拓海達はバスに揺られていた。1日で行ける所の敵拠点は潰し尽くしていたので、新しい拠点はもう少し遠くの方にあるらしい。なので、今日もバスに揺られることになるのだが。
「このバスってこんなに快適だったっけ?」
改めて、車中を見回した。拓海が記憶している物は通常のバスと何も変わりなかったが、このバスは随分と改造されていた。
まず、座席が固定シートでは無く、リクライニングになっている。加えて、パーソナルスペースを作り出せるように席の一つ一つに遮光カーテンも取り付けられており、コンセントを指す場所もある。
後方にはトイレのスペースが付いているし、軽食や飲み物が保存されている冷蔵庫も設置されている。
「川奈殿がやること無いから、快適性を極限まで高めた物にするって意気込んでいた結果でござるな」
凶鳥がモシャモシャとおにぎりを食べていた。傍らにはタブレット。表示されているのは『TOUGH 龍を継ぐ男』だ。
「多分、100日後も外部探索することを睨んで改造したんじゃない? アイツ、どのTLでも終盤まで生き残るからね」
大鈴木もタブレットで映画を見ていた。あの時、選ばなかった映画の『ダンガンロンパ』を見つつ、ミネラルウォーターを口にしていた。
「これだけ快適なら探索も楽しくなりそうだよね。でも、ポストアポカリプスめいた窒息感は無くなるというか。異世界修学旅行みたいな?」
飴宮もタブレットを操作していた。どうやら、タブレットでも動くゲームをしているらしく、見ればテキストを読み進めるタイプのADVだった。
「移動のさなかに疲れを溜める必要はないわ。大切なのは到着した後に何をするかよ」
喪白もまたタブレットを弄っていた。どうやら、プロレス列伝や伝記を読んでいるらしく、しかもブルーライト対策の為に眼鏡まで掛ける徹底ぶりだった。
「全員タブレットに夢中だな……」
厄師寺が困惑していた。東京団地でも割とよく見ていた光景だったが、この世に電子端末という技術が誕生してからは避けられない普遍的な物だった。拓海も持って来ていなかったので暇だった。
「こういうのって。バスの車中で適当に何か駄弁りながら向かうモンだと思っていたからさ」
「だよな! ……でも、何から話すかな」
本当に急に決まったので厄師寺も準備をしていなかった。むしろ、タブレットを所有しているメンツは何故、こんなにも用意周到なのか。
一応、こんな話をしているが他の者達の集中を乱さない程度に声量を絞っている辺り、変な所で気遣いがあった。そして、さらに絞って尋ねた。
「実際の所よ。本命は誰なんだ?」
本当に先日、シオンとした会話だった。やはり、男子の話題として鉄板ネタ過ぎる。声量を絞ったハズなのに全員がコチラに意識を向けていた。
誤魔化すことも出来た。今はそんなことを考えている場合じゃないとか、ここにいないカルアを出しても良かったが、それは話題を持ちかけてくれた厄師寺に対して不誠実だろう。と思って、馬鹿正直に答えた。
「雫原……」
耳打ちでボソッと呟いた。これが同級生なら揶揄された可能性もあったかもしれないが、厄師寺はそう言ったことをする輩ではない。
「そうか。どういう所に惚れた。タッパがデカイ所か?」
「なんか、今。虎杖と東堂殿の会話が交わされている気がするでござる」
凶鳥もタブレットを置いて寄って来た。ジャンプはバトルマンガからラブコメまで含んだフルコンタクト少年誌であった為、彼女も人並にはそう言った話に興味があるのだろう。
「タッパがデカいとかそう言うのじゃなくて、その。……あー! もういいだろ!」
『いや、待て。我が母上もその会話に参戦するべきじゃ』
ここで、今まで黙っていたカミュンが操るドローンが反応した。お前も会話に参加して来るのかよと思った。母上、つまりイヴァーがどうだったかと言うことだが。
思い出すは童貞卒業の瞬間。捕まって困惑していた自分を優しく包み込んでくれた一夜を思い出そうとして、咳払いした。
「イヴァーとは恋愛というか。その。年も離れているし」
『そう言うのを抜きにして、もっとフランクに考えたら?』
「……素敵な人だとは思う」
やはり、自分達よりも大人と言うこともあって、彼女は理性的で落ち着いているし、先日の件でも分かったがやはり彼女は優しい。こうして、喪白と凶鳥が生きていることが何よりの証拠だ。
『脈ありだということか』
「これだよコレ。やっぱり、同期の奴らとはこういう話で盛り上がりてぇんだよ」
厄師寺は満足そうにしていた。もしも、あの肉食獣の檻とも言える最終防衛学園内で、こんなことを話そうものなら拓海の貞操は簡単に散らされていただろう。既にない様なモンだが。
「けど、澄野君がそんなに雫原さんと仲良くなっていたなんて意外ね」
一度盛り上がったら、もうタブレットに興味を割いている場合じゃないのか、喪白も会話に参加して来た。
「やっぱり、その。な? でも、なんだろう。それだとオレを相手にしてくれるからってだけで選んでいる、カスみたいな奴になるし……」
急に自己嫌悪感が湧き上がり、一気に落ち込んだ。コミュニケーションの方法がベッドと股間なんてロクでもない。
「あくまで切っ掛け! 切っ掛けだから! 大切なのは、その縁をどう育てていくかよ!」
「そうかな。そうかも……」
喪白からフォローが入り、拓海もちょっとだけ持ち直していた。ただ、思うことがあったのか飴宮がコチラを見ていた。
「でもさ。お互いの好意がすれ違わないように、ちゃんと擦り合わせて行かないと。そこら辺、もっと面倒になるかもしれないよね~」
