箱入りホスト   作:コンポタの人

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箱入りホスト・上

 山積みになったゴミ袋というのは案外寝心地がいい。臭いが酷いという一点を除けば、ティッシュみたいな俺の布団より断然素晴らしい。

 痛む左頬を摩りながら身体を起こす。殴られるのに慣れたとはいえ、堪えるもんは堪える。

 

 まさか太客の一人がホストの彼氏持ちだとは思わず、いわゆる美人局の体で競争相手に攻撃してくるとは考えたものだ。その後に何が起こるかまでは頭が回らないらしいがまあいい。さっさと戻って業務を再開しよう。振り子を止めるわけにはいかないからね。

 

 路地裏から出れば相変わらずの景色(外連町)が広がる。下品な女が下品に靡き、下品な男が下品なモノを張り詰めさせる。輝くネオンはもはやスピリチュアルのそれだ。

 

 その中に一際やかましい建物が見える。『ペンデュラム』と掲げられたそこが俺の第二の家だ。休憩室で臭いを取りすぐにフロアに向かう。

 

「あっレオンくん! 指名入ってるからよろしくぅ!」

 

「かしこまりましたー」

 

 ちょちょちょいっと髪を整えて堂々とした歩き方で出向き、明瞭かつ色気のある笑顔を浮かべながら、

 

「お待たせしましたお姫様。 今夜も来てくれたんだね!」

 

「ううん、全然待ってないよレオンくん! また会えて嬉しいな!」

 

「僕も嬉しい! 今夜も君がいるから楽しくなるよ!」

 

 顔を少し下から近づけて微笑む。俺がこうすることで喜ばぬ女はいなかった。ガッツリいけばいいってものじゃないのだ。

 

 酒が入った彼女は楽しそうにペラペラと喋り始める。友達と遊んだ、セクハラ上司がウザいなどなど案外会話のボキャブラリーは豊富だ。意外と面白く、勉強すれば落語家か漫談師にでもなれるんじゃないか?

 

 この子は金払いが良い方ではないので相応の、無理のない範囲で金を落とさせる。長期で稼ぐのがナンバーワンの基本、牧場の豚を一度に全て屠殺する馬鹿がどこにいる。

 

 そして今の子は早々に帰ってしまったので次の子が入ってくる。そこから同じことを繰り返すのが日々のルーティン。

 

 

 

 

 

「ああぁぁ、頭が痛えよぉ」

 

「レオン、お前酒に弱いもんなぁ! さすがナンバーワンホストだな」

 

「うっせ」

 

 同期に揶揄われながら椅子に溶け乗る。毎晩毎晩ウコンパワーが必須なのはさすがにしんどい。同期からそんなアドレナリンもどきを受け取り思いっきり呷る。

 

「なぁレオン、俺今度少し整形しようかな思ってるんだけどさぁ。良いとこ教えてくれないか?」

 

「んあ? どこいじんの?」

 

「ちょっと顎の方をクイッと、ね。こうクイッと」

 

「だったら荒事町にあるとこかなぁ、田中さんとこ。あそこ骨削るの上手いよ」

 

「あーあそこにもあるんだ、ちょ調べるわ。また今夜もがんばろなー」

 

「おー」

 

 俺の顔は何度も整形を重ねている。最初は目から。顎削って額を狭めて鼻を小さくして肌を貼り替えて頬削ってまた目をいじって……正直原型は残っていない。

 

 昔から色々なことをしてきた、大学に通って仕事もして。でも俺は致命的に不器用だった。大学は成績も人間関係も失敗して、仕事は何も上手くいかず転々として借金も重ねた。だが喋るのだけは得意だった。そこで思い立ってホストやろうとなったわけだ。

 

 そこからまた借金して整形して、借金取りに怯えながら下積みを重ねた果てにナンバーワンホストという今がある。借金も返し終わったしどうやら天職だったらしい。ということで取り立てて壮絶な過去があるわけでもない。

 

 そして俺の顔は今、()()()()()()がある。高級車よりも高級で宝石よりも眩い俺の唯一の宝物だ。

 

「ふぃー! パイセンお疲れーっす!」

 

「お疲れさん」

 

