婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第7話 主従の秩序が確立された、正しい世界です

 

玄関の扉が、静かに開いた。

 

冷たい風とともに現れたのは――濃い紺の髪を一つに結い、無駄のない動作でトランクを転がす少女。

黒のロングブーツと機能的な外套、そして油断のない眼差し。

 

俺に仕える唯一のメイド、リゼ。

 

「……ただいま戻りました」

 

その声に、俺は反射的に立ち上がった。

 

「……リゼ。帰ったか」

「ええ。まあ、一週間も空けていれば、それなりの変化はあるだろうと思っていましたが……」

 

玄関先で、彼女の視線が屋敷の内装を舐めるように一巡する。

 

「まさか、“拾い物”まで増えているとは」

「そ、それは――」

「おや、違いましたか?」

 

わずかに口角を上げながら、リゼが一歩踏み込む。

 

「では確認しますが。私の部屋と契約、それにこの屋敷の主従関係は――まだ残っているのですよね?」

 

言葉こそ穏やかだが、その声音はしっかりと刺してくる。

 

俺が言葉を詰まらせたそのときだった。

 

「ご機嫌よう。どなたかしら、この騒がしい物音の主は」

 

階段の上から、真紅のドレスをまとった悪役令嬢が現れた。

 

ルイーゼ。優雅で、冷たいその声は、刃よりも鋭い。

 

リゼは、ルイーゼの姿をひと目見ただけで察した。

 

完敗だ、と。

礼儀作法、存在感、言葉の圧。どれを取っても、戦う前から勝負はついている。

そして――リゼは迷わなかった。

 

「申し遅れました。私、この屋敷で使用人を務めております。リゼと申します」

 

一瞬の沈黙ののち、ルイーゼが微笑む。

 

「ええ。あなたが、あの犬の世話をしているのですね?」

「はい、お嬢様」

 

自然だった。まるで昔からそう呼んでいたかのように、リゼは“お嬢様”と口にした。

 

「察しがいいのね。素直な子は、好きよ」

「強者に仕えることに、ためらいはありません……それに、犬の躾役は、得意ですので」

「ふふ。気に入りましたわ」

 

ルイーゼはゆるやかにリビングへと向かう。

 

「エリオット。お風呂は?」

「え? あ、まだ……まだ焚いてます!」

 

俺がそう答えた瞬間、ルイーゼはわずかに眉をひそめ、ため息をついた。

 

「わたくしの話ではありませんの……“不潔な犬”の話です」

 

心臓が止まりかけた。

 

「さすが、お嬢様。即死の一撃、容赦がありませんね」

 

すぐにリゼが続ける。

 

「この様子ですと……この犬はまだ、お嬢様好みの躾は、されていないようですね。放し飼いですか?」

「“わたくし”の犬ですもの。躾は、これからですわ」

「では、まずは言葉を理解させるところから始めるのはいかがでしょう? “座れ”、“伏せ”、“貢げ”など」

 

その冷静すぎる提案に、ルイーゼが愉しげに笑う。

 

「どれも似合いそうで、困りますわね」

 

まだ何も言ってないのに、どんどん話が進んでいく。

俺が口を開こうとすると、リゼがとどめを刺すように言い放った。

 

「ちなみにエリオット様は、“賢いフリ”はできますが、“賢さ”は持ち合わせておりませんので」

「忠誠心と欲望だけで生きているのですから。実に管理しがいがありますわ」

 

ルイーゼの頬に、優雅な笑みが浮かぶ。

 

俺はもう何も言えなかった。

というより、下手に言い返したら“躾強化週間”に突入しそうで、余計なことは一言も喋れない。

ドMモードになってしまう。

 

リゼが静かに手を合わせた。

 

「帰ってきて、安心しました――屋敷が以前より“楽園”に近づいていて」

「“犬にとっての”楽園、でしょう?」

「はい。主従の秩序が確立された、正しい世界です」

 

ルイーゼがくすりと笑い、ティーカップを置いた。

 

「面白くなりそうですわね――リゼ、これからもよろしくて?」

「はい、お嬢様。喜んで」

 

