感覚。

 

「にー……」

「ここ、弱いんだね。最初に触れたときから、もう、ばれてるよ」

 

「さーん……」

 

指が膝の内側から、太ももの付け根へ向かってゆっくりと昇っていく。

 

「よーん……」

「ねえ、エリオット。どこに触れてほしいの? 自分で言ってみて……ちゃんと、言葉にしてくれないと」

 

「ごー……」

 

喉が焼ける。

答えようとするたび、理性が声を殺す。

 

「ろーく……」

「震えてるの、脚だけじゃないんでしょ? ……ここも、ここも」

 

彼女の指は、左右の内腿を交互に撫でる。

気づけば、目も逸らせない。意識は完全に縫い留められていた。

 

「しち……」

「……ねえ。わたしが、ここをもっと撫でたら……あなた、どうなっちゃうのかな」

 

「はーち……」

 

逃げたら、負けだ。でも、耐えたって、勝てる気がしない。

 

「きゅーう……」

「ねぇ、“触れてください”ってお願いしてみて? そしたら、今すぐ終わらせてあげる」

 

「じゅう」

 

ミレーヌは俺を見下ろしながら、手をぴたりと止めた。

視線は、まだ終わらないまま、そこにある。

 

「……終わり。ふふ、耐えたね。すごいすごい」

 

彼女は俺の手をそっと撫でて、甘く微笑んだ。

俺は……ただ、動けなかった。

 

触れられたわけじゃない。

何かをされたわけでもない。

 

それなのに、脳も、心も、すべてがミレーヌの手の中にあった。

 

「エリオットって、やっぱり……かわいい」

 

ミレーヌは静かに立ち上がる。

スカートの裾がひらりと揺れ、彼女の体温だけが椅子に残った気がした。

 

紅茶をひと口。

その間の沈黙すら、彼女の間合いだった。

 

「契約は紙でできてるけど……絆って、そうじゃないよね」

 

振り返ったミレーヌの瞳には、もう微笑みはない。

ただ、真っ直ぐな光だけが宿っている。

 

「だからね、たとえば――」

 

その言葉の先は、決して語られなかった。

けれど、間違いなく聞こえた。

 

(今度こそ、私のものになってくれる?)

 

「……また、来てね」

 

ドアの前でそう言ったミレーヌは、もう“おっとりした幼馴染”ではない。

 

俺はまだ座ったまま、震える膝を押さえながら、ただ彼女の背を見送った。

 

そして確信した。

 

もう、“形式上の婚約者”という関係は――通用しないということを。

 

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