川奈の部屋に案内された瞬間。彼女は何度目になるか分からない対我駆力用のシャッターを下ろし、エンジンカッター対策の装甲板を展開し、ダメ押しに鉄格子まで出現させていた。部屋から出るときはどうするんだろう? と言いたくなる位にガチガチだった。
「やっと、2人きりだね……」
「ちょっと、穏やかじゃありませんね」
ロマンもクソも無いというか、有体に言えば監禁状態である。と言っても、拓海は大して警戒していなかった。
こんなシチュエーションに持ち込まれる位は皆も想像しているだろうし、何かしらの助けが入るだろうと信じて疑っていなかったからだ。現に飴宮や丸子がフリーだし何とかなるだろうと思っていた。
「長かった。どいつもこいつも私の有難さも分からないで自己中心的な主張ばかりして、澄野を困らせて……」
まんま自分に返ってくる言葉なのだが、拓海は何も言わなかった。指摘したら確実に面倒臭いことになるからだ。
「残り時間位は穏やかにってことだよな。ハハハ」
「いや、合体するつもりだけど」
極自然に引き出しから取り出したのは、上下の先端が男性器を模した物になっているアダルトグッズだった。勿論、モザイクなんて掛かっていない。
「あの。それは?」
「双頭ディルド~!」
某お世話型ロボット風に高らかに名称を述べているが、少しは恥じらいを持って欲しい。使い方は直感的に分かるにせよ。
「待て待て待て! 玩具で処女喪失なんていやだぞ!?」
「私だって嫌だよ! 澄野のアレが無くなったから仕方がないじゃん!」
「仕方なくねぇよ! 元に戻るの待てよ!」
少しは野獣と化した川奈は諫められるかと思いきや、ここまで準備を進めている奴が言葉で止まる訳がなかった。今度はディルドーの代わりにペニバンを取り出していた。
「でも、考えたら。澄野の処女を散らせるのは今しか無くない?」
「お前、無敵か?」
タチでもネコでも行ける、いわゆるリバと言う奴だろうか?
それはそれとして、良くはない。中身は男でもボディが女である以上は気を遣う部分は気を遣いたい。
「待った。川奈、落ち着いて欲しい。もしも、オレが別TLで処女を散らしたとなったら、多分。お前は生きて帰れない」
「そうしたら、澄野の中で永遠になるね!」
「ネガティブにポジティブやめろ」
駄目だ。やる気満々だ。折角、時間を稼いでいるというのに一向に救助が来ない。そろそろ、ブチギレた雫原辺りが『川奈の大バカ野郎は何処だ!』と言って、突っ込んで来る展開を期待しているのだが、そんな気配も無い。
「もう! 澄野はそう言うの好きじゃなかったの!?」
「いや、まぁ。好きだけど……」
なんか助けも来ないし、もう良いかなという風に考えが切り替わり始めていた。ディルドーを突っ込まれるのは嫌だが、男の時も挿入れられていたし。
「でしょ? 澄野は女子初体験なんだから。私が手ほどきしないと」
「普通の人間が絶対に受けることのない手ほどき来たな」
マンガやアニメじゃないんだし、人の性別はポンポン切り替わったりはしないハズだが、現実で起きているんだから仕方がない。
「そもそも! 女子初体験の前に澄野が雑過ぎる!! どうせ、髪とかもシャンプーつけてテキトーに乾かしているだけだろうし! トリートメントもスキンケアもしてないでしょ! 女子嘗めんな!!」
自分達はこの学園を防衛する為にやって来ている訳で、オシャレだのおめかしだのなんて無縁じゃないのか。
「ま、まさか。皆。何時、戦いが始まるかとかも分からない中で、そんなことをしているのか? 凶鳥とかも?」
喪白、霧藤、飴宮辺りは気を遣ってそうだが、凶鳥や川奈も気を使っているとは思わなかった。皆、素で可愛いんじゃないかと。