 後輩のホストが同期と入れ違いで休憩室に入ってくる。こいつはここに入ってきた頃は人当たりも良く可愛い後輩だなとは最初は思っていた。仕事も上手いし。でも一緒に働くにつれ、こいつがそんなにたいした男ではないというのが露呈してきた。客を根っこから金ヅルとしか思っていないし、他人を裏では舐め腐っている。客のケアもかなり消極的で可愛い顔しているが実際は唾棄すべき程の悪鬼だ。

 

「レオンパイセンまたダウンっすかー? ほんと酒弱いっすね!」

 

「うっせえよ……頭がガンガンすんだよてめえのEDMみたいな声聞いてるとさぁ」

 

「そんなパイセンのためにウンコ大量に買ってきましたから! ほらどうぞ」

 

「ウコンな。小学生じゃないんだからさぁ」

 

「そういや聞いてくださいよパイセン、僕の太客が最近重いんすよぉ」

 

「我慢しようぜそれくらい」

 

「でも限度はありますよぉ! こないだ別の客の同伴したら張り込みしてたららしくて危うく修羅場になりかけたんすよ!」

 

「まぁなんというか、ちゃんとケアしろよー?」

 

「いやいや、適当なところで切りますよもう。疲れたっす」

 

「鬼か! いや下手したら後ろから刺されてもおかしくないからな?」

 

「大丈夫っすよ! 今時そんなんしてくる人いませんって」

 

 

 

 

 

「内臓にナイフ刺さってなくてよかったな」

 

「はい……」

 

 店のラインで後輩が刺され緊急搬送されたと知らされた。犯人は話に出てた例の太客だという。ここまで早く運命が回ってくるとは思っていなかった。

 

「見舞品もあるぞ。ストゼロと梅酒どっちがいい?」

 

「いや見舞いで酒持ってこんでくださいよ!」

 

「冗談だよ。ほらバナナ置いてくよ」

 

「一つちぎられてるんすけど。食いましたよねパイセン」

 

 というのが数時間前の話。今はペンデュラムにスタッフみんなで集まっている。視線の先はここの新しいオーナーでめちゃくちゃ強面。ちなみに全然カタギの人だったりする。

 

「よく集まってくれた! 悲しいことに僕らの同志が倒れてしまった!」

 

 この人やたらと演劇くさい喋り方をする。なんだかアンバランスな人だ。

 

「僕は実に辛い! 子供のように思っているスタッフの一人だ! 胸を締め付けられる想いだよ!」

 

 裏でスタッフをこき下ろしているの知ってるからな俺は。彼はスタッフに優しいオーナーを演じきれていると思っている節がある。実際は周囲に本性がバレバレ、というか本人も自覚はないだろうが隠してるつもりはない。はっきり言って嫌いだ。

 

「もうこんな想いはしたくない! だから僕は手を打った!!」

 

 彼がそう言うとき、大体は碌でもない。極めて稀に良い事があるのもタチが悪い。

 

「みんなで柔道教室に通おう!! みんなで力をつければお互いに守り合えるなんて、実に尊いじゃあないか!」

 

 ……なにを言っているんだこの人は。

 

「なんで柔道なんですかオーナーさん」

 

「良い質問だ! 説明は嫌いだから超まとめるぞ! シンプルに強い! そして太客の一人が柔道教室のオーナーやってるからな!」

 

「じゃあ客のご機嫌取り第一じゃないですか!」

 

「当たり前じゃないか! 君たちは金の生る木だが所詮木だからね! ちなみに会費は少し負けてもらえるけど自腹だからね!」

 

「ちくしょう性根から腐ってやがる」

 

 いつ見てもひどい野郎だ。だがコイツの下から去ろうと思ってもここでの立場を失うわけにはいかない。よそに行ってもナンバーワンに返り咲けるとは限らないからし、今更別業種で上手くいくとも思えない。

 

 ()()()()()()、そんな風に自嘲してみる。

 

 そのまま解散、店も今日含め三日休みにするという。この辺は競争も激しくペンデュラムが絶対王者とはいえ、他のホストクラブに隙を晒しているような物だ。なのでまとまった休みはなかなかに久しぶりだった。そのうち二日間は柔道教室に行くことになるので休みにはならないだろう。

 

 趣味ではないが筋トレは常日頃からしている。客に金を落とさせるサービスには必要な要素だ。全身を満遍なく、それにスマートに見えるように鍛えている。背中を広く見せる背筋に袖から覗かせるための腕と脚、毎年の夏のビーチイベントのために腹筋もバキバキに仕上げており、体の強さもナンバーワンと自負している。二千万の顔と黄金の肉体、僕の眩さを構成する要素でもある。

