39日目。今日は珍しく拓海は1人で朝食を取っていた。
「(怠美は寝坊、過子と霧藤は次に見る映画を協議し過ぎて寝坊、イヴァーはそんな2人の面倒を見ているし、大鈴木はカレーの面倒を見ているし、愚痴を履いてスッキリした喪白はトレーニングに行って厄師寺も付き合っている。素晴らしい孤独のグルメだ)」
サンキュー神様と言いたくなる。しかも、どういう訳か。様子がおかしい組も来ないんだから、何があったのかとチラ見してみたら。
「こっちは仕込みバッチっすよ。蒼月先輩は?」
「ジワジワ効いて来ると思うよ!」
アグレッシブ二大巨頭が良からぬことを企てている中、銀崎と丸子は目の前の食事に夢中だし、川奈、面影、雫原は何か相談をしている。内容までは聞き取れなかったが、牽制だとか、セーフティだとかの単語が聞こえた。
「(野球でもするのかな?)」
だが、校庭は大鈴木が修理した防衛兵器塗れなので、VR的な物でやるか、もしくはゲームでもやるのか。どちらにせよ、自分はあまり関係の無い話だった。
さて、飯を食った後は誰かと過ごそうか。あるいは1日中部屋で寝てようかと考えていると、背後から掛けられた。
「澄野殿。隣、大丈夫でござるか?」
「あ、凶鳥。おはよう。大丈夫だぞ」
唯一、マトモ組の中で凶鳥だけは大丈夫だった。ただ、タイミングがタイミングだったので、きっと偶然ではないのだろうなと思った。
改めて、2人だけになったら何を話すべきか。意外と話題が出て来ない。タイマンでは読んだ漫画のネタを言い合ったりしていたのだが、マトモ組で固まると、大体会話の中心になっているのは霧藤や過子であり、凶鳥は控えめだった。
「澄野殿。龍継ぐの方はどうでござったか?」
「最初らへんは面白かったけれど、鬼龍が変なおっさんになっていたし、なんで道場潰したんだ? とか、読めば読むほど疑問が浮かぶんだが、要所要所は良かったから、とりあえず良かった!」
「やっぱりそうなる?」
漫画ネタは専門性が高すぎて、他者と共有し辛い。かと言って、俄か知識で茶化そうものなら、侵攻生めいて排除対象になるので、やはり二人きりの時にしか話せない話題だった。
「最近、凶鳥は何の漫画を読んでいるんだ?」
「とりあえず、最近は猿渡先生の作品を読破したから、集英社から少し変えて別の出版社のを見ようと思っているのでござるな。やはり、小学館が手堅い所でござるが、講談社も良さそうだし」
「チャンピオンは?」
「秋田書店は変な作品が多いでござるからなぁ」
あまりに熱い風評被害だった。バキとかあるだろう。と言いかけたが、止めた。長く掲載してもタフで居続けられる作品は多くないからだ。
「ここは原点に戻って、るろうに剣心の北海道編とかは?」
「ぐぬぬぬ。拙者も興味はあるのでござるよ。でも、アレだけ綺麗に終わった作品の続編に万が一のことがあったら……! と思うと、中々に踏み出せないのでござるな」
往年の名作が続編を出して、評価が芳しくない。というパターンは幾らでも見て来た。名作は名作のままでいて欲しいというのもまた、ファンの心情だろう。
「悩ましい所だよな。と言うことはドラゴンボール超やダイマの方も?」
「いや、そっちは我慢できずに見た。メッチャ良かった」
ござるという語尾も忘れる位に楽しんでいたらしい。あまりに嬉しそうに作品の感想を話すので拓海も付き合っていた。朝食の時間はいつもより、ゆったりと過ぎて行った。
――
「喋り過ぎちゃった……」
「オレも楽しんでいたから、そんな気落ちしなくても」
午後から予定も無いし、先日の話も気になったので、今日は凶鳥と一緒に過ごすことにした。彼女の部屋にお邪魔して、持ち寄ったコミックセットを読み耽るという、何とも年相応の過ごし方だった。
