「なぁ、凶鳥! お勧めされた漫画すっげぇ面白かった! 鬼龍が敵ながらもすっげぇ格好良かった!」
「お、おぅ。そうでござるか」
翌朝の食堂。非常に珍しいことに拓海は自分から凶鳥の所へと行って、漫画の感想を述べていた。話題を共有できると言うことで彼女も喜ぶかと思いきや、何故か反応は芳しくなかった。
「あ、もしかして。この先で死ぬとか……?」
「澄野殿。それは自分の目で確かめて欲しいのでござる。でも、どんな未来が待っていても。強くいて欲しい。拙者の願いはただ一つでござる」
あまりに儚く微笑むので、やっぱり死ぬのか……と拓海は内心で落ち込んでいた。それを察した凶鳥は静かに目線を逸らしていた。
この2人の会話は周囲の注目を集めていた。基本的に拓海は自身から話し掛けて行くことが少ないので、こうもガッツリと食いつくパターンは珍しかった。堪らず、大鈴木が凶鳥に聞いた。
「ちょっと。何の話で盛り上がってんのよ」
「猿渡先生の名作『タフ』の話でござるな。少年漫画でありながらもシビアさと人情、大迫力の作画が魅力的な素晴らしい作品でござる。今なら、プレゼントマシーンで生成し放題でござるよ」
普段はちょいとアホ目な彼女だが、マンガの宣伝に関しては頭が回った。あるいは単なる偶然かもしれないが。
皆が好意を寄せている澄野が愛読している漫画。となれば、関心を引かない訳が無い。この話題を聞いている物は会話のネタを得るチャンスを与えられた者達。急げ、乗り遅れるなっ。というメッセージを受け取っていた。
「じゃあ、澄野さん! 今日は僕と一緒にトレーニングをしましょう!」
この話題に便乗して来たのは銀崎だった。本日は彼と一緒に過ごす予定もあり、やりたいこともがっちりと符合していたので拓海は目を輝かせていた。
「よっし! 校庭で走るのは無理そうだから、リラックスルームに行こう!」
「はい!」
朝食もほどほどに2人はリラックスルームへと向かった。それから間もなくのことである。様子のおかしいメンバーは一斉に娯楽室へと向かった。
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リラックスルーム。とは名の通り、特防隊の面々が体を動かしたり、あるいは何かしらのレクリエーションをして心機一転を図る為に設けられた部屋である。
室内にはプールも備え付けられており、2人は水泳に興じていた。元々、拓海は泳ぐことが好きだったこともあったが、銀崎も負けず劣らず付いて来ていたのでびっくりしていた。
「お前、そんなに運動できたのか……」
「周回している内に鍛え直したので。昔から痛みには耐えられるので、鍛錬とは相性が良かったみたいです」
『自分を苛め抜く』という比喩が使われる位には、鍛錬とは過酷な物だ。
だが、銀崎は長年。あらゆる苦痛に耐えて来た。故に、トレーニングなどにも耐えられるだけの根性が培われていたのだろう。
「(普通に考えればイジメられたらイジメられる程、上限が減って更に打たれ弱くなるものだと思うんだけどな……)」
「それに。僕は皆を守ると決めたんです。いつまでも卑屈なままではいられません。少しずつだけど、前向きになろうと思いまして」
周回と言えば、摩耗していく印象があるのだが、銀崎は一皮剝けていた。彼の成長を微笑ましく思いながら、休憩を挟むことにした。
「あ、澄野さん。良ければ飲み物をお持ちしましょうか?」
「助かるよ」
水泳で火照った体に冷えた飲み物は有難い。彼の好意に甘えて、リラックスルームでゆっくりとしていると、間もなく銀崎が帰って来た。
「お待たせしました。アイスティーにしましたけど、大丈夫でしたか?」
「問題ないよ」
カランとグラスの中で氷が揺れた。堪らず飲み干した。喉を通って、全身に染み渡る爽快さが気持ちよかった。ホッと一息着いたのも束の間。気が緩んだせいかフラッとしてしまった。
