霧藤と談笑して、彼女が去った後のことである。防衛戦も発生しないので何をして過ごすかぼんやりと考えていた。
最近はこのマトモ組の関係をどの様に修復するべきかと考えていたが、ふと。ある思考が過った。
「(なんで、オレがそこまで?)」
と、思い掛けて頭を振った。霧藤のことを大事に思っているのは事実だし、特防隊メンバーと良好な関係を築きたいとは思っているが、その為だけに自分の時間が費やされて行くことに引っ掛かり始めているのは良くない兆候だ。
「(抱え込み過ぎるのは良くない。こういう時は誰かに相談してみよう)」
幸いにして、未だ精神状態は疲弊しきっていないので誰かに相談をするという選択を取ることは出来た。こういった時の相談相手として拓海は恰幅の信頼を置いている相手がいる。
部屋を出て該当人物のプレハブ小屋を叩いた。普段は生物薬品室にいるのだが、どうやら今日に限っては自室にいたらしい。
「殺ぁ、澄野君。君の方から訪ねて来るなんて珍しい」
「今、大丈夫か?」
「この学園で忙しい人なんていないと思う。入ってよ」
部屋に上がった。几帳面な彼らしく、部屋はキッチリと整頓されていたが、人体模型やら医療関係っぽい物が並ぶ、不気味な雰囲気が漂っていた。
ソファに腰掛けると、面影がスッとコーラを出してくれた。カランとグラスの中の氷が揺れる。喉が鳴った。
「悪い。助かるよ。でも、なんでオレがコーラを欲しいと思ったんだ?」
「今朝方、希ちゃんがサンドイッチとティーポッドジャーを持って行くのが見えたからね。2回連続で紅茶もどうかと思ったし、私も飲みたかったから」
と言って、面影も同じ様なグラスを持って来た。相変わらず洞察力に長けており、相手に気遣わせない様にする気配りまでしてくれるのだから、拓海もついつい頼りにしてしまう。
「さす面。ついでにオレが何を相談したいとか想像できる?」
「希ちゃん達のことだろう? と言いたいけれど、それは澄野君が何かする必要はあるのかい?」
「そんな、薄情な」
「薄情じゃないさ。澄野君、君は特防隊のリーダーであると同時に1人の人間だ。全てを投げ打って奉仕しなければならない。なんてことは無いんだよ」
霧藤のことを気に掛けてはいたが、同時に拓海のこともキチンと心配してくれていたらしい。
「もっと言うなら。希ちゃん達は君が手助けしないと、何も出来ないお姫様。という訳じゃない。あれこれ世話を焼かずとも、彼女には頼れる仲間もいるんだ。少しは第2防衛学園のメンバーも信用して欲しいな」
世話を焼き過ぎる。と言うことは翻って、本人が何も出来ないと決めつけているのではないだろうか。過干渉も無干渉も似たり寄ったりなのかもしれない。
「そうだよな。いや、分かっちゃいるんだけれど。なんかしていないと気が済まないというか、何かをしないといけないって思って」
「強迫観念だね。1周目の経験もあるかもしれないし、私達が澄野君に求め過ぎているのもあるかもしれない」
求め過ぎていると言われても、やたらとネチョネチョヌチョヌチョされる位なので、理想的なリーダー像とかそう言うのじゃないのはある意味救いかもしれないが、貞操的には良くない。
「でも、何もしなくて良い日もあるし。殺りたいことを殺っても良いんだ。前に蒼月君とシてから、1週間は経っているし。溜まっていないかい?」
隣に座っていた面影の腕がまるで蛇の様に巻き付いて来た。幾らなんでも手が早すぎる。
「ちょっと、待ってくれ。確かにその暫くしていないけれど、霧藤のことで悩んでいる手前、そう言うことをするのは」
「もっと無責任になりなよ。何なら、皆も呼ぼうか?」
皆とシェアしてハッピーは菓子だけで良い。だが、拓海も振り払う真似をしない辺り、最終防衛学園という魔窟に調教されていた。
そのまま、ソファに押し倒され、いつも通り手籠めにされようとした所でチャイムが鳴った。最近は妙にいいタイミングでカットが入るので、何かしらに監視されているんじゃないかという気分になった。面影が衣服を正して、応対に向かった。扉を開けた先に居たのは、凶鳥だった。
「おろ。澄野殿もいるのでござるか?」
「今、狂死香ちゃんが抱いているかもしれない問題と似たような相談をね」
