「(そうだ。今なら、皆。いるじゃないか)」
「あ、拓海クン。君が使ったコップを片付けておくね」
朝食を取り終えた直後のことである。拓海が使っていたコップは蒼月が片付けてくれるというので厚意に甘えることにした。
今なら、未だ全員が食堂にいるし、打ち明けるタイミングとしても申し分ないと。拓海は声を上げた。
「皆! 聞いて欲しいことがあるんだ!」
「え? 告白?」
川奈が素面で聞いて来たので若干の恐怖を覚えたが、無視することにした。
視界の端では蒼月が片付けようとしていた使用済みコップに牛乳を注いで飲み干していたが、大した問題ではない。
「実は、俺はこの学園で100日間を過ごしたことがあるんだ」
「おい、どういうことだよ」
厄師寺が突っ込んで来たが、彼と飴宮を除く全員はニッコリと微笑みを浮かべるだけだった。不気味だった。
「うぉ、こっわ。猛丸と怠美だけ蚊帳の外感凄いんだけど。もしかして、他の皆は知っている系?」
「どうぞ。続けて?」
拓海が言い淀んでいたので、雫原が続きを促した。
彼の口から話されたことは信じ難い内容だった。自分は、この学園で100日間を過ごしたことがあるということ。侵攻生を束ねる部隊長達と幾度も交戦して来たこと、第2防衛学園と言う別所の拠点があるということ。そして。
「俺の知っている記憶では、その。蒼月が最後に裏切って来るんだが……」
「あり得ないよ。君の記憶にある蒼月はカスかもしれない。でも、拓海君。僕の目をよく見てくれ。これが君を陥れようとしている奴に見えるかい?」
ズイと近付いて来た。おでこがぶつかりそうな位に近づけて来た。彼の熱意に不信を抱いたことが申し訳なくなり、目線を逸らした辺りで今馬が声を上げた。
「そうっすね。先輩が言う様に、ちょっと怪しいし。中庭の檻にぶち込んでおいた方がいいかもしれないっす」
「いや、そこまでしなくて良い。うん」
「いわゆる、ループ系って奴? こういうのって2週目を上手くやろうとして、余計に悪くなるパターンが多いよね」
飴宮が冗談めいて言ったことは、拓海も気にしていたことらしい。というか、変化は如実に表れていたからだ。
「澄野。オメー、苦労して来たんだな」
丸子に肩を叩かれた。変に誤解されたり、疑われたりするよりかは良いが、皆。あまりにあっさりと信用してくれるので、拍子抜けだった。
「あの。俺が嘘をついているとかは思わないのか?」
「全然思わないですよ! こんなゲボ豚でもハッキリと分かりますね!」
卑屈なのかポジティブなのかイマイチ判断しづらい銀崎の賛同を受け取りながら、厄師寺から問われた。
「で。当面の目的はアレか? やっぱり、全員で100日間生き延びることか?」
「そうだ。俺は誰一人として欠けて欲しくない。皆と一緒に先まで行きたいんだ」
「おー。嬉しいこと言ってくれるじゃーん」
飴宮は照れ隠しの様に言ったが、他のメンバーは深く頷いていた。
拓海の言葉を咀嚼して、反芻して、咀嚼して、反芻しているんじゃないかって位に噛み締めていた。
「うん! 私達も澄野先輩と一緒に生きたいよね!」
「うん。僕も拓海君と一緒にイキたいね!」
過子と蒼月もグッドスマイルと共に返事をしていた。発声だけではわからないが、きっと文面にしたらまるで意味は違うのだろう。
「でもよ。SIREIがいねーってのに、どうにか出来んのか?」
「それは問題ないよ。前だって、SIREIは早々に居なくなっていたし……」
「じゃあ、居なくても大丈夫でしょ。そう言うことなら、第2防衛学園から人員を呼んで来ましょう」
厄師寺が抱いた懸念を雫原がバッサリと切り捨てていた。
あまりに行動が早いと思いながら、話がてらに休憩も出来ていたので、玄関ホールへと向かい、最終防衛学園の外に出て行こうとした時のことである。
学園と外の世界を隔離する炎の壁が一部消火されて現れたのは、正に件の第2防衛学園が使っているスクールバスだった。
校庭で停車すると、奇妙な出立をした者達が降りて来た。彼らを牽引するベレー帽を被ったオバQみたいなのが、緊張した様子で挨拶をしていた。
「あ、あのー。SIREIと連絡が取れなくなったから、ちょっと。その。確認しに来たんだけれどぉ……」
「死んだんじゃないんですか~?」
銀崎からデリカシー0の発言が飛び出して来たので、拓海も困惑していた。お前、そう言うこと言う奴だったっけ? と。
「そうでござるか。死んだなら、仕方なしでござるな」
柔道着の様な衣服に赤い外套。腰に下げた日本刀と喋り方が実に特徴的なポニーテールの少女『凶鳥 狂死香(まがどり きょしか)』は頷いていた。
「NIGOU。司令官が居なくなったのは不味いと思うわ。アンタが代理を務めるべきよ!」
メンバーの中で一際変わった格好をした者がいた。
