「完成したよ!」
NIGOUが言っていた通り。中庭には追加の檻が出来上がっていた。
今まで、同じ檻に閉じ込められていた部隊長達もパーソナルスペースを手に入れたことになるのだが。
「なぁ。コイツらってこんなに太っていたか?」
改めて檻に閉じ込められている面々を見て厄師寺が呟いた。アダムキューとパクロンだけは体型を維持していたが、その為の部隊長達は肥惨とでもいうべきか。わずか数日でブクブクと肥え太っていた。
「ひひひ。ヴェシネス様に脅かされることも無く、君達に殺されることも無く、1日中ゴロゴロして美味いもの食っているだけで良いなんて……マジ最高」
「む、惨い。敵ながらあまりに惨い姿でござる」
クェンゼーレが心だけでなく見た目まで醜悪になり掛けているのを見て、凶鳥の中でも罪悪感が湧き上がっていた。
「せめて不自由させているから、ご飯だけでも美味しい物をと思ったんだけれど」
「悪意が無い分、恐ろしいわね」
この時、大鈴木は始めてNIGOUと言う存在に恐怖を覚えていた。
ムヴヴムは檻の中で優雅に本を読んでいるし、シャンシンは何時までも何かを食っている。あまりに惨い光景にアダムキューが癇癪を起していた。
「テメーら英雄としての矜持はねぇのか! 今のテメーらは豚だ!」
「黙ってろ、ハゲ!!」
ドカ食いシャンシンさんとしては、幸福な時間を邪魔されたことが甚く立腹だったのか。彼女らしからぬ暴言を吐いていた。
「なんて醜いんだ……」
蒼月も呟いていた。ひょっとしたら、自分達の警戒心を解く為の演技かもしれないが、変わり果てた体型を見るに可能性は低そうだ。
「コイツらは部隊長じゃなくて、豚胃腸っすよ。豚胃腸」
「誤変換にしても酷過ぎるよ」
そんな浅ましい争いを繰り広げる部隊長達を今馬が蔑んでいた。申し訳程度に過子が咎めていた。
「こんな雑魚共はどうでも良いのよ。問題はヴェシネスとイヴァー。それと、隠し玉もありそうだし」
もはや関心を向ける気も無くなったのか。雫原が今後の問題を打ち出した。
現在、最終防衛学園改めて最終防衛無敵学園となった校舎に攻め込んでくるのは部隊長と言えど、容易ではない。
「比留子さん。場所を変えよう」
彼女の隣にいた蒼月の提案によって、一同は中庭から食堂へと移動した。昼食の用意をした辺りで、彼が切り出した。
「昨日、僕達はよく話し合った結果。公開して良いと思う情報は拓海クンや怠美さん達にも話すようにしたんだ。秘密主義にし過ぎると、不信感に繋がりかねないからね」
協議に参加したと思しき面々が頷いていた。聞きたいことは山ほどあったが、最も聞きたいことが何かといえば。
「そうか! じゃあ、聞きたいんだけれど。皆の距離感が滅茶苦茶なのは何?」
「皆、拓海クンのことが大好きなだけだよ?」
ブンブンと頷いていた。まるで何の答えにもなっていない。すると、今度は飴宮が手を挙げた。
「はいはーい! 皆が知っているタイムラインでは怠美はどうなっていたの?」
「鯖になっていました」
銀崎がニッコリと笑いながら答えていた。鯖と言うと、あの魚の奴だろうか?
「え? サーヴァントになっていたの? クラスはやっぱりバーサーカー? それとも学生兵器(クラスウェポン)的に考えてアーチャー?」
「いえ、魚の鯖です。魚に青と書いて鯖です。ちなみに厄師寺さんはカツオです」
意味が分からなかった。ただ、誰も茶化したりしない辺り、マジでそう言うことがあったと思っても良さそうだ。
「鯖以外の回答は?」
「知っているけれど、話せないことだと言っておくよ」
面影に断られて、飴宮の話は打ち切られた。開示された話が鯖になる未来だけと言うことは、それ以外は酷い結末を辿ってそうな気がした。
「じゃあ、俺からも質問だけれどよ。なんで、俺達だけが『周回』って奴の記憶が無いかってのは分かるのか?」
「理由は分からないけれど、思い出す、思い出せないというのは個人差がある。というのはあったわ。なにかの切っ掛けとかそういうのもまちまちだし」
雫原が言った。こればっかりは何が起きているか分からないので、こう言うしかないのだろう。
「皆が経験して来たTLに付いて教えてくれたりとかは?」
「害にならないTLなら教えて上げられるね。さっき怠美さんに言った鯖になったりする話とか」
「怠美達って100日間、学園を防衛するのが目的なんだよね?」
何処に鯖の要素が? と言いかけたが、他の面々も良く知らないらしい。
一応聞いてみた所。SIREIに渡された携帯端末に呪いのメールが回って来たので、送信しなかった所。全員が鯖頭orカツオ頭になったらしい。
「???」
あまりに意味の分からない話に、拓海は宇宙を背景にした猫が如くアンニュイ顔になっていた。
「澄野が眠気測定マシーンを好感度メーターと勘違いして使って、真相を知った後も。そんな顔していたね」
