拓海と厄師寺は雫原の部屋に居た。先程の口論で目も覚まさない程に疲れ果てていたのか、部屋の主は未だに寝息を立てている。
「なんで、帰って来たと思ってたけどよ。別のTLから攫われたのか」
「早く元のTLに戻りたいけれど……」
拓海には出来なかった。やはり、先程の彼女憔悴しきった表情が脳から離れないと言うこともあるし、ここに来てから僅かな時間しか経っていないが特防隊メンバーに見られる、歪な依存心がどうにも引っ掛かっていた。
「こっちのことは気にすんな。研究所に行けば、元のTLに戻れるんだろ? 連れて行ってやるから、さっさと帰りやがれ」
どうにもこのTLでも厄師寺はまともであるらしい。だが、拓海は首を振った。
雫原から渡されたデバイスを見るに、PL可能なTLに自分達の物は並んでいない。ついでに、自分がいたTLの名前を確認してみた。
「オレ達のTLって【好き好き】って言うのか」
「そうか。……ウチよりはマシそうだな」
どちらにせよ、自分は暫く元のTLには帰れない。なので、ここで過ごす必要があるのだが。
「なぁ、どうして。皆、こんなことになっているんだ? お前、何か知っているか?」
比較的平静を保っている彼になら聞いても大丈夫かと思ったが、途端に厄師寺の顔が青く染まっていく。まるで、空気を求める金魚の様に薄く口を開いては、閉じて。やっとのことで絞り出していた。
「澄野。お前、別のTLの記憶ってあるか?」
「オレが1周目って呼んでいる記憶しかないんだけど」
拓海は最初の100日間について軽く話した。言葉の通じない部隊長、裏切って来た蒼月。実の所、殆ど何も分からないまま過ぎたのだが、今は概ね何があったか、どうしてこうなったかは話に聞いている。
「そうか。……俺達にも別TLの記憶はあるけれどよ。上手く行った物ばかりじゃねぇ。殺されたのもあれば、誰かを恨んだり、手ェ挙げたTLもある」
故郷に帰れるかどうかも分からない場所で戦争を強要させられたら、内部に不和を抱えることだってあるだろう。それが暴力に発展することも。
だとしたら、腑に落ちることがある。どうして、皆がこんなに仲が悪いのか。例え、現在進行形の記憶じゃなくても、別TLでの悪感情が残っていれば険悪になるのも道理だろう。
「でも。そうだとしたら、オレも恨まれているハズじゃ?」
自分だけ皆に恨まれる様なことをしていない。これだけ多数のTLがあるのだから、そういったシチュエーションも絶対に存在しているハズだ。自分が知っている1周目でさえ、蒼月を手に掛けているのだから。
「特防隊メンバーの中に澄野を恨んでいる奴なんて誰もいねぇよ。オメーはそう言う奴だったからな」
「オレは何をしたんだ……」
「聞きてぇか?」
結構長くなりそうな気がした。雫原の傍にいると決めたのだから、長話は持って来いだ。とは言え、結構話すことになりそうだし声量は絞った方が良さそうだ。なので、厄師寺との距離を詰めた。
「雫原を起こさない程度に小さな声でな」
「……近ぇよ」
慌てて目線を逸らしていたので、何事かと思って自分の体を見下ろした。
女性の肉体にはなっているが、ヨガウェアを着ているので破廉恥なことは無い。のだが、照れている厄師寺を見て奇妙な羞恥心といたずら心が湧いた。
「お前も、やっぱりそう言うのに興味あるのか?」
普段は皆から攻められてばっかりなので、付け入るスキがあったら少し弄ってみたくなるのは、一種の八つ当たりになるのか。
四つん這いになって迫ってみた。だが、厄師寺。ここで男を見せた。拓海の両肩を掴んで、無理矢理座らせた。
「予定変更だ。先に、オメーがいたTLに付いて教えろ」
「え? なんで?」
「澄野が! んな、ハレンチなことするわけねーだろ!!」
声量を抑えた上で叫ぶという実に器用な芸を見せてくれたお礼に、爛れたスクールライフを赤裸々に語った。
聞かせれば聞かせる程、厄師寺の顔は茹蛸みたいに染まっていくので、拓海は己の中に形容しがたい快感が湧き上がっているのを感じていた。
「(オレが知っている厄師寺って、大抵呆れているか、怒っているかだから。真っ赤になっているのは新鮮だな……)」
よくも悪くも、拓海がいたTLの厄師寺も環境に適応していたのだろう。
だが、目の前にいる彼にはそういったことの耐性が無いのか、どう反応を返して良いか戸惑った末に絞り出していた。
「良いか。そう言うのはな、誰とでもやっていい訳じゃねぇんだ」
