拓海が別TLの雫原に攫われて1日が経った。多数のTLを渡り歩いて来た記憶がある彼らの対応は迅速かつ的確だった。
雫原は自らの過失に凹むことも無く、特防隊メンバーを集めて状況と対策を再確認していた。
「まず【修羅場】TLへのアクセスはブロックされている。これは50日後まで掛けられていて、どのTLからのアクセスも禁じている。少しは抜け穴があるかと思ったけれど……」
少し前に、別TLを経由して向かうということも考えたが、どうやら全方面にブロックを掛けているらしい。
「それなら、ウチも全方面でブロック掛けておけば良かったんじゃ?」
飴宮が極当然の提案をした。別TLからヤバいのが来る可能性があるなら、自分のTLも全部封鎖してしまえば良いのではないかと。彼女の意見に対して首を振ったのは、蒼月だ。
「そうはいかない。バカみたいな話だけれど、このTLが人工天体から全面攻撃を受けて壊滅する可能性だってある。その時、僕達も別TLに逃げられるように解放しておく必要があるからね」
「仮に。こっちに入って来ることだけをブロックできても、それじゃあ他所に行った時に戻って来られないからね」
と、面影も付け足した。このTLは学園の防備から資材まで潤沢に揃っているし、軽々に捨てるのは勿体ない位に完成されている。
避難用の窓口は常に解放しておかなければ、いざという時に使えない。というのも、リスキーな話ではあった。
「でも、私達はこのブロックをこじ開ける。幸い、私達は都合のいいアーティファクトを集めていたからね」
「そうか。サイワイの箱!」
霧藤が手を叩いた。自分達が集めていた品は、あくまでヴェシネスが全てを揃えるのを防ぐ為に先んじて回収していたが、ここに来て思わぬ役目が生まれた。だが、同時に問題も発生した。
「と言うことは、お姉ちゃんが持っているのを貸して貰わないと」
サイワイの箱の起動に必要な素数番号の箱の一つはヴェシネスが所有している。彼女から借りないと起動することもままならない。
「でもよ。澄野が攫われたから、助けに行く為にサイワイの箱を貸してくれ。なんて言ったら、ヴェシネスの奴。ブチギレるんじゃ?」
丸子の懸念に誰もが押し黙った。
ヴェシネスは拓海を好いているので手加減をしてくれているが、彼(彼女)がいなくなったとすれば、どれほど怒り狂うか。懸念はそれだけじゃない。
「そのよ。俺にはそのサイワイの箱? って奴の効果がどれ位の物かは知らねぇけれど。もしも、向こうも同じ様に集めて『絶対に澄野をこのTLから出さない』みたいな願い事されていたらどうすんだ?」
「ドラゴンボール合戦でござるな」
ヴェシネスの機嫌取りもそうだが、厄師寺が言う可能性も危惧していた。
そもそも、こんな凶行をして来るには何かしらの理由があるに違いない。恐らくは【修羅場】TLで予期せぬアクシデントがあったのだろうが、万が一。相手側も手を打っているなら、なおのことウカウカしていられない。
「そう言う可能性を潰す為にも、私達は先んじて行動する必要がある。サイワイの箱は残り3つ」
現在のメンバーを3つに分けて捜索に向かえば、無理なく集められる。ただ、どうしても割り振られたくない班があった。
「まず、お姉ちゃんにお願いに行くんだから私が行くのは絶対として。希も付いて来て欲しいかな」
「う、うん」
イヴァーが向かうのは絶対だし、彼女が向かう以上は霧藤もセットだ。
だが、ヴェシネス達がいる場所はスクールバスでも使わないと向かえない訳で。特防隊メンバーの中で運転が出来るメンバーは限られている。
「イヴァー。前みたいにカミュンのドローンに運転して貰うことは出来ないの?」
「そんな、いつでも待機している訳じゃないから……」
