川奈の部屋のシェルターをエンジンカッターで切り裂いていたのは大鈴木だった。彼女の背後では無責任に応援する九十九兄妹の姿があった。
「連れ去られた先輩を助けられるのは大鈴木先輩しかいないっす!」
「今こそ、メインヒロイン昇格の時だよ!」
「あんのビィイイイイイイイイイッチ!!!」
もはや普段のユーモアに富んだ言い回しも無く暴言が飛び出して来るだけだった。被り物のトマトが真っ赤に染まる位にブチギレていた。
学生兵器(クラスウェポン)を通さないと言っても通常の兵器は有効なのか、バリバリ切り裂かれて行く。シャッターを切り裂いて、部屋に押し入った先では2人がいちゃ付いていた。突入した大鈴木は速攻で川奈を蹴り飛ばしていた。
「オッフ!!」
「なに、乳繰り合ってんのよ!! エンジニアなら、ねじ締める前に頭とオマタ締めたらどうなのよ!!」
「はぁ!? そっちこそ令嬢ぶって、令状叩き付けられる様な真似してんじゃないのよ! このクソ女!!」
取っ組み合いになったが、こういった時は大鈴木の方が強いので、川奈がボコボコにされていた。慌てて、拓海が止めに入った。
「大鈴木! タンマ! タンマ! これ以上、殴ったら川奈が死ぬ!!」
「蘇生マシーンに放り込めばいいのよ!!」
「死生観が雑!! 落ち着いてくれよ。な?」
大鈴木を宥める様にハグした。相当な興奮状態にあったが、抱擁されたことで幾分か冷静になったのか拳を下ろしてくれた。
伸びている川奈の方を見たが、今馬と過子が首を横に振っていた。当分、目を覚ましそうにないというか。永眠と言うか。
「とりあえず。治療するの面倒なんで、殺してから蘇生マシーンに放り込んでおくっす」
「よくねぇよ!! 面影呼んで来い!!」
内ゲバで殺し、殺されては堪ったモンじゃない。幸いなことに面影も部屋にいたのか、割とすぐに駆け付けてくれたのだが。
「澄野君。このまま治療したらつばさちゃんの顔面が凄い感じになるから、一旦安楽死させてから蘇生マシーンに放り込んだ方が良いと思う」
「何? おかしいの、オレの方?」
チラリと川奈の方を見てみたが、大鈴木の拳は正に兵器だったらしく。美少女フェイスがとことん酷いことになっていた。
自分がいたTLでは変な映画を見る奴と言う印象しかなかったが、我駆力に頼らない場合、彼女の白兵戦能力は相当に高いのだと再認識した。
「そいつが澄野を誘拐したのが悪いんでしょうが!!」
「分かった、分かった。一旦、落ち着こう。な?」
面影達に『後は任せた』と目配せして、拓海は大鈴木を連れて彼女の部屋に向かった。暫くは興奮していたが、2人きりになってようやく落ち着いて来た。
「どうだ。落ち着いたか?」
「そうね。ようやく、ちょっとマシになって来たわ」
同僚を殴り殺して落ち着く様に少なからず恐怖を抱いていたが、下手に刺激したら何をされるか分かった物じゃないので、拓海は慎重に言葉を選んでいた。
「いつも、こんな感じのことを?」
「今日は特にブチギレたけれどね。あの女、1つも反省していないから!」
自分が知っている1周目の川奈は割と常識人のハズだったが、どうにも2周目になってからは色々な物がぶっ飛んだロケットガールになってしまったらしい。
「(このTLにいたオレは大変だっただろうな……)」
自分のせいで仲間同士が傷つけあっていたら、心を痛めるに決まっている。来たばかりの自分でさえ胸を痛めているというのに。
そう言った事態にならない様に、自分がいたTLではお互いに手を出さないという協定が結ばれていたのだろう。
「(それに。単純に相手が傷つくだけの話じゃない)」
一番の被害者が暴力を振るわれた側だというのは言うまでも無いが、大鈴木も人を殴って傷付けて喜ぶ様な人間でないこと位は知っている。
彼女が被っているトマトヘッドを脱がした。本来なら、直ぐに阻止される行為のハズだが抵抗は無かった。被り物の下にあった彼女の素顔は強張っていた。
「アタシ。澄野が攫われたって聞いて、頭が真っ白になって」
「大丈夫。オレはここにいるよ」
固まって動けない彼女を背後から抱きしめていた。
まさか、普段は映画を一緒に見る相手としか思っていなかった彼女の意外な一面を見た気がした。
「……嘘つき。何時かは帰るんでしょ?」
「その時まではいるよ」
それがいつになるかは拓海にさえ分からない。案外、今日か明日にでも迎えに来る可能性もあるのだから。
ちょっとだけ湿っぽい空気を出しながら、拓海は改めて大鈴木をマジマジと眺めていた。特防隊メンバーの女性陣は大体スタイルが良い。過子は将来性に期待するとして、彼女はと言うと。
「(顔は可愛いけれど、身体が)」
顔立ちは綺麗だし、うなじだけを見ても非常に美麗ではある。ただ、川奈や雫原達を見ていると、どうにも物足りな。