首から下はコートを羽織った普通の格好なのだが、顔はすっぽりと青いトマトの被り物で覆われていた。声質から、中身は少女であるらしく。彼女こと『大鈴木くらら』は尊大な物言いで『NIGOU』と呼ばれるマスコットに命令していた。
「いや、そしたら第2防衛学園の方が……」
「殺れ殺れ。どちらを優先するべきだろうね? すみ……。そこにいる、赤髪の君。何か知らない?」
スクールバスから降りて来たメンバーの中で唯一の男性。
青髪の無造作ヘアーに左目には目玉が掛かれた眼帯を装着しており、青白い肌を覆い隠す様に、真っ黒な着物に覆われている。
得体が知れないという表現がしっくりと来る少年『面影 歪(おもかげ ゆがむ)』の視線は何処となく熱っぽかった。
「あ、いや。正に、その話をしていた所で……」
「どう言うことかしら? アタイ達にも聞かせてくれる?」
メンバーの中で一際、筋肉質な巨体をした少女『喪白(もじろ) もこ』が前に出て来た。
顔は某菓子屋のマスコット少女を彷彿とさせる可愛らしい物だったが、レスラーの様なコスチュームから覗く筋肉が相対する物を威圧する。だが、拓海は気圧されたりはしなかった。
「実は……」
第2防衛学園は囮なので何もないと言うことを拓海が説明すると、NIGOUともう1人の少女が驚いていた。
「ど、どうして君がそれを!?」
「NIGOU。本当なの?」
薄紫の髪をサイドポニーにまとめた、落ち着いた雰囲気の少女『霧藤 希(きりふじ のぞみ)』が周りの反応を伺いつつ、尋ねていた。
「うん。本官達の目的は最終防衛学園を守ることで、第2防衛学園は囮なんだ」
「なんと。そうだったのでござるか」
凶鳥が気の抜けた返事をしていたが、大鈴木、面影、喪白は驚いた様子も無かった。霧藤が困惑していた。
「あの、皆。驚かないんだね?」
「だって、人員少なすぎるしね。そう言うことなら、このまま合流しちゃいましょう。偶々、スクールバスには食料もたんと積んで来たし」
大鈴木が第2防衛学園の舵取りをし始めたので、NIGOUと霧藤の困惑は強まるばかりだった。だが、そんなことは気にせずに凶鳥が拓海に駆け寄った。
「という訳で、今日からよろしく頼むのでござるな」
「澄野 拓海だ。よろしくな」
友好の証として握手の為に手を差し出した所、凶鳥は差し出した手の五指をグワッと広げて、拓海の指と指の間に通した。一方的、恋人繋ぎである。
「ひっ」
「あ、いや。失敬。拙者、NARUTOが好きなので、ついつい印を結ぶ癖が出てしまったのでござるな」
「印? 淫じゃないの?」
背後から大鈴木の不機嫌そうな声が飛んで来た。指と指が絡みついているので、中々引き剥がせないでいると、喪白が凶鳥を剥がしていた。
「お痛は、めっ! だぞ!」
「あぁ、澄野君。すまない。私が腹を切って詫びよう」
「しなくていいから! 普通にしてくれ!!」
面影が懐から取り出した短刀で腹を捌こうとしたので、拓海が抱き着いて止めていた。漏れ出た「ウッ」という声はビックリした拍子に出たのだろう。彼らの乱痴気騒ぎに置いて行かれているNIGOUと霧藤は呆然としていた。
~~
「どうなっているんだ……」
第2防衛学園の面々に学園の案内を頼まれ、設備の一つ一つを説明すると同時に、何故か関係ない個人的な質問を濁流の様に浴びせられ、案内し終えた頃には夜中になっていた。
拓海は、以前の100日にも喪白を除くメンバーとは交流があったが、こんなに距離感はバグっていなかったハズだ。
「きっと、君が戻って来たことも影響しているんじゃないかな?」
「そうなのかもしれないな……。それと、ここ俺の部屋なんだけれど、なんでお前はベッドの下から?」
ベッドの下から這いずり出て来た蒼月は極当たり前の様に、腰掛けていた拓海の隣に座った。
「本で読んだことがあるんだ。ちょっとした変化が未来では大きな事象となって起こる。コレを『バタフライエフェクト』というんだ」
「バタフライエフェクト……。ここ俺の部屋なんだけど」
言外に煙たがって追い出そうとしているのだが、蒼月が出て行こうとする気配は微塵も見当たらなかった。
「もしかしたら、君の言う蒼月と僕が違うのも、その一環かもしれないね」
皆の態度や様子がおかしいのも、その線かもしれない。いや、どう考えてもそう言う影響じゃない気がするが。
「これだけ色々とトラブルがあったんだ。直ぐに考えをまとめようとせず、まずはじっくりと様子を観察してからでも良いと思う」
様子はおかしいが、蒼月の言うことは筋が通っていた。過去に戻ると言うことは、自分が思っているよりも大きな変化を連れて来るらしい。ならば、直ぐに判断するのも危険かと思われた。
「そうだな。お前の言う通りだ。一先ず、今日は疲れたから寝ることにするよ」
「うん。おやすみ」
モゾモゾとベッドに潜ろうとする蒼月を部屋から叩き出して、拓海は一旦夢の世界へと逃避することにした。