大鈴木の目論見は崩れた。前回は挑発する様なビデオレターを送った直後だったので、向こう側も準備していたのだろうが、ここの所は特に何も無いので潜り込んだりはしていないようだ。
なので、結局。運転が出来る川奈か今馬が同伴する必要があるのだが、2人共苦い顔をしていた。
「私、前にヴェシネスに殺され掛けているのよね」
拓海のキスを守るべく身を挺した彼女は、ヴェシネスと不幸せなキスを交わす羽目になり、そのまま壁に叩き付けられた訳で、今でも関係は修繕されていない所か、険悪の一言だろう。
「となると、残りは自分ですけど」
露骨に嫌そうな顔をしていた。今馬は霧藤とイヴァーのことを好ましく思っていない。その上、ブチギレるかもしれないヴェシネスの所に送り届けなければいけないなんて、堪ったモンじゃない。
「私も行くよ!」
ここで過子が手を挙げた。普段は控えめで目立たないが、彼女もまた拓海を慕っている。霧藤やイヴァーとも折り合いはよく、今馬を運転手として運用する上では必須級の人物と言えた。
「じゃあ、俺もそっちに行くわ。他の箱を集めるっつうんなら、場所が分かっている奴らだけで行った方が良いだろ? それと、銀崎も来いや」
「はい! ヴェシネスさんがブチギレたら僕を肉盾に使って下さい! そうすれば、澄野さんの記憶に一生こびり付くと思うんで!」
厄師寺から指名を貰った銀崎はポジティブにネガティブだった。このメンバーが入るなら、必然的に彼女も挙手した。
「じゃあ、怠美も行くー! 探索で歩き回るのはしんどいしね!」
「厄師寺君、怠美ちゃん……」
霧藤は彼らの友情に感激していた。サラッと銀崎が省かれているが、大したことではないのだろう。班分けも決まった。
「じゃあ、早速行動開始ね。今回はバスも2台使う。片方は霧藤達、もう片方は集落に向かう為に使うから。そっちは川奈に任せる」
「うん。サクッと回収してこよう!」
指針が決まったら行動は早かった。既に食事も終えていたメンバーは、向かうべき場所に向かう準備を始めていた。バスに乗り込んだ霧藤は深呼吸をした。
「たっくん。今度は、私が迎えに行くから!」
決意も新たにしているが、運転席に乗った今馬は大きく溜息を吐いていた。そんな彼に厄師寺が声を掛けた。
「思っていること、顔に出てんぞ」
「分かります?」
「俺でも話し相手位にはなるからよ。なんか、適当に話せや」
「なんですか、それ。フリとして最悪っすよ」
後方座席では女子陣が姦しくしている中、前方の方では今馬と厄師寺が他愛のない話をしつつ、スクールバスはヴェシネス達が居る基地へと向かい始めた。
~~
雫原の部屋に連れ込まれて、ベッドの上に降ろされた。辺りは薄暗く、拓海は慌ててベッドのシーツを身に纏った。
「雫原。どういうことだよ! 説明してくれよ!?」
説明を求めたが、彼女は覆い被さって抱きしめて来るだけだった。
抱擁と言うレベルではない。このまま潰されるんじゃないかという位に力が籠っていた。背中に彼女の指が食い込む。
「痛ぅ……」
拓海が小さくうめき声を漏らしたことで、彼女も正気に戻ったのか。ようやく顔を上げた。憔悴しきっていた。暫く、無言で見つめ合い。呼吸が整って来た辺りで、もう一度尋ねた。
「雫原。何があったんだ?」
「ごめんなさい。言いたくない」
普段は毅然としている彼女が、こんなに弱弱しい声を漏らすとは思わなかった。自分を誘拐して来た本人だというのに、なんて身勝手なのだろうか。
憤る気持ちが無い訳では無かった。だが、自分が居たTLで過ごして来た彼女との時間を思い出すと、不思議と飲み込むことが出来た。
「喋りたくなるまで待つよ」
自分より大きな彼女の頭を包み込むように抱きしめた。互いに何も言わないまま、時間が流れた。
