婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第8話 これは重度の“主従依存性興奮症候群”ですね

 

今夜の俺は、夢の中でご褒美をもらうつもりだった。

 

ただ眠るだけじゃない。

ただ横になるだけじゃない。

 

ルイーゼの夢を見る――それこそが、俺にとっての「寝る理由」になっていた。

 

ベッドに入る前、紅茶は控えた。

夜中に目が覚めるなど、論外だ。香を焚き、枕の角度を調整し、深呼吸を三回。

さらに今日は、念入りにルイーゼの声を脳内再生してから布団に潜り込むという徹底ぶりだ。

 

(夢の中で、もう一度……)

 

あの夢は、ただの幻想なんかじゃない。

あの場所で俺は犬として扱われ、命令され、見下ろされ、叱責された。

 

そして――

あまりにも幸せだった。

 

(もう一度、あの足元へ……)

 

目を閉じ、深く息を吐いたそのときだった。

 

「……ずいぶんと熱心ですわね。何かを待っている顔ですこと」

 

声が、聞こえた。

 

ぞわり、と背筋が冷える。

反射的に起き上がると、そこには、ナイトガウンをまとったルイーゼ様が、静かに立っていた。

 

「ル、ルイーゼ!? いつの間に――」

「まったく、寝ようとするたび、名前を囁かれるのは落ち着きませんわ。何度呼んでも来ないくせに、と顔に書いてあるのも不愉快ですし」

 

反論できない。

顔を覆い隠したくなるほど、図星だ。

 

「……夢の続きを、望んでいるのでしょう?」

「…………はい」

 

声が震える。

これまでの罵倒とは違う。

これは――“許可を乞う”感情の発露だった。

 

ルイーゼは深く息を吐き、ベッド脇まで来ると、俺の顔をじっと見下ろす。

 

「まったく……犬のくせに、夢まで欲しがるなんて。目を閉じればご主人様が現れるとでも思って? あなた、そこまで堕ちたのね」

 

ルイーゼは、胸元に指を添え、そこにぶら下がったペンダントをそっとつまんだ。

 

「この中に、あなたの貞操の鍵があること。忘れていませんわよね?」

 

視線が吸い寄せられる。

けれど、今夜の俺は“見るだけで悦ぶような犬”ではない。

ルイーゼに、きちんと見せられたい――その想いで、ぐっと歯を食いしばった。

 

「あなたの夢の中でも、わたくしはこの鍵を持ち続けるわ。つまり、眠っても自由にはなれないということですのよ?」

「……わかってる……というか、それが……最高でして……」

「気持ち悪い……」

 

そう言いながらも、ルイーゼの指先はペンダントを握り、かすかに音が鳴る。

鍵が、中で揺れていた。

 

「……仕方ありませんわね。今夜だけは、“夢の続き”を許可して差し上げます」

「……!」

「ただし、これは慈悲ではありません。徹底管理の一環です。勝手に寝て勝手に悦び、勝手に目覚めるような無礼は――犬のくせに、許されませんもの」

 

その口ぶりは、完全にいつものルイーゼだった。

俺の鼓動が速まる。

 

「おやすみなさい、犬。夢の中でも、わたくしに忠誠を尽くしなさい――あなたのすべては、わたくしのものなのだから」

 

その言葉とともに、ルイーゼは部屋を後にする。

 

俺は、崩れるようにベッドに横たわり、布団をかき抱いた。

 

夢で会える。

それだけで、心の奥がじわりと熱くなる。

 

(ああ……あの夢の続き……今度は、叱られながら朝まで過ごせますように……)

 

鍵は、ルイーゼの胸元にある。

俺の自由は、俺の欲望は――

ぜんぶ、あのペンダントの中だ。

 

そう思っただけで、瞼が自然と落ちた。

 

夢の中でも支配されることが、

こんなにも心地いいと知ってしまったのだから。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

午後三時。

リゼが紅茶を淹れる時間。

ルイーゼのためのティータイム……のはずだった。

 

けれど今日の俺は、テーブルの上で正座している。

 

「脚が震えてますわよ。そんな下半身で、何を支えるつもりですの?」

 

ルイーゼは、紅茶をひとくち含みながら言った。

口調はやわらかい。でも、その言葉は全身の骨を凍らせるほど鋭い。

 

