婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第36話 あなた、こういうふうにされるの、嫌いじゃないのでしょう?

「――よく来てくださいました、エリオット様」

 

ロザリンド侯爵家の屋敷、応接間に通された俺。

 

紅茶の香りと共に、フィオナが微笑む。

その無垢な顔に浮かぶのは、いつもの人懐っこさではない。

どこか、勝者の余裕にも似た気配を漂わせていた。

 

「本当はお姉さまがここにいてほしかったんですけどね。だって、“手に入れられなかったもの”を見せてあげたかったんですもの」

 

フィオナはスプーンをひと混ぜすると、それを静かに置き、真っ直ぐこちらを見た。

 

「……婚約のことか」

「ええ、そうですわ」

 

その言い切りに、一切のためらいはない。

 

「私は、望んだものをすべて手に入れてきましたの。可愛いドレスも、美味しいお菓子も、社交界の注目も。だから――エリオット様、あなたも、手に入れます。」

 

そう言って、彼女はそっと懐から小さなケースを取り出した。

赤いビロード。その中に収められていたのは――ひとつの首輪。

 

「贈り物ですわ」

 

俺が反応するより早く、彼女はさらりと続けた。

 

「これは――エンゲージメントリングという名の、首輪ですの」

「……っ」

「あなたの首に、きっとよく似合いますわ。指には愛を、首には忠誠を。貴族の装いって、そういうものでしょう?」

 

冗談のような口ぶり。けれど、その瞳は笑っていない。

 

いや、むしろ――この瞬間のために、ずっと笑っていたようにさえ思えた。

 

「お母さまが反対するでしょうって? ええ、分かっておりますわ」

 

フィオナは紅茶に口をつけながら、軽やかに言った。

 

「でも、どうでもよろしいのです」

「……ロザリンド侯爵家にとって、俺は……釣り合わないはずだ」

 

悔しいが、この論理でしか反論できない。

 

「ええ。だからこそ、お姉さまは“傷物”として、王子に婚約を破棄されたあとの縁談を、なんとか繕おうとしている――公爵家との縁談は、家格を戻す最後のチャンス……お母さまが、そう思うのも分かりますわ」

 

彼女は笑う。

 

「でも、わたくしはもう家の未来になんて、何ひとつ期待していませんの。政争に敗れたこの家が、これから上がることなんてない。砂の城は、どう飾っても崩れますもの」

「じゃあ、なぜ俺を……」

「簡単ですわ」

 

フィオナは、真っ直ぐに見据えて言う。

 

「あなたは、美しいから。顔立ちも、所作も、振る舞いも――でもそれだけじゃない。誰かのために泥をかぶって、平気な顔をして、それでも笑っていられるその心が――何より、美しいのです。不器用で、報われなくて、でも諦めないあなたが、とてもいとおしい。そんな人間が、この世に存在するなら――わたくしが手に入れなくて、誰が手に入れますの?」

 

その言葉に、俺の胸が強く脈打つ。

 

「爵位なんて、もはや飾りですわ。誰より美しいものを、誰より先に手に入れる――それこそが、女としての“勝利”ですの。そして今、わたくしにとって最も美しいものは……」

 

彼女は指輪――否、首輪を見下ろしながら、ゆっくりと視線を上げた。

 

「あなたですわ、エリオット様」 

 

ごくりと生唾を飲む。

 

「……ねぇ、エリオット様。椅子、深く腰かけてくださる?」

 

彼女が立ち上がり、俺の前へと回り込んできた。

 

「わたくし、こういうの、憧れてたんですの。でも、お姫様抱っこしてもらうのじゃなくて――“お膝の上で、好きなように抱きつく”方。」

 

そう言ってフィオナは、ふわりとスカートを揺らしながら、俺の膝の上に腰を下ろす。

足を揃えたまま、お嬢様のような優雅な姿勢で。

 

そして、次の瞬間、俺の首に両腕を回してきた。

 

「……フィオナ……?」

「ええ、これですわ。この距離。この拘束感。あなたが逃げられないようにして――まるで、飼い犬を可愛がるみたいな気分ですの」

 

彼女の指が俺の喉元をなぞり、顎を持ち上げ、顔を覗き込む。

 

「あなた、こういうふうにされるの――嫌いじゃないのでしょう?」

 

人差し指が、そっと、俺の唇に触れる。

 

「……言えないなら、仕方ありませんわね。じゃあ代わりに――この指、舐めてくださる? わたくしの犬に、ちゃんとなった印。あなたの舌で、忠誠を示して?」

 

冗談とは思えないその声音に、全身が凍りつく。

 

「怖がらなくて大丈夫。犬なんですから、主人の指くらい、舐めて当然でしょう?」

 

鼓動が高鳴る。

どうしても目を逸らせない。

 

「……ふふ。本当に舐めようとしましたのね?」

 

