「おい、澄野。ちょっと来てくれ」
丸子と過ごした日の翌日。朝食の為に訪れていた食堂で厄師寺から誘われて向かった席には、飴宮の他にも喪白と凶鳥が居た。
「す、澄野殿が何か色っぽいでござる……」
「狂死香。怠美達のルートは閉ざされたんだ。いくら呼んでも、ギャルゲーのルートに修正は出来ない。もう、ヒロインムーヴをしていた時間を終えて人生と向き合う時なんだ」
特防隊のギークコンビが朝からコントを繰り広げている光景を傍目に、いつの間にか喪白が伊達眼鏡を掛けていた。
「澄野君。単刀直入に言うけど、このままじゃ皆が希ちゃんを助けに行く可能性は低いわ」
「流石に皆もそんなに薄情じゃないだろ。それに、霧藤に何かあったら、オレの反感も免れない」
吐いた言葉が建前であることは拓海も理解していた。だから、皆が関心を寄せる自身の感情を前提とした条件も述べたが。
「そこが問題なのよ。イヴァーさんは、希ちゃんに危害を加えたりしない。これは確実に言える。というか……」
「拙者らが生きているのが一番の理由でござるな」
2人共申し訳なさそうな顔をしていた。事情を知っているのか、厄師寺と飴宮も言葉に困っている。
「どういうことだ?」
「21日のことでござる。実は、拙者らはイヴァー殿と交戦したのでござるよ。結果は、無限列車後の炭治郎殿達みたいなことになっているでござるが……」
以前、喪白の愚痴で自身の強さについての下りを聞いたことはあるが、それでも幾度か行われた防衛線を見るに、彼女達が弱いとは思えない。
「澄野。あまり、喪白達を責めねぇでやってくれ。それを言ったら、俺達も3人掛かりでイヴァーを抑え込めなかったんだからよ」
厄師寺も申し訳なさそうにしていた。彼と飴宮は自分が知っている1周目とあまり変わりない強さだが、そこに面影や銀崎も居たのに打ち負かされたことから、イヴァーはどれだけ規格外の強さになっているか。
「つーか。向こうは正規の軍人で、こっちはこの前までパンピーだった訳じゃん? 普通に考えて、今まで勝てていた方がおかしくない?」
飴宮が付け足していた。むしろ、この間までパンピーをしていた学生達に負けていた部隊長達がなんだという話だが。
「意外だな。イヴァーも普通に殺しに来るのか……」
「私達は殺されても蘇生は出来るからね。本当にトドメを刺すなら異血吸収ね。でも、私達は優しく気絶させられたのよ」
凶鳥と厄師寺も頷いていた。相手にトドメを刺さずに無力化させられると言うことは、それだけ実力の差が大きいと言うことで。同時に。
「オレ達、特防隊のメンバーを殺す気は無いってことか」
口にして、ふと自分の気持ちが軽くなったことに気付いた。とは言え、油断はできない。本人にその気が無くても、周りがそうせざるを得ない状況に持って行くパターンもある。
「それに。こちらは部隊長を誰も手に掛けていなかったことも大きかったかもしれないでござる」
「と言うこともあって、皆。希ちゃんが殺される可能性は低いって踏んでいる訳よ。でも、このままじゃ澄野君が持たないでしょ?」
この場にいる4人の心配が伝わって来た。ネチョネチョした日々を送って来たので、純粋な好意が身に染みた。
「それでも。オレが出来ることが少ないから……」
「拓海って割とネガティブだよね。なんか、自信無さそう! もっと、肯定感上げて行こうよ!」
「え? 怠美殿が言うの?」
他愛のない話が出来て、彼女のテンションも上がっているのかもしれない。穏やかな時間を過ごしていると、慌てた様子のNIGOUが駆けこんで来た。
「皆! 作戦室に」
「はいはい。何もなかったよね」
「それより、昨日の俺と澄野の話を聞いてくれよ!」
川奈と丸子が無かったことにしようとしていたが、そうはいかない。NIGOUに付いて行くと、作戦室にはヴェシネスからの通信が入っていた。
『おはよう。負け犬共』
初手、クソ無礼を働いて来た。拓海達が戦慄する一方、様子のおかしい組はこれに負けじと対抗した。
「川奈! 例の映像を頼む!!」
「うん!!」
丸子が合図を出すと同人に川奈が作戦室の壁に映像を投射した。
