バスを飛ばしていたことが功を奏して、明け方には最終防衛学園に到着していた。27日目から出立したことを考えると、ほぼ1週間空けていたことになるのだが、校庭に設置されている迎撃兵器には起動した跡すら見られなかった。
「おかえりー! 皆―!!」
「ただいま!」
NIGOUが迎えに来たので、バスから降りた霧藤が抱き上げていた。
しばらくはNIGOUも喜んでいたのだが、降りてきたメンバーの中にイヴァーがいるのを見て固まっていた。
「な、なんで部隊長が!?」
「人質の解放の条件だそうよ」
皆を代表して、雫原が理由を説明した。霧藤が帰って来たことは喜ばしいが、こんな爆弾を持ち込まれるとは思ってもいなかったらしい。
「大丈夫よ。本当に危害を加える気があるなら、もうやっているから」
「何も大丈夫じゃないよ。でも、希さんの無事には替えられないか……」
NIGOUのCPUは限界に来ているのかブスブスと煙が上がっていたが、皆は特に気にもせずに食堂へと向かっていた。
「イヴァー。貴女が潜り込んだのは、やはり例のミサイルを潰す為?」
「そうよ。あのミサイルは抑止力としては、この上ない物だからね。何時でも潰せるように私が懐に入らせて貰った。でも、これがあるお陰でフトゥールムも均衡を保てている部分はあるの」
「なんでだよ。そんな危ない物があるなら、部隊長的には直ぐに潰したいと思うはずじゃ?」
拓海としても理解しかねる所だった。この星の生物を全滅させるミサイルが準備されているとしたら、何としてでも潰したいと思うハズだ。
「そうもいかないの。フトゥールムも一枚岩じゃないし、私達が戦いを止めて和平した所で一番得するのは誰だと思う?」
そもそも、この戦いを引き起こした連中は誰か? フトゥールムは侵略された側だとして、自分達をこの戦場に放り出した者達と言えば。
「人工天体の奴らか」
「そう。体裁の為にも、暫くはプロレスしていた方が得なのよ」
周回の恨み辛みだけではなく、もはや自分達の意思だけでは戦いを止められないという部分も大きいのかもしれない。
「100日目が近付いてきたら、どうするつもりだ?」
「それはどうにでも出来る。そうよね、川奈?」
「別に貴方に言われなくてもやるし」
イヴァーと川奈の間にバチバチと火花が散っている様だった。100日の過ごし方に関しては、やはり仲間達の方が詳しいらしい。
「とりあえず、これからも戦いが続くとして。いざ100日目になったらどうするつもりなんだ? 人工天体に行くのか?」
「先のことを考えてもしゃーないっすよ。まだ、50日も経ってないんっすよ? ひとまずは、自分らと楽しくやりましょうよ!」
拓海の疑問に答えることも無く、今馬はチークキスを交わしながら言った。すると、隣の席に座っていた霧藤がススーっと、拓海を引き寄せていた。
「霧藤?」
「澄野君。とりあえず、朝ごはん食べよう?」
チラリと見た先。今馬が目を細めていた。強烈に嫌な予感がした所で蒼月がワザとらしく手を叩いていた。
「拓海クン。ちょっと良いかな? 僕達のご褒美も大体一巡したし、一通り思いもた伝えたと思うからさ。今後の交流は拓海クンの意思で選んで欲しいなって」
「ど、どうしたんだよ急に」
「ほら。希さんや皆との時間もあるだろうと思って。僕達も拘束し過ぎるのは良くないと思ったし、何より。拓海クンの意思で選んで欲しいんだ」
ズイと顔を近づけて来た。今までは公平性を保つ為にご褒美なんてことをやっていたが、ここに来てどういう風の吹き回しか。霧藤のことを考えて……とは思えないが、素直に頷くことにした。
「選ぶとかは、ちょっと大仰な気がするけど」
「いいや。僕達にとってはそれだけ重要なことなんだ」
