川奈つばさは悩んでいた。何故、今の自分にはヒロイン感が無いのだと。同席している奴らが丸子や銀崎などネタキャラなのかと。もしかして、自分も同じ枠組みに入れられているのではないかと。
「もう、諦めた方が良いですよ。僕達はこれから50日間以上、ネタ枠として生きて行かなければならないんです。次のTLに期待しましょう」
銀崎の諦観はもはや優雅さすら感じられるレベルだった。アイスティーを片手に貧相なステーキとボロネーゼのスパゲティを食していた。
「ご褒美タイムは終わったし、これからはガツガツ行くんじゃなくて、零れて来た物を貰う程度にしておいた方が良いかもな」
丸子も粥を食っていた。少し前までは必死だった2人も今は穏やかな顔をしている。もう、自分達に日の目は当たらないのだと悟っていた。
川奈も薄っすらと把握していた。様子がおかしい組においては、今馬と面影がダントツに強く、少し後ろに雫原と蒼月がいる感じだろうか。
「(そして、私はこの枠組み……)」
何故だ。自分は防衛戦と開発方面で貢献していたハズなのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。責任者は何処か。
かと言って、今更。まとも組に合流するつもりも無かった。何故、学生同士の交流なんてオママゴトみたいな範囲に収まらねばならないのか。
「ここからヒロインになれるルートは……」
「そこ無ければ無いですね」
銀崎が無情に切り捨てていた。残り50日以上も目の前に美味そうな肉を垂らされながら、走らされ続けるのは厳しい。だが、川奈は熟練者だった。猛者だった。TLの攻略者だった。
「そうよ! 澄野の方から私に構って来るようにすればいいのよ!」
「どうやって?」
丸子がやる気無さそうに聞いた。現在、最終防衛学園は休戦状態で川奈が持つ暴力が必要とされる局面がない。特に打開するべき事態も無いので、開発力が必要とされることもなかった。
「丸子。私達の当面の目的は?」
「えっと。フトゥールムを滅ぼさない様にする為、ミサイルの発射阻止じゃね? 人工天体の方はどうするかって聞いてないけど」
今の部隊長達は一応会話が出来るので滅ぼすという強硬手段を取る相手ではない。というのが、特防隊共通の認識だった。
……仮に滅絶させるつもりなら、現在。霧藤と凶鳥と一緒に話しているイヴァーが全力で阻止しに来るのだが。
「その為に、体育館のアレを整備しに行くのよ。既にQBリキッドは塗りたくっているから、素粒子バクテリアとか言うイレギュラーは潰してあるし」
「もしかして、発射前倒しを考えています?」
銀崎が怪訝な顔をしたと同時に丸子も眉間に皺を寄せた。
人工天体。地球の生き残り達が住まう場所で、自分達を作り出した連中がいる場所。色々なTLで関わって来たが、あまり関わりたい場所ではない。
「上の奴らが何かをして来る前にね。別にミサイルで破壊してもいいけれど、資源まで駄目にしちゃうのは勿体ないからね」
建前としては納得できるが、重要なのは自分が交通手段である宇宙船を整備できる唯一の人材であるという自負からだろう。だとしたら、嫌が応でも拓海は彼女に関わらなければならない。
思い立ったが吉日と言わんばかりに川奈は皆に事情を説明した。すること無くなって来たし、サクッと脱出ポッドを修理して人工天体に向かおうぜと。
「なんで急に?」
と、拓海から極当然の質問が投げかけられた。100日目まで待つ必要が無いにしても、急にそんなことを言いだした川奈の思惑を図りかねていた。
「最近ね。皆の気が緩んでいると思ったの。100日目までに何とかすればいいと思っているかもしれないけれど、目的意識が無い状態でダラダラ過ごす位なら、ちゃんと備えておいた方が良いと思ってさ」
コレには全員が目を逸らした。そりゃそうだ。防衛学園はおろか、学生としても怠惰で爛れているとしか言いようのない日々を無為に過ごして来たのだから。
「あ、ごめん。皆がだらけているって言いたい訳じゃないんだよ? 周回組は大変だったと思うし、継承していない組も平和に過ごせるならそれが一番だとは思うけれどさ」
川奈も気が咎めたのか、ふんわりとフォローしていた。コレには厄師寺も思うことがあったのか、手を挙げた。
「他のTL? って奴は、もっと荒れていたのか?」
