「(もう、夜中か……)」
雫原と話をする為に彼女の部屋に訪れたのは良かったのだが、そこからヌチョヌチョしたり、付き合わされたり、ヌチョヌチョしたりで1日を浪費させられる羽目になった。これでは先が思いやられる。
おまけに。朝から何も食べていないので胃が空腹を訴え続けていた。皆が寝静まった後に向かうというのも行儀が悪いとは思うが、仕方がない。
「(やっぱり、夜中だから静かだよな)」
面影辺りが全裸徘徊でもしているかと思っていたが、そんなこともなく。校舎は静かな物だった。……今なら、全裸になってもバレないかもしれない。
「(いやいや)」
あまりに突飛な発想が思い浮かんだので頭を振った。自分はそんな変態ではない。だが、それ位に大胆なことができるかもしれない。と考えた時、彼の足は自然に中庭へと向かっていた。
「(コレは脱走していないかを確認する為だ)」
一応、接触は認められている。見張りはいるかもしれないが、もしかしたら居眠りとかでもしているんじゃないかと。カルアと本当の意味で2人きりで話すチャンスがあるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。
2階へと降りて、渡り廊下を抜けて中庭に行こうとしたが案の定と言うべきか。大鈴木が腕組みをしていた。すると、彼女はコチラの存在に気付いたらしい。
「ちょっと、澄野。こんな遅くに何をしているのよ」
「いや、その。カルアと話ができないかなって」
「駄目よ。夜中に事が起きたら対処がし辛いからね」
見張り以外の人間は寝ているだろうし、騒ぎが起きたとしても初動が遅れてしまう中で面会は許可できないというのは道理ではあるが。
「そこの所を何とか!」
ダメ元で頼み込んで見た。財閥の令嬢として、ルールに厳格な彼女に対しては無駄とも言える行為だったかもしれないが。
「そんなにアイツが気になるの?」
「そりゃ。まぁ……」
言ってから失言だと気付いた。自分を巡って殺し合いまで起きている中、特定の異性が気になる。なんて言えば、どんな行動を起こされるか分かった物じゃないと戦々恐々としていると、返事は意外な物だった。
「仕方ないわね。いいわ、付き合ってあげる」
「良いのか?」
「ファッションショーまでして会いに来る奴を追い返したら、次はどんなことして来るか分かったモンじゃないからね」
溜息と共に中庭へと続き扉を開けてくれた。天岩戸作戦について皮肉られつつも入った中庭は真っ暗だった。
当たり前だが就寝時間なのだから捕虜も寝ているに決まっている。普通に考えれば、起きている訳もない。
「そりゃ、今。夜中だもんな」
「お姫様の寝顔を見れば満足かしら?」
「そこまで行くと変態っぽいな……見ていくけれど」
「こういう揶揄に対してガチで頷く奴が居るとは思わなかったわ」
今更、否定はできない確固たる事実ではあるが、毒を食らわば皿まで。
幼馴染の寝顔を見る為に牢屋まで近付き、覗き込む。暗くてよく見えないので目を凝らして、よく見る。
「……?」
気のせいでなければシルエットが全体的に小さい。徐々に輪郭が見えて来た。髪型はショートボブで髪色は金髪。どう見ても、カルアではない。この容姿が当てはまる人間は1人しかいない。振り返った。
「お前は。誰だ?」
牢の中でベッドの上に横たわっている人間は大鈴木だった。この牢にいるべき人間がいない。と言う時点で、目の前にいる被り物をしている『誰か』の正体には勘付いてはいたが。
「付いて来なさい」
断ったら何をされるか分かった物ではない。大人しく彼女に従い、大鈴木が投獄されている牢に一緒に入ると、床の一部がスライドして空間が現れた。
彼女が躊躇いもなく入って行ったので、拓海も彼女に付いて行く。学園内の何処とも分からない場所を歩きながら、問うた。
「お前は……ゼンタ。か?」
