ヴェシネスは無言で川奈を壁に向かって投げ飛ばしていた。
とんでもない膂力で放り投げられた為か、飛んでいた今馬を巻き込んで彼女達は壁にめり込んだ。凶鳥が『が、岩盤……』とだけ呟いていた。
「さて、口直しと行くか」
「はい、コレを」
何時の間にか現れたチュラームタミーから水を受け取り、口を濯いで吐き捨てた。そして、再び拓海の顎を持ち上げ、引き寄せた。
「んむっ……」
全員が神妙に見守っていた。厄師寺と霧藤は目を逸らしていたし、飴宮達は見守っていたし、イヴァーとカミュンはニコニコとしていた。
しかも、唇が触れるだけの奴じゃなくて、水音を立てていることから舌も入れている様だ。完全に2人だけの世界が作られている所で、ガリガリと何かを引き摺って来る音が聞こえ、扉が蹴破られた。
「拓海クン! 助けに来たよ!!」
現れたのは、蒼月を先頭にしたいつものメンバーだった。
既に変身を終えている辺り、バリバリに事を構える気満々だった彼らが見たのは濃厚なキスシーンだった。ヴェシネスが見せつける様にして、拓海との間に銀のアーチを垂らしていた。
「なんだ、変態共。これから偉大なる私とスミノによるフトゥールムの門出を邪魔するなら、ご退席願おうか」
シッシと手で追い払う仕草を見せた。今更、お前達の出番は無いと言わんばかりの所作だったが、コレには蒼月が猛抗議をした。
「何をバカなことを言っているんだ! 拓海クンの心は僕達と共にあるんだ! そうだよね!」
と、蒼月に問われたので拓海は思い返していた。2周目に入ってからの最終防衛学園での生活を……。
男には尻を掘られ、掘ったりもした。今馬と雫原は可愛いかった。ウェディングドレスを着せられ、ゲロを吐かれ、飲まされ、犯されかけた。ここから導き出せる結論は1つ。
「蒼月と川奈以外はまぁ……」
「ピンポイント!? どうしてなんだ! 僕は皆が暴走しないように取りまとめたりしていたじゃないか!!」
ベッドの下に潜伏したり、朝食を横から奪い取って来たり。掘り起こせば、掘り起こす程。碌でも無い思い出ばかりが掘り返された。
「お前との間に、碌な思い出がねェ……」
「やはり、お前達にスミノは相応しくない」
蒼月と川奈の2人により大きく評価を落としていたこともあり、あわや拓海が攫われるかもしれないとなった所で、皆が一斉に抗議した。
「澄野先輩! 自分と過ごした一夜を忘れたんっすか!? 帰って来たら、もっとすごいプレイ……ありますよ」
ど、どんな? と言いかけた所で、ヴェシネスの指が口に入って来た。返事をさせる気はないらしい。
「澄野君! 君の体は憶えているハズだ! 私とのプレイで激イキ。文字通り、逝きかねない程の体験をしたことを! ……ちなみに私は内臓から改造しているから、入れたら凄いよ?」
面影がブルリと震えながら言った。きっと、彼の脳内では既に拓海にガン掘りされている未来が見えているのだろう。ただ、霧藤が思ったことを言った。
「どうして、澄野君との絆に訴えるんじゃなくて誘惑ばっかり……?」
健全な絆が紡げていない故の弊害だとしたら酷過ぎる。もっと、普通のコミュニケーションは無いのだろうかと、彼女は厄師寺達の方を見た。
「オメーがそっちを選ぶって言うんなら止めはしねぇよ。行くだけの理由があるからな。……ただ、俺個人の感想で言うなら、寂しくはなるけれどよ」
「怠美も同じー。そっちに行っても仕方がない。とは思うけれど……皆で一緒にまたゲームしたり、映画見たりとかはしたいかなーって」
コレには拓海も大きく揺らいでいた。健全な学生らしい文化的生活というのは、あの学園内でしか送れないからだ。
「拙者も同じでござるよ! 澄野殿とはTOUGHもドラゴンボールも語りたいし、最近読み始めた推しの子についても語り合いたいのでござるよ!」
「そうよ! そして、希も帰って来て、一緒に地獄甲子園……は置いといて、まぁ『ダンガンロンパ』を見ても良いけれど?」
「それに! 澄野君が居なくなったら、誰がアタイの愚痴を聞いてくれるの!!」
畳みかける様に1号車メンバーも声を上げた。訳の分からないクソデカ好意よりも、自身が理解できる範囲の友好関係は彼の気持ちを引き留めるには十分すぎる物だった。
「なぁ、ヴェシネス。オレ達は戦わないといけないのか? 例のミサイルさえ何とかなれば、手を取り合う道はないのか?」
「この戦いは、個人だけの物ではない。フトゥールムと侵略者の戦争なのだ。既に、どちらの陣営にも多大な被害が出ている。私達だけが和解して終わる。という段階は当に過ぎている」
「その割には、怠美達。ずっとプロレスしている気がするんだけれど」
