雫原に連れられて、昨日の今日で活動するかと思いきや、2人が向かったのはリラックスルームだった。何をする訳でもなく、休憩スペースでくつろいでいる。
「もしかして、今日も何かやると思っていた?」
「そう言うモンだとばかり」
今馬が一線を越えてから、誘われる=如何わしいことをするという方程式が組み上げられていた。雫原は呆れていた。
「2日連続は、澄野への負担も大きいからしないって取り決めがあるの。それに言ったでしょう? 落ち着いて、ゆっくりとするって」
どうやら、作戦室での言葉は欺瞞でも何でもなかったらしい。
こういう時こそ平常心が大事というのは理解できなくもないが、やはり気持ちは先走っている。だから、つい。漏らしてしまった。
「『柏宮 カルア』はオレの幼馴染なんだ。東京団地が襲撃された時に別れて、それっきりで……」
ポツポツと語り始めた。だが、既に過子とも話をしたように。東京団地が襲撃されたという話はおかしいのだ。
ここはフトゥールムという惑星で、自分達は侵略者側。東京団地が存在しているとすれば、それは人工天体の中だけの話で。でも、そんな所に侵攻生が攻めて来られる訳がない。
「最初、霧藤に会った時はビックリした。本当にそっくりだったんだよ。てっきり、カルアが記憶喪失か何かに陥っていると思っていて。違っていて」
霧藤は霧藤だった。彼女と共に100日まで戦い抜いて、ゴールが目の前に見えたが、彼女は凶刃に倒れた。
「事切れる前に言ったんだよ。どうして、オレのことを忘れていたんだろうって。腹部にもカルアと同じ手術痕があって。……雫原、周回しているって言うんなら。知っているだろ? 霧藤とカルアは同一人物なのか?」
皆の為にと思って振舞っていたが、堰を切ってみれば一気に言葉が溢れていた。これだけ皆に好意を寄せて貰っているのに、一番心配しているのがここに居ない誰かだなんて。
雫原も考え込んでいて。彼女のことだから知らないならすぐにでも知らないというだろう。何かしらを知っているのだろう。
「まず、霧藤と柏宮は違う。でも、決して他人という訳ではない」
「姉妹。とか?」
「そこは私が言うべきじゃない。本人がちゃんと説明するべき話なの。彼女のプライバシーにも関わって来るから」
と言うことは、やはり雫原は知っている。霧藤とカルアの関係を。だから、食い下がらずにはいられなかった。
「じゃあ、オレとカルアが再会したTLって言うのは存在するのか?」
「……あなたが納得したTLが無いことはない」
「随分と含みのある言い方だな」
「周回をしていると、イレギュラーも発生するのよ。ただ、その場合は本当に厄介な事態になっていることが多くてね」
そもそも。カルアがこの状況に登場するというのは、どういうパターンがあるのだろうか?
「澄野。誰かに変身できる部隊長が居たことを覚えている? アイツ『ゼンタ』って言うんだけれどね」
「あぁ。1周目で喪白になり変わっていたのは憶えているけれど」
「そいつがアンタの記憶を手掛かりにして、カルアに成りすまして侵入してくるってTLもあったのよ」
正に変身という能力の順当な使い道という所だろうか。だが、彼女の言い方で引っ掛かる所があるとすれば。
「でも、それは『ゼンタ』って奴が変身したってだけで。オレが再会したとは言い難いだろう?」
「私も連中の能力の仔細については把握している訳じゃないけれど、ゼンタの能力である『調和』は、自己と他者の境界を混ぜる物らしいの。それで、貴方の想いが強すぎて、カルアの人格に乗っ取られたこともあったわ」
「それでオレが納得。って訳か……」
例え、偽物だったとしても。反応や仕草が本物と同じなら、それは本物になり得るのではないか?