 

 だがスポーツや武道の類は久しぶりだった。球技は苦手だし水泳もダメだ。走っても遅くはないくらいだし無双できるのは腕相撲くらい。

 

 それに俺は勝ち負けには拘らない。昔から人に負け続けてきて学んだことだ。負けてもそれが俺にとって都合の悪い結果だとは限らないし、波風立てないのが最善手だったりする。明日から始まる柔道はそんなムキにならず体力はホスト稼業のためにセーブしよう。

 

 俺の大切な商売道具(二千万の顔)が傷物になるのも避けたい。

 

 今日はもう寝よう。繁忙期だったというのもあって久しぶりの休みなんだ。ドーピング紛いのことして値段に釣り合わないつまらない酒を飲み続けた体は限界、惰眠を貪ってもバチは当たるまいし、なんなら口を出すようなやつは殴り返しても良い。

 

『プルルルルルルルルルル!!!!!!!!』

 

「うっせえ! 寝かせてくれよ殴り殺すぞワレェ!!」

 

 俺の正当な怒りを撒き散らしながら枕元にあるスマホを充電コードからひったくる。

 

「もしも」

 

「もしもしレオンくん? ごめんだけど君だけちょっと柔道教室ナシね!!」

 

「…………はい?」

 

 食い気味に電話に出たオーナーはそう言った。音割れした声は俺の耳を虐めるには充分な威力だった。

 

「えっと……なにがあったんですか?」

 

「実はさ——」

 

 オーナーが言うには行く予定だった柔道教室がキャパオーバーで丁度一人あぶれてしまったという。無配慮無責任な男だとは知っていたが無計画な男でもあったとは、わかっていたが確定情報に格上げとなった。

 

「で、なんで僕なんですか?」

 

「ずっと思ってたんだけどさぁ、柔道って華がないじゃん?」

 

「そんなことないと思いますけど」

 

「だから君にはもうちょっと派手なことしてもらおうかなって思ってさ! ほら客に見世物にできるかもしれないじゃない? だれかの武器にさせるんだったら君のものにしてもらおうかなって思ってね」

 

「それでなにをやるんです?」

 

「内緒」

 

「は?」

 

「ちょっとしたお茶目なサプライズだよ! 後で住所送るから今日から行ってきてね!」

 

「いやいやいや教えてくださいよ! てかなんで今日なんですか!?」

 

「今日行かせるって向こうに話しちゃったからねー。んじゃよろしくー」

 

「ああちょっと!!」

 

 ツー、ツー。電話が切れた。

 

 本当に殴り殺しても良いかなあいつ、俺の大切な休息を汚して無茶苦茶言って挙げ句の果てに今日の休みを破壊しやがった。法律で許されるならリストから真っ先に殺しに行ってやる。

 

 ……仕方がない。さっさと支度して行くか。

 

 そして例の場所に着いた。自転車で三十分、車はかなり使いにくい地域。あの電話から俺にストレスを社会実験の如く与え続けられている。

 

「四天鏑木ボクシングジム……」

 

 倉庫のような建物に大きな看板がくっついている。壁越しに強烈な衝突音と唸る鎖、キレのある雑踏。音が止むタイミングがないと思えばブザー音と共に静かになった。

 

 同時に中から人が出てきた。六十から七十くらいのおじいさんで、タバコの臭いが強く香る。

 

「お前さんか、今日から通うっていうのは」

 

「あっ、えっと……本名の方が良いですか?」

 

「なんでもいい」

 

「あの、レオンです。源氏名で小鳥遊レオンでホストやってます」

 

「おう、入ってくれ。話は聞いている」

 

 彼に促されて中に入る。中はかなり広いという訳ではなかったが割と人が多かった。固まって談笑をしており俺を見たとき会釈してくれた。だがブザーがなった途端、表情が鋭くなりひとりひとり練習に戻りだした。

 

「護身術としてボクシングをやるって聞いているんだけど合っとる?」

 

「ええ、まあそうです」

 

「ウチはお前さんみたいな理由でやってる奴もいるしダイエット目的の奴もおる。もちろんプロもおるで。良い体しとるけどなんか運動してたんか?」

 