「大丈夫ですか?」
咄嗟に銀崎に支えられて、何とか踏み止まった。
ここ最近は防衛線も何も無く、身体を動かす機会が乏しかった為、思ったよりも疲れていたのかもしれない。
「ごめん。久々に運動して疲れたのかも」
「すいません。澄野さんのペースを考えずに。部屋にお送りしますよ」
そこまでしてくれなくても。と思ったが、ここで断った方が却って凹ませるんじゃないかと思ったので、お言葉に甘えて部屋まで送って貰うことにした。
~~
「……うん?」
目を覚ました拓海は自分が部屋に帰っていないことに気付いた。おまけに自分は半裸のままだ。
周囲の雰囲気を見るに、ここは銀崎の部屋だ。動こうとしたが身動きが取れない。両腕が縛られていた。
「澄野さん。暴れないで下さいね」
「銀崎!?」
何時の間にやら筋骨隆々としたバージョンに変身していた。手にしたガーゼに薬品みたいな物を染み込ませている。とてもよろしくない気がした。
「不味いぞ! バカなことは止めろ!」
「澄野さんのことが好きだったんですよ!!」
ヤバ気な雰囲気のガーゼを口に押し当てられようとした時、部屋の扉が蹴破られた。
見れば、学生兵器(クラスウェポン)を展開した厄師寺の姿があった。背後には、同様に武装した蒼月と面影の姿もあった。
「何やってんだテメェ!?」
「晶馬クン。バレないと思った?」
「ちょうど、中庭に檻が増えたのもいいタイミングだと思うんだよね」
流石に3人には勝てる訳がないと踏んだのか。銀崎は力なく両腕を垂らしたかと思いきや、引き出しを開けて我駆力刀を取り出していた。
「バカ野郎! 僕は勝ちますよ!!」
世界一しょうもない我駆力の使い方だった。ロボット形態に変身した銀崎は抵抗を試みたが、多勢に無勢。というか、蒼月と面影が異常に強かったので瞬く間に鎮圧されていた。
「放して下さいよ!!」
「寝ていてね」
面影から薬品の染み込んだガーゼを押し当てられ、銀崎の意識はコロリと落ちてしまった。そして、ドローンがやって来て彼を連行していった。
「おい、澄野。大丈夫か?」
「オレは大丈夫だけど。どうやって分かったんだ?」
救助に入るまでがあまりに迅速だったので疑問だった。多分、監視されていたんだろうなと思っていると、蒼月が説明をしてくれた。
「いや、皆がプレゼントマシーンで少年コミックを生成しに行った時にね。履歴を見てみたら『睡眠薬』が入っていたから、ひょっとして……と思って張り込んでいたんだよ」
「生物薬品室の棚は私が一括管理しているからね。入手するとしたら、そこ位しかないからさ」
と、面影が補足していた。事情は分かったし、助けてくれたこと自体は良いのだが。良いのだが……。
「何も良くねぇよ!? テメェら澄野のことを何だと思ってやがるんだ!」
自分の代りに厄師寺がキレていた。元々、腹に据えかねていたのだろう。ここに来て、彼の怒りは爆発していた。割と正当な怒りではあるのだが。
「もしかして、僕らから拓海クンを取り上げようとしている?」
蒼月が漏らした言葉はゾッとする程冷たい物だった。1周目で見た哄笑とは比べ物にならない位に明確な敵意が籠っていた。
「厄師寺君。もし、君がそのつもりなら、私も手加減は出来ないよ?」
暗殺者。普段は非常識な常識人であるが、彼の本性がヌルリと這い出ていた。既に拘束を解かれていた拓海は前に出た。
「だ、大丈夫だよ! 厄師寺はオレのことを心配してくれただけなんだ。だから、な? 矛を収めてくれよ……」
ヴェシネスと対峙した時でさえ味わったことがない緊張感の中、拓海は言葉を絞り出していた。すると、蒼月達は武装を解除した。
「冗談だよ、拓海クン。僕達が仲間に本気で手を挙げる訳無いじゃないか」
「そうだよ。厄師寺君、協力ありがとうね」