ご褒美に当たる情事を収めた映像であり、該当者である今馬、面影、丸子の3人は鼻を鳴らしていた。そして、拓海の人権は侵害された。
「え。なにこれは」
全く耐性が無いNIGOUが素の反応をしていた。厄師寺と飴宮も絶句するなか、様子のおかしい組の視線が拓海に注がれた。そして、川奈が言った。
「お尻の方でしたい?」
「ヴェシネス!! 一体何のつもりだ!!」
拓海は全てから目を逸らして、通信相手のヴェシネスに問いかけていた。すると、彼女は言うのだ。
『尻穴の方が良いのか?』
「霧藤は無事なのか!!」
無理矢理にでも路線を修正して話を進めることにした。ヴェシネスもノリを切り替えて、手招きをした。イヴァーが入って来た。
『澄野は尻……』
「もういいだろ! 霧藤を出せ!!」
このままでは霧藤を出すより先に、お尻で出した子一等賞になってしまう。だが、イヴァーは首を横に振った。
『まず、最初に感謝を。貴方達は部隊長を誰一人として手に掛けなかった。私達が異血吸収しなかったのは教えもあるけれど、捕虜の人道的扱いに対する返礼だと思ってくれたら良い。同様に、希の安全は保障する』
建前か本心か判断しづらい所だった。でも、実際に誰も居なくなったりはしていない。ある程度は信じても良さそうだった。
彼女の安全が保障されているなら急がなくていい。と、拓海が胸を撫でおろそうとした時、逆に様子のおかしい組の表情が引き締まった。
「そんな振りをする。ってことは、何かあるんでしょう?」
雫原が突っ込んだ。彼女の返答を待っていた様にイヴァーが薄く笑った。
『そうね。実際に見て貰った方が早いでしょうから。希、入って来て』
通信映像に映し出されている扉が開いた。入って来た人物を見て拓海は言葉を忘れてしまった。
特防隊のメンバーには装いを変えた霧藤にしか見えなかったことだろう。だが、彼の眼にはまるで違った物として映っていた。
「カル……ア?」
普段、サイドポニーにしてまとめている髪はロングにして、黒いカチューシャでまとめている。紺色の制服も白い制服へと変わっていた。
思い出すのは1周目。全てが分かった時には、手遅れだった時のことだ。彼女を救う為に自分は戻って来たと言っても過言ではない。
『ごめんなさい。私、ここに残るから。そっとしておいて』
「なんでだよ!? 皆、霧藤のことを心配して……」
特防隊の皆の顔を見た。厄師寺や飴宮、喪白達には戸惑いの色が見られるが、蒼月達は冷たい表情をしていた。
「イヴァーさん。趣味、悪いよ。彼女は『霧藤 希』さんだよ?」
『やっぱり、最初から彼女は仲間外れと言うことね。この通信はお別れの言葉を告げる為だけの物だから。でも、澄野だけはいつ来ても良いから。それじゃあ』
通信が切れた。しばらく沈黙が残っていたが、拓海が言った。
「皆、霧藤のことを迎えに行くよな? だって、オレ達。一緒に戦う仲間だろ?」
「拓海クン。昨日も言ったけれど、僕達はまだ立て直せていないんだ。それに、この通信。どう見ても僕達から冷静さを奪う為の物だ」
蒼月が理路整然と説いていた。だが、既に拓海の思考はマトモな状態になかった。
「だったら。オレ一人でも行く!! 約束したんだ。オレ、カルアを守るって!」
「1人で? 貴方より強い喪白や凶鳥達を一蹴する相手の所に?」
雫原が告げた。自分が行った所で、どうにもならないことは分かっている。でも、何とかしたいという衝動は収まらない。
「オレはその為に戻って来たんだ!!」
「だったら、そのチャンスを確実にものにするべきよ。浮足立って、失敗して、霧藤も自分も救えませんでした。じゃ、報われないでしょう?」
自分より背の高い雫原に凄まれては、拓海も竦んでしまう。
言っていることも自分達のことを心配してくれているというのは分かるのだが。と、考えていると抱き寄せられていた。
「まずは考えましょう。一旦、落ち着いて。私と1日ゆっくり……」
「比留子サマ。これいつものパターンじゃ?」
人が弱って憔悴した所に付け込むのは如何な物かと飴宮も考えていたが、弱った心にしみるのか。チンチンに主導権を握られているのか、拓海は静かに連行されて行った。