「今、すごい失礼なことを考えてなかった?」
「滅相も無い」
顔に出ていたらしい。ただ、こんなやり取りが出来る位には頭も冷えて来たということだろう。ならば、自分がいなくても大丈夫かと判断した。
「じゃあ、オレは川奈の様子を見て来るよ」
「ちょっと待ちなさいよ。なんで、アタシの方じゃないの?」
急に不機嫌になった。いや、だって川奈は一度死ぬ羽目になったしと言おうとしたが、飲み込んだ。こういう時の正論程、相手を怒らせる物は無い。
「いや、もう大丈夫かなーって」
「全然大丈夫じゃない! 今日1日、アタシといなさい! 命令よ!」
ガシ―っとホールドされた。だが、大鈴木と過ごす方法は前のTLで学んでいるので、拓海に恐れる所は無かった。
「分かったよ。大鈴木と1日過ごすとなったら決まっているよな」
「ど、どんな過ごし方を考えているの?」
一体どんなプランを提案してくれるのか。と、期待で胸を弾ませているのか、目が輝いている様な気がした。
こうもあろうかと、拓海は前日の上映会の時にプレゼントマシーンで出したプロジェクターを引っ張り出して来て、スクリーンに投射した。
「勿論、イルブリードの上映会だ」
「……………………」
長い長い沈黙だった。提案は却下され、プロジェクターは接収された。結局、この日はひたすらベタベタされる羽目になった。
――
【好き好き】TL、翌朝。帰って来た霧藤は雫原達から昨晩の経緯を聞いた。当然、事情を聞いたヴェシネスの顔面には血管が浮かび上がっていた。
「貴様らは、何処まで私を不快にさせるつもりだ?」
「私も話を聞いた時は、同じ様な状態になっていたから」
そう話す雫原との間には一触即発の空気が流れていた。その脇を擦り抜けて、イヴァーは檻の前へとやって来た。鍵は開けて中に入った。
「拓海。今はゆっくり休んで。ここでは、貴方を傷付ける人はいないから」
傍にやって来て、彼をゆっくりと抱きしめていた。まるで、親が子をあやす様に優しい物だった。
言葉は無かった。ただ、今までは何をしても無反応だった彼が静かにイヴァーの方を見ていた。笑ったり、怒ったり、怯えたりもしない。それだけだった。
「それで。サイワイの箱はくれてやる。後は向こうにいる貴様らを皆殺しにすれば良いんだな?」
「その場合、この拓海は帰る場所を無くすけれど」
「問題は無い。このTLの拓海は貴様らが預かり、負傷した拓海は我々の方で預かる。全てが上手く収まるだろう?」
思わず、雫原も首肯しそうになった。
昨晩は【TS】TLの特防隊メンバーから言われたが、やはり【修羅場】TLのメンバーに対して、少なからず悪感情と言うのは湧いていた。
「で。どうします? 今から、サイワイの箱を使って例のTLに殴り込みに行きますか?」
「使い道はもう一つあるよ。廃人と化した澄野君の治療だ。比留子さん、どっちにする?」
今馬と面影からサイワイの箱の使い道を聞かれた。拓海がいないので、暫定的に彼女がリーダー的立ち位置にいた。どちらを選ぶか。
『【修羅場】TLに殴り込みに行く』。こちらを選べば、至極単純な話で拓海を奪還すればいい。追って来る物なら返り討ちにするか、異血吸収でトドメを刺すか。少なくとも、ヴェシネスがいる以上。負けることはあり得ない。
『【修羅場】TLの拓海を治療するのに使う』。別のTLとは言え、拓海だ。廃人と化した彼を見捨てる訳にはいかない。
「2人共おかしなこと聞くね。選ぶ必要なんてあるの?」
そんな雫原の選択を中断する様に飴宮が疑問を口にした。どういうことかと聞き返す必要もなく、彼女が続きを言った。
「そんなん【修羅場】TLのサイワイの箱も使えば良いじゃん。こっちが全員で攻めれば、向こうのヴェシネスの箱も奪えるでしょ?」
「それよ!」
雫原がビシッと指をさした。だが、この提案には幾つかの欠点があったので、霧藤が指摘した。
「既に向こうがサイワイの箱を集めて使っているってパターンは?」
「その場合だと澄野があんなことになっている訳が無いし、ヴェシネス達が入手しているなら、とっくに最終防衛学園は潰されている」
と。雫原が一蹴した。確かに彼女が言う通りだ。ならば、サイワイの箱の使い方は1つ。だが、別の問題も立ちはだかる。
「だけどよ。PL出来る時間内に全部を集められる訳じゃないだろ? もっと準備してから行った方が良いだろ?」
厄師寺の言うことも最もで。向こうにあるサイワイの箱が動かされていない可能性もある。故に、完璧に向こうでの行動を考えなければならないのだが。
「まさか、貴様ら。その作戦も煮詰めずに、偉大なる私に足を運ばせたわけでは無いだろうな?」
ヴェシネスは正にブチギレ寸前だった。イヴァーと霧藤が必死に彼女を宥めていたが、状況的には最終防衛学園に敵総大将姉妹が居座る奇妙な物になってしまっていた。