婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる 作:こういうのがお好き?
今夜の俺は、夢の中でご褒美をもらうつもりだった。
ただ眠るだけじゃない。
ただ横になるだけじゃない。
ルイーゼの夢を見る――それこそが、俺にとっての「寝る理由」になっていた。
ベッドに入る前、紅茶は控えた。
夜中に目が覚めるなど、論外だ。香を焚き、枕の角度を調整し、深呼吸を三回。
さらに今日は、念入りにルイーゼの声を脳内再生してから布団に潜り込むという徹底ぶりだ。
(夢の中で、もう一度……)
あの夢は、ただの幻想なんかじゃない。
あの場所で俺は犬として扱われ、命令され、見下ろされ、叱責された。
そして――
あまりにも幸せだった。
(もう一度、あの足元へ……)
目を閉じ、深く息を吐いたそのときだった。
「……ずいぶんと熱心ですわね。何かを待っている顔ですこと」
声が、聞こえた。
ぞわり、と背筋が冷える。
反射的に起き上がると、そこには、ナイトガウンをまとったルイーゼ様が、静かに立っていた。
「ル、ルイーゼ!? いつの間に――」
「まったく、寝ようとするたび、名前を囁かれるのは落ち着きませんわ。何度呼んでも来ないくせに、と顔に書いてあるのも不愉快ですし」
反論できない。
顔を覆い隠したくなるほど、図星だ。
「……夢の続きを、望んでいるのでしょう?」
「…………はい」
声が震える。
これまでの罵倒とは違う。
これは――“許可を乞う”感情の発露だった。
ルイーゼは深く息を吐き、ベッド脇まで来ると、俺の顔をじっと見下ろす。
「まったく……犬のくせに、夢まで欲しがるなんて。目を閉じればご主人様が現れるとでも思って? あなた、そこまで堕ちたのね」
ルイーゼは、胸元に指を添え、そこにぶら下がったペンダントをそっとつまんだ。
「この中に、あなたの貞操の鍵があること。忘れていませんわよね?」
視線が吸い寄せられる。
けれど、今夜の俺は“見るだけで悦ぶような犬”ではない。
ルイーゼに、きちんと見せられたい――その想いで、ぐっと歯を食いしばった。
「あなたの夢の中でも、わたくしはこの鍵を持ち続けるわ。つまり、眠っても自由にはなれないということですのよ?」
「……わかってる……というか、それが……最高でして……」
「気持ち悪い……」
そう言いながらも、ルイーゼの指先はペンダントを握り、かすかに音が鳴る。
鍵が、中で揺れていた。
「……仕方ありませんわね。今夜だけは、“夢の続き”を許可して差し上げます」
「……!」
「ただし、これは慈悲ではありません。徹底管理の一環です。勝手に寝て勝手に悦び、勝手に目覚めるような無礼は――犬のくせに、許されませんもの」
その口ぶりは、完全にいつものルイーゼだった。
俺の鼓動が速まる。
「おやすみなさい、犬。夢の中でも、わたくしに忠誠を尽くしなさい――あなたのすべては、わたくしのものなのだから」
その言葉とともに、ルイーゼは部屋を後にする。
俺は、崩れるようにベッドに横たわり、布団をかき抱いた。
夢で会える。
それだけで、心の奥がじわりと熱くなる。
(ああ……あの夢の続き……今度は、叱られながら朝まで過ごせますように……)
鍵は、ルイーゼの胸元にある。
俺の自由は、俺の欲望は――
ぜんぶ、あのペンダントの中だ。
そう思っただけで、瞼が自然と落ちた。
夢の中でも支配されることが、
こんなにも心地いいと知ってしまったのだから。
★★★★★
午後三時。
リゼが紅茶を淹れる時間。
ルイーゼのためのティータイム……のはずだった。
けれど今日の俺は、テーブルの上で正座している。
「脚が震えてますわよ。そんな下半身で、何を支えるつもりですの?」
ルイーゼは、紅茶をひとくち含みながら言った。
口調はやわらかい。でも、その言葉は全身の骨を凍らせるほど鋭い。