そんなに詰め寄られても困る。と思っていると、皆からジットリとした視線を向けられていることに気付いた。この湿度から一刻も早く逃れるべく、拓海は口を開いた。
「じゃあ、今日はお前と過ごそうかな……」
「喜んで!」
即答だった。チラリと横を見れば、霧藤が何とも言えない表情をしていた。
それでも、拓海は色々と聞きたいことがあった。朝食に出されたホットドッグはまるで粘土を食っている様に味がしなかった。
~~
万が一のことも考えて、拓海は蒼月を部屋に招くことにした。
もしも、相手が野獣と化した場合、川奈か誰かが駆け付けてくれることを考えてだ。そのまま大乱交になる可能性が無きにしも非ずだが。
「こうやって、正面から招かれると気恥ずかしいよね」
「普段から侵入してくる癖に妙な所で初心なんだな……」
しょっちゅう、ベッドの下に潜っていたりする癖に普通に招かれるのには慣れていないのか。と、とりあえずベッドに腰掛けた。
「で。なんで、急にあんなことを言いだしたんだ?」
「ご褒美制度の中止のこと? 深い理由は無いよ。一巡したからね。それに、今回の件で拓海クンは希さんのことを意識し出したでしょ?」
車中で彼女の口から語られたことは、これまでの戦いの前提を覆しかねない物だった。それと同時に、違う。とは言っていたが、霧藤とカルアの境目が極めて曖昧な物になっており、自分でもどうすればいいか分からない。
「お前達は知っていたのか?」
「うん。でも、言った所で受け入れられる? 『僕達全員の体から記憶まで全部作り物だ』なんて」
無理だ。受け入れられる訳が無い。アイデンティティから何まで否定されて飲み込めるはずがないし、信じられる訳も無い。
「お前達は大丈夫だったのか?」
「全然? TLの中には人工天体の連中を滅ぼすのもあったよ。【報復】とか【鏖殺】とかね。でも、もう良いんだ。だって、僕達には拓海クンがいるんだから」
肩に凭れ掛かられた。いつもならどかす所だが、そんな気にならなかった。むしろ、彼の肩を抱き寄せていた。
「でも。なんで、オレなんだ? オレより凄い奴なんて他にもいるだろ? 雫原とか川奈とか……」
「理屈じゃないんだよ。どうしようもない位に惹かれるんだ」
凭れ掛かられている体勢だったので、そのまま押し倒された。
蒼月はかなり大柄だ。そんな人間が覆い被さって来たのなら、恐怖心を覚えない訳が無い。思わず、身を竦めてしまった。
「今からは勘弁してくれ。ずっとバスに揺られて、オレも疲れているんだよ。シャワーも浴びたいし……」
「だからだよ。拓海クンの全てを感じたいんだよ」
今更、払い除ける気も無かった。せめてもの抵抗でパーカーが皺になることを避けるために服だけは脱がせて貰った。
――
「(なにこれ?)」
何か起きるんじゃないか。そう思って、川奈に監視カメラの映像を傍受できる端末を借りた所、画面には拓海が蒼月に押し倒されている光景が映し出されていた。
今までは、距離を取っていた男子の爛れた日常風景にしか思えなかったのだが、記憶を取り戻した状態で見るとまるで違った。
「(なんで?)」
幼少期の頃、仲良くしていた男子が同性とキスをしている。拒む訳でも、無理矢理されている訳でもなく。背中に腕を回して、求めている。
自分を助けに来てくれた時の彼は本当に輝いて見えた。取り戻した記憶と結びついて、自分が悪感情を抱いていたことを恥ずかしくさえ思った。帰りの車中で寄り添う様にして寝ていたことは、綺麗な思い出として胸にあるのに。
「(吐きそう)」
胃の辺りが不快感で焼かれそうだった。やっと抱いた淡い思い出が白濁色に塗り潰されて行く気がした。だというのに、映像から目を離せない。
不意に蒼月の顔がコチラを向いた。彼はカメラに向かって薄笑いを浮かべていた。それ以上、正視することは出来ず。霧藤はトイレに駆け込んだ。