拓海は悪夢に苦しんでいた。イルブリードを摂取し慣れていない人間が連続視聴を行えば、ほぼ100%の確率で悪夢に苦しむことは言うまでも無いことだ。
「たっくん。どうして、こんな……」
そんな彼の傍には何故か霧藤の姿。そして、被り物を脱がされて頭にタンコブを作っている大鈴木と拳を固めているイヴァーの姿があった。
「えぇええええん! だって、誰も一緒に見てくれないんだもん!」
「なら、せめて断りを入れなさい」
視聴した後に悪夢に苦しみます。なんて、注意書きが入っている様な映画を見たがる奴が他にいるというのか。
「だって、怠美にも断られるし。澄野以外、誰が一緒に見てくれるって言うのよ!! 希にも『気持ち悪い』ってバッサリ切られるし!」
「でも、本当に気持ち悪いし……」
「1人で見たら?」
「それはちょっと怖いし」
あんだけ褒め称えていたが、内心ではキッチリビビっていたらしい。
ホラー映画を皆で見るというのも楽しみの一つであるが、それは大多数の産道が得られて、始めて許される事であって、基本的には推奨されない。
だが、中身が気になるという気持ちは分からなくはない。断られ続けたのも運が悪かったという外無いが、それならば。せめて、付き合ってくれる人間には事前にキッチリと説明するべきだった。
「それなら、私が一緒に見て上げるから。希、拓海のことを診て上げてね」
「うん」
げんこつ付きの叱責をしたが、最後には甘やかすあたり、生来の優しさが隠しきれずにいた。イヴァーは大鈴木の手を引いて、部屋から出て行った。
残された拓海も暫く悪夢に苦しんでいたが、所詮はスクリーンの話。加えて言うなら、あまりに陳腐でチープなスプラッタだったので目が覚めると、案外大したことが無いモンである。
「起きた? 大丈夫?」
「アレ? 霧藤? なんでここに……」
「朝食にも昼食にも来なかったから、昨日何があった? って、くららちゃんに聞いてね」
寝ぼけた頭で昨日のことを思い出していた。恐らく、2周目に入ってから最も無駄な1日を過ごしたと思われるが、こうして霧藤が看病に来てくれたのなら、そう悪いことじゃなかったかもしれない。
「そうか。態々、悪かったな」
「ううん。良いんだよ。これ位。まだ、お昼食べてなかったでしょ?」
と。霧藤はランチボックスと水筒を取り出して、紙コップに注いでくれた。琥珀色の液体に湯気が立っている。口を付けると、心が安らぐような香りがした。
「ありがとうな」
「どういたしまして」
彼女も同じ様に厚焼き玉子サンドを手に取っていた。こうして、同じ物を飲み、食べていると。ここが最終防衛学園であることを忘れそうになる。
東京団地に戻って来たのではないのかと。このまま2人で食事をしていたら、母がやって来て、自分達を茶化してくれるのではないか。そんな気さえした。サンドイッチを一口齧った。
「この厚焼き玉子。霧藤が作ってくれたのか?」
「え? なんで、そう思うの?」
「全自動調理マシーンの物と味付けが全然違う。凄いオレ好みだったから」
食堂には調理設備一式が揃っているが、大抵の奴は料理なんてしない。
全自動調理マシーンは細かな味付けや調理にも対応してくれるが、本当に細かい味付けになると、人の手を使わざるを得ない。
「そうなんだ。いや、その通りなんだけれどね。えへへ……」
彼女が笑顔を見せてくれたのでドキっとした。
しかも、その姿がカルアに瓜二つの容姿で言われるのだから、拓海も気が気でない。だが、何とか堪えた。
「(ここで『霧藤! お前の笑顔チョー可愛いぜ!』はキモ過ぎる)」
努めて平静に言うべきだ。今の自分の考えを整理しよう。
最近は人間関係云々で渋い表情をしていることが多かったので、彼女が普通に笑ってくれて嬉しい。自分にあるのはこの気持ちだけだ。断じて、やましい気持ちはない。さぁ、出力だ。
「可愛い……」
「え?」
はい。出力失敗です。語彙がまるで足りていません。どうして、やっと笑ってくれたな。みたいに気が利いた言葉が言えないのか。
だが、普通に考えて欲しい。やっと笑ってくれたな。というのも十分キモくはないだろうか。というか、なんか自分がキモくなって来て、イマジナリー銀崎に憑依されている気分になって来た。
「ここ2,3日。なんだか暗かったからさ。やっぱり、笑った顔が良いなって」
ギリギリフォロー出来たかもしれないが、その暗くなる原因が自分だというのは一旦棚に……。
「やっぱり、分かっちゃう。かな?」