「その時によるとしか言いようがないね。ただ、このTLは滅茶苦茶平和だよ。澄野周りの人間関係以外」
ジトっとした視線が拓海に集まった。未だに最終防衛学園内での人間関係はさておき、フトゥールム全体の状況としては安定している。
「やっぱり、お姉ちゃんが大人しくしてくれているのも大きいと思う」
「そうね。アイツ、世界線次第じゃ初日に澄野以外の全員殺しに来る時もあるし」
雫原が忌々し気に呟いた。ヴェシネスの機嫌一つでTLの行く末も変わるというのだから、あまりに理外の存在だ。そんな人間から好かれるなんて、一体何をしたのだろうか? と、拓海は戦慄していた。
「だからね。今の内に皆で作業に当たって、別TLに行った時でも修理やロック解除の作業が効率的に進むように、色々と覚えて貰おうと思ってさ」
「うぉ、すげぇ。川奈先輩がちゃんとしている……」
今馬が驚いていた。他の者達も似たようなリアクションを取っていたことから、これまでの彼女の行動が皆にどんな印象を与えていたかがよく分かった。
それはそれとして。このTLだけではなく周回も踏まえた上で教授しようとする川奈の意見は皆にすんなりと受け入れられたのか、反対する者はいなかった。
「どれ位、掛かりそうなの?」
雫原の質問は重要だった。日数が掛かりすぎるなら覚えても意味がない。川奈は五本指を立てた後、追加でもう片方の手で二本指を立てた。
「ロック解除だけなら1週間。そこから修理やら何やらが絡むと日数が掛かるけれどね」
本来なら100日目まで使えない物が1週間で使えるとなれば大きい。ただ、コレには色々と問題があった。飴宮が手を挙げた。
「でもさー。怠美達、このフトゥールムを侵略する為に人工天体から送られて来た訳でしょ? 1週間でとんぼ返りしたら、オシオキされるんじゃない?」
「だろうね。だから、とりあえず手段として覚えていて欲しいって所。ほら、いつ詰んじゃうか分からないからね」
死ななければどうにかなる。という感じか。コレには拓海もピンと来たのか、彼も手を挙げた。
「その、引き継げる要素みたいな物って。他にも無いか? 出来たら、今回で終わりたいとは思っているけれど。この先も周回が続きそうな気がするし、川奈が言うロック解除以外にも色々と知っておきたいんだ」
川奈も薄々、そんな予感はしていた。自分達がこれだけ周回しているのだから、恐らく澄野も周回を重ねることになりそうだと。
「良いよ。でも、まずは1つ1つやって行こう。皆も体育館に来て」
川奈に従い、皆が体育館に来た。彼女は壇上へと上がり床の一部に触れるとパカリと開いた。
「そこ開くの!?」
「え? 澄野君知っていたんじゃないの?」
拓海が驚くことに、霧藤が驚いていた。お互いに顔を見合わせて疑問符を浮かべていたが、皆が降りて行くので付いて行った。
地下には巨大な宇宙船の様な物があった。拓海にはまるでサッパリだが、川奈は慣れた手つきで弄っていた。
「まずね。この宇宙船のロックというか100日目に至るまでのカウント部分を偽装して、なおかつ人工天体側に送られる位置情報も偽装して……」
川奈もノリノリで解説していた。やはり、自分の得意分野を語り始めると止まらなくなる。というのが職人気質である。
理解の早い蒼月や雫原から質問を受けつつ、他のメンバーはメモを取ったりしながら、されど。理解できる範囲の説明に留めていた。
「ここまでが1日目で出来ること。後は脱出ポッド側が自動で設定し直してくれるから、エラーが出ない限りは放置ね。その場合の対応はまた教えるから」
皆がメモを見返したり、理解の早い雫原や蒼月から教えて貰っている間。川奈は拓海に近付いた。
「どう。澄野、覚えられそう?」
「が、頑張る……」
「分からないことがあったらいつでも聞いて。他にも色々と教えたいことがあるんだけれど、いっぺんに教えても覚えきれないだろうし。また、明日からやって行こうよ!」
決まった。完璧だ。これで明日以降も、拓海と一緒に居られる。彼もまた力強く頷いていた。
「あぁ。明日も頼むよ」
「うん。ビシバシ教えて行くからね!」
そう。ビシバシと。拓海への指導はまだ始まったばかりなのだ。
教えるべきことの中に、自分の欲望を混ぜ込む算段をしながら、川奈はメモ帳にペンを走らせていた。