23日目のことである。当初、拉致された霧藤は警戒していたが、イヴァーとカミュンが親身に接してくれたこと。特防隊のメンバーからもされることの無かった説明を受けたことにより、殆ど警戒を解いていた。
「でね。今日は希に協力して欲しいことがあるの」
イヴァーが用意したのは白い制服だ。普段自分が来ている物と違い、可愛らしくはあるのだが。
「何処の制服なの?」
「わらわが別の世界線で手に入れた、霧藤とよく似ている人物が着ていたという物じゃ。カルアと言う名前じゃが、聞いておるか?」
澄野からも話を聞いたことはあった。そんな自分がコレを着れば、文字通り。そっくりになるのだろう。
「ついでに髪型もちょっと弄って……」
「えっと。それって、つまり。私がカルアさんに成りすますってことだよね? どうして、そんなことを?」
霧藤は倫理観が強い。間違っていることには口を挟まずに入られなかった。そのせいで多くのTLで酷い目に遭っているのだが。
「澄野を誘い出す為。そして、同時に特防隊の皆があなたのことをどう思っているかを確認する為よ」
彼女の意図することは伝わった。もしも、自分がカルアに成りすませば澄野は何としてでも駆け付けようとするだろう。その時、特防隊のメンバーはどう動くか。
霧藤は決して鈍感という訳ではない。皆が自分に対して余所余所しいということ位は気付いていた。
「うむ。果たして、皆が希の為にやって来るかという話になるな」
「皆が澄野に付いて来てくれるか。あるいは……」
放置されるか。それでも霧藤は皆のことを信じたい。最終防衛学園のメンバーは難しいとしても、せめて第2防衛学園のメンバーが来てくれることを祈りつつ、イヴァーに協力することにした。
――
「そして、同時に。カルアの存在をアピールすることで、澄野に自粛を促す目的もあったんじゃな」
「え?」
例のビデオを放送した後、カミュンから追加の説明を貰った。
幼馴染がいるかもしれない。という状況で現を抜かしている余裕なんてある訳がないと踏んでいたのだが、学園内に潜入させているドローンは拓海の様子を撮影していた。
雫原と一緒にくつろぎ、ゆったりまったりしつつ。夜中になったら彼女の部屋に行って、甘いひと時を過ごしていた。何の引き留め効果も無かった。
「澄野君……」
霧藤が汚い物を見る目で見ていた。まさか、あんな意味深なビデオレターをした日に、別の女に腰を振っているなんて。想像できる訳も無かった。
「節操無しとか言うレベルじゃないぞ。もはや、煩悩だけで動いているとしか思えん……」
そのきっかけを作ったのは彼女の母親なので、カミュンもこれ以上言う気はなかった。そして、横で見ていたイヴァーは自分の爪を齧っていた。
~~
ムッワァ……。シャワーを浴びても落としきれない臭いが漂っていた。発生源は拓海と雫原の周辺であり、川奈と蒼月が爪を噛んでいた。一方、飴宮達はドン引きしていた。
「あのビデオレターを見た日の内にやるって。対NTRレターじゃないんだから」
「澄野殿。リト殿でも、もう少し節操は持っているモンでござるよ?」
2人から至極当然の叱咤を受けていた。返す言葉もないのか、拓海はシワシワになっていたが、隣の席に座っていた雫原が抱き寄せていた。
「私から誘ったのよ。澄野は付き合わされただけ」
「あ~、比留子サマ。そう言う庇い方するか」
飴宮は何とも言えない表情をしていた。彼女も、澄野がやりたがっていた訳じゃないこと位は理解しているが、それでも流されるにしたって限度はあるだろう。という、諫言を含んだ物だったが。
「怠美さん。拓海クンは僕達を奮い立たせる為に奉仕しているんだ。彼が責められる謂れはないよ」
「……そっか」
蒼月にもブロックされて、飴宮は少し寂しそうに目を伏せた後、引き下がった。そんな彼女の腕を掴んだのは、他ならぬ拓海だった。
「ちょっと、付き合って貰っても良いか?」
「良いよ」
短く返事をして、拓海はサンドイッチ等の外でも食べられる物を選んで、飴宮と一緒に食堂から出て行った。残された雫原は何かを思い出すように、自分の指を舐めていた。
~~
「正直さ。拓海って、今の皆との関係のこと。どう思ってんの? ヤレて嬉しい?」
屋上で一緒にサンドイッチを食いながら、飴宮の方から切り出して来た。
皆が自分のことを想ってくれていること自体は悪くはない。ただ、今の関係が健全だとは思わない。
「役得と思っていない。なんて風には言わない。でも、真っ当じゃないとは思う。だって、皆が好意を寄せる『澄野 拓海』はオレじゃないから」
素となる人物は同じでも過ごして来た時間や経験で幾らでも変わる。今の自分は、皆に好かれる様な経験を経て来た訳ではない。