「そうね。幾ら、同じ澄野。だとしても、私達の記憶にある彼とのズレは絶対に存在しているんだから」
と、大鈴木も付け加えていた。それは、この特殊な状況下においては繰り返し話題に上げられる程のことであり、好意が暴走し過ぎない為の自戒を含んだ物であるのだが、あんまり機能している様子は無さそうだった。
「ご褒美だとか云々あるけれど、そう言うのを抜きにして。一度、キチンと話をしてみた方が良いよな。ここにいる3人とは少し話したけれど」
喪白、凶鳥、大鈴木は事態が発展することなく普通に趣味の話を交わしたので、こうして健全な関係が構築できているのかもしれない。
思えば、自己主張が強いメンバーに振り回されてばかりでゆっくりと話したことも無かった。
「うむ。拙者もそろそろ小休止を入れようと思っていた所でござる」
「そうね。こっちの映画も丁度良い区切りを迎えたし」
「お。怠美も参戦パターン?」
全員がタブレットを置いた。正に厄師寺が願っていた、駄弁るというシチュエーションはここに整ったのだ。
「じゃあ。何から話そうか?」
――
拓海達が使っている一号車から見つからない程度に離れて、川奈が操る二号車も追いかけていた訳だが、当然の権利と言わんばかりに拓海達の会話は全部盗聴されていた。
「だってさ! 雫原先輩!」
色恋沙汰に興味津々な過子としては、厄師寺が切り出した『好きな娘誰だよ?』の話なんて好物でしかなく、名前を上げられた雫原は超上機嫌になっていた。
「下手な小細工は要らないってことよ」
勝者の余裕が凄かった。運転席にいる川奈の表情は歪んでいたが、自業自得な面も強いので、誰も同情しなかった。そして、会話の盗聴は続いていた。
『所で、澄野殿。これは女性である拙者には分からんのでござるが、やはり同性と異性とするのでは、結構違うのでござるか?』
結構、踏み込んだ内容を聞いていた。今度は、今馬や面影が反応していた。どんな所感を抱いていたのだろうかと。
『デリカシー0の質問ね……』
『いや、拙者もそう思ったのでござるが。正直に言うと、そう言う下ネタとかに興味津々でござる。あ、勿論。答えるのが嫌ながら回答しなくて大丈夫でござる』
『あ、大丈夫だよ。そうだな。やっぱり、男と女は違うよ。こう臭いとか感触とかも全然。男の方はちょっと乱暴になっても大丈夫というか』
二号車のメンバーは全員が黙っていた。特に過子はメモ帳とペンを取り出して、一言一句を聞き逃さまいとしている。
『やっぱり、やるときは尻穴? やおい穴は存在していない?』
『している訳ないだろ……』
『その。どんな様子だったかは? 拙者、映像の方は見てないから……』
『そうだな。今馬は華奢だったけど、やっぱり男って感じはあったな。リードしてくれたし、その。可愛かった』
「うぉおおおお! 先輩ィィィ!!」
「家族が増えるね!」
指名された今馬のテンションがバチクソ上がっていた。九十九兄妹に未来が生える日は近いかもしれない。
『じゃあ、面影君は?』
喪白も触発されたのか尋ねていた。本人もソワソワしていたし、我慢できずに袴を脱ごうとしていた。
『アイツとは何やっているかよく分からなかった……。なんかこう、意識が飛ぶというか。人体改造というか実験みたいな感じで、正直引いた。でも、滅茶苦茶気持ちよかったことは覚えている』
「あぁ! 澄野くぅん!」
普通にドン引きされていた。ただ、面影はそれでも嬉しいのか全裸になりそうになった所で、全員から止められていた。
『アレ? 楽にも呼ばれて無かったっけ?』
『部屋の片づけしたり、アイツの歯とか体を洗ったりした記憶が強くてな。いや、いぢめるのも楽しかったけれど』
『拓海が新たな扉を開いた様で何より』
質問した飴宮も満足いく回答が得られたのか楽しそうだった。一方、丸子も当時のことを思い出して、モゾモゾしていた。
「うぅ。次は何時だ……」
「蒼月。次からは指名とか無くて、澄野の好きにさせたら良いんじゃない? 私達で交流関係を縛るのは良くないわ」
もはや勝者としての地盤固めに走り始めた雫原だったが、蒼月は首を横に振った。
「駄目だ。拓海クンは皆のリーダーとして、特定の誰かに贔屓し過ぎるのは危険だからね。【修羅場】TLでも分かったと思うけれど」
これだけ1人の人間に好意が集中しているんだから、特定の誰かに贔屓しようものなら、あっと言う間に不和が生じる。
「そうして、私達が瓦解して一番得するのはヴェシネス達だからね」
今まで、口を開いていなかった川奈も言った。嫉妬やら何やらがあっても、決して他者の排除に走らない理由がここにあった。
「でも、通話を聞いている限り。澄野自身も普通にコミュを求めている節はあるのよね」
盗聴している会話は肩肘が張っておらず、思い悩んでもいない。年相応の『澄野 拓海』という少年の考えが出ていた。
「僕らも、距離感を考えた方が良いのかもしれませんね」
銀崎が控え目に言っていたが、昏睡レイプへと持って行こうとした奴が発言しても説得力は低かった。
「そうっすよ。普通のね、友人関係をしていたら、野獣になったりゲロ交換なんてしたりもしないんでね。普通が一番っすよ」
今馬が得意げに言っていたので、蒼月と川奈もブチギレ掛けたが自業自得だったので、甘んじて受け入れる外なかった。
かくして、一号車と二号車。車体も中身も同じなハズのバスの中では、全く正反対の空気が醸し出されていた。