婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第5話 その鍵、わたくしが預かりますわ

 

「……今夜は、よく頑張りましたわね」

 

夜、山荘の廊下を照らすランプの下。

一日中こき使われ、罵倒され、踏まれた俺に、ルイーゼがぽつりと告げた。

 

思わず俺は立ち止まる。

 

ルイーゼの横顔は、いつもより静かで、ほんの少しだけ――優しく見えた気がした。

 

「……ご褒美、欲しい?」

「えっ……あ、はい、えっ!? いや、でも、そ、それは、なにを――」

「……そうね。では――」

 

ルイーゼが、こちらに向き直った。

 

ランプの光に照らされたその瞳は、宝石のように光っていて。そして、その唇が――

 

「――キスでも、して差し上げましょうか?」

 

脳が、停止した。

 

「え、え、ええええええ!?!?!」

「口、開けすぎですわよ。気持ち悪いですわね」

「あっ、すみません……あ、ありがとうございます……???」

「……ふん。こんなにも下品に喜ばれると、やる気が失せますわね」

 

ルイーゼは踵を返す。

 

「――あなたみたいな雑草が、わたくしからの接吻を期待した時点で、罪ですわ」

「ぶ、ぶひぃぃぃぃ!!(※でも嬉しい)」

「ほんとうに、調子に乗るのだけは天才的ですわね。つい甘やかしてしまいそうになったわたくしが、愚かでしたわ」

 

ルイーゼ様の視線が、鋭く細くなる。

 

「……躾けが、まだまだ足りませんわね」

「は、はい……申し訳ありませんでしたッ……!!」

「その態度、二度と忘れないように――身体に鍵をつけておきなさい」

「……鍵?」

「ええ。貞操帯を、つけなさい。そして――その鍵は、わたくしが預かります」

 

その一言で、背筋が凍った。

同時に、何かが――

快楽の奥底にある本能が、爆ぜた。

 

「あなたの欲望も、身体も、心も。全部、わたくしの支配下にあると知りなさい」

「……っ……ルイーゼ……様……」

 

いいか?

今後お呼びする時は、様をつけろよデコ助野郎。

 

「誤解なさらないで。あなたの“純潔”に価値があるとは思っておりません。ただ、わたくしの所有物に、勝手な振る舞いをさせたくないだけですわ」

「ぶ、ぶひぃぃぃぃぃいぃい!!!!(※尊い)」

 

俺の脳が、うねった。

 

これはもう恋とか好意とかじゃない。

崇拝。

 

この人に生かされ、この人に罵倒され、この人の鍵で閉じられて――俺は、俺でいられる。みんな違って、みんないい。

 

「……明朝は、四時半起床に変更。反省の意味を込めて」

「喜んで!!!!」

 

 

ベッドに入ってからも、胸の奥が、ずっと燃えていた。

 

接吻未遂。

それは、期待の裏返し。

そして、罵倒という名のご褒美。

 

俺は拾った令嬢を利用して成り上がるどころか、唇すら、支配されるようになっていた。

 

ルイーゼ様に口づけを許されるとき、それは――俺の全てを預けた証になるんだろう。

 

なら、いい。

 

この唇も、この身体も、この、鍵も。

 

全部、ルイーゼ様のものにしてくれ。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

朝。俺はいつものように、食器を並べていた。

 

ふと顔を上げた瞬間、ルイーゼと――目が合った。

一秒にも満たない、瞬きすら挟めぬ刹那の交差。

 

だが、その瞬間だった。

 

「……あら」

 

音もなく、優雅に唇が開く。

 

「あら、雑草のくせに、目がありますのね。何十億年もかかった生物の叡智を、たった一晩で成し遂げるなんて、進化とは素晴らしいものですわ」

 

脳がバグった。

 

え、なにそれ、どういう意味? 進化した雑草? いや、侮辱……のはずなんだけど、なんか、許可されたようなニュアンスが……。

 

「す、すみません……つい、見とれてしまって……」

「ふふ。わたくし以外を見てはいけないとは、まだ教えて差し上げておりませんでしたか?」

「ワンっ!(※まだですけどありがとうございます!)」

「あなたのような愚かな犬は、視線一つとっても、わたくしが管理して差し上げなければなりませんのね」

 

雑草から――犬に昇格!?

俺の進化論、今ここに爆誕!

