夜空は澄み渡り、星々が広がっていた。相反する様にして、地上は倒壊した建物を始めとして荒廃した光景が広がっている。
それらから隔絶されるようにして、炎の壁に阻まれた敷地に巨大な建造物が一つ。名は『最終防衛学園』。
人類が『侵攻生』と呼ばれる異形の存在と戦う為に設置された校舎であり、屋上では赤毛の少年『澄野 拓海(すみの たくみ)』が深呼吸をしていた。
「(戻って来たんだよな)」
この学園に拓海達が招集されてから2日目。どうして自分達が集められたか、ここは何処なのかも分からないハズなのに、彼の足取りはしっかりとしていた。
まるで、これから先。何が起きるかを事前に知っているかのようにして向かった先は体育館だった。ここで、自分達の運命を左右する出来事が起きるんだ。俺が何とかしないと! と、意気込んだ彼が見た光景はと言えば。
「やぁ! 拓海クン! こんな時間にどうしたんだい?」
眼鏡のフレームをキラリと光らせて、良いスマイルで呼びかけて来たのは『蒼月 衛人(あおつき えいと)』だった。手には物騒な処刑鎌(デスサイズ)が握られている。
彼の隣ではバカでかい戦斧(バトルアクス)を振り回している長身の女性が居た。黒髪のロングヘア―と纏った怜悧な雰囲気が特徴的な彼女は『雫原 比留子(しずはら ひるこ)』だ。
「澄野も特訓に?」
「と、特訓?」
「うん。僕達は重大な使命を背負っているからね! 頑張らないと!!」
どうにもなんか違う展開だった。澄野が自身の記憶を確かめていると、居るべき存在が居ないことに気付いて声を上げた。
「なぁ、SIREIは?」
「え? 知らないよ? 作戦室にでもいるんじゃない? 比留子さんは何か知っている?」
「知らないけれど」
自分達を取りまとめる『SIREI』というマスコットみたいな奴がいたのだが、2人共、知らなさそうだった。自分の記憶にある限りでは、ここでアイツが破壊されて事態がややこしくなるのだがと思っていると、体育館の扉が開かれた。
「皆―、夜食持って来たよー!」
「お、澄野も来てんのか!」
黒いキャップを被った金髪褐色肌の少女『川奈 つばさ』の手にはサンドイッチなどの軽食が握られており、彼女の隣にいる草臥れたシャツを着た少年『丸子 楽(まるこ がく)』は、飲料水の入ったペットボトルを多数抱えていた。
「あの。ここで何を?」
「秘密の特訓。って所! もしかして、拓海クンも訓練に?」
どうにも野望や陰謀が渦巻いてそうな空気は無かった。されど、何か事件が起きる気がした! と言ったら、危ない人となり以後の生活において不審者の肩書を背負う可能性を考慮して、拓海は頷いた。
「あぁ。やっぱり、身体を動かしている方が不安も和らぐしな」
「だよね! と言っても、訓練なんて分からないから学生兵器(クラスウェポン)の素振り位しか出来ないんだけど」
蒼月は利口そうな顔をしていたが、発言は割と年相応と言った具合だった。とは言え、寝る前にそんな物騒な物を振り回す気にもなれなかった。
「そう思って、木刀を用意しておいたわ」
と、雫原が木刀を渡して来た。訓練には打って付けなのだが、どうして自分の得物の形状を知っているのだろう? と、言う疑問は直ぐに吹っ飛ぶことになる。
渡された木刀を握ると、雫原が背後から抱きかかえる様にして、拓海の手の上から木刀を握った。
「雫原!?」
「何? 私は木刀の握り方を教えようとしているだけだけれど」
まだ2日目とは思えない位にアグレッシブな交流だった。すると、蒼月が笑顔を浮かべたまま近付いて来た。
「比留子さん。拓海クンは男子だよ? そう言う、スキンシップは良くないと思うな。代りに僕がやるよ?」
「今まで、病弱だった貴方に武道の心得はないと思うんだけど?」
「2人共……?」
なんか、勝手に火花を散らし始めた。一体、何処に争う要素があったのだろうかと思っていると、川奈がやって来た。
「雫原さん。澄野も抱えられたままだと何もできないし、一旦。放さない?」
「そんで、俺達と一緒に何をやるか考えようぜ」
丸子も後ろで頷いていたが、拓海が解放されそうな雰囲気は無かった。というか、本人はそれ所じゃなかった。
至近距離で抱きかかえられているので、思春期男子にはあまりに刺激が強かった。時刻が夜中で体力が減っていたこともあり、拓海の意識は朦朧として、そのままシャットアウトされた。
~~
「やっぱりね! 先輩達には節度を持って欲しいんですよね!」
翌朝のことである。昨晩のことは夢か何かじゃないと思っていた拓海は、食堂に入るや、召集されたメンバーの中で最年少組である九十九兄妹の兄『九十九 今馬(つくも いま)』が抗議している現場に出くわしていた。
「そうだよ。澄野先輩も困っちゃうよ!」
兄に加勢しているのは、薄桃色の髪をツインテールシニヨンにまとめた少女。『九十九 過子(つくも かこ)』だった。彼女の手には、あんこバターが乗せられた牛丼が握られていた。
