婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第34話 そんな形式より、わたしは、あなただけが欲しいの

ルイーゼが去って、一週間が経った。

 

書類の山も、視察の予定も、生活の細々した喧騒も――すべてが変わらずにあるはずなのに、なぜかこの屋敷は、少しだけ、空気が違っていた。

 

夜の冷たい風に当たりたくて、中庭に面したバルコニーに出る。

 

ここは、ルイーゼがよく紅茶を飲んでいた場所だ。

思い出すたび、喉が渇くような、息が詰まるような、奇妙な静けさが胸の奥に広がっていく。

 

手には、小さな銀の鍵。

ルイーゼが、胸元のペンダントから取り出して返してくれたもの――

俺の、貞操帯の鍵。

 

たかが冗談の道具。

けれど今は、その軽さが、どうしようもなく重かった。

 

「……それ、何の鍵?」

 

突然、背後から声がした。

 

振り返ると、月明かりに浮かぶミレーヌの姿。

淡いグレイのケープを肩にかけ、ドレスの裾を風に揺らしながら、彼女は静かに歩いてくる。

 

「そんなに真剣な顔で握りしめてるから、気になっちゃった」

「……ミレーヌ?」

「リゼさんにお願いして、この屋敷に入れてもらったの。あなたに会いたかったから」

 

 そう言って、彼女は俺の隣に立ち、視線を鍵に落とした。

 

「それ、ルイーゼ様の?」

「……ああ」

「でも……何の鍵なのか、教えてくれなかったのね。リゼさんも」

「教える理由がないって、あいつなら言いそうだな……」

 

 苦笑まじりに呟いた俺に、ミレーヌは優しく微笑んだ。

 

「ねえ、エリオット。それ、何の鍵なの?」

 

まっすぐな目。拒絶も、軽蔑も、笑いもない。

 

ただ、知りたいという気持ちと――俺を受け止めようとする強さだけがある。

 

だからこそ、答えられなかった。

そんなものを、自分の口で説明できるはずがなくて。

 

「……言えないなら、いいのよ。無理にとは言わない」

 

ミレーヌはそっと微笑み、そして手を伸ばした。俺の手の上に、彼女の指先が触れる。

 

「でも、あなたがそれを大事にしてるのは分かる……まるで、誰かとの繋がりみたいに」

 

その指が、俺の手から腰へと滑って――ズボン越しに、やわらかく、そこへと触れた。

 

「っ……!」

 

反射的に声が漏れた。

 

「ごめんね、驚かせた? でも、触れたくなっちゃったの」

 

ミレーヌは、俺の膝の上にそっと座り、目を細めた。

 

「わたしね。エリオットの全部が欲しいの。心も、体も――癖になったその“忠誠”も。形式なんて、どうでもいい」

 

耳元で、甘くささやく。

 

「あなたが欲しい。それだけなの」

 

そして――

手のひらが、ぴたりとそこに当てられる。

 

押さえつけるわけでも、なぞるわけでもなく、ただ、“いる”ことを確認するように。

 

「ねぇ、エリオット」

 

囁く声が、熱を帯びる。

 

「ほら、“ワン”って言ってみて?」

「……!?」

「言えたら、撫でてあげる。抱きしめてあげる。えらいねって、褒めてあげる」

「ミ、ミレーヌ……っ」

「言えなかったら、今夜はこのまま帰るわ。ひとりでその鍵を抱いて、寂しくしてて?」

 

息が詰まる。

この人は、本当に――本気で、俺を堕としにきてる。

 

「……ワ、ワン……」

 

小さく、情けない声。

でも、それが限界だった。

 

「ふふ。えらい子」

 

彼女はにこっと笑い、そっと頭を撫でてくれた。それが、どれだけ欲しかったことか――

 

「ね。次に“ワン”って鳴いたときは……ちゃんと首輪、つけてあげる」

 

そう囁いて、彼女は立ち上がる。

 

風がケープを揺らす。

その姿が、あまりに眩しくて、言葉が出ない。

 

鍵は、まだ俺の手の中にある。

 

でも、それはもう――別の誰かのものになりかけていた。

 

 

気づけば、俺はミレーヌに手を引かれていた。

 

月の下、静まり返った屋敷の廊下を抜けて。

 

彼女の手は温かくて、でもどこか決意に満ちていた。

 

案内された先は、誰も使っていなかった客間の寝室だった。

 

扉が閉まる。

 

ロウソクの灯だけが、ゆらゆらと天井を照らす。

 

ミレーヌは何も言わず、俺の前に立った。

 

そして――

 

ふわりと、ケープを脱ぐ。

 

次いで、ゆっくりと、ドレスの留め具に手をかける。

 

緩んだ布が、彼女の肩を滑り落ち、床に静かに音を立てて崩れる。

 

すべてを脱ぎ捨てた彼女の身体が、ロウソクの明かりに照らされて浮かび上がる。

 

誇りと覚悟をまとった、その裸身は――まるで一枚の肖像画のようだった。

 

「……脱がせていい?」

 

彼女はそう言って、俺の前に膝をつく。

 

ゆっくりとシャツのボタンに手をかけながら、目を離さずに。

 

 抗うことなんてできない。

 

指先が肌を這うたびに、体温が一気に上がる。

 

胸元、腹部、腰骨――

丁寧に、愛おしむように触れてくるその手に、息が止まりそうになる。

 

彼女の裸の肌が、俺の胸元にそっと重なったとき、思わず、手が彼女の背に回りそうになった。

 

だが――その瞬間、ミレーヌが静かに言った。

 

「……やっぱり、まだいるのね」

「……?」

「ルイーゼ様。あなたの中に、まだいるんでしょ?」

 

俺は言葉を失った。

 

「ごめん……」

 

絞り出すように言った俺に、ミレーヌはゆっくりと頷いた。

 

「女ってね、案外――気持ちの切り替えが早いものなの。でも、男って……そうはいかないんでしょ? ずっと引きずって、どうしようもなくなる」

 

その声はあくまで穏やかで、責めるような響きはひとつもない。優しさと、理解と、ほんの少しの切なさだけが滲んでいた。

 

「だから言っとくね。タイミングって、一度逃したら……もう二度と戻ってこないのよ?」

 

そう言って、ミレーヌは身体を起こし、足元に落ちたドレスを拾い上げた。

 

 背中を向けて、静かに袖を通しながら――最後に、振り返る。

 

「正妻じゃなくていい……愛人でもいいの」

 

その声には、はっきりとした熱があった。

 

「不倫なんて、貴族の嗜みでしょう? そんな形式より――わたしは、あなただけが欲しいの。ただ、それだけ。あなたが誰といても、何を選んでも……わたしは、あきらめない。だって、もう決めたの。あなたの人生に、わたしは必ず居座ってみせるって」

 

ロウソクの灯が、ふっと揺れた。

 

扉が静かに閉じられる。

 

去ったあとも、残された体温と香りが、この部屋を支配していた。

 

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