ポストイールデッド昭和拾遺   作:高橋五鹿

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第二篇 みぐぜんの轍(七)

 御館(おやかた)家の屋敷は、村の北側、杉林に囲まれた一角にある。

 苔むした石垣と古い門を抜けて敷地に入り、母屋の玄関をくぐると奥の応接間へ向かった。

 廊下の突き当たりにある引き戸の前で、トゥエルブが一歩進み出る。

 

「失礼します」

 

 そう言って引き戸を静かに開けると、中で机に向かっていた村長の正信(まさのぶ)が顔を上げた。

 二人はそのまま応接間に入る。

 

「ああ、ミカサ君も戻ったのですね」

 

 こちらの顔を見てから、そう言葉を掛けてくる。

 

「ご依頼いただいた件は完了しました。村のRAVに異常はなく、乙松(おとまつ)さんや長老さん方にも報告済みです」

「そうですか、それなら――」

「が、それでは解決には程遠いと思われます。結局、事故の原因は何も分かっていないのですから」

 

 正信は、途端に顔を曇らせた。

 

「RAVでないのなら、シカに撥ねられた事故ということにはならないんですか?」

「なりませんね。少なくとも、ここ数年以内に村で起こった同様の事故に関しては」

 

 まばたきの間隔が不自然に長くなり、何かを呑み込むように唇が動く。

 理屈を立てようとしているのか、呼吸だけが落ち着かずに揺れていた。

 

「い、以前の事故まで調べたんですか?」

「村長さん。これを事故で済ませていたら、今後も『シカに撥ねられた死体』が増えることになりますよ」

「それは……」

「いや、次は無いかもしれません。今回の遺体は既に国警に引き渡されました。検死が終われば、死因なんてすぐに明らかになります」

 

 その顔はみるみる青ざめ、肩が震えている。

 

「わ、私はどうすれば――」

「どうもする必要はありません。それは《みぐぜん様》の神罰なのですから」

 

 応接間の引き戸の向こうから、車椅子の軋む音が聞こえた。

 重たい静寂を裂いて、老女と若い女が姿を現す。

 和装をきっちりと着こなした老女は、まっすぐ前を見据えたまま車椅子に座っている。

 それを黒い洋装の若い女が、無表情なままに押していた。

 

「か、母さん……」

 

 これが中原(ながら)村の御館(おやかた)様――中原(ながら)澄江(すみえ)か。

 乙松(おとまつ)ら長老たちとは、まるで空気の質が違う。

 

「初めまして、お館さん。配線屋のミカサといいます」

「進駐軍所属P.Y.S.E.(ピース)のトゥエルブであります」

 

 澄江は名乗りを返すこともなく、二人を一瞥すると正信に視線を戻す。

 

「正信、あなたは何もしなくてよろしい。余所者に村の周りをうろつかれても、ヤマヌカシカの被害が増えるだけ。そうは思いませんか」

 

 正信は何も言い返せない。

 黒衣の女が車椅子を反転させる。澄江はそれ以上何も言わずに、その場を後にした。

 気まずい沈黙が落ちる中、トゥエルブが無遠慮な調子で口を開く。

 

「村長さん。あのメイドさん、初めて見る方ですがお名前は?」

「え……。あ、ああ……。彼女は中原(ながら)ミズチといいます。何年か前にお袋が拾ってきて、家族同然に扱ってまして」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 トゥエルブはそれ以上何も言わなかった。

 

「では、我々もこれで失礼します」

 

 ミカサたちも応接間を辞して、屋敷の外へと向かう。

 

 

 

 

「ミカ。見ましたか?」

「ああ……手強そうな婆さんだったな。さて、どうしたもんか」

 

 トゥエルブは声を潜めた。

 

「そっちじゃありません。車椅子を押していたメイドのほうです」

「メイド? あの女中さんがどうかしたのか?」

「彼女、人間ではありませんよ」

 

 ミカサは思わずトゥエルブの顔を見た。蒼い双眸と視線が交差する。

 

「人じゃない……?」

「危険度Sealed(シールド)遺物(レリック)、《サブジゲイト・シンク》です」

 

 サブジゲイト・シンク――

 それは……『世界の屈伏をもって、終末を完成させる存在』。

 数多の終末存在が、イイルディングの終わりと共に中立の存在へと変化したこの時代。

 依然として収束なき者、世界の敵対者たる遺物。

 

「サブジゲイト……! だったら遺物案件も轢死事故も、全部あいつの仕業か?」

「それは……どうなんでしょう。過去の遺物案件と照らし合わせても、サブジゲイトが直接の殺戮に及ぶことは稀です。ナノマシンを他の生物に注入する例は確認されていますが、遠隔操作することも稀なんですよね」

