迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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とある少年

 

 深夜の静けさに包まれた、簡素な倉庫の一室。

冷えた空気の中で、唯一の灯りは古びた端末の画面が放つ青白い光だった。

机に突っ伏すような姿勢で、リョウガは目を細めながら端末の画面を見つめている。

その光は、彼の顔の輪郭を鈍く浮かび上がらせ、緊張と倦怠の交じった表情を映していた。

 

「……結局、目撃情報は0か……あっくそ、また画面が乱れて……」

 

短く舌打ちしながら、リョウガは液晶の端を指でカツカツと叩いた。

ノイズの走る画面が数秒の遅延ののちにようやく元に戻る。

 

「変え時だなぁ……まあ、元々ジャンク品を修理したもんだし、仕方ないか」

 

 天を仰ぎつつ、わずかに肩をすくめてため息をひとつ。

その声は虚ろに広がり、狭い部屋の壁に吸い込まれていった。

 

 指先をスライドさせ、リストを一通りスクロールしていく。

どれも「該当なし」の無機質な表示ばかり。情報の断片すら掴めない。

だが、リョウガの胸の奥には確かな実感があった。

 

「ここ最近、前より“気配”は強く感じるんだがな……」

 

 空間の揺らぎ――脈動のように微かに伝わるその感覚は、まさに“あれ”だった。

己の中の感覚が訴えている。それが、かつての“相棒”であることを。

否定する理由はどこにもなかった。

 

(今なら恐らく“呼び出せる”。けど……こんな住宅密集区域でぶっ放したら、笑えない被害が出る。だったらこっちからアイツを見つけ出して、人気のない場所で再起動させた方がマシだろう)

 

 言葉にならない思考が渦巻く中、画面に目を戻すと、視界に飛び込んできたのはド派手な戦闘のサムネイルだった。燃え上がるモビルスーツ、派手な爆発、鋭く動くUI――

 

「Live配信中」の文字が瞬いている。

 

「クランバトル……?」

 

 リョウガは無意識に画面をタップした。

瞬時に映し出されたのは、宇宙空間でザク同士が激突する熱戦の映像。閃くレーザー、炸裂するミサイル。

 

 リョウガは苦笑し、頭を掻いた。

 

「勝敗は……頭部を破壊すれば勝ち、か。まるでガンダムファイトみたいだな……

って、こんなことドモンさんが聞いたらドヤされそうだ」

 

 彼の脳裏に、かつての戦場で出会った“ガンダムファイター”の顔が浮かぶ。

ドモンがリョウガのこの発言を聞けば拳で説教していたかもしれない。

 

(それにしても……悪くはない額だな)

 

しばし見入っていたが、ふと現実に引き戻される。

 

「……いやダメだ。機体もなけりゃ、パイロットスーツもない。参加資格すらねぇよ」

 

表示された報酬額に一瞬だけ惹かれた自分を恥じるように、唇を噛む。

 

(……それに、あいつ(ヒュッケバイン)を金稼ぎに使うのも気が引ける)

 

 自嘲混じりに息を吐き、リョウガは端末をスリープ状態に切り替えた。

一瞬だけ、暗闇が部屋を支配する――が、すぐに教科書の山へ手を伸ばす。

 

「……次の課題は、たしか歴史だったか。プリント探しと……あと地理もちょっと補足しないとだな」

 

その声には、さっきまでの重さが微かに消えていた。

マチュのための“日常”へ、彼の意識は緩やかに戻っていく。

 

――ヒュッケバイン。

――クランバトル。

――遥かなる戦場。

 

 それらは今、この部屋の静けさの中ではただの“遠い現実”に過ぎない。

 

「……さーて、今日も先生業、やってくか」

 

 リョウガは立ち上がり、軽く背伸びをした。

窓の外には、コロニーの人工星光が穏やかに揺れていた。

 

 

▼▼▼▼▼

 

 昼下がりの教室。

陽だまりのような光が窓から差し込み、机の上に淡い影を落としていた。

遠くで先生たちの話し声が聞こえる中、生徒たちは各々の昼休みにまどろんでいる。

 

そんな中、女子の一角から弾けるような声が飛んだ。

 

「聞いたよ~アマテ~? 塾やめて、家庭教師雇ったんだって~?」

 

 軽やかな声色とともに、背後から不意にかけられた言葉に、マチュは飲んでいたジュースを危うく噴き出しかけた。

 

「うえぇっ!? だ、誰に聞いたのそれ……!」

 

 驚いて振り返ると、そこにいたのはウェーブのかかった髪をポニーテールに結った女子。いつも流行に敏感で、どこか“情報通”の雰囲気を持つタイプだ。彼女はニヤニヤと悪戯っぽく腕を組み、マチュの反応を楽しむように口を開いた。

 

「もしかしてさ~家庭教師って、男の人だったりして?」

 

 すかさず横から背の高い、キリッとした瞳の女子が身を乗り出してくる。ボーイッシュな雰囲気の彼女は、妙に食いつきがいい。

 

「ねぇねぇ、イケメン!? メッチャかっこいい系!? 年上!? ダンディ系とかだったらどうしよ~!」

 

 そこへさらにもう一人、ロングヘアをふわりと揺らした、いつもおっとりした子がにじり寄る。目を輝かせながら身を乗り出してきた。

 

「えぇ~~~~~!?」

 

 マチュはもはや顔を真っ赤にして、思わず机に突っ伏した。

耳まで熱を帯びていて、バレたことよりも質問の勢いに対応しきれない。

 

(ちょ、ちょっと待って!? なんでそんなに話が広がってんの!?)