映画と違って感想をあーだ、こーだ言い合うこともしない。ただ、同じ空間に相手がいるだけで十分だった。沈黙が苦痛にならない間柄、と言うのは中々に得難い物であるからだ。
「(なんか、こういうのも久々だな)」
最近はずっと忙しいというか。何かをしていなければ、という使命感に駆られ続けていたので、ただお互いが居るだけの空間が心地良い。
偶に、お互いの様子を見て何も無ければ読書の方に戻る。妹や家族との距離感とも違う。こういう関係には覚えがある。
「(カルアといた時はこんな感じだったよなぁ)」
好かれようとしたり、好意を確かめようとしたりするのではなく。ただ、自然体のままでいること。無関心の様に見えるかもしれないが、互いのパーソナルスペースにいることを許容できる程の関係だと言うことだ。
「拙者、昨日。今馬殿に色々と唆されたのでござる」
ふと、凶鳥が口にしたことに対して拓海は特別に驚く様子も無かった。やはり、彼らは既に行動を起こしていたらしい。
「何か言われたのか?」
「澄野殿のことをもう諦めているのではないかと。否定はしない。拙者、比留子殿達の様に強くて魅力的でも無ければ、希殿の様な縁もある訳でもないからな」
やはり、本人も気にしている所ではあったらしい。その対象が自分なので無責任に応援は……と思ったが、普段の快活な彼女を知っていると慎重に行くというアイデアは脇に置いておくことにした。
「あんまり卑下するなよ。凶鳥には凶鳥にしかない良い所があるだろ」
「例えば?」
考えも無しに言ったので、当然答えは用意していない。なので、拓海は即興で答えを絞り出すことにした。
「まず、色々な漫画に詳しいだろ。オレも漫画が好きだろ。こういう話題を共有できることは少ないし、お陰でタフにも巡り合えたし、語録って言うのも覚えたし」
「拙者の魅力が外付けのタフに集約されている様でリラックス出来ませんね」
励ますセリフとしてはバッドコミュニケーションも良い所だった。だが、この時の拓海は勢いがあった。
「そうやってサラっと語録で返してくれるところとかな。ほら、最近の皆は押しが強すぎて、こういう遣り取りを出来ることが少なかったから」
あぁ……と凶鳥は頷いていた。様子がおかしい組は勿論、霧藤達も最近は張り切り過ぎてアレやコレや何やらをガンガンして来る。
詰まらないとか苦痛ではないのだが、やはり自分の時間もそれなりに大事だと思っている。
「何かをしなきゃ。って急かされることのない時間を一緒に過ごせる。凶鳥と一緒にいるの、オレは好きなんだよ」
結局、告白みたいな形になっていた。言ってから気恥ずかしさに襲われたが、凹んでいる彼女を見ていられなかった。と言うこともあって、後悔はしていない。
「澄野殿。そんなこと言われたら、拙者。勘違いするでござるよ? 直接的な行動をせずに、乙女心を揺らす芸を見せてしまうかもしれぬよ?」
「こんな状況においても語録を使う凶鳥を誇りに思う」
傍から見たら、何やってんだコイツら。となりかねない会話だが、この最終防衛学園で失われてしまった貞操と学生らしい会話。というのは、拓海も大いに楽しんでいる所だった。
その後は話題をスッと切り上げて、再び2人で読書の時間に入った。途中で食堂に向かった時、カレーの様子を見ていた大鈴木から冷やかしを受けつつ、昼食を取った後は再び読書に耽った。
「(オレ自身が凶鳥をどう思っているかを知れる良い機会だったな)」
欠けてしまった日常を共に過ごせる相手。なのだが、考え方次第では好意1つで崩れかねないので、彼女の動きを抑制してしまっているのではないか? そんなことを考えながら、漫画のページを捲っていた。