「なんで檻を追加した翌日に、特防隊のメンバーが入れられているの?」
NIGOUの疑問は至極当然の物だった。拓海を昏睡レイプしようとした銀崎は檻に入れられたが、へこたれることも無く腹筋や腕立てをして鍛えていた。
「ったく、これだから口先だけ卑屈野郎は。澄野先輩、襲われて無いっすか? 後ろの方、大丈夫っすか?」
今馬が吐き捨てる様に言った後、直ぐに拓海に擦り寄った。これに対抗意識を燃やしたのは、丸子だった。
「おい、澄野。気を付けろよ! そいつはお前の弱った心に付け込んで、第2の銀崎になろうとしてんだ!」
「何を言っているんだ」
「しかし、彼のせいで拓海クンの信頼を著しく損ねたのは問題だ」
信頼ってなんだ? と言いたいが、一応彼らの間で取り決められている協定的な物だろうか。こういうのは1人が破ると、皆が次々と違反していくというのが鉄板だが……。
「だったら! 失った信頼の回復は俺に任せろ!」
と、丸子が挙手したが全員に無視されていた。蒼月は少し考える様な素振りを見せて、今馬の方へと視線を向けた。
「今馬クン。こういう時にキチンと役割をこなせるのが君だと思うから、指名してもいいかい?」
「うっす。了解っす!」
「いや。そう言うことなら今日位は止めても良くね?」
飴宮の提案は意にも介されず、今馬が拓海にピタリと着いていた。それを見た過子がむくれていた。
「ずるい」
「これは難しい話だから、自分に任せて。先輩、飯食いに行きましょう。」
クールに決めようとしていたが、漏れ出る喜色が隠せずにいた。そのまま皆で食堂に向かったのだが。
~~
「このメニューは?」
いつもみたいにミスマッチ料理が出されることは無かったが、目の前にはとろろご飯やニンニクの味噌漬け、飲み物には豆乳スムージー。気合が入りそうだ。今馬も同じ物を用意していた。
「何って。先輩、タフを読んだんっすよね? こういうスタミナ付ける料理とか好きなんじゃないかって」
「あ、そう言うことか」
変な意味が無くて安心した。朝から体力を付けるという意味では打って付けかもしれないが、特にすることが無いので持てあますことになりそうだ。
「多分、昨日。結構なトレーニングしていたし、今日は筋肉痛になってんじゃないんっすか?」
「鋭いな」
防衛戦がとんと発生していないので、昨日のハードトレーニングもあって全身が痛んでいた。運動は毎日の積み重ねである。
「自分、マッサージ師の仕事もしていたんで、良かったら施術。受けてみないっすか?」
「……変なことしないだろうな」
流石に昨日の今日となれば拓海が警戒するのも無理はない話だった。だが、今馬はサラッと笑って流していた。
「大丈夫っすよ。仮にやるなら、自分。もっとスマートにやるんで」
「そうだよな。お前なら、そうするよな」
特防隊メンバーの中で一番ふてぶてしい男。要領も良いので、そもそも自分に警戒される様な立ち回りをする訳が無い。いや、それを織り込み済みでのムーヴかもしれないが。
とは言え、彼の軽妙なトークを前にしていると警戒心が緩むのも事実だった。なるほど、蒼月の指名は正しかったのかもしれない。
「もしも、何かされるのが心配なら先輩の部屋でマッサージしましょう。それなら、なんかあってもすぐに分かると思うんで」
「オレの部屋の状況が把握されているのはデフォルトなのか」
プライバシーと言う言葉が空しく響いた。朝食には少し厳しいメニューを完食して、今馬と共に自室へと向かった。
~~
「オ”ッ。ア”ッ」
てっきり、如何わしいことになるかと思いきや今馬のマッサージは本格的だった。周回の中で身体能力まで強化されたのか、彼の施術は筋肉だけではなく内臓にまで響いてくるようだった。
「先輩、姿勢悪いっすね。腰と尻当たりも滅茶苦茶来ていますよ」
「ウグ”ェ」
2周目が始まってから、寝るか、漫画を読むか、トンチキに付き合わされる日々だったので、身体のあちこちに不具合が生じていた。
「な、なんでオレの体がこんなにバキバキに」
「もしかして、若かったら腰痛とかそう言うのと無関係だと思っています? ちゃんと、身体に来ますよ? 回復は早いけど」
今まで殆ど動かなかったこと。昨日急に動いたこと。全てが拓海の体を蝕んでいた。若さだけで何でも帳消しにできる訳じゃないから。
ただ、それだけとは思えなかった。今馬の手つきは、まるで自分の全身を知り尽くしているんじゃないかって位に、クリティカルにぶっ刺さる。
「まるで、オレの体を知り尽くしているみたいな……」
「実際に知り尽くしているんで。自分、コレでも色々なTLで澄野先輩とそういう関係になったりしていますし?」
どういう関係だろうか。若くして、大人の社会に足を踏み入れている彼が言う関係とは。と思って、拓海は反撃の笑みを浮かべた。
「そう言って、オレが恥ずかしがるのを期待しているんだろ。勿論、仲間として。だよな?」
「いや、恋人同士ですけど?」
吹いた。どうやら、自分が知らないTLにはとんでもない物があるらしい。自分が今馬と???