改めて、拓海は彼女の髪を見た。いつも艶やかで手入れを欠かしていなかったハズなのにパサついている。所々、跳ねていたりもしている。
「ちゃんと寝ているか? 酷い顔しているぞ」
「眠れないの。また、澄野が居なくなるんじゃないかと思うと」
事態は自分が思っているより遥かに深刻であるらしい。
本音を言うなら、もう少し状況を知りたいのだが、この調子ではまともな会話は望めそうにない。彼女を放っておくことも出来ない。
「暫く、傍にいるから、少しは寝た方が良い」
「起きた時に居なかったら、承知しないからね」
少しは調子を取り戻してくれたのか。雫原は静かに寝息を立て始めた。
事情を知りたいので誰かしらと話をしたかった。室内を見回すが、内線なんて気の利いた物はない。彼女もいつ起きるか分からない以上、遠出する訳にはいかない。少しだけ扉を開いた。
「おはよ! 澄野!」
川奈が居た。ゾワっとした。自分が居たTLでも相当ヤバい女だったが、本能的に目の前にいる方がヤバいと言うことが感じ取れた。一体、いつから居たんだろうか? 慌てて、扉を閉めようとしたが足を滑り込まされた。
「なんで、閉めたの? ねぇ、もしかして雫原に何か言われている?」
「今、やっと寝静まった所なんだ。あまり騒がないでやって欲しい」
基本的に女子にはさん付けをする川奈が呼び捨てることから、彼女達の関係が薄っすらと見えるようだった。自分より雫原のことを優先したのが引っ掛かったのか、彼女の表情は不機嫌な物に変わっていく。
「そもそも、なんで裸なの? 何していたの? ねぇ。教えてよ。やましいことなんてしていないよね?」
「してない。って言うか、今のオレについて何か聞いてないのか」
「知っているよ。女体化しているんでしょ? 女同士なら何も無いとでも?」
ブレーキがまるで存在しない。元のTLでも彼女は似たようなテンションだったが、ここまで攻撃的では無かったハズだ。
「本当に何も無かったよ。雫原が眠れないでいたから、付き添っていただけだ」
「は? アイツ。自分がこんな状況招いといて、被害者面していたの?」
声色には敵意と侮蔑を隠そうともしていなかった。事情は知ってそうだが、聞く相手としては相応しくない程に興奮している。
「と、とりあえず。雫原が起きてからでいいか? オレも色々と事情は聞きたいし」
「なんで、そこまで付き合うの?」
同性になったことで、元々あった力の差は完全になくなっていた。扉が開かれる、外の光が差し込んだので目を伏せた一瞬。ガシっと両頬を掴まれた。
「んぶっ!?」
どのTLでも彼女は接吻が好きなのだろうか。口腔内を好き勝手に嬲られるが、突然解放された。見れば、川奈が引き剥がされていた。彼女を引き剥がしたのは、特防隊有数の巨漢。厄師寺だった。
「何処でも盛ってんじゃねぇぞ」
「邪魔しないでくれる?」
敵意の籠った視線を受けても、彼は怯むことも無かった。
部屋で寝ている雫原を起こすことになったら分が悪いと踏んだのか、川奈は舌打ちをして去って行った。拓海が身に纏う物を探していると、厄師寺から特攻服を掛けられた。
「着るモン。あるか?」
「今の所は無いかな……」
「しゃあねぇ。待ってろ」
厄師寺が校舎に降りて行って数十分後。彼は雫原の部屋にやって来て、拓海に『ヨガウェア』を渡していた。
「サイズとかは分からねぇから、それで我慢しといてくれ」
「ありがとう。助かったよ」
じゃあな。と言い残して、去って行こうとする厄師寺の腕を掴んだ。これはまたとないチャンスだったからだ。
「待ってくれ。行かないでくれ。オレ、何も分からないんだ。話が聞きたい」
「んな、捨てられた子犬みたいな目ェすんなよ」
厄師寺も断るに断り切れず、拓海に招かれて雫原の部屋に上がることになった。そして、薄暗い部屋の中で質疑応答が始まろうとしていた。