婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第38話 その鍵も、心も、すべてわたくしのものですわね

 

風が、丘をなでていた。

街が遠く霞み、屋敷の白壁も小さく見える高台。

 

そこに彼女はいた。

 

ルイーゼ――俺のすべてを狂わせた女が。

 

背を向けたまま、こちらを待っていたかのように。

 

「来ると思っていましたわ」

 

振り返った彼女は、いつものドレスではなく、外套を羽織っただけの、どこか旅立ちを思わせる姿だった。

 

「婚約の件、聞いたよ」

「ええ。ママからの伝言、届いているのなら話が早いですわね」

 

その瞳には、もう迷いはない。

でも、そこに浮かぶ微かな陰り――それが俺に、言葉を告げさせた。

 

「ルイーゼ……本気なのか?」

「ええ、本気ですわ。わたくし、もう決めましたの」

「どうしてだよ。あんなに自分勝手で、不器用で――人の顔色なんかうかがわない、強くて綺麗な女だったのに……」

「だから、なのですわ」

 

ルイーゼは、丘の草を一房、そっと摘むように視線を落とした。

 

「婚約を破棄されたとき、わたくしのせいで実家は立場を悪くしました。それでもママは、わたくしの幸せを優先してくださったのです」

「……」

「でも、今回の話を受ければ、少しでも家の名誉が回復する。家が、そしてママが笑えるなら――それで、いいと思いましたの」

 

風が止む。

まるで、彼女の言葉の重みに空も耳を澄ませるように。

 

「……でも、本当にそれだけか?」

「え?」

「ルイーゼ、お前――」

 

俺は一歩、踏み出した。

 

「俺を試してただろ? 今も、ここで」

「ふふっ……そう見えます?」

 

ルイーゼの口元に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。

 

「立派になったものですわね。以前はチワワだったのが、ポメラニアンくらいにはなったかしら?」

「どっちもちいせぇよ!」

「え、あなた、小さいじゃない。お似合いでしょ?」

 

その視線が、ふいに俺の下半身へと落ちる。

 

「……いざという時は大きくなる!」

「へぇ。童貞のくせに、いつどうやったら“大きく”なるのかしら?」

「うるせぇ! なるんだよ、気合で!」

「“気合”で大きくなるなんて……まるで犬ですわね? よしよしって言えば尻尾振って……」

「今だけ、お前の犬やめる。男として、俺、飛びつくから」

 

風の中、ふとルイーゼの笑みが、ほんの少しだけ揺れた。

 

「……甘えん坊のくせに、こういうときだけ強がりますのね」

「俺、犬だよ。ルイーゼを拾ったつもりが、逆に拾われて、調教されて、踏まれて、鳴かされて――それでも一度も、逃げたいなんて思わなかった。だから今だけ、牙を向けさせてくれ。男として、言わせてくれよ」

 

膝をつく。

 

手を、差し出す。

 

「ルイーゼ。俺は、お前が好きだ。形式なんて、家格なんて、爵位なんかどうだっていい。あの時のお前に声をかけたのは打算だった。でも、今は違う。俺は――ただ、お前の隣にいたいんだ。もしそういうのが必要だっていうなら、あとからなんとでもする。俺は今まで、そうやって生きてきた……これからも、そうやって生きていく。だから――俺を選んでくれ。俺だけの飼い主でいてくれ」

 

沈黙が落ちる。

 

差し出した手に、やわらかな指が、そっと触れる。

 

ルイーゼの掌が、俺の手の甲をなぞる。

 

それは、冷たくもなく、熱すぎることもない。

ただ、確かに“選ばれた”という感触だった。

 

そして――

彼女のもう一方の手が、俺の顎に添えられる。

 

一瞬だけ。

 

彼女の睫毛が、風に揺れたように震えた。

 

その奥に、ごくわずかな“迷い”が見えた気がした。

 

だが彼女はすぐに、いつもの笑みを浮かべる。

支配する者の、それでいて――許す者の微笑。

 

そのまま、顎を持ち上げられる。

 

視線がぶつかる。

拒絶も、憐れみも、ない。

 

唇が、ふれた。

 

風が止まった。

 

時間が止まった。

 

世界から音が消え、心音だけが残った。

 

短くなかった。

 

求めるような熱でも、慈しむような優しさでもない。

ただ真っ直ぐに、“意思”だけが伝わってきた。

 

あなたはわたくしのもの。

――それだけを伝える、決定的な一撃。

 

俺の胸の奥が、焼けるように熱かった。

 

呼吸が苦しい。

 

あまりに満たされすぎて、泣きそうだった。

 

唇が、静かに離れる。

 

彼女は何も言わなかった。

 

けれど、その目がすべてを物語っていた。

 

……俺は、選び、同時に、選ばれた。

それが、言葉なんかよりずっと重い“証明”だった。

 

「その顔、ほんとうに可愛いですわね。まるで、飼い主に褒められた犬のようですわ」

 

くす、と笑う気配。

 

だが、その声音には――どこか甘さが混じっていた。

 

「そんなに嬉しかったのですの? 口では強がっておいて、内心では“撫でてください”って顔に書いてありますわよ?」

「……うるせぇ。ちょっと感動しただけだよ」

「ふふ。いいえ、それでこそ、わたくしの犬ですわ」

 

そう言って、ルイーゼはすっと腰を引き、少し距離を取り、目だけで、俺を見下ろした。

 

「――ところで。鍵、返してくださる?」

「えっ……?」

 

咄嗟に何のことか分からず戸惑う。

だがすぐに思い出す。

あの、肌身離さず持ち歩いていた、小さな銀の鍵。

 

「そ、それは……」

「契約とは、そういうことでしょう? 小さなあなたが大きくなる時も、快楽の瞬間も、私が決めますわ」

 

ルイーゼの声が、やわらかく笑っていた。

 

「わたくしが拾って、飼って、躾けた犬。首輪の鍵を他人に預けたまま、ふらふらするような子犬では困りますもの」

「……返すよ。すぐに。誰にも渡してないし、守ってた。ちゃんと」

「ええ、信じていますわ。でも、貴方から“返したい”と申し出るのが礼儀というものでしょう?」

「…………ルイーゼ。鍵、返すよ。全部――お前に」

「……そう。よろしい。では、その鍵も、心も、すべてわたくしのものですわね」

 

目が細められる。

ああ、やっぱりこの女は――とんでもなく手強くて、美しい。

 

「さあ、帰りますわよ。わたくしの犬。今日からまた、貴方の寝床は、わたくしの足元ですわ」

「……」

「お返事は?」

「……ワン」

 

口から出てしまった。

情けないほど素直に、自然に。

でもそれでいいと思った。

この人の足元なら、俺は何度でも――吠えることができるから。

 










このタイミングのアクセス数爆増に、何があったのか驚きが隠しきれませんが、お読みいただきありがとうございます!
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