婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
『――婚約破棄された侯爵令嬢、婚約破棄する』
街の広場に響く号外の声が、貴族社会のざわめきを鋭く刺していた。
政争に敗れ、二度の婚約破棄を経たロザリンド侯爵家。かつての栄光には大きく影が差し、名声は地に落ちた家を、問題の長女・ルイーゼが、自ら、当主の座に就いたというのだ。
その“再出発”の現場に、俺はいた。
「……って、どうしてこうなってんだよ……」
身の丈に合った小さな新居へ、荷物を運び入れている俺。
豪奢な本邸はすでに手放され、ここが新たな“侯爵家”の拠点となる。
もちろん、主であるルイーゼ、そして使用人のリゼとともに、俺もこの家に住む。
そのつもりだった。最初は。
「エリオットが“ヴァルガス子爵家の力も必要だ”って言ったからよ。ね?」
ミレーヌがにこやかに微笑んでいる。
荷物を抱えて屋敷に入ってくるその姿は、まるで正妻のそれだった。
いや、違う。あれは比喩だったろ。誰が家に来いと言った!?
「安心して。私はルイーゼ様との婚約には反対しないわ。ただ……」
ミレーヌの声が、ほんの少し甘くなる。
「エリオットには、私の部屋で寝てほしいだけ。それだけよ?」
“それだけ”で済むわけないだろ。最大級の宣戦布告じゃねえか。
案の定、空気が凍りつく。
ルイーゼが、静かにこちらを向いた。
笑ってはいない。けれど、その瞳が――燃えていた。
ブンッ!
という風切り音とともに、お怒りの声。
「……あなた、まさか。わたくしのことを、“ただの暴力令嬢”とでも思っていまして?」
「え、違うの?」
乗馬鞭が再び風を裂く。反射的な返答は、いとも容易く斬り捨てられた。
「違いますわよ」
鞭を肩に乗せたまま、彼女は一歩、俺に詰め寄る。
「あなたに朝の挨拶を教えたのは誰です? 食事の作法、敬語の使い方、寝る前の姿勢まで――あなたの“人間らしさ”の半分は、わたくしが施したものですわ。それを“暴力”と評するのなら、それは――あなたの成長不足。しつけ直しが必要ですわね」
いや、俺、そこまで支配されてたの!?
「……他の女と笑っているあなたを見て、どれほど不愉快だったか。いいえ、嫉妬などという感情で片付けるのは簡単ですわ。でも、それでは終わりません。あなたの価値は、わたくしの足元に跪いてこそ初めて生まれるもの。他人のもとに行くというのなら――その価値を、一度、徹底的に潰してからにしてくださいまし」
ルイーゼは満面の笑みを向ける。
いや、素直になりすぎじゃない!? 怖い、でも可愛い、こわ可愛い!!!
「今夜、わたくしの部屋に来ないのなら――その身に、誰の犬であるべきかを、骨の芯から叩き込んで差し上げますわ」
この人、支配欲で呼吸してる……!
そんな殺気立った空気のなか、ミレーヌが一歩前へ出る。
「ふふ。嫉妬してるルイーゼ様、女性から見ても可愛いらしいわ。でも、私も負ける気はないの。エリオットが“お前が一番落ち着く”って言ってくれたときから、ずっと――誰にも渡す気なんてなかったんだから」
ミレーヌの指が、俺の胸をなぞる。
「撫でられるだけじゃ、足りない。だったら、ちゃんと言って。どこをどうしてほしいのか。恥ずかしくても……言わなきゃ、言葉にしないと伝わらないよ?」
耳元に、そっと息がかかる。
「……ねぇ。私の手、気持ちよかった? だったら、他の人に触れられて反応しないで。可愛い声、独り占めさせて。今夜、私の部屋に来なかったら……“優しいエリオット”は、もう死んだと思って。明日からは――わたしの手で、躾け直してあげる」
ぞわっ……背筋が泡立つような快感と恐怖が走る。
そこに無邪気な声が割り込んできた。
「お姉様も、ミレーヌ様も、怖い顔をされてますね」
屋敷にいるはずのない声。
「フィオナ、なんであなたもここにいますの?」
ルイーゼの語気が跳ねた。
銀髪の無邪気ドS――フィオナ。
「え? だってエリオット様が侯爵家を助けるってことは、私のことも助けてくれるってことですよね?」
拡大解釈の極み。
フィオナは笑顔で、とんでもないことを言ってのけた。
「この先、“義妹”としてでもエリオット様の近くにいられたら、それでいいと思っていましたわ。でも、気づいてしまいましたの。義理とは言え“妹”って、恋愛対象から外されるってことなんだって。だったら、卒業しようかなって。ねぇエリオット様、“女”として私のこと見てくれないなら――私の方から奪いに行きますから」
やばい。フィオナが“義妹”をやめる決意をしてる……!
