「待ちなさい。男のデータが必要ってどういうこと?」
雫原が牽制する様にして学生兵器(クラスウェポン)を構えた。イヴァーも警戒を解いていない辺り、同じ特防隊メンバー相手でも簡単な話ではないらしい。
「おい、雫原。なにもそんなに警戒しなくても」
「【TS】の連中は澄野に不満を抱いていなかったハズよ」
そもそもの話。男の澄野のデータが必要と言うのは一体どういうシチュエーションなのだろうか?
すると、飴宮と厄師寺が困った顔をしていた。言い難そうにしていたので、TS拓海が一つ。深呼吸をしてから言った。
「このままじゃ、オレ。孕まされるかもしれないから」
「澄野。さっさと帰りましょう」
雫原を始め、全員が帰ろうとした所でTS拓海が雫原の服を掴んでいた。あまりに必死だったので、とりあえず話だけは聞いてやることにした。
「実は最近、蒼月がすごい盛んで。1日10回位していたけれど、このままじゃ体が持たなくて……」
「残念ながら無駄よ。アイツはアンタが男になっても構わないタイプだから」
雫原がTS拓海に言い渡していた。コレには拓海も頷くしかなかった。思い出したのか、思わず自らのお尻を撫でていた。
「アレ? もしかして、こっちの拓海って開通済み?」
「男も女も食うタイプよ、コイツ」
今度はTS拓海と仲間達にドン引きされた。やはり、常識的に考えて現在の人間関係はおかしい物であるらしい。
「でも、本人的には困っているみたいだし。協力して上げても良いんじゃないか? それに、その。ちょっと、このPL装置を使ってみたいし」
「あのね。簡単に言うけど、何が起きるか分からないのよ?」
雫原が呆れていた。平行世界に移動することで平穏が崩れるかもしれないし、バタフライエフェクト的に何が起きるか分からない。というのは、今まで何度も話して来たことだ。
「でも、本当に困ったときに使い方が分からない。ってなったら、困るし。一度は使ってみても良いんじゃないか?」
「今日の澄野は妙に乗り気ね……」
理由は分かった。普段は爛れた学園生活を送っている拓海だが、根っこは思春期真っ最中のボゥイである。未知のテクノロジーにトキめくのは致し方ないことだった。ダメ? と、訴えている。
「ホラ、比留子。拓海もこんなに行きたそうにしているし」
「遠足に行く訳じゃないんだけれど?」
イヴァーが甘やかして来たので、すかさず雫原がインターセプトをしたが、ここでコントをしているだけでも時間が過ぎる。
だが、拓海の言うことも決して無碍に出来ない。教えられるうちに教えておかないと、いざという時に使えないからだ。大きく溜息を吐いた。
「……そっちの学園でデータを提供したら、直ぐに帰るから」
「こっちの比留子サマ。激甘だね」
「こんな雫原、見たことねぇな」
飴宮と厄師寺もちょっと驚いていた。全員がリープスーツを装着して、拓海はPL装置のレクチャーを受けていた。
「なんとか憶えられそう」
「どちらかというと。拓海に覚えて欲しいのは、他のTLへと移動することより、他のTLからここに戻って来る方向で覚えて欲しいの」
雫原の声には切実な響きがあった。つまり、他のTLに拉致される可能性があると言うことか。そんなバカな、と思っていたがデバイスに表示されている【修羅場】TLが剣呑な雰囲気を放っている。
「いやいや、雫原さん? 仮に、たっくんが皆に好かれていたとしても。他所のTLから拉致して来るって意味が無いって言うか」
霧藤も上手く言葉に出来ないようだが、彼女が言わんとしていることは分かった。自分達が好意を寄せるのはあくまで、自分達と一緒に居て同じ時間を過ごしている彼であって、彼のDNAなどを愛している訳ではない。
「そう言う風に分別が付くならいいけれどね」
「跳ぶぞ!」
PL装置が起動する。100日間という特殊な空間の中で揺らぐBS波に乗って、跳ぶ。時間にしてわずか数分、到着した先は風景も変わらなかったが、到着するやTS拓海や雫原は一斉にロッカーを開け始めた。
「な、何しているんだ?」
「別TLでの経験だけどね。【修羅場】TLの特防隊メンバーに待ち伏せされて、澄野を攫われ掛けたことがあったのよ」
その後もPL装置の使用履歴を確認していたが、拓海はギョッとしていた。
「なんか。滅茶苦茶使用跡が見られるんだけれど」
「別TLの使用履歴も出るからね。【修羅場】は兎も角【ヤンデレ】辺りも凄いわ。多分、澄野が逃げまくっているんだろうけれど」
「あのさ。内のTLに来るのを禁止したりとか……」
「無駄よ。別のTLを経由して来るだけだから」
もしかして、この装置って無い方が良いんじゃと思ったが、拓海達は使用履歴を見た。果たして、このTLに誰も来ていないのか。
「3日前に【修羅場】TLから来ているな……」
「学園には来なかったから、下見にでも来たんじゃないかな? その後、元のTLに帰ってはいるけど」
飴宮の証言通りだとしても、何とも言えない不気味さがあった。元の世界に帰る様に起動した形跡は見られるとして……本当に帰ったのだろうか?