 

 轢死事故に関して。

 サブジゲイトが直接の殺害に及ぶことは稀である。だが可能性が無いわけではない。

 

 遺物案件、すなわちラヂオ電波のノイズがナノマシン由来であろうことに関して。

 サブジゲイトは身体の全てがナノマシンで構成された種族。ただしナノマシンの遠隔捜査は稀である。こちらも可能性が無いわけではない。

 

「しかしこれだけ異常なことが起きている場所で、無関係とも考えづらいな」

「関係していようがいまいが、中原(ながら)ミズチは拾遺(しゅうい)対象です。本案件はこれより調査段階を終了し、対象の捕獲へと移行します」

 

 ミカサは思わず辺りを見回した。

 御館家の前から見える村の光景は、平和そのものである。

 

「まさか、こんなとこでドンパチを始める気か?」

「火器携行制限令、特殊兵装管理統制令により、私は銃火器及び光学兵器類が使えません。許可を得ようにも、対象が実際に何らかの被害を(もたら)した後に限られます」

「GHQもお役所なんだな……」

 

 ならば、どうする気だ?

 

「どうすればいいでしょう、ミカ」

「軍事行動の方針を俺に聞くなよ……。でもそうだな、サブジゲイトは何故この村に居るんだと思う?」

「村に居る理由、ですか?」

 

 そうだ。

 まさか介護職で食べていこうというわけでもあるまい。

 トゥエルブは事件との関連は考慮しないと言ったが、そこにこそ遺物案件を収める鍵がある。

 

「サブジゲイトは直接の殺戮を行うことは稀。ならばどうやって『終末を完成』させる?」

「終末に近付こうとするものに手を貸す存在――例えば、『核のボタンに手を伸ばす誰かの背中を押す』ような存在」

 

 それは遺物案件に関わる者に説明される、サブジゲイトの特徴。

 

「分かりやすい例えだな。人類や世界が破滅へと向かう終末時計を進めるとき、それを後押しするのがサブジゲイトだ。そしてその対象は国家や文明だけじゃない。それは集落単位のような――『世界から見ればほんの些細な破滅』であっても、関わろうとする性質を持っている」

 

 トゥエルブの目が丸く見開かれた。

 ミカサは自身の行うべき方針を示す。

 

「餌は既に撒いた」

「餌、ですか?」

「さっきの俺の話は村長を煽るためじゃない。中原(ながら)澄江(すみえ)に聞かせるためのものだ」

 

 

 

 

「潮時だな……」

 

 そうつぶやくのは、黒いメイド服を(まと)う一人の女性。中原(ながら)ミズチ。

 たかが山間部の集落で起きた、轢き逃げ事件程度のことで。

 進駐軍のP.Y.S.E.(ピース)が出動してくるとは、完全に予想外だった。

 

「それとも何か、全く無関係の用で出てきたのか?」

 

 そう独りごちても、答えを返す者はいない。

 トゥエルブの姿が屋敷の前から見えなくなると、ミズチはすぐに行動を開始した。

 屋敷から出て、真っ直ぐ村の門へと向かう。

 門から出て坂を登り、つづら折りを曲がる。

 峠道沿いの、駐車場へと入った。

 

 その片隅に停めてある、砂埃をかぶったRAV。

 一九三七年式RAV-MRS、《ラビットサン》が二台。

 終末前の車両を、RAV化して再利用したものだ。

 古いとはいえ、その走破性と積載力は、今も山間の作業車として健在である。

 

「ダム調査に来ている水道局の車か……」

 

 周囲を見回した。

 他のRAVは国警のパトカーと、見慣れぬ小型乗用車が一台。

 配線屋とかいう男のものだろう。

 

 パトカーを逃走用に使うのは目立ちすぎるので論外。

 ミズチは小型乗用車――オオタ号へと近付いた。

 

 無言のまま、運転席のドアに右手を(かざ)す。

 その掌から何かが滲み出すように、空気が揺れる。

 次の瞬間、ドアの縁がきしむように歪み、車体がわずかに沈んだ。

 

「上手く嵌まれば、これで配線屋のほうは片付くだろう」

 

 ミズチは何事もなかったかのように手を引っ込めると、踵を返した。

 再びラビットサンの前に戻ると、運転席のドアに手を掛ける。

 ドアはまるで、鍵などかかっていなかったかのように開いた。

 

 

 

 ミズチの駆るラビットサンは峠道の頂点部分を越え、下りへ差し掛かろうとしていた。

 ここまで来れば、今からRAVを出されても追い付かれることはない。

 下りの最初のつづら折りカーブを曲がったとき、それは見えた。

 

 道の中央に、傘を差した人物が背を向けて立っている。

 和紙張りの傘は骨組みが透けて見えるが、その下の姿までは判然としない。

 

「…………!?」

 

 この時代。

 中立化した終末存在が集落を襲うのは稀だが、ひとたび共同体を離れれば、人類など巨大生物の餌でしかない。

 RAVも使わずに、外の世界を歩くなど自殺行為。

 

 ――殺すか?