いや、逆か? 人間から犬へ退化してない!? ……でも嬉しいから、もうどうでもいいや。

 

ルイーゼは、ゆっくりと近づいてくる。

その場に立ったまま、俺の目の前に立ち、見下ろすように囁いた。

 

「見なさい」

「えっ……?」

「わたくしのことを、見なさい。俯いた目など、犬にも劣りますわ」

 

思わず背筋が伸びた。恐る恐る顔を上げると、彼女は一瞥だけよこした。

 

それだけで、心が凍って、全身が発火するような熱に包まれる。

 

「……よろしい」

 

そしてそのまま、指先で俺の顎を持ち上げた。

優雅で、支配的なその動作に、全身が硬直する。

 

「見つめていいのは、わたくしの顔だけですわ。よそ見をした目は、罰として潰しても構いませんのよ?」

「ワンっ……!」

「あなたの目線、表情、言葉、思考――すべて、わたくしの所有物なのですから」

 

その言葉は、心に直接流れ込んできた。

脳が焼け、胸が熱を持ち、目の奥が潤む。

 

嬉しい? いや、これは――快感だ。俺、終わってる。

 

 

夜。最後の紅茶を差し出す時間。

 

湯気の立つカップを手渡すとき、ルイーゼの指先が、俺の指に、ほんの一瞬ふれて、離れた。

 

「……今日も、忠実でしたわね」

「当たり前だろ、ルイーゼ。俺は犬なんだから」

「ええ。とてもよく仕込まれてきましたわね」

 

一口啜ったあと、彼女の瞳がこちらを向いた。

 

「ところでエリオット。あなたは、どこで生まれたの?」

 

……あまり聞かれたくない問い。

だけど、嘘をついても仕方がない。

正直に答えることにした。

 

「貧民街。石畳の割れた路地裏で育った。ガキのころは、適当に仕入れた薬草売って、金稼いで……」

「まぁ」

「たまたまその商売っ気を見込まれて、ミレーヌの実家に雇われて。信用を得て、事業任されて、資本作って……」

「ふぅん」

「自分の商会を立ち上げて、貿易で跳ねて――爵位も、買った。だいぶ運が良かっただけだけどな」

「若干二十にして爵位持ち……生まれながらの下級貴族よりは、よほど微笑ましい経歴ですこと」

「……えっ? あれ、今のって……褒めてくれたの?」

「ええ。努力と実力は、認めて差し上げますわ。わたくし、そういうものは嫌いではありませんの」

 

その一言が、胸に刺さる。

 

くそ、なんだこれ……

褒められただけで、泣きそうになってる自分、ヤバすぎだろ。

 

「そんなあなたも、わたくしに拾われて、今では紅茶も淹れられるようになったのですもの。犬としては、上出来ですわね」

「……ん? ちょっと待った。それ、話が違くない?」

「何がですの?」

「ルイーゼ。拾ったのって、俺の方じゃなかった?」

「は?」

「だってあの時、王宮の大広間で婚約破棄された後――全部失って、絶望してたところに声かけたの、俺だぞ? “行く場所もないの”って言ったから、うちに来ればって誘ったら、“仕方なく”ついてきたじゃん?」

「……記憶違いではなくて?」

「間違ってないって!」

「あなたは、どうやら自分の立場をまだ理解していないようですわね」

 

ルイーゼは一歩、こちらに近づいて――

 

「声をかけさせてあげたのです。拾われる機会を、与えて差し上げた。それだけのことですわ」

「いやいや、意味が完全に――」

「うるさい犬には、口枷が必要ですわね?」

「ワン……」

 

全否定。会話ごと、歴史が塗り替えられた。

 

「あなたがどれだけ勘違いしていようと、今こうしてわたくしの犬であるという事実が、すべてを証明しておりますのよ」

「……ルイーゼ様……最強……」

「ええ、わたくしは最強の飼い主ですわ」

 

そう言って、ルイーゼは俺の胸元に指先を滑らせた。

 

「夢の中でも、わたくしだけを見ていなさい。あなたの心は、すでにわたくしのものなのだから」

「……もちろんだよ、ルイーゼ様」

「あなたの幸福とは、わたくしの命令に従うこと。それを、絶対に忘れないように」

 

その声が、心の奥に静かに沈み込んでいく。

 

拾ったつもりだった。

でも、気づけば――俺の方が飼われていた。

 

まあ、生きてりゃそういうこともあるよな。

人生万事塞翁が馬。

 

 

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