「情けない犬ですこと。今日の紅茶、ミルクではなく笑いでも入れた方がよろしいかしら?」
「……! 申し訳ございません、ルイーゼ様」
「“ございません”じゃなくて、“ございますわ”でしょう? 犬でも正しく吠えられますのに」
「……ご、ごめんなさい、ございますわ……!」
恥辱に顔が焼けそうになる。
でも、それ以上に熱かったのは、脳の奥だ。
ぶひぃが、こぼれそうになった。
「ふん……」
ソファの後ろに立っていたリゼが、小さく鼻を鳴らした。
髪は濃い青色で、前髪はきっちり整えられ、瞳はまるで濡れた硝子のように冷たい。
メイド服は黒を基調に白いリボンが映えていて、整った顔立ちに一切の感情が浮かばないその姿は、まるで“執行者”だ。
「何かしら、リゼ」
「いえ……あまりにだらしないので、“どこまで落ちるのか見てみたくなっただけ”です」
リゼは、ルイーゼが来るまでは、比較的忠実な使用人だった。(当社比)
俺が拾った。教育も、衣食住も、俺が与えた。
なのに今は、鞭の手入れをしてルイーゼに差し出している。
「お嬢様、どうぞ。今朝、磨いておきました……彼の“意欲”を叩き起こすには、ちょうどいいかと」
「ありがとう、リゼ。使い慣れた道具は、手に馴染みますものね」
そう言って、ルイーゼが鞭を軽く振った。
空気が、ひゅうっと鳴る。
「今日は、どうして躾けられているのか分かってますの?」
「……夢を、録画しようと……して……」
「ええ。夢を録画して、永久保存版にしたいとぬかしたからですわ。自分の妄想を“資産”だと勘違いするとは――さすが下級貴族。発想まで貧しい」
「ひ、ひっ……」
ぶひぃが……こぼれそうになった。
「お嬢様」
「なにかしら、リゼ」
「顔がもう、ずいぶん“仕上がって”ます。たぶん、いつもの三割増しくらいで悦んでますね」
「まあ、なんて情けない……これで“ご主人様”を気取っていたなんて。誰があなたの所有物になるものですか。わたくしが拾ったのは、飼い犬ですわ」
リゼは一歩前に出ると、俺を見下ろしながら――まるで医者が症状を診るような声で言う。
「目の焦点が合っていません。これは重度の“主従依存性興奮症候群”ですね」
「な、なんですかそれ……!?」
「俗に言う、“お嬢様が罵ってくれないと生きていけない症候群”です。治療法は――いえ、治療の必要はないでしょう。患者は幸せそうですから」
ルイーゼがくすくすと笑う。
「うふふ……いい診断ですわね。では、今日の分の“処方”をお願いしようかしら」
「喜んで。処方箋はこちら」
リゼはそう言って、さっきよりも長めの鞭を差し出した。
「それ、長さが明らかに変わってない!?」
「ええ。長期療養用ですから」
震える脚。
正座していたのに、自然と膝が開きそうになる。
ぶひぃが、こぼれそうになった。
「……では、罰を与えましょうか」
「!」
「おねだりなさい。下卑た声で。恥ずかしさに身を焼かれて。自分から“叩かれたい”と口にしなさいな。そうすれば、ご褒美を与えて差し上げますわ」
「ル、ルイーゼ様、ど、どうか……叩いてください……!!」
「ふふ……ほんとうに、どうしようもない犬。でも、まあ――可愛がりがいはありますわね」
ぱしん、と鞭が空を裂く音。
その一撃は、身体よりも心に響く。
「お茶が冷めますわね。リゼ、温め直してくださる?」
「はい。犬の呻きが雑音にならないよう、濃いめでいれます」
「ありがとう」
俺はテーブルの上で、歯を食いしばる。
でも――
ぶひぃは、こぼれなかった。
なんとか、ぎりぎりで、犬の誇りを保てたと思う。
「……さすがに少し成長しましたわね。ぶちまけなかっただけ、褒めて差し上げてもいいかもしれませんわ」
「ルイーゼ様……」
「でも調子に乗らないように。次は、快楽の頂点が命令で訪れるように、ちゃんと調整してあげますわ」
「ワンっ……!!」
紅茶の時間。
ご主人様と、その補佐官による、最高の躾けだった。
俺の心は、またひとつ、飼い慣らされた。