その瞬間、フィオナはスッと指を引いた。

絶妙な距離で――寸止め。

 

「だめですわよ。そんなに簡単に舐められちゃ、つまらないですもの。せっかく焦らして、飼いならすところだったのに」

 

フィオナは自分のその指を、今度はちろりと舐めてみせる。

 

「ほら、ご主人様がしてあげるのと、どちらが良かったかしら?」

 

満足げに笑いながら、言った。

 

「残念。あなたは、まだご褒美に値しませんわ。でも、がっかりなさらずに。しっかり“躾けて”差し上げますから――気長に、ね?」

 

囁くようにそう言い残して、フィオナはにっこりと笑った。

 

間髪入れず、無機質な音が部屋に響き渡る。

 

コン、コン――

 

「……失礼いたします。フィオナ様、御当主様がお呼びです」

 

扉越しに、使用人の声音が届いた。

 

「……あら、パパが? タイミングの悪いお方ですこと」

 

フィオナは俺の首に絡めていた腕を、ゆっくりほどいた。

スカートが揺れ、残った体温が膝に焼きついて離れない。

 

「このまま続けていたら、きっと声を漏らしていましたわね。そうなれば、あなたのことを“忠実な犬”って認めてあげたのに。残念ですわ」

 

指先が、首筋から喉元へと這う。

最後にそっと胸元をなぞりながら、彼女は顔だけを振り向いた。

 

「……今度は、存分に舐めさせてあげますわね?」

 

艶のある声色とともに、彼女は何事もなかったかのように部屋を後にする。

 

音もなく、扉が閉まった。

 

静寂が、痛い。

 

俺は――ただその場に、放心したまま座り込んでいた。

 

 

呼吸が浅く、喉が焼けついている。

唇は熱を帯び、頭の芯がじんじんと痺れていた。

 

「その頬の赤み、唇の湿り、目の焦点の合わなさ……よほど美味しそうなものでも差し出されたんでしょうね? たとえば――指とか」

 

その声に、肩が跳ねた。

 

振り返ると、扉の陰から現れたのは――

 

「……リゼ……」

「はい、私です。まさかとは思いますけど、舐めさせられたり……していませんよね?」

「……っ」

「冗談です。でも、否定できない顔してますよ」

 

すたすたと歩み寄って、俺の正面に立つ。

 

「ほんと、情けない顔。お嬢様に罵倒されて悦んで、ミレーヌ様に甘やかされて悶えて、……フィオナ様には弄ばれて……エリオット様って、どこまでいけば満足するんですか? 三人のご令嬢に囲まれて、誰も拒めず、誰も選べず。常に“誰かの犬”になるのがお好きなんですね」

「……違……」

「違いません。しかも、それに気づかないふりをしてるのが、一番タチが悪いです」

「誰の手も取らず、でも誰の手も振り払わない。そんなの、優しさじゃなくて――ただの卑怯です……まったく、お嬢様がああいう性格になられたのは、育ちのせいだけじゃないということになぜ気がつかないのですか……」

「何が関係しているんだ……?」

 

リゼは軽く息を吐いて続ける。

めずらしく、言葉が熱を持っているようで、普段の冷静なリゼの声とは違ったように聞こえた。

 

「子どもの頃から“姉としての立場”を求められて、本音も自由に言えず、ずっと我慢を強いられてきたお嬢様が――ようやく“誰かを支配する側”に立てるようになった。それは当然の流れです。でも、その傍らに、フィオナ様のように、思ったことを素直に言って、愛嬌で人を惹きつける妹がいたら……姉として、歪まない方がどうかしてますそしてそこに、エリオット様のような曖昧な優しさが加わったら……それが何を引き起こすか、少しは想像してください――そんな優柔不断なエリオット様には、」

 

リゼは一歩だけ距離を詰めた。

 

「……私程度が、ちょうどいいのかもしれませんね」

 

静寂が落ちた。

 

けれど、彼女は視線を逸らさず、まっすぐに言いなおした。

 

「中途半端な場所で吠えてる犬には、中途半端な女でちょうどいいんじゃないですか……まあ。それでも、私は一回くらい――名前を呼んでもらえたら、それでよかったんですけど」

 

小さく、でも確かに落とされたその言葉に、胸が刺さる。

それが冗談でも、捨て台詞でもないことが、痛いほど伝わってくる。

 

言葉を紡ごうとした時。

 

「ロザリンド侯爵夫人が、リッチモンド領の状況に関して、面会をご希望です」

 

扉が静かに開かれ、気品と威圧感をまとった婦人が姿を現した。

 

「……屋敷に来られているとお聞きしました。急ですが、お時間、いただけますか?」

 

リゼは無言で一礼し、背後へと下がる。

俺は、ようやく立ち上がった。

 

そして――静かに、面会が始まった。

 

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