「今夜……私、変わりますわね? “義妹”じゃなくて、“姉様のライバルライバル”になる。どこまで本気かは――試してみて?」
その笑顔は、底なしに無邪気で、だからこそ恐ろしい。
そして、静かに歩み出た最後の一人――リゼ。
「……まずは、褒めておきます。侯爵夫人との交渉。怯まず、信念を曲げず、言葉で相手を動かしたあなたは――本当に、かっこよかったです。恥ずかしながら、初めてお会いした時のように思いました」
ほんの一瞬、心が救われる。
「だからこそ、今のあなたに失望しています。ご令嬢たちに囲まれて、結局、何も選ばず、曖昧に優しさだけをばらまいて――それでいて、自分だけ“愛される側”でいようとする。それはもう、“犬”ではありません。飼い犬のふりをした、甘ったれの小動物です」
言葉が、痛いほど刺さる。
「でも、それでも」
リゼはそっと耳元で囁く。
「そんなあなたを、拾われたあの日からずっと、嫌いにはなれなかった。好きになってしまった私も、相当おかしいんでしょうね。今夜、わたしの部屋に来たら――“何もしない”かもしれません。でも来なかったら、精神的に永久死刑です。お覚悟を」
完全に囲まれた。
「それで、今晩は誰の部屋に来ますの?」
ルイーゼが鍵をちらつかせ、ミレーヌが手招きし、フィオナが腕を引き、リゼがため息交じりに睨む。
(……終わったな)
もう、どこへも逃げられない。
崩れ落ちる俺に、ルイーゼが優雅に笑みを浮かべた。
「甘えることは許します。逃げることは――絶対に許しません」
ミレーヌがささやく。
「撫でてあげる。全部、甘やかしてあげる。でもその代わり、逃げないで?」
フィオナが腕に頬を寄せる。
「ねぇ、エリオット様。誰のベッドで、犬になりたいの?」
リゼが最後に呟いた。
「……選ぶのは、あなたです。けれど――選ばれない女の本気、舐めないでくださいね?」
――四方、完全包囲。
退路、ゼロ。
……これ、地獄? いや天国? ていうか、選ばせてくれる気、ある?
俺は、天を仰ぐ。
選べるわけがない。選んだ瞬間に他の誰かに殺される。
でも、選ばなかったら、全員に殺される。
つまり――
「はい、罵倒カルテット、お疲れ様でした……!」
膝の震えは、恐怖じゃない。
愛されることに対する、ひどく幸福な震えだ。
★★★★★
問
婚約破棄された悪役令嬢を拾った時の結末について、完結に述べなさい。
答
ドSお嬢様たちに囲まれて、四方八方から罵倒される人生が始まります。罵倒をご褒美と取るか施しと受け取るかは、本人次第です。
――その過程で、人から豚へ堕ちようと、豚から犬への成り上がりばよいのです。“犬としての矜持”を手に入れた者だけが知る、愛のかたちがそこにあるのですから。
エリオット・ハドー男爵
これにて完結です。
お読みいただきありがとうございました!
物語としてはここで区切りとなります。
完全に見切り発車で執筆開始し、3日ほどで書き上げた作品でしたが、ドM紳士の皆様の性癖に、少しでも爪痕を残すことができれば幸いです!