婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
三者面談。
何だろう。空気が重すぎて、息をするのが辛い。
「……ルイーゼ様のそばにいると、エリオット、ずいぶん変わって見えます」
そう言ったミレーヌの声には、柔らかさと微かな探りが混ざっていた。
俺は彼女の隣で苦笑いするしかない。
いや、そりゃ変わるだろ。あんなの毎日喰らってたら。
「幼い頃はずっと一緒にいましたけど……あんなに素直だったこと、正直ありませんでした」
ミレーヌは紅茶を啜りながら、ちらっと俺を見た。
その視線が少しだけ懐かしそうで、少しだけ、寂しそうで。
「さぞ、お世話が大変だったのでしょう」
対面に座るルイーゼが、涼しい顔でそう返した。
優雅な手つきでティーカップを持ち上げ、ひと口。
俺は、その一瞬だけで背筋がピンと伸びる。
反射で姿勢が正されるの、マジでやばい。
「でも……今の彼は、まるで別人のようです。ルイーゼ様が、よほど……」
「ええ。丁寧に、躾けておりますので」
この一言。
なぜか俺の心臓が跳ねた。
やばい、こんなんじゃ普通の人間に戻れない。
「叱れば動き、命じれば従い、足元に伏せることに悦びすら見出しているようですわ。飼い犬としては、上出来ですわね」
「ちょっとルイーゼ、それ俺のこと――」
「黙りなさい。犬が人間の会話に割り込むものではありませんわ」
「ワン!!!(※快感)」
……これでは正真正銘パブロフの"犬"。
俺はもう、ダメかもしれない。
「……失礼を承知で申し上げますが、私はエリオットを大切に思っています。だから、諦めるつもりはありません」
ミレーヌがまっすぐにルイーゼを見て言った。
まさかミレーヌがそんなセリフを言う日が来るなんて。
もともと重たかった空気が凍りついた
だがルイーゼは、微笑みを崩さない。
「それは結構なことですわ。ご自身の感情に誠実であられるのは、美徳ですもの」
そして、さらに一言。
「けれど――飼い犬は、今の飼い主に従うものですわ。どれだけ過去に懐いていたとしても、それが礼儀というものですもの」
「……っ」
ミレーヌが何か言いかけたが、口を閉じた。
俺は黙って茶をすする。心の中では全力で土下座してた。
*
ミレーヌは、立ち上がって丁寧に礼をした。
「……本日は、お時間をいただきありがとうございました。エリオット。あなたのこと……私、諦めないわ。必ず取り返すから」
そう言って微笑み、ミレーヌは屋敷をあとにする。
静かな足音が遠ざかっていくのを、俺はぼんやりと聞いていた。
その隣で、ルイーゼは窓辺に立ち、カーテンの隙間から空を見上げていた。
風のように、静かに。
「……よかったのか?」
思わず口にしてしまった。
「何の話です?」
振り返ったルイーゼの顔は、いつも通りの涼しげな笑み。
「いや、その、ミレーヌ……あいつ、本気みたいだったよ」
「ええ。ですが、本気かどうかは問題ではありませんわ」
ルイーゼはすっと腰を下ろし、足を組む。
その姿が、どうしようもなく“完成された存在”に見えて――思わず、言葉が飲み込まれそうになる。
「わたくしは、勝ちたいのではなく、“持っている”だけですもの」
「……持ってる?」
「ええ。あなたは、わたくしのおもちゃ。わたくしだけのもの。わたくしの声で動き、わたくしの鞭で躾けられ、わたくしの足元で悦びを覚える――下等で愛らしい存在」
「……」
否定する気力も、勇気もなかった。
というか、そもそも否定する理由が、見つからない。
「誰かが手を伸ばそうとも。このおもちゃを、渡すつもりなどありませんわ」
カップを手に取り、微笑むルイーゼ。
その笑みは、完璧な“支配者”のものだった。
「……わかってる。俺、もう逃げられない」
「逃げたら――今度は鎖でも巻いて繋いで差し上げますわ。飼い犬らしくね」
「ワン!!!!!(ありがとうございます!!!)」
――あれ?
俺……たしかこの人拾ったとき、「この悪役令嬢を更生させて成り上がってやる!」って思ってたよな?
なんで今、拾ったはずの相手に飼われて、罵倒されて、鎖で繋がれる寸前なんだろう……?
――成り上がる予定だったのに、気づけば“人生ご褒美地獄”に堕ちてました。
ありがとう、ルイーゼ様。
このご恩は一生忘れません。
★★★★★
「空気のよい場所で、あなたの根性を鍛え直しますわ」
そう言われて連れてこられたのは、郊外にある貴族の山荘――という名の、支配の館だった。
朝五時起床。
すぐに外履きの靴を磨き、ルイーゼの湯を沸かし、温度を0.5度単位で調整。
「このミルク……ぬるいですわね?」
「すみませんでしたあああッ!!(※生きててごめんなさい)」
乗馬鞭がテーブルをピシッと叩く。
その音に反応して、心が跳ねる。
朝食のセッティング。
テーブルクロスの折り目、パンの焼き色、ナイフの角度、どれもすべて、ルイーゼの「はい」か「死ね」の判断基準になる。
でも――
気がつけば俺は、自分でも驚くほどきびきび動いていた。
「ルイーゼ様、お出かけ用のお靴、こちらでよろしいでしょうか」
「ええ。ようやく“人間の言葉”を聞けた気がしますわね」
それだけで、胸の奥がほわっとあたたかくなる。
なんだこの感情。褒められるために生きてる気がしてきた。
午前の訓練が終わると、ルイーゼはテラスの椅子に腰を下ろし、すっと白い手を伸ばして言った。
「……膝枕を許可しますわ」
「はいッ!!???」
「五分間。過剰な体温上昇、呼吸の乱れ、鼻血は禁止。必要以上に身をよじった場合は、以降の紅茶は“ぬるま湯”になりますわ」
「ぬるま湯だけはご勘弁を……!!(※でも膝枕はください)」
俺は恐る恐る、ルイーゼ様の脚に頭をのせた。
冷たいわけじゃない。むしろ、じんわりと温かい。
でも、温もりよりも先に、恐怖と快感が交錯して喉が詰まりそうになる。
「……動かないで。まだ、許してませんわよ?」
「すみません、ありがとうございます、生きててすみません……」
「ほんとうに、愛らしい下僕ですわね。いつかその脳みそ、湯煎してやりたくなるくらいに」
「ワンワン!!(※溶けてください)」
そうして五分後、俺は頭を起こし、深く礼をして言った。
「ありがとうございました。最高でした」
「ふふ……では午後の鍛錬、“全力で罵倒に耐える”を開始しますわ」
「こちらも全力で、お願いしますッ!!」
人間とは強い生き物だとつくづく思う。
どんな環境でも身を置けば慣れるし、都だと思えてくる。
……あれ、俺の人生成り上がりプランどこ行った?
まあいいか。細かいことは気にしない。
明日も五時起きだ。