かくして、翌朝。拓海と面影を同席した上で霧藤と凶鳥の対談が始まった。
場所は3階の教室。2人共対面しているが、どちらがどう切り出すべきかと視線を彷徨わせている。
「狂死香ちゃん。対話の場を用意したのは君だよ」
このままだと話が進まないと踏んだのか、面影が促した。覚悟を決めた様に凶鳥が姿勢を正して、言った。
「希殿は澄野殿のことをどう思っているのでござるか?」
「ど、どうって」
正に、単刀直入と言う言葉がしっくりと来る問い方だった。
これは霧藤を中心としたグループとして解決しなければならない問題と言うのは分かっているのだが。
「(答えを曖昧にすることで保たれる仲もあるだろうし……)」
実際の人間関係はもっと曖昧な物だろうが、この最終防衛学園と言うのは一種の閉鎖空間である為、少しでも蟠りが生じると何処で爆発するか分かった物じゃない。
なので、こうして処理する必要があるのだが、その段階で人間関係がどれほど変化するかというのは、これまでの積み重ねに掛かっている。霧藤が答えた。
「澄野君はその、最初に会った時はよく分からない人で、一緒に過ごしてみたら凄い貞操観念がだらしない人だと思っていたけれど」
「やめてくれ、霧藤。その評価はオレに効く」
この学園において拓海の貞操がユルユルなのはもはや共通認識であるが、概ねの特防隊メンバーに都合が良いので気にもされていないが、一般人の感性に近い霧藤にはキモがられていた。
「でも、それは澄野君が性にだらし無いとかじゃなくて、皆を助けたい一心でやっているんだと思う。だって、そうじゃないと私を助ける為にあんなことをしたりはしないから……」
あんなこと。とは、即ち川奈によるゲロ交換と蒼月にやられかけたモニョニョ未遂だ。後ほど、遂行されたが。
思い出して、拓海の頬に涙が伝った。自分の人権とか尊厳があまりに蔑ろにされているんじゃないかって。
「澄野君。君の誠意が皆を救い、希ちゃんの誤解を解いたんだ」
「良いんだよ。オレ、戦力とか知識とかには役に立たないから……」
面影のフォローにどれだけ効果があったのか。特防隊メンバー愛玩奴隷枠だとしても、皆を救えるなら甘んじよう。と、拓海が悲壮な決意をしている傍ら、凶鳥達の話は進んでいた。
「つまり、見直したのでござるな?」
「それだけじゃない。私も忘れていた記憶を思い出したから。と言っても、それは皆が言う周回とかTLの話じゃないかけれど」
神座総合病院に居た頃の話だ。これだけは100日周回が始まる前の記憶なので、全てのTLに共通している話であり、彼女の逢瀬を通して、拓海の中に『柏宮カルア』 という存在が生まれた。
「それを含めて、どう思っているのかを聞きたいのでござる」
凶鳥の瞳は真剣その物だ。曖昧な答えをしようものなら、即座に咎めて来そうな雰囲気が漂っている。
一方、霧藤からは未だ迷いが見て取れた。だが、直ぐに彼女は気を引き締め、真っすぐに凶鳥を見て言った。
「澄野君は私の大事な人だと思っている。恋人とか恋愛関係とか、そう言うのじゃなくて」
「そうでござるか。なら、拙者が澄野殿とどういう関係になろうと。希殿には関係ないでござるな?」
霧藤的には誠実な答えをしたのだろう。だが、凶鳥が欲しかった答えでは無かったらしい。彼女は拓海の傍に行くと、凭れ掛かった。
「狂死香ちゃん?」
「拙者、拓海殿のことが好きでござる。友人としてでなく異性として。希殿が恋愛感情とかそう言うのが無いなら、何も問題はないでござろう?」
「お、おい。凶鳥」
普段は言動や立ち振る舞いで大幅なデバフが掛かっているが、そんな彼女が乙女に徹した時の威力は凄まじい。元々、素材は良いのだ。
