チュラームタミーは震えていた。後方で侵攻生物達にバフを撒いていたが、特防隊側の排除スピードが早すぎて、自分を守る存在が居なくなっていた。
霧が出て視界が悪くなっているハズなのに、敵側の動きはまるで鈍っていないし、ダルシャーは抑え込まれているし、バラガルーゾは居なくなっている。パーミスの特殊能力による、戦場のかく乱を期待していたが。
「ああ! どうして、貴方達にはアタシの愛(こんらん)が伝わらないの!?」
「そんな、安っぽい愛が伝わる訳無いだろ!! こっちはケツ穴で受け止めているんだぞ!!」
パーミスが吐き出す魅惑(チャーム)を含んだ攻撃を食らっても今馬は1つも操られる気配が無かった。それ所か怒りを煽って、猛反撃を食らってボコボコにされている所、校舎屋上からも援護攻撃が飛んで来ていた。
「過子!! あの、本物の愛を教えて上げなさい!」
「うん!」
大鈴木の号令と共に、ダルシャーの破壊から逃れたタレットが火を噴き、更に過子の狙撃もぶっ刺さっていた。視界状態の悪さなど、まるで意にも介さない正確な攻撃だった。
「これが……愛!!」
放たれた攻撃はパーミスにぶっ刺さり、∞態が解除され地に伏すことになっていた。でも、ちょっと満足そうに気絶していた。
前線を張る部隊長が敗れたのを見て、チュラームタミーが半ばパニックを起こしながらヌガンクの方を見るのだが。
「無理です。あんなペースで撃破されているのを巻き戻していたら、私の底が尽きます。ダルシャー様の方に割きます」
ヌガンクを責めることは出来ない。能力は無尽蔵に行使できる訳ではなく、限りがあるのだから効果的に使おうという判断は間違ってはいない。のだが。
「なんだぁ。ヌガンクじゃねぇのか。だけど、行き掛けの駄賃に貰って行くぜ!」
侵攻生物達の返り血に染まりながらも、目をギラギラさせている丸子がやって来た。彼はポケットから取り出したビンの中身を飲み干すと、学生兵器(クラスウェポン)の砲口を向けて来た。
一瞬、チュラームタミーは両手を上げそうになったが、思い直した。いやいや。自分は幻惑とかそういうのを使うが、戦闘が苦手な訳じゃない。バラガルーゾの負け犬根性が移ってしまったのかもしれないと思い直した。
「思い上がらないでよ! アンタみたいなドーテー臭い奴が、アタシをどうにか出来ると思わないでよ!」
「うるせぇ! 2日後には卒業予定だ!!」
滅茶苦茶気持ち悪い返事をされた。どういう訳か、コイツも視界の悪さを気にしないで正確にコチラを狙って来る。
弾丸の一発一発が全身を抉り取って行くので、あまりの攻勢と勢いにチュラームタミーの気勢が削がれていく。
「(に、逃げ。否!)」
もしも、逃げ帰ってきたらどうだろうか。敬愛するヴェシネス様の妹を見捨てて、命からがら逃げて来た自分を見て、彼女は溜息を吐くのだ。
『やはり使えんな。もういい、お前の異血などいらん。何処にでも行って野垂れ死ねが良い』
蔑むことすらしない。路傍の石ころを見るかのように無関心で透明な存在として扱われるので。チュラームタミーには耐え難い話だった。
「うぉおおおおおおお! 私もご褒美目当てにやってんだぁあああああ!」
「テメェもかぁあああああああ!」
彼女の欲望と期待に応える様にして全身の傷が塞がり、丸子も本気で敵と認識していた。お互いに譲れない物がある。
互いに共通する信念があるのだから、逃げる訳がないというのは分かっていた。奇妙な話だが、2人の間に共感らしきものが生じていた。
――
「(も、もう帰ろうかな……)」
霧が濃くなって来た為、今なら安全に逃げ帰れるのではないか。と考え始めたゼンタだったが首を振った。敬愛するダルシャーが活躍している中、逃げ帰るなど! と、気を引き締めた時のことである。
霧の中から1台のジープが現れた。彼女は知っている。この学生兵器(クラスウェポン)は自分達の拠点に死体の山を築き上げた奴が使っていた物だと。
「し、死ねぇい!」
ここでやらねばやられる。周りのミスト発生装置に乗っていた侵攻生物達にも攻撃指令を下したが、案の定。自分以外は全員蜂の巣にされていた。
「あ。やっぱり、イヴァーじゃない。ゼンタか」
川奈が搭乗している学生兵器(クラスウェポン)のルーフの一部が変形して出現した機構から何かが射出され、ゼンタの体に突き刺さった。瞬間、凄まじい電流が発生した。
「!!?」
訳も分からないままゼンタの全身の自由は奪われ、あっと言う間に束縛された。そのまま川奈は踵を返して、校舎の方へと向かって行った。
~~
「あの。僕には霧が掛かっていて、何が起きているか分からないんだけれど」
NIGOUが投射した校庭の俯瞰映像は霧に覆われていたが、一同は確信していた。特防隊の面々が負けるはずがないと。ただ、気になることがあるとすれば。
「イヴァーは何処にいるんだろうね? もしかして、もう。校舎に侵入されていたりして」
飴宮の言葉に一同がゾッとした。ここにいるメンバーで彼女を返り討ちに出来るのか? あの化け物みたいに強いヴェシネスの妹を相手に出来るのか。
「ウゥン?」
「皆、澄野君のことを心配しているんだよ」