「なのに、ヤるの?」
「……だって、オレには他に出来ることが無いから」
戦闘の面でも、知識面でも。どれも役に立てることが無い。皆の力に頼りっぱなしだ。だから、返せる物をと考えた結果。体を差し出している訳だが。
「だよね。怠美には他のTLで何が起きたかは分からないけれど、その経験を経て、拓海に依存する程に惹かれたんだからさ。その想いまで否定する気にはなんないよ。でも、やっぱりこの歪さってのは目に余るよね」
爛れているとしか言い様がない。コミュニケーションの中に肉体関係が混座り過ぎているとなれば、どうしてもメンバー間で隔絶を生み出しかねない。
「その証拠に。拓海、気付いていた? 今、怠美と意図的に距離を取ろうとしているのに?」
言われてから気付いた。知らず内に彼女と距離を取ろうとしている自分がいることに。理由は考えるまでもない。昨日の出来事を思い出すからだ。
「今の拓海に必要なのはね。そう! 普通の時間なんだよ!! そんなね。ヌキゲーの主人公みたいなエロエロエロじゃないんだよ!!」
「連呼するなよ……」
だが、言われてみれば。ここ最近はそう言うことばっかりで精神的な余裕があまり無い。
「だからね。怠美は考えていたんだ。拓海と普通に過ごす為には何をするべきか。大好きなエログロリョナ電波ゲーまで封印して……」
「お前、一応18歳未満だよな?」
気軽に破られているが、破ってはいけません。ルールはちゃんと守りましょう。
そして、彼女が自身の好みを封印してまで拓海に合わせようとして持って来たゲームを高らかに掲げた。
「そう。イルブリードをね!!」
「エログロリョナが封印できてねぇよ!! 漏れ出ているぞ!!」
大鈴木と一緒に実写映画の方を見たが、エログロリョナを全部含んでいた記憶はある。だが、原作は相当古い時代のゲームだったはずだが。
「チッチッ。これはこのゲームの大ファンであり名監督のコダッカーにより、最新の機種でリマスターされて、ゲーム環境もかなり改善されて120fpsでプレイできるんだよ!!」
「ホラゲーを高フレームレートでプレイしたら、怖くなくなるだろ!!」
ホラゲーというのは自由に動けない画面の遅さあっての恐怖感もあるが、ぬるぬる動き過ぎたら、怖さが損なわれる。まぁ、イルブリードならしょうがないか。
「こんなバカゲーで盛り上がれるのは身内限定なんだよ!! 拓海! 行こう! イルブリードが待っている!! エロエロより健全な世界が!!」
「グログロは不健全だろ!!」
彼女なりの気遣いかもしれないが、そうだとしてもベクトルは選んで欲しかった。
そして、飴宮の部屋に向かってみれば、厄師寺、喪白、凶鳥。そのメンバーに大鈴木を加えた、大所帯になっていた。
「大鈴木も来ていたのか?」
「フン! 前に見たクソ映画の原作まで見てやらないとね。私に無駄な時間を過ごさせた作品の原作もちゃんと見てから非難しようと思ったのよ! アレは監督の妄想なのか! リスペクトの元に行われたのか!! 白黒つけてやろうじゃない!!!」
「イルブリードに脳まで浸食された悲哀を感じるでござる……」
そこまで行ったら、もはや好きというレベルだが、愛憎は表裏一体というし、とある漫画はファンもアンチも同じことを話題にしていると言っていたし、関心を集めた先に待っているのは似たような物かもしれない。
最新鋭のゲーム機に腐朽の迷作をセットして画面を起動した。問題は誰がコレをやるかってことだが。当然の如く、拓海にコントローラーが渡された。
「え?」
「それじゃあ、激闘。エロVSグロ。行ってみましょう!」
「とりあえず、行ってみろや」
厄師寺からもやんわり送り出された。昔のゲームというだけにあって、ユーザーフレンドリーさは皆無だが、辛うじてチュートリアルらしきものはあった。
そこから始まる、最新機種による高フレームレートによって高難易度化してしまった、地獄のイルブリードが幕を開けていた。
「敵の!! 動きが!! 早すぎる!!」
「澄野君! 倒そうと思っちゃ駄目よ! 逃げた方が良い場合もあるわ!」
喪白からも応援されたが、ホラゲー特有のふんだんに盛り込まれたジャンプスケアやら理不尽な展開を前に、部屋内は罵声と悲鳴に満ちていたのだが。
「(何だろう。久々に、凄い楽しい)」
今まで誰かと過ごす=何かの準備であることが多かったが、この時ばかりは。本当に年相応に皆と一緒に遊んでいた。
「じゃあ、このまま全クリまでやるよ!!」
「え?」
かくして、拓海は今自分が出来ることの一つとしてイルブリードの全クリアを命じられていた。世界一無駄な1日を過ごすお膳立てがされてしまった。