「だから、別のTLに行くのは嫌なのよ。そっちの澄野、早く学園に案内して、データを取って頂戴」
「分かったよ。オレには優しくないんだな」
TS拓海が苦笑いをしていたが、女子がやると大分印象が違っていた。
この研究所は学園からあまり離れていないが、それでも市街地等に出れば侵攻生物が哨戒しているのが見えた。
「久々に見たな……」
「は? どういうこと?」
「こっちのTLじゃ侵攻生ブッコロし尽くしているので」
飴宮の質問にイヴァーがニッコリ笑って答えていた。TS拓海達が全員苦笑いを浮かべていた。
「迂回すると時間が掛かるから、殲滅していきましょう。イヴァー?」
「あの数なら、2人で十分ね。皆、そこで見ていて」
我駆力刀を自らに刺して、戦闘態勢を整えた雫原が戦斧を振り回して、侵攻生物達を蹴散らしていた。
大振りな武器なら懐に潜り込めば良いと考えた者が潜り込んで来たが、戦斧が二つに分かれて、小回りが利く物になっていた。それを次々と生み出して、投擲して次々と叩き割って行く。
「久々に戦えて張り切っているね。じゃあ、私も」
イヴァーの周囲には幾つもの奇怪な形をした鎌が浮かび上がり、1人でに動いては大量の侵攻生物を切り裂いていく。本当に5分にも満たない時間で、哨戒に来ていた侵攻生物が皆殺しにされていた。
「さぁ、さっさと行きましょう!」
久々に暴れることが出来て気分が良かったのか、雫原が上機嫌になっている傍ら、観戦していたメンバーは震えていた。
「比留子サマがあんなことできるなんて知らない……」
「お前らのTLどうなってんだよ」
「オレに聞かれても」
飴宮とTS拓海から聞かれたが、拓海自身も知らないのだから仕方ない。
障害物を排除したことで真っすぐ最終防衛学園に来ることが出来た。消えない炎を消火器で消して、校庭に立ち入ったが一言。
「なんか、随分サッパリしているな」
「あぁ? なんだ、そっちは整備されてねぇのか?」
「違うの。くららちゃんが迎撃兵器を大量に設置しているから」
これだけ校庭が広いと色々なことが出来そうだなと思っていると。学園から迎えに来た者が1人。彼はパァっと表情を明るくして、TS拓海に抱き着いて来た。
「拓海クン! 何処に行っていたんだい! 今日は僕達が付き合い始めてから1ヶ月記念ってことで、おそろいのシャツも作ったのに!」
バッと取り出した二つのシャツにはそれぞれ『LOVE TAKUMI』と『LOVE EITO』と書かれていた。全員がドン引きしていた。と、ここに来て蒼月はTS拓海が見慣れない人間を連れて来たことに気付いた。
「アレ? そっちに居るのは別TLの人達?」
「そんな所。用事済ませたら、さっさと帰るつもりよ」
「僕で良ければ手伝うよ! 何をすればいい?」
どうやら、ここの蒼月は浮かれポンチになったことで好青年に落ち着いたらしい。雫原も若干気味悪がっている中、拓海は何とか言葉を呑み込んだ。
「(多分、この状態の蒼月に真相を言ったら、阻止がてらに殺されかねないし、ついでにオレも女体化させられそうな気がするから黙っておこう)」
この40日以上における学園生活のお陰で、彼の危機察知能力はかなり上がっていた。なので余計なことを言わずに済んだが、相手は蒼月だ。
「ちょっと待って。どうして、男の方を連れて来ているのかな? まさか、拓海クン。男の体に戻りたい、とか言わないよね?」
「(もしかして、エスパーかコイツ)」
元より頭の回転が滅茶苦茶速い男である。自分を連れて来た時点で、TS拓海がやろうとしていることは何となく察しが付いていたらしい。
「だって、お前! なんか、こう。キモイ!!」
「駄目だよ! 男なんて醜くて、チン〇でしか物を考えない様な劣等性別に戻るだなんて、考え直してくれ!」
「なんで、コイツは急に自己紹介を始めているの?」
雫原も侮蔑を隠そうともしない位に、目の前の蒼月はアホだった。
一同が面倒くせー。と思っていると、騒ぎを聞いて駆け付けたのかゾロゾロと特防隊メンバーが現れた。……臨戦態勢で。
「うぉおおおおおお! 俺から澄野を奪うだなんて許さねぇぞ!!」
「澄野先輩は自分達のお姉ちゃんになるんっすからね!!」
「そうだよ! 私達3人で暮らしていくんだから!!」
「うむ。澄野殿は拙者と一緒に胡蝶姉妹のコスをすると約束したのでござるよ!」
「は!? 何を言ってんのよ! 澄野は私、専属のメイドになるのよ!」
どの世界線でもモッテモテだった。ただ、出て来たメンツを見て拓海は若干安心していた。誠に失礼な感想を雫原が代弁してくれた。
「蒼月以外、2軍メンバーね」
「黙れ!! 拓海クンを思う気持ちは一線級だ!」
無駄に熱くてウザい蒼月とか言うレアリティの高い物を見れているが、正視に堪えない代物だった。未だに武装を解いていない雫原とイヴァーが突っ込めば、どうなるかは、もはや言う必要も無かった。