あの場所にいるべきカルアがいなかった。そして、彼女が大鈴木に変装していたとしても身長差があり過ぎる。となれば、最初から人に擬態する能力でも持っていなければ、できない訳で。
「ゼンタ? 止めてよ。私だよ。たっくん」
彼女は何の躊躇いもなく被り物を脱いだ。そこには『柏宮カルア』がいた。……身長が一回り小さくなっている彼女が。
「人の身長がそんなに簡単に変わる訳ないだろ!?」
「変わるよ。だって、それが私の『特異科目』だから」
そう言われたら、それ以上否定できる証拠がない。だとしても、聞かなければならないことはある。
「大鈴木に何をした」
「ちょっと眠って貰っただけ。殺してもいないから」
「……オレをどうするつもりだ?」
「こんな所にたっくんを置いておける訳ないじゃん。一緒に逃げよう?」
ついて行けるわけがない。まだ、皆との問題も解決していなければ、元のTLに戻る訳でもない選択が取れる訳がない。
「カルア。それはできない。戻ろう。オレも弁解するから」
大鈴木を気絶させた。と言う事実は今後の自由を大きく制限されかねないが、それでも殺されたりすることはないハズだ。彼女は悪戯っぽく笑ってみせた。
「無事で済むかな? だって、たっくんを廃人にしてギンザキって子も殺したんでしょ? 駆け落ちしようとした私を許す訳ないじゃない」
今までのおどけた声から一転して冷たい物に変わっていた。
実際に見た訳ではないので全てを信じて良い訳かどうかは分からないが、他TLから誘拐を敢行する位なのだから。
「だけど、オレは皆を見捨てられないよ」
「じゃあ、たっくんは私のことを守ってくれないの?」
――オレがカルアを守るから。
この狂った100日の中でも捨てられない程に根付いた言葉。ありもしないと思っていた幻想が目の前の前にある。現実を否定してくれた幻想が目の前にあるというのに、どうして切り捨てられるのか。
都合のいい解決方法なんて思い浮かばないまま、階段を下り、進んで行った先に扉があった。どうして、彼女がこんな場所を知っているのか。
「なぁ。お前は、本当にカルアなのか?」
「うん。たっくんの知っている『柏宮カルア』だよ。だって、たっくんの知っていること。私、なんでも知っているでしょ? お母さんの料理が美味しいことも。卵焼きが好きなことも。なんでも」
否定のしようがないのは尋問した時に分かっていた。自分は彼女を否定したいのか、肯定したいのか。
開かれた扉の先にあったのは、1階にある謎の部屋だった。もう一方の出口に人が立っていた。彼女は既に学生鎧(クラスアーマー)を装着していた。
「あーあ。やっぱる、カルアちゃん。そういうことしちゃうかぁ」
「怠美ちゃん。見逃してくれる?」
既に飴宮は臨戦態勢に入っていた。だが、彼女の学生兵器(クラスウェポン)は屋内での使い勝手は悪いと記憶していたハズだが、彼女は首を横に振った。
「もう、殺すしか無くなっちゃったよ!!」
飴宮と言う少女の姿が崩れ去り、一瞬で肉塊へと変貌した。対するカルアは自らの喉に親指の爪を押し当て、搔っ捌いた。夥しい量の血が噴き出すと同時に彼女の全身を包み込み、既視感のある見た目へと変貌していた。
黒い該当に張り付く様な全身黒タイツ、銀の肩当と鎧。フトゥルームの部隊長達が身に纏う戦闘服だった。
「カルア。お前、やっぱり……」
「たっくん」
カルアの周囲に泥が落ちた。かと思えば、見慣れた人間の形を作っていく。
異血の能力で作られる模造体と呼ばれる物は、特防隊メンバーの形を取っていた。一方、飴宮の肉塊から吐き出された肉片も質量を無視して膨れ上がり、特防隊メンバーの形を取っていた。
「今度は、私が守るから」
カルアが拓海の手を握った。幻想の中にしかいないと思っていた存在が自分を守ってくれている。
一方で、先兵として吐き出された幻想達が争い合う姿は、このTLがどのような存在であるかをよく表している様だった。