「いわゆる『スワンプマン』ね。この問題、本当によく絡んで来るのよね」
「というと?」
「一番身近な例でいうと『蘇生マシーン』よ。私達が死んでも、アレで生き返してくれるけれど。蘇った私達は本当に同じ個体なのかって話」
そう考えると、自分達の人権やアイデンティティがあまりに簡単に踏み躙られている様に思えた。
「オレがカルアと再会できるTLって言うのは、そう言うのが多いのか?」
「そうよ。今は学園内で完結しているから外部の要因を入り難くしているんだけれど、『ノモケバ』とか『ギィ』みたいな、フトゥールムの原生生物が関わって来るTLもあったから」
そう言えば、1周目の時はよく探索に出掛けていたが、今回は拉致された時を除いて、一度も学園の外に出たことが無い。
「なんか聞いたこと無い奴らも出てきたな……」
「気にしなくていいわ。アイツらが関わって来ると部隊長以上にロクでもないことになるから。そうならない様に、この学園を要塞化したこともあるしね」
如何に皆が準備万端で待ち構えているか。と言うことか。……だが、聞きたいのはそう言うことではない。
「オレが聞きたいのは『本物』の『柏宮 カルア』に出会えたかどうかなんだ。オレと10年以上、共に過ごした彼女と出会えたかどうか」
話を聞く限りでは、カルアに成りすまそうとしたりする者達は大勢いたが、東京団地で自分と共に過ごした彼女と出会えたかを知りたいのだ。
「ごめんなさい。私には本物のカルアを判断する術が無いの。変装や思考のトレースが完璧なら、本物か偽物かの判別が出来ない。こうやって結論を述べているのも周回を重ねて得た知識で判断しているだけだから」
そもそもの話。本物、というのが自分の中だけにしかないので他の者達には判断できないらしい。だとしたら、やはり霧藤に話を聞くしかないか。……だが、気になることがあるとすれば。
「どうして、霧藤はオレ達のことを拒否して?」
「イヴァーが余計なことを話したから。……だけとは言わない。正直に言うけれど、私達も彼女のことを遠ざけていたもの」
拓海は少なからずショックを受けた。蒼月は兎も角、口調はキツイが皆のことを大事に思っている雫原も意図的に、霧藤を遠ざけていたからだ。
「それも周回の関係で?」
「そう言うこと。澄野も彼女が特殊だってことは分かっているんでしょ? 何処まで知っている?」
「オレが知っているのは……」
彼女は自分達と違い、異血の移植を受けていること。だが、上手く行かず我駆力が低いこと。拒絶反応などがあること。部外者であると言うことは、1周目で分かった。
「とりあえず部外者だってことだけ知っていればいいわ。その部外者ってのが、凄く響いて来るの。彼女は私達と明確に『違う』から」
「違うって。そりゃ、我駆力が上手く使えないとか色々と不便なことはあったけれど。遠ざける程のことだったのか?」
考えられることがあるとすれば、彼女は蘇生が出来ないので戦わせないと言うことだが、そう言うことなら誤解を招かない様に日常的に接する必要がある。だが、そうではない。
「理由は3つ。まず一つ目、彼女は周回の要素をほぼ確実に引き継がない。記憶や戦闘能力もリセットされるから、余計なことに巻き込まれない様に遠ざけているの」
「だけど、その事情を分かって貰う為にも。普段から話したり、ちゃんとコミュニケーションをとる必要はあるだろ?」
「それは当然考えた。でも、2つ目。彼女は思い込みと強迫観念が強く、その上。融通が利かない。事情を説明すると余計なことをする」
こればっかりは拓海も否定し難い話だった。意思が強いと言えば聞こえはいいが、その頑固さは彼女を死地へと追いやることが多い。
「3つ目。これが一番重要でどうしようもないこと。私達は彼女に嫉妬している」
どうして。なんて聞く必要も無かった。こうして、そっと抱きしめられていることから、これ以上の説明は必要ないだろう。
「でも、嫉妬くらいなら」
「嘘みたいな話だけれどね。……嫉妬に狂った皆が、彼女を殴り殺す【偶像】ってTLもあったのよ?」
ゾッとした。だが、皆の熱量を考えれば、あり得ない話ではない。
無理に仲良くする位なら、お互いのことを考えて距離を取る。というのはあり得ない話ではないのだが、やはり何も知らない側からすれば疎外感を覚えずにはいられない。
「でも、オレは皆と霧藤が仲良くして欲しいよ。アレだけ仲の良かった大鈴木達まで距離を取っているのは寂しいよ」
「少なくとも、凶鳥や喪白にはその気はあるけれどね」
だが、霧藤が戻って来るにはあまりに辛い場所になってしまっている。だからと言って、皆を目の敵にするつもりもない。
「どうしたら良いんだろうな……」
「話しなさい。難しいと思っても、時間が掛かっても。話を聞くしかないのよ。だから、ご機嫌取りの為に簡単にセックスするとか考えないでよ?」
釘を刺された。確かに、最近はまたを開くか腰を動かせばいいみたいな思考に陥っていた様に思える。
「分かったよ、雫原。じゃあ、今日1日はこんな感じで」
「やらなくていいなんて、一言も言っていないけれど?」
結局、そういう流れからは逃れられないらしい。長い時間お喋りしていたので、それなりに良い時間になっていた。ドローンが運んできてくれた昼食を取りつつ、適度に運動もして、夜の本番に備えていた。