「それ位は、便所虫程度の存在でしかない僕でも分かることですが……」
九十九兄妹よりもさらに小柄な少年。自身の体格程はあるリュックサックを背負った『銀崎 晶馬(ぎんざき しょうま)』は異常とも言える卑屈ぶりを見せつつも、抗議に参加していた。
「きょ~っきょっきょっ。初日からモッテモッテだねぇ。前世からの知り合いパターン?」
頭頂部辺りを黒に染め、それ以外を蒼に染めて、顔面の左半分には剥き出しの歯茎のペイントを施した『飴宮 怠美(あめみや だるみ)』は、真っ白な肌をプルプルと震わせながら愉快そうにしていた。
「いや、うーん。どうなんだろう」
ジョークの様な問いかけだったが、拓海は否定できなかった。
彼は、ここにいる者達のこと。これから出会うかもしれない者達のことを知っている。知っているのだが、皆の様子がおかしい。
「おい、澄野。なんかあったのか?」
彼に歩み寄って来たのは、サングラスを掛けた大柄で強面な男。いわゆるヤンキーと呼ばれるファッションをキメている『厄師寺 猛丸(やくしじ たけまる)』の変わらぬ様子を見て、拓海は安堵していた。
「俺もよく分かんないけど、皆。妙に距離が近いんだよなぁ……」
とりあえず食堂に来たのでテキトーなモンを頼もうとした所で、ドン。と、目の前のあんこバター牛丼が置かれた。顔を上げると、目を輝かせている過子の姿があった。
「先輩! あんこって言うのは豆。つまり、しょうゆの仲間で。バターと牛は相性がいいから間違いないよ!」
「全てを間違えているよ!!」
少なくとも牛丼の上に甘味は乗せるべきではない。と思っていたが、彼女の背後からヌッと今馬が姿を現わした。
「先輩。世にはチーズと牛丼があるんです。だったら、あんことバターだって似たような物じゃないっすか。とりあえず、食ってみませんか? もし、アレだったら。残した分は、自分が食うんで」
そう言うことならと。折角作ってくれた物を口に運んだ。当たり前の様に牛丼の味とあんこは大げんかして、口の中で不協和音を繰り広げていた。
「ごめん。気持ちは嬉しいけれど、やっぱり無理だ」
「そっか……」
シュンと過子が鳴っていると、隣では今馬が残されたあんこバター牛丼を食っていた。先程まで、拓海が使っていたスプーンで。
「こんなに美味いのに」
レロォ……と見せつける様にして、スプーンを舐っていた。普通は汚いという感想以外、抱きようがないハズだが、妙に煽情的な仕草に見えてしまったので、拓海は視線を外した。
「行儀が悪いぞ」
「すいません、新しいのを持って来るのが面倒だったんで」
「じゃあ、ついでに新しいの取って来てやるよ」
見た目はヤンキーだが、中身は善人も進んで手を取り出す程の善良さを持つ厄師寺が席を立った所で、滑り込むようにして蒼月が拓海の隣に座った。
「そこ、厄師寺先輩の席なんっすけど?」
「え? ゴメン、空いていたから。拓海クン、そんなクソマズ飯の口直しに、一緒にピザをシェアしない?」
今馬の牽制を無視して、蹴り飛ばす様にして蒼月はピザを置いた。先程のあんこバター牛丼とは比べるべくもなく、美味そうだ。
「お。ありがとうな」
既に切り分けられていたので、拓海は1枚とって口に運んだ。実に真っ当に美味かった。ただ、文句があるとすれば少し熱い。長らく手に持つことが難しい熱さだった。なので、一旦置いた。すると、食い掛けのピザを蒼月が手に取って口に運んだ。あまりに自然な動作だったので、訳が分からなかった。
「どうしたの?」
「え、いや。お前が食ったの、俺の食いかけ……」
「それがどうかしたの?」
アレ? おかしいの、俺の方? と拓海が疑問を抱いた所で、戻って来た厄師寺が席を奪われていることに気付いた。
彼は願った。持ち前のヤンキーさでこの無法を働く不審者をどかしてくれと。すると、厄師寺は頭を搔いていた。
「なんだ、澄野と一緒に飯食いてぇのか? しゃーねぇなぁ」
「ヤンキー止めちまえ」
ヤンキーにあるまじき気遣いと優しさを前に、拓海は抗議せざるを得なかった。気づけば、拓海の周りには雫原や川奈等、厄師寺と飴宮以外のメンバー全員が集まっていた。
「ねぇ、澄野! この後、ラボに来ない? 見せたい物があるの!」
「駄目よ。澄野は私と一緒に探索に行くの。あ、他のメンバーは付いて来なくて大丈夫だから」
「何を言っているんですか! これから、澄野さんは僕と一緒にサウナに行くんですよ!!」
「君達こそ正気に戻りなよ。全く、醜いなぁ……」
多数の人間にもみくちゃにされている様子を遠目で見ながら、飴宮はスナック菓子をバリボリ食べていた。
「はにゃ? なんで、拓海の好感度カンストしてんの?」
「知らねぇよ。知り合いだったんじゃねぇか?」
全く訳が分からない厄師寺は、配膳されたうどんを啜りながら、朝に見るにはあまりに騒がしい光景を傍観していた。