「スチル使い回せそ~!」
川奈が思い出し笑いをして、飴宮も茶化していた。ただ、分かることがあるとすれば。平和なTLも存在していたと言うこと位か。
「ほほほほほほほほほほ。他には拙者と恋愛する話も」
「狂死香?」
大鈴木がポンと凶鳥の肩に手を置いた。多分、協定的には言ってはならない話だったのだろう。拓海も反応した。
「オレが凶鳥と……」
防衛学園組は過子を除いて理解できるし、第2防衛学園の方は霧藤以外には、そういう関係になることが予想できなかった。特に凶鳥はそう言うのに、興味が無さそうだった。
「そうだね。捕虜の尋問役として活躍していたし、今日のご褒美は狂死香さんでいいかな?」
「じゃあ、明日は僕ですね!」
銀崎の提案に、皆が頷いていた。かくして、これ以上TLの話を深堀される前に、皆が去って行った。残った凶鳥は何時になくいじらしかった。
「いや、拙者の記憶にある澄野殿と。今いる澄野殿は別物だと言うこともキチンと理解しているのでござるが」
元は同じ人間と言うことを考えれば、未練が残るのは分からなくもない。
この最終防衛学園に関わる秘密とかとは何も関係が無さそうだが、接点の薄い彼女と如何に近付いたかというのは聞いてみたくはあった。
「引っ掛からない範囲で聞かせてくれると嬉しいな」
「な、ならば! その。ちょっと手伝って欲しいことがあるのでござるっ」
もしかして、何か如何わしいことかと思いきや。彼女の頼みと言うのは、このご褒美によって頼まれて来た無茶苦茶なお願いに比べて随分と可愛い物だった。
~~
「頼みがピクニックって」
「うむ。拙者にとってかけがえのない体験でござるよ」
問題があるとすれば、最終防衛学園が要塞化しているので、屋上でやるしかなかったと言うことだが、穏やかな時間だった。
そして、彼女が経験して来た話を聞いた。ひょんなことから自分とキスする夢を見たということ。その思いが本当かどうかを確かめるために恋愛期間を設けたということ。……置かれている状況にそぐわない浮ついた話だった。
「なんか。自分のことだけど、聞いていてちょっと恥ずかしくなるというか」
「だが、澄野殿はよく聞いてくれて、真摯に向かい合ってくれたのでござるな。拙者、どうしてジャンプにラブコメがあるのか理解できなかったけど、今なら魂で理解できるのござる」
形の悪いお握りを齧りながら、拓海は凶鳥の話をよく聞いていた。
思えば、自分は皆と生き残ろうと決意したが、彼らや彼女達のことを何も知らない。現に変人だと思っていた凶鳥は。
「全てが終わった後は、皆と平和で何もない日々の中で。こういう風にピクニックに行ったりして、他愛のない日々を過ごせたらと。思うのでござるよ」
こんなにも普通の願いを抱えている少女だと分かったのだから。直ぐにコロッと行きそうになる自分を咎めた。
「(どうにも、自分が軽薄すぎる……)」
「皆がループしていることを知り、拙者も強く生き抜くためにラブコメ以外に新たなジャンルを開拓することに決めたのでござる。傑作を生みだし続けたS社を信用して、見つけた新規の漫画がコレでござる」
弁当箱以外も風呂敷に包んでいたらしくハラリと解けた。すると、そこには100巻を超える漫画が並んでいた。これは拓海も知らない者だった。
「◇これは一体……?」
「『タフシリーズ』でござる。まさに、拙者たちが陥っている状況を切り抜けていくのに必要なタフさが学べるのでござるな」
名前位は聞いたことがあるが、中身は全く知らない漫画だった。まさかと思うが……凶鳥はニッコリと笑っていた。
「知らないってことは、これから知って行く楽しみを味わえるってことでござる!」
「なんか海賊漫画とか呪術漫画。鬼系の漫画とベクトルが違うけれど、大丈夫なのか?」
「大丈夫でござるよ。タフは友情、努力、勝利を含んだ完全少年漫画だから問題が無いのでござるな」
ただでさえ、日常会話に奇怪なパロディを混ざる彼女の喋り方が更に珍妙な物になっていた。多分、自分が読んでしまえば仲間が出来たと思って彼女は更に訳の分からないトークをしそうな気がした。
「あ、ありがとう。後で読むよ」
「是非とも感想を聞かせて欲しいのでござるな。それはそれとして、この卵焼き。今回は上手く作れたのでござるが」
話題を逸らして良かった。おにぎりの形は微妙だったが、他の料理は上手に作れていたので、そちらの方を楽しみつつ。風呂敷に包まれたタフシリーズには意識を割かない様にしていた。
~~
「クソッ! この漫画が面白ェから! 畜生!」
だが、拓海は男子だった。高校鉄拳伝から始まる、熱い少年漫画的バトル。そして、シリーズを経るごとにシビアさが増していく作風にあっと言う間に引き込まれていた。
防衛線も何も発生しないので、凶鳥と別れた後。拓海はずっと漫画を読んでいた。この2周目はサブカルの造詣が異様に深まりそうだった。