婚約破棄された悪役令嬢を拾って人生勝ち組になろうとしたら、ドS過ぎて逆に飼われてる   作:こういうのがお好き?

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第9話 どちらがご主人様にふさわしいか、試してみません?

 

屋敷の書斎。

大理石の床に、仄かにミントの香りが漂う。

 

三人の視線が一点に集中していた。

机の上に並べられた帳簿、納品記録、事業収支表。

 

沈黙を破ったのは、もちろんルイーゼだった。

 

「――これ、本当にあなたが管理していたの?」

 

その言葉のトーンは優雅だったが、音には棘があった。

 

「は、はいっ……一応、報告はリゼがまとめていて……俺は現場の指揮というか、主に交渉や、雑務を――」

「まあ、つまり。あなたは“現場の犬”だったということですわね。」

「っ……」

「リゼ、訂正して?」

「いえ、合ってます。交渉は全てテンプレで、私が書いたものを彼が読んでました」

「まあ、なんて素直な使用人……拾われておきながら、飼い主の機能を果たしていたなんて、立派ですこと」

「ご、ごめん、ルイーゼ……」

「謝る必要はありませんわ。犬が吠えるのも、生きるのも、主のため。あなたの役目は、最初から“走って戻って、しっぽを振る”だけですものね?」

「……!」

 

ぶひぃ――

 

……こぼれた。

あろうことか、口から。

 

顔が熱くなって、息が詰まる。

この部屋の空気が、すべて俺を見下ろしている。

 

「出ましたね、鳴き声」

 

リゼが、ページをめくる手を止めずに言った。

 

「や、やっ……違、います今のは、反射で――」

「反射で悦ぶなんて、生き物としてだいぶ終わってますわね。でもまあ、調教の進捗としては上々ですわ」

 

ルイーゼ様は椅子から立ち上がり、机の端に軽く手を置く。

 

「リゼ、事業構造の再編案、今出せるかしら?」

「はい。こちらに。現行の組織図を入れ替えて、ルイーゼ様がブレーン、私が中核、エリオット様が現場犬という運用で最適化可能です」

「ええ、完璧。ですが、“エリオット様”なんて呼ぶ必要、もうありませんわよ。下の名で十分ですわ。“エリオット”。呼び捨てで、ね」

「了解しました。エリオット……呼びやすいですね。彼のレベルに合っていて」

「……!」

 

口を開きたかった。

でも、何も言えなかった。

言った瞬間、また“こぼれ”そうで。

 

「これからは、あなたが“支配する側”に回ることなどありません。あなたは従属して、命令されて、悦ぶことで生きていくのです。わたくしの屋敷において、主は、わたくしひとり」

「……はい」

「もう一度?」

「はい、ルイーゼ様……!」

「ふふ……ずいぶん素直になりましたわね。でも、それでは足りません。あなたの“悦び”が、どれだけ命令に染められているか――証明して見せなさい。言葉で、きちんと。自分の意志で」

 

俺は、喉を鳴らした。

震える手を膝の上で握って、ただ、絞り出す。

 

「俺は……ルイーゼ様の命令がないと、もう……悦べません……」

「もう一度」

「ルイーゼ様の命令が……俺の、いちばんの、ご褒美です……」

「結構。なら、次からは黙っていても、鞭を振れば悦んでいただけますわね?」

「は、はいっ……!」

「リゼ、覚えておいて。この犬、“ぶひ”と鳴くのは、仕上がった証ですわ……これからもっと、調教を強化いたしましょう」

「承知しました。吠えさせます」

 

エリオット。

それが、俺の名前。

でも今や、それは飼い犬の首輪についた名札と同じ意味になった。

 

部屋を出るルイーゼ様の背に、何も言えずに頭を垂れた。

そしてその後ろに従うリゼが、最後にだけ、小さく口元を緩めた気がした。

 

“ぶひ”と漏れた一言で、俺はまた、階段をひとつ――下へ降りた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

屋敷の応接間に、柔らかな足音が響く。

 

入ってきたのは、ミレーヌ――俺の幼馴染だ。

控えめなロングドレスに、上品な微笑み。

柔らかな栗色の髪と、優しげな瞳。

 

けれど今日は、どこか様子が違った。

 

「ごきげんよう、エリオット。元気そうで何よりね」

「ミレーヌ……どうして……」

「だって最近、あまり構ってくれないから。それに、あなたが“誰に飼われてるか”確認しに来たの」

 

その瞬間、扉が音もなく開く。

 

「確認するまでもないのでは? あなたが触れもしなかったものを、わたくしが“正しく”扱っているだけですわ」

 

ルイーゼだった。

 

完璧な立ち居振る舞い。

威厳に満ちたその存在に、ミレーヌは一礼する――が、すぐに目を細めた。

 

「ルイーゼ様、あなた……随分とこの子を可愛がっていらっしゃるみたいね」

「ええ、当然でしょう? 自分では気づいていなかった悦びを、教えてあげたのですもの。“主がいることの幸福”を」

「……そう。じゃあ、どちらが“ご主人様”にふさわしいか、試してみません?」

 

あれ? ミレーヌ、雰囲気変わってる……?