「しているよ?」
「マジか。オレなんて髪の毛にワックス塗る位しかしてないのに」
「男子でも化粧したりスキンケアもする時代なのに。決めた、今の澄野をサクッと頂くんじゃない。私が、澄野を芸術品にするんだよ!」
言わんとしていることは分かる。適当に落ちている物を雑に食うより、最高の状態に仕立て上げてから頂いた方が美味い。というのは分からなくもない。
少なくともズコバコするより興味が湧かないことも無い。鏡に映る自分はTSしたからって美少女になる訳ではない。元より、割と中性的な顔立ちをしていたこともあって、髪が伸びた位しか変化が分からない。
「ぐ、具体的に何を?」
「とりあえず、髪の毛がバシバシだし。トリートメントして……なんか、想像しただけで楽しくなって来た!! 澄野をプロデュース!!」
元よりエンジニアとして職人気質な所はある川奈だったが、どの分野でも凝り性であることには変わりないらしい。
「(そう言えば。あんまり気にしていなかったけれど、川奈の髪とかサラサラだし、良い匂いもするし)」
美は勝手に作られる物ではない。自分の髪を触ってみると、シャンプーで洗う位はしていたが、リンスやトリートメントは殆ど気にしたことが無かった。
どうせ、いつ戻るかも分からないし、手入れの必要も無いと思っていたが、これも良い機会だ。少しは覚えてみるとしよう。
「で、まず何を?」
「とりあえず色々と試して行こうか。なんだろう、こっちの方が面白い!」
かくして。思いもよらぬ展開になり、拓海は苦手な勉強をする羽目になった。コスメやら何やら。憶える物があまりに多く、パンクしそうだった。
~~
【好き好き】TL。ヴェシネスが訪れて一夜明けた。作戦の為に、川奈を補助する形で皆が何かしらを交錯している間、ヴェシネスとイヴァーは互いに学生鎧を装着して模擬戦闘をしていた。立ち会っているNIGOUは目を疑っている。
「な、なんでヴェシネスさんが学生鎧を?」
「手加減の為だってさ。∞態だとまとめて焼いちゃうからって」
霧藤も息を飲んでいた。同じ学生鎧を装着しているというのに、イヴァーもヴェシネスもまるで動きが違う。
イヴァーの周囲を漂う鎌が鼬の様に空を走り、ヴェシネスを切り裂かんとするが、彼女は身の程もある大剣で弾いていた。くるくると宙を舞う。
「まだ!」
イヴァーが掴むような動作をすると、空中でぴたりと鎌が静止した後、急降下したが、ヴェシネスは掴み取ると同時に投擲した。
「お前の執着し過ぎる癖は直ってない様だな」
「!!」
鎌のコントロールを取り戻そうとしている間に、イヴァーの首には大剣が突きつけられていた。勝敗は決した。
「私の全勝か。以前なら、もう少し張り合えていたが」
「なんで、装着したばかりでそんなに動けるかなぁ……」
学生鎧の習熟度という点ではイヴァーの方に軍配が上がるハズだが、結果はヴェシネスの圧勝だった。
「NIGOU。学生鎧の負荷状況は?」
「それがね。無理矢理動かしている訳じゃなくて、負荷限界を理解した上で動いているから、損傷は大きくないよ」
霧藤は額を抑えていた。傲岸不遜なパワーファイターかと思っていたが、そんなことはなく。技巧も使えるとなったら、まるで隙が無い。
「これが窮屈な拘束具であることには変わりないが、偉大なる私が本気を出せば、塵芥以外は残らないから仕方あるまい。おい、スミノを迎えに行くのは何時になるんだ?」
「4日後。55日目って、川奈さんが言っていました!」
「全く。この私に4日も無駄な時間を過ごさせるとは。まぁ、良い。ここの環境が良いことは知っているからな。では、私は先に部屋に戻らせて貰う」