2人は笑顔のまま部屋から去って行った。彼らが去ったのを見て、厄師寺は壁に手を着いていた。
「今まで、イカレているって思っていたけれどよ。認識が温すぎた。アイツらは狂ってやがる」
ズルズルと体を引き摺る様にして、厄師寺も自分の部屋に戻って行った。拓海も自分の部屋へと戻った。
~~
その日も拓海は寝られずにいた。今まで、自分は皆から好意を寄せられているのだと思っていたが、多分。好意程度の物じゃない。
自室で寝付くまでの間、タフを読んでいると。不意に気配を感じた。我駆力が集まって形を成していく様な。2周目の世界に来てからしばらく見ることの無かった、消えない炎を纏った少年が出現していた。
「拓海。起きている?」
「えっと、お前は……」
「シオン。シオンって呼んでくれ」
名前が欲しい。と言っていた彼が名乗っている位なのだから、彼もまた周回組なのだろう。この学園の根幹とも言える人物なら、ある程度の事情にも詳しいのではないか。
「シオン。お前も、周回しているのか?」
「そうだな。100日を繰り返しているという意味なら」
「なら、教えて貰えないか? どうして、皆がオレを慕うのか。最初は好意位だと思っていたんだけれど……」
今日の出来事を見て思った。アレは好意と言うよりかは……依存に近い気がした。少しでも引き剥がそうとしたら、殺意を見せるなんて異常だ。
「ごめん。皆から口止めされているんだ。でも、1つだけ分かって欲しいことがある。皆、君のことが大好きで。そして、不安なんだ。彼らには君と特防隊の仲間しかいないから」
奇妙な話だった。凶鳥や蒼月のように身寄りがない者もいるが、特防隊メンバーの概ねは帰るべき場所や人達がいるはずだ。
「もしかして。東京団地が滅びて……!」
「いや、東京団地は存在している。あの人工天体の中に」
彼に導かれるまま外に出た。空を見上げれば、変わらず人工天体が浮かんでいた。
ひょっとしたらもぬけの殻になっている。と言うことだろうか? ……だが、今の話で引っ掛かることがあった。
「ちょっと待ってくれよ。あそこに東京団地があるってことは。どうやって、侵攻生達は攻め込んで来たんだ?」
最終防衛学園にはシオンがエネルギーを溜めているミサイルがあるから、攻撃するには十分な理由がある。
だが、優先度的に言えば学園に命令を下している人工天体の方が狙われそうなものだが、攻め込まれている様子はない。空に浮かんでいる物を攻撃するだけの技術力が無いからだ。
しかし、拓が始めて変身した時、侵攻生達は東京団地に攻め込んで来ていた。多くの人達が犠牲になり、カルアも殺されそうになった。
「そうだよ。侵攻生達は基本的にあそこに手出しが出来ない。本当に数回だけ手を出したことはあるけれどね。それも、この学園が稼働してからの話だ。僕が言えるのはここまで」
直接言うことが禁じられているなら、推測するだけの材料を与えてくれると言うことだろうか。もしも、シオンが言うことが正しいのなら、東京団地は襲撃などされていなかったと言うことか。
だが、自分達はあの場で戦った。そして、気付いた時には学園にいた。……いや。今思えば、それもかなり繋がりがチグハグだ。どうして、ここにいる?
「オレ達は、何者なんだ?」
「澄野。君が抱いた疑問と不安は皆がずっと抱えている。幾ら、戦い慣れても、心は等身大でしかない。どうか、皆に寄り添って欲しい」
「待て! まだ聞きたいことが……」
スゥーっとシオンの姿が消えていく。どうして今まで出て来なかったのかとか。自分達が何者なのか。この100日戦争の正体は。侵攻生は。
何も分からない。きっと、皆も知っていても教えてくれることは無いのだろう。先程まで読んでいた漫画の内容は全く頭に入って来なくなったので、そのまま寝ることにした。
1ヶ月記念にコレか……?