 

ルイーゼも同じように感じたのか、ひとつ眉を上げた。

 

「いいでしょう。リゼ、判定役をお願い」

「了解です。わたくしの基準は、“より悦ばせたほう”です」

 

リゼは、静かに背後の壁に寄りかかり、ノートを開いた。

 

地獄の品評会が、始まった。

 

「エリオット、そんなにビクビクしないで」

 

ミレーヌはゆっくり近づいて、しゃがみ込んだ。

手を伸ばし、俺の頭をぽんぽんと撫でる。

 

「……でも、それだけじゃ足りないんでしょう?」

「えっ……?」

「頭を撫でられるだけじゃ、もう満足できないの? じゃあ、どこを撫でてほしいの? 言ってみて。ちゃんと、自分の口で」

「っ……」

 

声が出ない。

脳内に火が走る。息が乱れる。

 

「ねぇ、“躾けられるだけ”じゃなくて、“自分からお願いしたくなる”んでしょう?」

「や、やめ……ミレーヌ、それ以上は……!」

 

な、なんだこのバブみは……!?

ミレーヌに何があった!?

 

ぶひ……が、喉の奥で暴れる。

 

「もういいかしら?」

 

ルイーゼのヒールが、カツンと音を立てた。

 

「あなた、随分と“優しく”するのが得意なのね。でも、この犬に必要なのは、甘さではなく“従属”ですわ」

「従属……?」

「そう。この駄犬の悦びは、“命令されることそのもの”にある。たとえ撫でても、舐めても、褒めても……主の命がなければ、価値はゼロ」

 

ルイーゼは、俺の顎を軽くつかんだ。

 

「言いなさい。あなたの悦びは、誰の言葉に支配されているの?“ご主人様”は、誰?」

「…………」

「言わないと、鞭で教育し直しますわよ。さあ――悦んで。わたくしの“命令”で。」

 

ぶひっ――

 

言ってしまった。

 

止まらなかった。

反射でも、興奮でもない。

ただ、自然と、喉から溢れた。

 

「ふふ……」

 

ルイーゼの笑みは、勝者のそれだった。

 

「ぶひ、ですって? 最近のあなた、犬ですらありませんわね。“ぶひ”って……豚じゃありませんこと?」

「……!」

「ミレーヌ様。今回はわたくしの勝ちということで、よろしいかしら?」

「……ええ、悔しいけれど、完敗ですわ。でも、エリオットがあんな声出すなんて――ちょっと、可愛く見えちゃったのが悔しいわね」

 

ミレーヌはゆっくり立ち上がり、名残惜しそうに俺を見た。

そしてリゼに視線を送る。

 

「審判さん、判定は?」

「……“ぶひ”の時点で“豚”認定です。ルイーゼ様の勝利」

「わかりました。でもいい。次は負けません」

 

え、次あるの?

 

ミレーヌは軽く肩をすくめて退出していった。

 

ルイーゼは、俺の耳元でそっと囁く。

 

「わたくしの“命令”で悦んだのですもの。もう、“犬”では足りないわよね?」

「……はい、ご主人様……」

「ふふ、いい子。次は、どんな命令にも微笑んで応える“素直な身体”にして差し上げますわ」

 

それが褒美なのか罰なのかも、もう分からなかった。

 

ただ、俺は――

 

“ぶひ”を超えた何かになっていた

 

 

「さてお嬢様、豚の出荷は本日午後でよろしいでしょうか」

「ええ、構いませんことよ」

 

リゼは淡々とメモを取りながら、続ける。

 

「種別は“愛玩用”で処理しておきます。食用には――知性が残りすぎてますから」

「……ぶひっ(ぐすん)」

「鳴いた。はい、反応良好。精神状態はほぼ仕上がりですね。あとは“肉球の再生”くらいでしょうか」

「人間に肉球はないよね!?」

「それ、もう“人間です”って自己申告してる時点で虚偽申請ですけど」

「ふふ……リゼ、しばらくこの子の躾け、代行してみたら?」

「え? 私がですか?」

 

リゼは一瞬だけ眉を上げたあと、うっすら笑った。

 

「……では、まず“二足歩行の自粛”から始めましょうか。“ぶひぶひ”言いながら匍匐前進。様になりますよ?」

「ぶひぃぃいぃい……ッ!!」

「すごい、すでに反応が条件反射ですね。これはいけます。※なお、誇りは既に処分済みのようです」

「ええ、とても良い調教進捗ですわ。さすがはわたくしが選んだ犬――いえ、豚ですもの」

「ちなみにこの豚、課税区分はどうします?」

「嗜好品ですわ」

「高級嗜好品として登録。今後の管理は“贅沢品”として扱います」

「ぶひぃぃぃ(それ嬉しいのか……?)」

 

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