「じゃあ、誰となら良いんだ?」
「そりゃ、心に決めた相手とだな……」
実に古式ゆかしい考えの持ち主だった。
純情派ヤンキーとか言う、クラシックレベルの品であるが、40日にも渡る爛れた生活のせいでイマイチ共感できなかった。
「そしたら、誰かのことを特別扱いすることになるだろ。オレは皆と仲良くしたいんだよ。そして、100日目を迎えたいんだ」
その為なら、自分の身や貞操観念位は簡単に投げ捨てられる。誰かが死んだり、傷付くよりはマシだと受け入れて来た。
「オメーも周りもヤベェ奴ばっかりだな……」
「そうか?」
厄師寺はドン引きしていたが、拓海にとっては日常なのであまり違和感を覚えていなかった。それなりに長話をしていたからだろうか、2人の腹がグゥとなった。
そろそろ、昼時だ。ドローン配送なんて便利な物は無いし、自分で取りに行かなければならない。なによりも。
「んん……」
流石に腹が減って来たのか、雫原に覚醒の気配があった。厄師寺が立ち上がった。
「色々と話が聞けて良かったわ。また、なんかあったら頼ってくれや」
「おう。その時はまた、それと。色々とがありがとうな」
来た時は何処となく陰気さがあったが、話している内に元来の気質が戻って来た気がする。小さく手を振って、彼を見送った。
「……そっちのTLじゃ、そういう生活を送って来たんだ」
「起きていたのか。ちゃんと寝れたか?」
どうやら、彼女はとっくに目を覚ましていたらしい。何処から会話を聞かれていたかは気になるが、些末な問題だった。
「あんまり。喋り声がずっとしていたし」
「悪かったって」
「澄野、食堂に行くから付いて来なさい」
ガシっと力強く腕を握られていた。自分の腕が華奢になっていることもあるが、雫原も憔悴していて力加減が出来なくなっているのかもしれない。
「それは良いけど。今は、雫原が利用しても良い時間帯なのか?」
「別に食堂に居座らなければ良いだけよ。取る物取って、さっさと出て行けば良いだけよ」
「待った。それなら、オレは付いて行かない方が良いんじゃ」
絶対に揉める。午前中だけでもアレだけドタバタしていたのに、こんな時間帯に誰かと遭遇したら絶対に面倒なことになる。
「嫌よ。私が見ていない所で、誰かに攫われたら? また、何処かに行ったら?」
語気が強くなり、早口になっているし、呼吸も荒くなっている。興奮状態であることは間違いない。下手に反論しても、相手を刺激すると直ぐに察した。
「わ、分かったよ。付いて行くよ」
「分かればいいのよ」
大人しく、彼女の後を付いて食堂に入った。だだっ広い空間で1人、食事を取っている少年が居た。彼は雫原に目もくれず、真っすぐに拓海を見て言った。
「やぁ! 拓海クン! 今日は可愛いね!」
「よ、よぅ」
彼は食べる手を止め、こちらに歩み寄って来た。
今更ではあるが、蒼月もかなり身長が高く、目の前に立たれると威圧感がある。見慣れているハズだというのに、腰が引けてしまった。
「澄野。早く、部屋に戻りましょう」
料理を受け取った雫原が拓海の腕を掴んで去ろうとしたが、もう片方の腕を蒼月が掴んでいた。
「独り占めは狡くない? 僕だって、協力したじゃないか。ちょっと、話す位は良いでしょ?」
「明日にしなさい。今日は私と一緒にいるから」
果たして、明日に順番が来るのだろうか。とてもだが、そうとは思えない。
ゾクっとした。一瞬、蒼月の目が氷点下の如き冷たさを放っていたが、直ぐに普段通りになった。
「そっか。じゃあ、明日を楽しみにしているね! 拓海クン!」
思いの外、穏便に済んだ。別れ際にハグをされたが、その際に盗聴器とかそう言った類のものが付けられたんじゃないかと思ったが、特に自身の体を調べる真似はしなかった。
部屋に戻って、食事を取ろうとハンバーガーの包み紙を解いた時、雫原に肩を揺さぶられた。
「しんどいから食べさせて」
「え?」
「しんどいのよ」
それは見れば分かることだが、食わせてくれなんてどういうことだろうか。
とりあえず、包装紙を解いてハンバーガーを彼女の前に差し出した。すると、飼い犬が出された餌を食らう様に、モソモソと齧り出した。
「犬じゃないんだから」
返事は無かった。どうやら、今の自分は食事提供という行動以外認められていないらしい。仕方なく、バーガーを差し出す合間にストローを挿したジュースを口元に運んだりと、拓海は甲斐甲斐しく昼食を取らせていた。