「流石にな。オレが原因だとは思うけれど」
上げる訳には行かない。例え、周りに流されたとしても悪いのは自分であって、彼女が気に病む必要はない。
「そうだよね。たっくんが色々な子にフラフラと目移りしているから」
「身に刺さります……」
「フフフ。冗談だよ」
意外とそう言うことも言うらしい。考え方次第では冗談を言える位の間柄に進展していると思えば、悪いことでもない。
だけど、霧藤は自分のことをどう思っているのだろうか? ……聞く勇気はない。友達とか仲間と言われても悪い気はしないが、望んでいる言葉を掛けて貰うには、今の自分は不埒に過ぎる。
「凶鳥とはどうだ?」
「狂死香ちゃんとは今朝も話せていないかな。会話がイマイチ弾まないというか、切っ掛けが見出せなくて。話題の為に漫画をちょっと読んで見たけれど、あまり頭に入って来ないし……」
霧藤もいっぱい、いっぱいと言うことか。例え、話題を共有できなくとも2人がお互いを尊重し合える友人同士だったと言うことは拓海も知っている。
だが、2人の間に自分が挟まると色々と問題なのだろう。凶鳥も普段の言動は色物めいているが、中身は年相応の女子だ。友情と恋愛感情を分けて考えられるような、強かさはまだ育ちきっていないのだろう。
「そっちはまた今度考えよう。なんか、明るくなる話をしようぜ!」
大事な話ではあるが、このまま続けていたら暗くなるので明るい話に切り替えることにした。すると、霧藤はゴソゴソと何かを取り出していた。
「最近ね。過子ちゃんに影響されて、私も小説書き始めたの!」
「へぇ。どんなの書いているんだ?」
「ダンガンロンパの二次創作。やっぱりね。私、あのお話って皆で生存出来たら良いなって思うの。さやかちゃんもむくろちゃんも」
奇しくも。それは、特防隊メンバーが置かれている状況に似ていなくもない。
あっちはコロシアイを強要させられていたが、自分達は殺し合いを強要(笑)させられている。
「そうだよな。皆で生きて帰れたらッて思うよな。どんな感じなんだ?」
「まず、1章目だけれど」
懐からスルっとノートを取り出して来た。不思議な感覚があった。真面目な彼女が変な物を書く訳がないと思っていたのだが、勘の様な物が叫んでいる。止めておいてやれ。と。だが、拓海はページを捲った。
―-
「苗木君。私達が戻って来たことには意味があると思うの」
信じられないことだが。ボク達はコロシアイ学園生活1日目に戻って来た。どうやら、記憶があるのはボクと霧切さんだけの様で、葉隠クンや朝比奈さんは何も憶えていないようだった。
「今度は、舞園さんや皆を助けるんだ。だから、霧切さん。ボクと一緒に」
「えぇ。勿論よ、苗木君」
――
「怠美ちゃんからは『よくある2周目もの』って言われたけれどさ。やっぱり、やり直せるなら最高の形にしたいよね」
拓海の表情が何とも言えない物になっていた。だって、置かれている境遇がまるでそっくりと言うか。
いや、きっとそういう状況になったら誰もが望むのだろう。こんなはずじゃなかった結末を変えたいというのは。
「まぁ、一緒にシュタインズ・ゲートも見たし。やっぱり、2周目もの。って言うのは考えたくなるところだよな」
「でも、実際の2周目と言うか。周回って、想像以上に事態が絡まるから簡単にはいかないんだよね。怠美ちゃんからも『1周目の事件を防いだから、後は順当に行く。って考えは止めた方が良いよ!』って言われているし、その通りだけど」
バタフライエフェクト。という言葉はもう使い飽きているが、1つの問題を潰した所でまた別の方面から問題が噴き出るというのは往々にしてある話で。
「多分、オレだけ2周目なら似たような状況になっていたんだろうなって思うよな」
「そう考えると。何処まで予測するかって難しいよね。幸い、ダンガンダロンパは学園内だけで良いけれど」
この最終防衛学園は部隊長やら他の要因やらも滅茶苦茶に混ざり込んで来るので、そうはいかない。
「でも、物語やお話の中では幸せで上手く行った話を書きたいよね」
「確かにな。完成したら、オレにも読ませて貰って良いか?」
「うん! むしろ、読んで欲しい位!」
もしも、全てが上手く行ったら。と、やり直すからには思うことだ。
現状は敵味方全員含めて生きているのだから上手く行ってはいるのだろうが、これからどうなるかは分からない。
ならば、せめてうまくいくことを信じられるような物を見たいと思いながら、拓海は暫し霧藤と一緒に歓談を楽しんでいた。