アレだけ動いたのに息切れ一つも見せずに、彼女は去って行った。一方でイヴァーはぺたりと座り込んでいた。霧藤が駆け寄る。
「大丈夫?」
「駄目。学生鎧同士の勝負でなら何とかなるかと思ったけど、私よりずっと強い」
自分達を圧倒したイヴァーを一蹴する程なのだから、やはりヴェシネスは桁違いに強いのだろう。もしも、彼女達が本気で敵対した場合、自分達はひとたまりも無いし、これから向かう先のTLではそのようなことが起きるのだろう。
「(たっくんはどうしているんだろう?)」
向こうでも通常運行してそうな気がするが、それは幾らなんでも楽観的すぎる。
学生鎧から着替えて、中庭へと向かう。檻の中では【修羅場】TLの拓海が穏やかな表情で佇んでいた。差し入れた粥に手を付けた後は見当たらない。
「たっくん。少しは食べないと……」
返事がない。なので、イヴァーが牢に入り食事介助をしていた。口元まで運べば僅かに咀嚼して嚥下してくれるが、自分では殆ど食べられない。
懸念していた排泄については、便器に用便跡は見られないし、履かせていた紙おむつを見ても綺麗なままだった。
「じゃあ、シャワーを浴びようね」
中庭の隅に急遽設置されたシャワールームに入り、身体を拭き、頭を洗っていた。不幸中の幸いと言うべきか、介護される本人の肉体には問題無いので、骨折したり、転んで怪我をするということは無かった。
髪を梳かして、乾かして、紙おむつを履かせて、パジャマを着させて。ベッドにゆっくりと寝かせる。その間、ずっと彼はイヴァーの方を見ていた。
「おやすみ」
額にキスをした後、牢を閉めて鍵を掛ける。【修羅場】TLの拓海が来てからずっと、霧藤はこの介護に付き合っていた。と言っても、心得があるわけでは無いのでタオルやパジャマを用意する位しか出来ないのだが。
「希。ありがとう」
「ううん。私は大したことはしていないから。イヴァーの方がもっと大変なハズなのに」
NIGOU監視下でのヴェシネスの習熟訓練の後に拓海の介護にも来ているのだから、彼女が抱える労働量がどれほどの物か。少なくとも自分では耐えられないと、霧藤は思っていた。
「私より。あの拓海の方が沢山、大変な思いをして来ただろうから。これ位は大丈夫よ。彼を放り出すなんてこと。私は絶対にしない」
そう語るイヴァーの横顔は慈愛に満ちた物で。どうして、こんな人と戦っていたのだろうかと自分でも不思議に思った。刹那。
「だから。もしも、向こうにいる連中が、ここにいる拓海がどんなことになっているかも知らずに、私達の拓海で遊んでいるなら。絶対に許さない」
底冷えする様な声だった。愛情の大きさがそのまま敵意になった時、彼女はまさしくヴェシネスの妹に相応しい存在になるのだろう。
「……もしかして、イヴァー。たっくんを返すつもりとか」
「無い。大好きな人が傷付けられたのよ? 本当を言うならね。全員のことを異血吸収するつもりでいたけれど、それはきっと。彼も望んでいないことだから」
彼女が抱いている想いは、この最終防衛学園に限って言えば特別ではない。だが、自分達が当事者だった記憶もあるので、強くは出られないのだろう。
「(でも。本当にそれで良いのかな?)」
向こうのTLにいる自分達も拓海のことが憎かった訳じゃないハズだ。壊したかったワケじゃないハズだ。今は廃人となっている拓海も彼らのことを憎んでいる。とは思いたくはない。
「サイワイの箱とかに頼ることなく、寛解すると良いんだけど」
「そうね。私もそっちを願っている」
イヴァーの表情は元の柔らかな物に戻っていた。運命が動き出すのは55日目。間もなく、51日目も終わろうとしていた。