 

 直接の殺戮など、無駄な行為。

 少なくとも彼女自身はそう定めているが、必要とあらば躊躇はしない。

 この場に新たな轢死体が出現すれば、パトカーは足を止めるだろう。

 ミズチはアクセルを踏み込んだ。

 

 次の瞬間、重力が反転し――窓の外の景色が上下に掻き回され、視界が歪む。

 

 何が起きたのか分からなかった。

 ラビットサンは空中を縦に数回転すると、屋根から地面へ激突した。

 ミズチはナノマシンアームで窓ガラスを叩き割ると、車体が潰れる寸前に外へと滑り出す。

 

 ぱっと振り返って、今通過した場所を視認する。

 撥ね飛ばしたはずの人物は、その場から一歩も動かずに立っていた。

 圧壊されたラビットサンのエンジンが爆発し、熱風が駆け抜ける。

 

 その人物は傘を手放した。爆風に煽られた傘は、山の上へと消えていく。

 

 擦り切れた袖と裾、白と赤の神事服。

 その隙間から覗くのは、鋼鉄の蜘蛛を思わせる機械義肢。

 あらゆる怪異と(けが)れを打ち砕くその拳足は――

 夕暮れの光を浴びた白髪(はくはつ)の下、鈍い光を放つ。

 それは世界に(ただ)ひとり――守部仁久良主(しゅぶにぐらす)の巫女。

 

「何者だ……!」

 

 ミズチの問いに、間延びしたような声で答えが返される。

 

「終末時代と今の時代(ポストイールデッド)()()()()()()()ワイヤー稼業――配線屋、なのです」

 

 

 

 

 ヤエコの目の前で、ミズチはナノマシン製の脚を獣のように変形させて跳び掛かってきた。

 更には腕が鎌のような形状に変化し、頭上から振り降ろされる。

 

 ヤエコはナノマシン義肢(リム)でその攻撃を防ぎ、更に弾き飛ばした。

 ミズチは距離を取って、再び腕を変形させる。

 それは火砲のような形状へと変わりつつあった。

 

P.Y.S.E.(ピース)ならば、飛び道具は使えまい!」

 

 そう言い放った瞬間、ミズチの身体は何かに撃たれたかのように後方へ吹き飛ばされた。

 背後の樹木へ叩き付けられ、そのまま幹へと縛り付けられる。

 

 ミズチに向けて突き出されたヤエコの右腕は、生身のそれへと変化していた。

 縮退保存されていた右腕が分子テンプレートから再構築されたのだ。

 では、元・右腕であったナノマシンアームは何処に消えたのか。

 

 ミズチは、()()()()()()()()()()()()を、呆然と見下ろしていた。

 

「いかがですか、終末ロケットパンチの味は」

「え……? ロケ――」

 

 ミズチが言い終えるよりも早く――心臓に突き刺さった右腕が(ほど)けた。

 バラバラになったナノマシンリムは、無数のワイヤーとなってその身体を縛り上げる。

 蜘蛛の巣のように絡みついたそれは、遺物を構成するナノマシンを一つずつ分解し始めた。

 分子的構成情報を解析・縮退させ、内部領域へと格納する。

 

 やがてワイヤーの束は小型化していき――

 大きさも形も、まるで虫籠(むしかご)のようなそれに、すっかり納めてしまった。

 

 ヤエコは機械義足の上に履いた草履の足音を、ぺたぺたと立てながらその場へ向かう。

 生身の右腕で、虫籠をひょいと(つま)んで持ち上げた。

 

「サブジゲイト・シンク――拾遺(しゅうい)完了」

 

 

 

  《火器携行制限令》――

  P.Y.S.E.もまた、民間における銃火器類の使用は禁止とされている。

  必然、民間P.Y.S.E.の自己防衛手段はケンポウが中心となった。

  ナノマシンリムの投射がケンポウの技巧に含まれることは

  周知の事実であるため、今さらの説明は不要であろう。

 

  ――扶栄堂書店刊『幻秘探訪録』短期集中連載

       「実録!模倣者喧嘩列伝七番勝負」より

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