辿り着いた食堂はシーンとしていた。皆が朝食を取っていても良い時間のハズなのに、拓海と九十九兄妹以外誰も居ない。
理由は考えるまでもない。今朝の剣呑な空気を思うに、お互いが顔を合わせる位なら、時間帯をずらして使う様に努めているのだろう。今はちょうど空白の時間帯であると言うことか。
「自分はキムチのコーラ煮豚バラ炒めにするんですけど、先輩は何にします?」
「玉子サンドで……」
元が一緒なんだから必然と言うべきか。今馬は先程述べたゲテモノ料理を全自動調理マシーンに頼むと、ポンとお出しされた。
普通の料理人なら己の常識と矜持によって拒否したくなるモノだが、機械にそんな迷いはない。コーラの汁にキムチが浮かび、こんな地獄のスープに豚バラ肉が恨めし気に浮かんでいた。
その後に普通の玉子サンドも出て来たのだが、さっきの料理の一部が入っているんじゃないのだろうかという疑念が浮かんだ。
「じゃあ、私はホイップクリームのイチゴパスタで」
次は過子が許されるんだか、許されないんだか微妙なラインを攻めていた。
パスタの上にホイップクリームとイチゴとついでにメープルシロップも掛けられていた。デザートパスタとしてならギリギリ許されそうだが、どのTLでも2人の味覚はあまり変わっていないらしい。
「それ。美味いのか?」
「試してみます?」
「ハマると思う!」
スッと今馬と過子から料理の一部を差し出された。キムチと豚バラ肉の上にコーラの炭酸がぷくぷくと泡立っている。一方で、過子の方はパスタにホイップクリームと細かく刻まれたイチゴ。どっちを食うべきかは言うまでもない。
「じゃあ、過子の方を貰おうかな……」
「うん! 美味しいよ!」
モゴっと口に含む。パスタのモチモチさとホイップクリームが絶妙に合わないのを無理矢理イチゴが引き留めている。美味しくない。
「どう?」
「……美味しくは無いかな」
がっくりしていた。口直しに玉子サンドを齧っていると、食堂の扉が開かれた。入って来たのは面影だった。
「殺ぁ、澄野君。体の調子はどうだい?」
極自然に同席して来たが、今馬と過子は怪訝な視線を向けていた。
しかし、兄妹のことをガン無視して、朝からレアステーキを頬張っていた。切り分けるのにナイフではなく、メスを使っているのが気になった。
「今の所は特に変な所は無いけど……」
「それは良かった。食事が終わったら、付いて来て欲しい。色々と調べたいんだ」
「いやいや。アンタみたいな変態に澄野先輩を渡されたら何されるか分かったモンじゃないんですけど?」
面影からの誘いに今馬が噛みついていた。大鈴木や凶鳥の様に反論すると言うことは無く、笑顔のまま伸ばした両腕で彼を絞め落していた。
過子が懐から拳銃を取り出していたが、面影は一瞬で解体して彼女のことも絞め落していた。
「面影!?」
「殺れ殺れ。こうでもしないと2人共、君にべったりでしょ?」
「だからって、こんな方法を取らなくても」
「コレでも優しい方だよ。じゃあ、行こうか」
いつの間にかステーキも完食していた。2人のことが心配だったので、椅子に座らせて、拓海は面影に付いて行った。
――
診療台に寝かされて色々な計器を取り付けられて、測定されていた。
服を脱ぐ必要があったので、改めて自分の体を直視したのだが、異性の裸体を見ている様で罪悪感を覚えた。
「比留子ちゃんから詳しい事情は聴いていないけれど、その様子だとTSしてから、あまり日は経っていない?」
「まだ1日しか経っていない」
「じゃあ、TSした直後に拉致されたってことか。でも、比留子ちゃんならやりかねないね。大分、思いつめていたから」
まず、人を誘拐する時点で常軌を逸している。普段の雫原は物言いこそきついが、仲間思いで……優しい人だ。
そんな彼女が、別TLの迷惑も考えないで、こんな蛮行をするとは思えない。と、なれば考えられることは1つ。
「このTLのオレが逃げたからか?」
「そう言うこと。あの時は大変だったよ」
銀崎が殺されたというのも聞いたが、そこまでの仲間割れが起きたら特防隊も崩壊してそうな物だが。
「それでも、特防隊は崩壊していないんだよな?」
「ギリギリだったけどね。よし、診察は終わったよ」
計器には色々とデータが表示されており、拓海には全く分からない数字の羅列だったが、面影は頻りに驚いていた。
「なぁ。何が分かったんだ?」
「まず、君の身体データだけれど。極普通の平均的な女性の物だ。特に悪い所は無い。それよりも気になるのは、このデータ」
なんか色々と画面が表示されたが、拓海が唯一理解できる表示があった。
今馬、面影、雫原、丸子、蒼月、川奈。どういう基準で名前が上げられているかを考えたら、直ぐに答えが分かった。
「そう。澄野君が性交渉した相手なんだけどね」
「プライバシー!!」
「いや、でも本当に凄いんだ。ここの澄野君はね、複数の人間と関係を持つことに堪えられなくて逃走したんだけれど、君はそうでも無さそうだ」
褒められているのか、貶されているのか。ただ、このTLに居た拓海の気持ちも分からなくはない。自分だって思い悩んでいたのだから。
「(オレだって一歩間違えていたら、このTLになっていたかもしれないのか)」
「英雄色を好むというしね。私はそう言うのは気にしないよ。……そもそも、このリストの中に私の名前があったと言うことは」
診察を終えて、着替えも終えていないのにズイと近付いて来た。
普段は変態な言動で全てがマイナスになっているが、顔立ちは非常に良いし、気遣いも出来る面影のことを多少は好ましく思っていることも事実で、拓海も明確な拒絶は見せなかった。
「いや、そのもう少し落ち着いてから」
「澄野君。私だって、我慢していたんだ」
声が上ずっていた。やっぱり、面影は変態だった。同性同士でもやや許されなかったが、ヘテロだと絵面的にもっと不味いことになっていた。
あわや、拓海がTS初日から大変なことになりそうになった所で、ガラリと開いた扉から入って来た巨体が、面影の頭を掴んで地面に叩き付けていた。
「澄野!」
暗殺業に通じていた彼を一方的に撃破できる人間がいるとすれば、最終防衛学園一の怪力の持ち主である彼女、雫原に他ならないだろう。
彼女は半裸の澄野を抱きしめていた。TSする前に抱きしめられたこともあったが、女性の状態で抱きしめられるとまた違った感覚だった。
「(なんか。前よりも凄い手つきとか匂いが濃い……)」
「こんな変態と一緒にいたら、いつ犯されるか分かった物じゃない。早く、私の部屋に!」
ヒョイと運ばれた。先程の測定データを見る限りでは、今の自分は体重も軽くなっているので容易に持ち上げられるのだろう。問題があるとすれば。
「雫原! 服! 服を着させて!」
「後で用意してあげるから!」
舌を噛みそうになった。一体、自分はどういう意図で連れて来られたのか。ここで、どんな役割を期待されているのか。そして。
「(元のTLに戻れるんだろうか?)」
40日以上一緒に過ごして来た皆の元に帰れるのだろうか? どうやって帰るべきか、先はまだまだ見えない。