「どういう経緯でそうなったんだよ!?」
「敵さんの大将とだってセッセしているんだから、気にすることじゃないでしょ。自分も色々なTLの記憶はあるんですけど。【TS】【カリスマ】【修羅場】TLの先輩はマジでヤバかったですよ」
「TSってなんだ?」
カリスマと修羅場はぼんやりと予想できたが、TSと言う単語には聞き馴染みが無かった。
「『Transsexual』。性転換って奴っすね。平たく言えば、澄野先輩が女体化するTLっすね。あの時の丸子先輩はマジでキモかった」
「オレが女になって、誰が喜ぶんだ…」「皆」
即答が過ぎる。ただ、話を聞いていたらどんなTLがあるのかはやっぱり気になった。コレを聞いているのが丸子当たりなら口を滑らせそうだが、今馬なら多分。大丈夫だろう。
「話せる範囲で聞きたいんだけど『TS』のTLはどんな感じだったんだ?」
「保健室の蘇生マシーンあるじゃないですか。アレの不具合で、澄野先輩が女性として蘇生されて、DNA情報も固定されちゃうって感じでしたね。厄師寺先輩が戸惑って、丸子先輩がキモくなって、女子陣からは概ね歓迎されていましたね。最終的には蒼月先輩と結ばれていましたけれど」
「なんで!?!?」
丸子と厄師寺のムーヴは想像できるが、最終的な結論だけがぶっ飛び過ぎていて呑み込めずにいた。
「ちなみに他の2つのTLも聞きます?」
「じゃあ。カリスマから……」
「あのTLの先輩はマジでヤバかった。もう、本能で求める位に凄かったんですよね。結構、今の先輩に近かったですよ。最終的には皆の『偶像』になっていたんですけれどね」
もしかして、今。自分はそのTLにいるんじゃないかという気がした。さて、残す所は1ルートだが、聞きたいような、聞きたくない様な。
「じゃあ。【修羅場】TLってのは?」
「読んで、字の如くですね。あそこまで空気が最悪なTLは無かったです。100日目に生存していたのは5人だけでしたし」
「なんでそんなことに……?」
「【カリスマ】TLと違って、皆でシェアするんじゃなくて奪い合う形になったんですよ。部隊長達も全員頭がおかしかったし、全てが最悪でした。澄野先輩が魅力的すぎたんですね」
そんなTLに紛れ込まなくてよかった。いや、紛れ込んだ自分がいるからこそ観測されているのだろうが。
「じゃあ、オレとお前がその……恋人同士になったTLってのは?」
「さぁ? 色々なTLでもなっていましたし。ひょっとしたら、このTLでもそうかもしれないですよ?」
ふと、幼馴染の顔が思い浮かんで来た。確かに大切な人間ではあるが、恋人とかそう言うのかと言われると。なんか違う気がする。
「いやいや。オレがそんな軽薄な男に見えるか?!」
「ツッコミ待ちですか? 少なくとも、敵の総大将に拉致された翌日に腰振っていた人間が言って良いことではないですね。『気持ちよかった』って」
コレには拓海も目線を逸らした。そりゃそうだけど……と思っていると、施術が済んだのか、今馬が横に寝転がって来た。
「おい?」
「自分から手出しする本番はNGですけれど、先輩の方から手を出されるのは問題ないんですよね」
ハラリと衣服を脱ぎ捨てると美しい肢体が現れた。
思春期特有の少年から大人へと変わる過渡期にある肉体は、人体に宿る神秘を体現しているかの様に美しかった。
ここに来て、2人が朝食に採っていたメニューが効いた。全身が言っている。準備はOKだと。だが、ここに来て拓海は理性を手放さなかった。
「待てよ。お前、こういうのは嫌なんじゃ……」
躊躇っている拓海の首に手を回した。ちょっとニンニク臭が混ざった吐息が鼻にかかる。
「どのTLかは言わないんですけど。自分、先輩に命懸けで助けて貰ったことがあって。そこからずっと、惹かれているんですよ」
既に互いの全身は重なっている。後は相手にその気があるかどうかだ。拓海の脳内に選択肢が現れていた。
『やめろ! オレはホモじゃない!』。相手がどんなことを想っていても、自分の意思はしっかりと伝えるべきだ。
『もうどうなってもいいや』。意思弱き者として、流れに身を委ねるか。キラキラとした光景が目の前に広がりそうな気がする。さぁ、選択はどちらだ。