霧藤も戸惑っていた。恋愛感情などが無いのだとしたら、凶鳥を止める理由がない。様子がおかしい組の様に直ぐに手を出したりするなら話は別だが、そういう気配は無さそうだ。
「拙者。その、大言は吐いているが夜伽もしたことはござらぬ。でも、恋雪殿と狛治殿の様な関係になれたら……とは思うのでござる」
「はぅっ」
普段の交流は1つ飛ばしで行われていることが多いが、ちゃんと段階を踏まれたら、そりゃ心をギュッと掴まれる。ただ、例えに上げた2人の末路を考えると、素直には頷けない所ではあるが。
霧藤は硬直していた。拓海も凶鳥も大事な人達であるが、素直に彼女達の恋を応援することが出来ない。何故なら、メラメラと自分の中で感情が燃え上がるのを感じていたからだ。立ち上がった。
「狂死香ちゃん、ちょっと。それは認められないかな?」
「おろ? どうしてでござるか?」
凶鳥が見たことも無いような悪戯っぽい笑みを浮かべていたので、拓海のハートはトキメキっぱなしだった。
「だって、ホラ。私の方が先にたっくんに会っている訳だし? この世界での話を言えば、私を救う為に戻って来てくれた訳だし?」
「ほぅほぅ。それで?」
「そもそも! いきなり過ぎない!? 狂死香ちゃん。そう言う素振り見せてなかったじゃん!」
「生憎、他TLだけではなく澄野殿とは漫画を貸し借りしたりもするし、一度着いた火は簡単には消えぬ」
実に珍しい光景だ。しっかり物の霧藤が慌てふためき、凶鳥が彼女を翻弄している。拓海の横では面影が小さく笑っていた。
「ね? 彼女達、逞しいでしょう?」
「そうだな」
実際、拓海もモゾモゾしていた。もしかしたら、霧藤の口から聞けるんじゃないか。それは彼女なのか、あるいは『柏宮カルア』なのかはさておき。
「だからって、その。恋人とかそう言うのって、もっと落ち着いてからでも良いんじゃないかって……」
「何を言うか。この100日の間に何が起きるか分からない以上、1日でも早く想いを伝えない理由がない。そもそも、希殿は拙者が澄野殿と恋仲になることに何の問題があるのでござるか?」
外的な理由は悉く取り除いて来る。今日の凶鳥は気のせいでなければ、IQまで上がっている様な気がする。拓海的に言えば、ここで立ち止まるかどうかが選択肢と言えるだろう。
『問題はない』。これは言ってしまえば、折れることになるのか。BSSとして尾を引くのか、周りの空気で決めてしまう感はある。もう一つは。
「問題あるよ! だって、私! まだ、その。恋人とか! そこまでは行かないけれど! 惹かれてはいる……から」
やはり、まだ思い出してからあまり経っていないこともあって言い切ることは出来なかった。それでも、友人に思いをぶつけることは出来た。
凶鳥も彼女の答えを聞いて納得したのか、拓海から離れて再び霧藤と対面した。ただ、先程までの悪戯っぽい笑みは穏やかな物になっていた。
「希殿の本音が聞けて嬉しいでござる。自分の感情にまで嘘を吐かねばならぬのは、辛いから」
「狂死香ちゃん……」
「まぁ、拙者らが恋愛脳ってだけかもしれぬがな!」
「だとしても、素敵なことだと思う。ねぇ、狂死香ちゃんの話。もっと聞かせて」
と、2人が姦しくし出した辺りで拓海と面影は静かに席を立っていた。自分達が居ても邪魔になるだけだ。
「希ちゃんは君が守ってやらないと何もできない訳じゃない。ってのが、よく分かっただろう?」
「そうだな。ただ、その。なんて言うか、凶鳥からもあそこまで想われていたのは意外だった。……それに凄い可愛かったし」
いわゆるギャップ萌え的な奴か。ただ、もしも霧藤が恋心を自覚したり積極的になったりした時、皆との関係はどうなるのだろうか? と言うことはずっと引っ掛かりながら、拓海は面影と一緒に食堂へと向かった。