「それなら、オレは席を外した方が良さそうだ」
自分が居たら話しにくいこともあるだろうと思い、拓海が部屋を出ようとした所で、凶鳥が立ち塞がった。
「待った。澄野殿もいるなら話も早いでござる。一緒に聞いて欲しい」
全員がソファやベッドに腰掛けた。凶鳥も呼吸を整えて、話すべきことをまとめてから口を開いた。
「拙者。澄野殿のことが好きだし、希殿のことも友人として大事に思っているでござる。だから、この事を打ち明けるつもりでござる」
少なくとも、お互いに遠慮し続けて気まずい空気を醸し続けるよりは良いことだとは思う。好意を打ち明けられた拓海は、恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「良いことだと思う。お互いに遠慮し過ぎて、すれ違って仲違いするよりはずっとね」
「うむ。ただ、拙者もそう言うのには慣れていないから2人に立ち会って欲しいのでござるよ」
「くららちゃん達に頼まなくても良いのかい?」
「大仰にはしたくないのでござるよ。それにその、くらら殿ともこ殿は万が一のことが起きた時に少し頼りないというか……」
どうやら身内にも戦闘能力に関しては疑問を持たれるレベルであるらしい。拓海と面影は頷いていた。
「凶鳥が付き合って欲しいというのなら、オレも一緒に行くよ」
「決定だね。いつ、殺るか決まっている?」
「明日でござる。希殿には、今から拙者が伝えて来るでござる」
決心が鈍らない様にと言うことか。凶鳥は飛び出して行った。彼女の背中を見送りながら、面影は溜息を吐いていた。
「彼女の真っすぐさが羨ましいよ。私達はルール無用で取り合っているのに」
「お前達は、もう少し自重して欲しい位だけれどな。……最近は大人しいけど」
コレでも、彼らなりに自分のことを尊重してくれているのか。それとも以前にも言っていた様に、自分自身の選択で選ばれてこそ意味があると思っているのか。
「だけど、その意思を表明すると言うことはこっち側になると言うことも忘れてはならない。悪魔が微笑む時代とは、よく言った物だけれど」
そう言えば、今馬から唆されたとは言っていたが、結果だけを見れば本当に後押しをしただけになりそうだ。……と思い出した所で一つ、引っ掛かっていたことがあった。
「(凶鳥が唆されたとは言っていたけれど、大鈴木の方はどうなんだ?)」
彼女からも上映会の誘いを受けたが、凶鳥ほどではなかったというか。元より、尊大な性格をしていることもあって、誘いを跳ね除けたのだろうか?今の彼女は、きっとイヴァーと仲良く映画鑑賞会をしているハズだ。
良き相談相手となってくれた面影に礼を言って、拓海は部屋に戻った。何かあるとすれば、明日からだ。その時に判断を後悔しない様に、今日は体をゆっくりと休めることにした。
――
「くららはアイツらに何か言われたりしていないの?」
イルブリード連続視聴会が行われている中、イヴァーが大鈴木に尋ねていた。彼女は鼻息を鳴らしながら答えた。
「勿論、言われたわ。でもね、アタシは最初から誰かの目を気にしたりなんてしていないんだからね。なんで、遠慮しないといけないのよ」
「じゃあ、最初から拓海狙いで?」
「ハッ! どいつもこいつも性交とか恋愛感情でしか語れないんだから次元が低いのよ! 肉体的干渉やら粘膜の幻想を超えた先にある繋がりを見つけないと。そう、芸術的文化的繋がりをね」
現在、視聴しているイルブリード7はかつて官僚だった男が陰謀にハメられてホームレスに陥った後、生きては帰れない絶望的退廃園『イルブリード』に突っ込まれるが、様々な怪異を持ち前のカリスマ性と勇気で仲間に引き込みながら、暗黒メガコーポに対抗するという、ホラー映画としての体裁すら捨てた得体のしれない何かになっていた。
「そうね。例え、貴方が娘や恋人だとしても罪悪感や責任感に駆られていなければ、一緒に見る気は起きないわ」
「付き合うって言ったんだから、今日は後3本見るんだからね」
自分の言葉に責任を取るというのはどういうことか。特防隊メンバーよりも年上なイヴァーとしては体現して見せる必要はあったが、現在。最終防衛学園において最強の戦力の精神力は徐々に削れつつあった。