とりあえず、我駆力刀を用いた変身は済ませたが、この様子だと拓海は戦力になるかは疑問だった。霧藤に顎を撫でられてゴロゴロ音を鳴らしている彼に、闘争心の類は感じない。
「ペットのお世話なら任せて下さい! 人間関係はゴミカスレベルの物しか築けませんが、動物との信頼関係はバッチェ行けますよ!」
と。銀崎は自信満々に言っていたが、当の拓海はと言えば歯茎を剥き出しにして威嚇するばかりだった。
「……来るよ」
面影が武器を構え、銀崎がロボット型の学生兵器(クラスウェポン)と共に拓海の前に立ちはだかった。厄師寺や飴宮達が構えるよりも先に疾風のように駆けて来る影が一つ。イヴァーだ。
「∞態!!」
少し遅れて、追従して来たバラガルーゾが自らのなどを掻っ切った。噴き出した血が全身を覆い尽くすと、猪の様な巨体へと変貌していた。
面影は直ぐにイヴァーと対峙し、銀崎は∞態のバラガルーゾを食い止めに掛った。厄師寺達が動き出すより先に、拓海が動いた。
「オァー!!」
面影や銀崎の援護に駆け付ける訳でもなく、厄師寺や皆を守る訳でもなく。彼は雄たけびを上げながら……凄まじい勢いで中庭から逃げ出していた。
「澄野君!?」
「希ちゃん! 澄野君をお願い!」
面影に頼まれ、霧藤も駆け出した。イヴァーが阻止しようとしたが、飴宮と厄師寺が立ちはだかっていた。
「流石に3人掛かりなら!」
狭い室内では厄師寺の学生兵器(クラスウェポン)は活かしづらい。故に、物々しいバットで殴り掛かったが、逆に蹴り飛ばされていた。
「っしゃああー!」
飴宮も包丁や刃物などを飛ばしまくっていたが、簡単に避けられていた。
これらは全て面影と激しく切り結んでいる傍らで処理されていたことだ。事実上、イヴァーは3人を相手に同等所か優位に進めている。
「いやー!!」
戦闘員でもないNIGOUは避難していたが、いつ流れ弾が飛んで来るか分かった物じゃない。だが、それは檻に閉じ込められている他の部隊長も同じだった。
「ひ、ひぃ! 死にたくないぃいいい!!」
「皆! 身を低くして頭を守れ!!」
クェンゼーレが悲鳴を上げ、ムヴヴムが気丈にも注意喚起をして、アダムキューとパクロンも同じ様な態勢を取る中。シャンシンはと言うと。
「がんばえー」
相棒の健闘をおもっくそ他人行儀に応援していた。度重なる供給過多と言う虐待に、彼女の思考能力は奪われていた。
~~
「澄野君! 何処に行くの!?」
中庭を飛び出した澄野が迷いのない足取りで向かったのは体育館だった。
すると、彼は壇上へと登って周囲の床を調べ始めた。霧藤からすればまるで意味の分からない行動だが、直ぐに彼の意図が理解できた。
「え?」
床の一部が外れ、下へと続く梯子が見えた。こんなスペースがあるなんて誰からも聞いていない。彼は躊躇うこと無く降りた。少し遅れて、霧藤もカムフラージュ用の蓋を落として、一緒に降りた。
「こんなスペースが……」
目の前には巨大なポッド。今まで、皆が話して来たことなどから推測して、これが人工天体に向かう為の『宇宙船』なのではないかと、霧藤は推測した。
「澄野君。これも1周目で?」
「オ?」
グルグルとその場で回転している拓海に説明を求めるのは無理そうだった。
どうして、彼がこんなスペースを知っていたのか。逃げ出したのか。霧藤にはまるで事情が分からなかったが、今更戻っても何が出来るとは思わなかった。
彼女は拓海の傍に腰を下ろした。面影から頼むと言われたのだから、こうしていることも間違いではないハズだ。……溜息を吐いた。
「ごめん。ちょっと、疲れちゃった」
思わず、目の前で四つん這いになっている彼に漏らしてしまった。
今頃校舎内でも死闘が繰り広げられ、校庭では大規模な戦闘が繰り広げられている。だが、自分が介入できる場所は何処にもない。
「どうして、皆。澄野君のことを取り合うんだろうね?」
特防隊のメンバーも部隊長も皆が拓海のことを取り合っている。この不可解な状況に巻き込まれ続けている霧藤はただ辟易していた。
周回やTLなどの事情を説明されたとしても納得しがたい所はある。何故なら、自分にはそんな記憶がないからだ。
「くららちゃんや狂死香ちゃんにも線引きされているみたいでさ。もこちゃんは気を遣ってくれるんだけれどね」
皆は周回と言う記憶や体験を共有できるが、自分には出来ない。皆とは違う。
「厄師寺君も怠美ちゃんも話し相手にはなってくれるんだけれど、やっぱり。皆との距離は感じるんだよね」
気を遣われている。というのは、言い方を変えれば腫物とも言えるかもしれない。今の自分は、目の前にいる犬仕草をしている彼とはまさに正反対の立ち位置にいるのだろう。
「私も。澄野君のことを崇めれば、皆と仲良く出来るのかな?」
それはつまり。目の前にいる少年を対等な人間として扱わないと言うことを意味する。当の本人はと言えば、彼女の発言の意味も分からずにバカ面を晒しているだけだった。
「ごめん。忘れて」
言ってから後悔したのか、霧藤は俯いた。表で起きている喧騒から切り離されて、2人の間には静かな時間が流れていた。