「今、プロレスって言った?」
飴宮の比喩に喪白が反応しているが、それはさておき。
自分達だけが戦いを止めた所で、長年積み重ねてきた怨恨が晴れる物でもない。人工天体側も追加の戦力を送り込んでくるかもしれない。
「それに、個人的な感情も言えば、スミノ以外の連中が要らん。特にカワナとアオツキ!! 殺さずにいてやるだけ有難く思え!!」
残念ながら個人間での仲も最悪だった。そもそもの話、TLを重ねると言うことは必然的に殺し合い、憎み合う回数も増えると言うことで。
「そう言うこと。学園も破棄するなら、殺さないでいて上げるけれど」
イヴァーが淡々と告げた。霧藤と拓海は息を飲んでいた。
個人で話す時の彼女はとても優しい。そんな彼女が底冷えする様な声を出しているのだから、周回の間で重ねてきた怨恨は相当な物だろう。
「(オレが間に入る位じゃ無理なのか……)」
もしかして、自分が間を取り持てば。と考えたが、その程度で解決できるなら、そもそも戦いなんて起きているハズもないのだから。
霧藤と面会するという口実に託けて、何かしらの交渉が出来ないかと期待していたが、無駄に終わった。両者の間に一触即発の空気が漂う中、ヴェシネスは両手を叩いた。
「どうせ、貴様らのことだから暴力で連れ戻そうと考えていることだろう。だが、偉大なる私には、この場を穏便に収める提案がある」
「……言ってみなさい」
雫原が続きを促した。すると、ヴェシネスの異を組んだかの様にイヴァーが一歩踏み出した。
「ノゾミとスミノを連れ帰っても良い。その場合、イヴァーを同行させる」
つまり、自分達の心臓部分に敵の幹部を置かせろと言うことか。
彼女の戦闘力は折り紙付きだ。その気になれば、学園で用意しているミサイルをも破壊しかねないだろう。
「『ドルメン式断層認知再構築療法』に掛けようとしても無駄ですからね。貴方達には-言う必要もないと思いますが」
「ドルメ……なに?」
拓海、厄師寺、飴宮の3人だけが首を傾げていたが、他の面々は顔を歪めていた。療法と言うが、多分穏やかな物ではないのだろう。
「それなら、どうして霧藤を攫ったの? 21日目の襲撃時に部隊長を解放した後、貴方が留まれば良かったじゃない」
雫原が指摘した。同じ様な状況に持って行きたかったら、21日目の時点でも出来たはずだというのに、そうはしなかった理由が気になったのだろう。
「まず一つ目。ノゾミ達が攫われた時の反応を見たかったから。二つ目、こちらにも準備することがあったからさ。三つ目、こうして条件を提示すれば貴方達は飲み込まざるを得なくなるから」
イヴァーの表情が不機嫌に見えたのは、恐らく。霧藤が攫われた時の皆の対応が甚く不服だったからだろう。その証拠に、カルア扮する霧藤はイヴァーの後ろに隠れている。信頼の差が表れていた。
雫原が振り返り、皆の顔を見た。様子がおかしい組は渋々と言った具合で、マトモ組も何とも言えない表情をしていたが、拓海は真っ先に霧藤に駆け寄った。
「霧藤!!」
勢いのまま抱き着こうとして留まった。彼を押し止めたのは何なのか、というのが霧藤には直ぐに分かった。同時に、ちくりと胸が痛んだ。
「(そっか、私……)」
どうしても湧き上がる感情というのはある。ましてや、彼女は他の面々と違って周回の記憶を引き継げないのだ。他の面々が繰り広げる、貞操観念ユルユル雰囲気を見て思うのは仕方がないことだった。
『気持ち悪い』と。彼女が思ったことは特別ではない。いや、むしろ一般的感性の持ち主だとも言えるが、特防隊メンバーはマトモではなかった。
そんな奴らにホイホイ体を許している拓海も同列に見てしまうのは自然なことだったが、彼の感性はあくまで一般的だった。……こうして、気になっている女子から嫌われることを怯えて、竦んでしまう程度には。
「だ、大丈夫だったか?」
努めて平静を装っているが、表情には不安が隠しきれていない。
ここまで来たのは彼の力だけでないにしても、皆を動かす為にも無茶をしたのだろう。どうして、そこまで頑張ってくれる人間を拒絶できようか。なので、霧藤は教えて貰ったことを頼りに言った。
「うん。ありがとうね、たっくん」
不安そうな表情が、一瞬。泣きそうな物に変わっている所。こちらから近付いて、そっと抱きしめた。拓海も彼女の背中に手を回していた。
マトモ組やイヴァーがホッとした表情をしているよ頃で、様子がおかしい組が眉間に皺を寄せていた。特に雫原と蒼月の眉間には深い皺が刻まれていた。
かくして、一触即発の状態であったが、ヴェシネスからの提案によって一同は、最終防衛学園へと引き返すことになった。