婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
「……今夜は、よく頑張りましたわね」
夜、山荘の廊下を照らすランプの下。
一日中こき使われ、罵倒され、踏まれた俺に、ルイーゼがぽつりと告げた。
思わず俺は立ち止まる。
ルイーゼの横顔は、いつもより静かで、ほんの少しだけ――優しく見えた気がした。
「……ご褒美、欲しい?」
「えっ……あ、はい、えっ!? いや、でも、そ、それは、なにを――」
「……そうね。では――」
ルイーゼが、こちらに向き直った。
ランプの光に照らされたその瞳は、宝石のように光っていて。そして、その唇が――
「――キスでも、して差し上げましょうか?」
脳が、停止した。
「え、え、ええええええ!?!?!」
「口、開けすぎですわよ。気持ち悪いですわね」
「あっ、すみません……あ、ありがとうございます……???」
「……ふん。こんなにも下品に喜ばれると、やる気が失せますわね」
ルイーゼは踵を返す。
「――あなたみたいな雑草が、わたくしからの接吻を期待した時点で、罪ですわ」
「ぶ、ぶひぃぃぃぃ!!(※でも嬉しい)」
「ほんとうに、調子に乗るのだけは天才的ですわね。つい甘やかしてしまいそうになったわたくしが、愚かでしたわ」
ルイーゼ様の視線が、鋭く細くなる。
「……躾けが、まだまだ足りませんわね」
「は、はい……申し訳ありませんでしたッ……!!」
「その態度、二度と忘れないように――身体に鍵をつけておきなさい」
「……鍵?」
「ええ。貞操帯を、つけなさい。そして――その鍵は、わたくしが預かります」
その一言で、背筋が凍った。
同時に、何かが――
快楽の奥底にある本能が、爆ぜた。
「あなたの欲望も、身体も、心も。全部、わたくしの支配下にあると知りなさい」
「……っ……ルイーゼ……様……」
いいか?
今後お呼びする時は、様をつけろよデコ助野郎。
「誤解なさらないで。あなたの“純潔”に価値があるとは思っておりません。ただ、わたくしの所有物に、勝手な振る舞いをさせたくないだけですわ」
「ぶ、ぶひぃぃぃぃぃいぃい!!!!(※尊い)」
俺の脳が、うねった。
これはもう恋とか好意とかじゃない。
崇拝。
この人に生かされ、この人に罵倒され、この人の鍵で閉じられて――俺は、俺でいられる。みんな違って、みんないい。
「……明朝は、四時半起床に変更。反省の意味を込めて」
「喜んで!!!!」
*
ベッドに入ってからも、胸の奥が、ずっと燃えていた。
接吻未遂。
それは、期待の裏返し。
そして、罵倒という名のご褒美。
俺は拾った令嬢を利用して成り上がるどころか、唇すら、支配されるようになっていた。
ルイーゼ様に口づけを許されるとき、それは――俺の全てを預けた証になるんだろう。
なら、いい。
この唇も、この身体も、この、鍵も。
全部、ルイーゼ様のものにしてくれ。
★★★★★
朝。俺はいつものように、食器を並べていた。
ふと顔を上げた瞬間、ルイーゼと――目が合った。
一秒にも満たない、瞬きすら挟めぬ刹那の交差。
だが、その瞬間だった。
「……あら」
音もなく、優雅に唇が開く。
「あら、雑草のくせに、目がありますのね。何十億年もかかった生物の叡智を、たった一晩で成し遂げるなんて、進化とは素晴らしいものですわ」
脳がバグった。
え、なにそれ、どういう意味? 進化した雑草? いや、侮辱……のはずなんだけど、なんか、許可されたようなニュアンスが……。
「す、すみません……つい、見とれてしまって……」
「ふふ。わたくし以外を見てはいけないとは、まだ教えて差し上げておりませんでしたか?」
「ワンっ!(※まだですけどありがとうございます!)」
「あなたのような愚かな犬は、視線一つとっても、わたくしが管理して差し上げなければなりませんのね」
雑草から――犬に昇格!?
俺の進化論、今ここに爆誕!