「情けない犬ですこと。今日の紅茶、ミルクではなく笑いでも入れた方がよろしいかしら?」

「……! 申し訳ございません、ルイーゼ様」

「“ございません”じゃなくて、“ございますわ”でしょう? 犬でも正しく吠えられますのに」

「……ご、ごめんなさい、ございますわ……!」

 

恥辱に顔が焼けそうになる。

でも、それ以上に熱かったのは、脳の奥だ。

 

ぶひぃが、こぼれそうになった。

 

「ふん……」

 

ソファの後ろに立っていたリゼが、小さく鼻を鳴らした。

髪は濃い青色で、前髪はきっちり整えられ、瞳はまるで濡れた硝子のように冷たい。

メイド服は黒を基調に白いリボンが映えていて、整った顔立ちに一切の感情が浮かばないその姿は、まるで“執行者”だ。

 

「何かしら、リゼ」

「いえ……あまりにだらしないので、“どこまで落ちるのか見てみたくなっただけ”です」

 

リゼは、ルイーゼが来るまでは、比較的忠実な使用人だった。(当社比)

俺が拾った。教育も、衣食住も、俺が与えた。

 

なのに今は、鞭の手入れをしてルイーゼに差し出している。

 

「お嬢様、どうぞ。今朝、磨いておきました……彼の“意欲”を叩き起こすには、ちょうどいいかと」

「ありがとう、リゼ。使い慣れた道具は、手に馴染みますものね」

 

そう言って、ルイーゼが鞭を軽く振った。

空気が、ひゅうっと鳴る。

 

「今日は、どうして躾けられているのか分かってますの?」

「……夢を、録画しようと……して……」

「ええ。夢を録画して、永久保存版にしたいとぬかしたからですわ。自分の妄想を“資産”だと勘違いするとは――さすが下級貴族。発想まで貧しい」

「ひ、ひっ……」

 

ぶひぃが……こぼれそうになった。

 

「お嬢様」

「なにかしら、リゼ」

「顔がもう、ずいぶん“仕上がって”ます。たぶん、いつもの三割増しくらいで悦んでますね」

「まあ、なんて情けない……これで“ご主人様”を気取っていたなんて。誰があなたの所有物になるものですか。わたくしが拾ったのは、飼い犬ですわ」

 

リゼは一歩前に出ると、俺を見下ろしながら――まるで医者が症状を診るような声で言う。

 

「目の焦点が合っていません。これは重度の“主従依存性興奮症候群”ですね」

「な、なんですかそれ……!?」

「俗に言う、“お嬢様が罵ってくれないと生きていけない症候群”です。治療法は――いえ、治療の必要はないでしょう。患者は幸せそうですから」

 

ルイーゼがくすくすと笑う。

 

「うふふ……いい診断ですわね。では、今日の分の“処方”をお願いしようかしら」

「喜んで。処方箋はこちら」

 

リゼはそう言って、さっきよりも長めの鞭を差し出した。

 

「それ、長さが明らかに変わってない!?」

「ええ。長期療養用ですから」

 

震える脚。

正座していたのに、自然と膝が開きそうになる。

 

ぶひぃが、こぼれそうになった。

 

「……では、罰を与えましょうか」

「!」

「おねだりなさい。下卑た声で。恥ずかしさに身を焼かれて。自分から“叩かれたい”と口にしなさいな。そうすれば、ご褒美を与えて差し上げますわ」

「ル、ルイーゼ様、ど、どうか……叩いてください……!!」

「ふふ……ほんとうに、どうしようもない犬。でも、まあ――可愛がりがいはありますわね」

 

ぱしん、と鞭が空を裂く音。

その一撃は、身体よりも心に響く。

 

「お茶が冷めますわね。リゼ、温め直してくださる?」

「はい。犬の呻きが雑音にならないよう、濃いめでいれます」

「ありがとう」

 

俺はテーブルの上で、歯を食いしばる。

 

でも――

 

ぶひぃは、こぼれなかった。

 

なんとか、ぎりぎりで、犬の誇りを保てたと思う。

 

「……さすがに少し成長しましたわね。ぶちまけなかっただけ、褒めて差し上げてもいいかもしれませんわ」

「ルイーゼ様……」

「でも調子に乗らないように。次は、快楽の頂点が命令で訪れるように、ちゃんと調整してあげますわ」

「ワンっ……!!」

 

紅茶の時間。

ご主人様と、その補佐官による、最高の躾けだった。

 

俺の心は、またひとつ、飼い慣らされた。

 

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