そして、二人の視線が揃って俺に向けられる。

まるで、獲物を前にした二匹の捕食者のように。

 

ああ――

これはもう、逃げられない。

 

この家は、もはや俺の“居場所”などではない。

 

俺に残されたのは、せいぜい“犬小屋”だけだ。

 

「……お帰り、リゼ」

 

泣きそうになりながら、俺はそう呟いた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

中庭のテラス。

昼下がりの柔らかな陽射しが、石畳に木漏れ日を落としていた。

白いテーブルクロスの上には、淹れたての紅茶と焼き菓子。

そしてその足元で、俺は――ルイーゼの靴を磨いていた。

 

「……エリオット?」

 

その声に振り向いた瞬間、俺は凍りついた。

 

ミレーヌ。

俺の幼馴染で、昔から優しくて、どこか儚げで、何より――

俺のことを真っ直ぐに見てくれていた、唯一の人間。

 

そんな彼女が、今――

貴族令嬢の足元で、しゃがみ込み、靴を磨く俺の姿を見ていた。

 

「えっと、その、これは……ッ!!」

 

慌てて立ち上がろうとしたが、石畳の上でバランスを崩し、膝をついたまま体勢を立て直せなかった。

もう、どう取り繕っても無駄だった。

 

「……元気そうで、なにより」

 

にこりと微笑むミレーヌ。

でも、その目の奥に――確かに、戸惑いの色が走る。

 

そりゃそうだ。

かつての幼馴染が、今や貴族令嬢の足元で、犬のように忠誠を誓っている姿。

誰だってドン引きする。

 

「ごきげんよう、ミレーヌ様」

 

テラスの椅子から、ルイーゼがゆるやかに立ち上がる。

完璧な笑み、優雅な所作。

まるでこの異常な光景が“日常”であるかのように。

 

ミレーヌは、少し笑みを深めながら応じた。

 

「……ごきげんよう、ルイーゼ様。エリオットとは、もうお暮らしなのですよね」

「ええ。“わたくしの犬”として、忠実に仕えておりますのよ」

 

ぐさぁっ!

 

“犬”という単語が、日差しの中でやけにクリアに響いた。

胸に刺さる。いや、刺されて悦ぶ俺の精神構造のほうが問題か。

 

「いや、そ、その……別に、そういう関係じゃなくて。あくまで、形式上の婚約というか……!」

 

そのときだった。背後から、氷のように冷えた声が落ちてきた。

 

「その割には、ガッツリ主従関係を結ばれてますね――“犬”として」

 

振り向くと、そこに立っていたのは、濃い紺の髪を揺らしながら静かに歩み寄る少女――リゼだった。

端正なメイド服の裾が揺れ、涼しげな目が俺を見下ろしていた。

 

「……リゼ! いつの間に……」

 

ルイーゼは小さく笑い、再び椅子に腰を下ろす。

 

「わたくしの犬が、昔の飼い主候補と再会して、少しばかり盛り上がっていただけですわ」

 

リゼは一礼し、ミレーヌへと視線を向ける。

 

「初めまして。私、この屋敷で働いております、リゼと申します」

 

その完璧な所作に、ミレーヌがわずかに目を見張った。

少し遅れて、柔らかな声が返ってくる。

 

「……ミレーヌと申します。エリオットの幼馴染で……今日は、様子を見に来ただけで」

「承知しました――ご趣味は、しつけでよろしいですか?」

「い、いえっ!? そんな……私は別にっ……!」

 

ミレーヌは大慌てで否定したが、耳の赤さが“証拠”となっていた。

 

リゼは冷静に観察を続ける。

 

「反応が素直で助かります……第一段階、突破ですね。ようこそこちら側へ」

「……っっっ!」

 

ミレーヌは何も言い返せず、ただ椅子のひじ掛けを両手で握りしめ、黙り込んだ。

 

ルイーゼは、そんな彼女を横目に紅茶を一口含む。

 

「ふふ。楽しくなってきましたわね」

 

そして、俺はというと――

 

心の奥で、何かがはじけた。

 

三人のドS女王に囲まれて、弄ばれる未来が――

現実味を帯びて、そこに迫っていた。

 

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