いや、逆か? 人間から犬へ退化してない!? ……でも嬉しいから、もうどうでもいいや。
ルイーゼは、ゆっくりと近づいてくる。
その場に立ったまま、俺の目の前に立ち、見下ろすように囁いた。
「見なさい」
「えっ……?」
「わたくしのことを、見なさい。俯いた目など、犬にも劣りますわ」
思わず背筋が伸びた。恐る恐る顔を上げると、彼女は一瞥だけよこした。
それだけで、心が凍って、全身が発火するような熱に包まれる。
「……よろしい」
そしてそのまま、指先で俺の顎を持ち上げた。
優雅で、支配的なその動作に、全身が硬直する。
「見つめていいのは、わたくしの顔だけですわ。よそ見をした目は、罰として潰しても構いませんのよ?」
「ワンっ……!」
「あなたの目線、表情、言葉、思考――すべて、わたくしの所有物なのですから」
その言葉は、心に直接流れ込んできた。
脳が焼け、胸が熱を持ち、目の奥が潤む。
嬉しい? いや、これは――快感だ。俺、終わってる。
*
夜。最後の紅茶を差し出す時間。
湯気の立つカップを手渡すとき、ルイーゼの指先が、俺の指に、ほんの一瞬ふれて、離れた。
「……今日も、忠実でしたわね」
「当たり前だろ、ルイーゼ。俺は犬なんだから」
「ええ。とてもよく仕込まれてきましたわね」
一口啜ったあと、彼女の瞳がこちらを向いた。
「ところでエリオット。あなたは、どこで生まれたの?」
……あまり聞かれたくない問い。
だけど、嘘をついても仕方がない。
正直に答えることにした。
「貧民街。石畳の割れた路地裏で育った。ガキのころは、適当に仕入れた薬草売って、金稼いで……」
「まぁ」
「たまたまその商売っ気を見込まれて、ミレーヌの実家に雇われて。信用を得て、事業任されて、資本作って……」
「ふぅん」
「自分の商会を立ち上げて、貿易で跳ねて――爵位も、買った。だいぶ運が良かっただけだけどな」
「若干二十にして爵位持ち……生まれながらの下級貴族よりは、よほど微笑ましい経歴ですこと」
「……えっ? あれ、今のって……褒めてくれたの?」
「ええ。努力と実力は、認めて差し上げますわ。わたくし、そういうものは嫌いではありませんの」
その一言が、胸に刺さる。
くそ、なんだこれ……
褒められただけで、泣きそうになってる自分、ヤバすぎだろ。
「そんなあなたも、わたくしに拾われて、今では紅茶も淹れられるようになったのですもの。犬としては、上出来ですわね」
「……ん? ちょっと待った。それ、話が違くない?」
「何がですの?」
「ルイーゼ。拾ったのって、俺の方じゃなかった?」
「は?」
「だってあの時、王宮の大広間で婚約破棄された後――全部失って、絶望してたところに声かけたの、俺だぞ? “行く場所もないの”って言ったから、うちに来ればって誘ったら、“仕方なく”ついてきたじゃん?」
「……記憶違いではなくて?」
「間違ってないって!」
「あなたは、どうやら自分の立場をまだ理解していないようですわね」
ルイーゼは一歩、こちらに近づいて――
「声をかけさせてあげたのです。拾われる機会を、与えて差し上げた。それだけのことですわ」
「いやいや、意味が完全に――」
「うるさい犬には、口枷が必要ですわね?」
「ワン……」
全否定。会話ごと、歴史が塗り替えられた。
「あなたがどれだけ勘違いしていようと、今こうしてわたくしの犬であるという事実が、すべてを証明しておりますのよ」
「……ルイーゼ様……最強……」
「ええ、わたくしは最強の飼い主ですわ」
そう言って、ルイーゼは俺の胸元に指先を滑らせた。
「夢の中でも、わたくしだけを見ていなさい。あなたの心は、すでにわたくしのものなのだから」
「……もちろんだよ、ルイーゼ様」
「あなたの幸福とは、わたくしの命令に従うこと。それを、絶対に忘れないように」
その声が、心の奥に静かに沈み込んでいく。
拾ったつもりだった。
でも、気づけば――俺の方が飼われていた。
まあ、生きてりゃそういうこともあるよな。
人生万事塞翁が馬。