「いや、仕事柄細いより太いほうが良いんで筋トレしてるだけですね。魅せるための筋肉って言えば良いんですかね」

 

「へえ、とりあえず入るのは確定で良いの?」

 

「まぁ上司命令ですから」

 

 妙にテンポの良い会話をして渡された書類を書く。月会費は一万ジャストだった。これくらい店で出して欲しいと思ったが、どケチ大魔神のオーナーは自腹で払えなんて吐かしていた。

 

 しかしすごい音だ。ふと見てみると先輩になるジム生がサンドバックを思いっきり殴りつけていた。爆発のような衝撃音にそれを釣り上げる鎖が叫ぶ。さらにその衝撃が伝っているからか建物自体が響き喚いている。サンドバックが何個か並んでおりどれもが揺れている。

 

「みんなこっち来てくれーっ!」

 

「ッ!」

 

 おじいさん、ここの会長さんが一声かけると練習に打ち込んでた連中が集まってくる。

 

「そうだな……そこの二人でスパーリング見せてやってくれんか新入りにな。二ラウンドだけでいいから」

 

「うっす!」

 

「おけっす!」

 

 指名された二人が準備を始める。口の中に入れ歯擬き(マウスピース)をいれ顔に透明なジェル(ワセリン)を塗りたくり、股間を保護するの(プロテクター)をつけてそれぞれ赤色と青色のパプリカみたいな兜(ヘッドギア)みたいなやつを被った。そしてグローブの紐を人に締めてもらい二人ともリングに立ち入る。

 

 互いに小刻みに跳ねたり調子を整えようと左右のグローブをダンダンッと打ち付けたりしている。

 

「見とけよ、スパーとはいえこいつが本物のボクシングだ」

 

 会長がブザーを鳴らす。リングの角(コーナー)から中心に構えながら半身で進み、おなしゃす。と言って互いの拳を軽くぶつけあった。その直後だった。

 

 少し間合いを取った直後、赤い装備の人の拳が青い人の顔に叩き込まれた。サンドバッグと変わらない爆発音を奏でながら。そのまま二の拳をねじ込もうとするが青い人が身を下に巻き、そのまま懐に潜り込み腹に向かって一撃を入れる。

 

 そのまま殴り合いになった。殴り、躱し、下がって飛び込んで回って。素人でもそれが考えなしの暴力ではないのがわかる。だが不思議なものだ。スポーツとかは一切興味はなく、客との付き合いで他のスポーツを観戦をしてもなんとも思わなかったのにだ。俺はこの光景に飲み込まれていた。

 

 しかし、これを見て思ったことがある。試合とかはしたくない。顔に向かって遠慮なく拳を打ち込まれりゃ顔にダメージが残りかねない。俺の二千万の顔がボコボコになったら大惨事だ。

 

 おおよそ人から鳴ってはいけない爆発音がする模擬戦を見届けた後に会長が声をかける。

 

「よし、早速だがミット打ちやるか」

 

「いやいや、素人なんでいきなりは……」

 

「素人だからこそだろう。ほら軽く教えるからよ。右利きだな、とりあえず見よう見まねで構えてみろ」

 

 会長が構え、それを真似してみる。簡単に矯正をした後にパンチの打ち方を教えてくれた。

 

 リングの中に入り、会長はミトンみたい(ミット)のを、俺は普通の軍手をつけた後にグローブを手にはめる。指の自由はほとんど無くなったが一つ気付いたことがある。恐ろしく拳を握りしめやすい。

 

「ほれ、打ってみろ!」

 

 会長が叫ぶ。軽くさっきまでのレクチャーを反芻するように緩慢な動きで打ち方を再現してみた後に一息つく。そして全身に電気信号を送り込む。

 

 右足で床を後ろに蹴り、左足で力強く踏み込め。踵が浮く右足を回し腰を回し、右肩を突き出し右腕を伸ばしながら回転させろ。 拳を全力で握りしめ構えられたミットに撃ち込めッ!

 

 パァンッ!! と高らかに笑いながら跳ね上がるミット。それにつられ会長が少し仰け反った。

 

「おいおい…………良いパンチじゃあねえか!!」

 

 嬉しそうな声色をしていた。自分でも驚いている。

 

「なあ! プロになる気はねえか!? お前さんなら輝けるぞ!!」

 

 あまりにも恐ろしい提案だろう。この箱(リング)の中でそう呟きかけた。

 

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