 

「ちょっとちょっと~どういう関係~? まさか、恋とか、そーいう感じだったり~?」

 

「教えてもらってる時とかドキドキしちゃったりして~?」

 

「いいなぁ~! 大人の男ってさ、なんか憧れるよね~。頼れそうだし!」

 

「ちがっ……! 違うからっ!」

必死に顔を上げたマチュが、両手をバタバタと振って否定する。

 

「べ、べつにそんなんじゃないし! ふ、普通の人だから! 歳も3つしか離れてないし!!」

 

けれど、その言い方がどこか言い訳じみて聞こえるのか――

 

「え~~!? その反応は怪しい~~!」

 

「アマテってさ~そういうの興味なさそうだったのに~ギャップすご~!」

 

「そ、それは……ただちょっと、勉強見てもらってるだけで……!」

 

 マチュの声はだんだんしぼみ、目が伏せられていく。

胸の奥では、思い出したくても思い出してしまう“あの夜”がフラッシュバックしていた。

 

(……リョウガの、あの顔)

 

 照れくさそうに視線をそらしながらも、優しい声色で言った、あの一言。

冗談めかしていたけれど、マチュには、あの瞬間の表情がどうしても忘れられなかった。

 

(って、なに思い出してんの私っ!?)

 

 真っ赤になった頬を両手で覆いたくなる気持ちをこらえ、マチュはふるふると頭を振った。

 

「うっわ~これは間違いなく本命だ~~」

 

「やっば! 今度こっそり見に行こうよ、その家庭教師って人!」

 

「やめてよ!?」

 

 思わず叫ぶようにツッコむが、クラスメイトたちは悪戯っぽく笑っているだけでやめる気配はない。

 そんな様子にマチュは再び机に突っ伏すと、机の下で膝を抱えた。

 

(……リョウガのやつ……今日会ったら、ちょっと覚悟しろよ…!)

 

 思春期の教室に広がる騒がしさ。

 けれどその中にひっそりと灯る“想い”が、誰にも知られずに色を帯びていく。

 

▼▼▼▼▼

 

「へっくしっ……なんだ、だれか噂でもしてんのか?」

 

 冷たい風に鼻をすすりながら、リョウガは街の歩道をゆったりと歩いていた。夕暮れ時の街はどこか柔らかく、空の端が茜色に染まりはじめている。制服姿の学生たちや買い物帰りの人々が行き交う中、彼は一人、手をポケットに突っ込んだまま歩いていた。

 

ふと、橋の下のトンネルのような空間を通り抜けようとした時——

 

「……これ、グラフィティか」

 

 コンクリート壁に描かれた巨大なアートが、彼の視界に飛び込んできた。荒々しいスプレーの筆致に、明確な意志が宿っている。まるで何か爆発したような眩い光。どこか既視感を感じるもそれが何なのかはリョウガは分からなかった。

 

「なんか……スゲェな……」

 

と呟いた瞬間、リョウガの脳裏を、強烈な既視感が駆け抜けた。

 

「っ……!?」

 

 胸の奥が急に締めつけられ、足元の景色が一瞬揺らいだかのような感覚に襲われる。

 

——それは、かつての“あの戦い”の記憶。

 

 アクシズが地球に落ちようとしていた、あの絶望の空の下。

リョウガの操縦する機体であるヒュッケバインを含めた様々なPT、連邦軍、ネオジオン、そして異なる技術や力で生み出されたスーパーロボットや機体たちと共に、最後の抵抗を試みていた。

 

『ATフィールド全開!!!!!!』

 

『やぁぁってやるぜ!!!!』

 

『見せてやる、"俺たち"の勇気の力を!!!!』

 

 無数の機体が、まるで空そのものを押し返すかのように光の束を放ち、推進器を限界まで吹かしてアクシズを押し返す。

 

「やめてくれ! こんなことにつきあう必要はない! 下がれッ、来るんじゃないッ!!」

 

——あの時のアムロの叫びが、彼の鼓膜を突き破るように響いた。

 

 

 リョウガは思わず立ち止まり、額に手をやって呼吸を整える。

心臓が不規則なリズムを刻み、背筋にかすかな震えが走る。

 

「っ……なんで、あの時の記憶が……今……」

 

 冷や汗が頬をつたって滴り落ち、シャツの襟を濡らす。

 橋の下という閉じた空間に、外の喧騒がまるで遠い世界のように感じられた。

 音も色も、ぼやけてゆく。

 

 グラフィティの前に立ち尽くすリョウガの視界には、過去と現在が交錯する残像がちらついていた。

 心のどこかで、あの“奇跡”の光と、この壁に描かれた爆発的な色彩が重なって見えたのだ。

 

「あの時、見た“奇跡”と……この絵が似てるのか?」

 

 かすれた声が、独り言のように漏れたその時だった。

 

「……気になる? この絵が?」

 

 不意に背後から声がかかった。

 一瞬、神経が逆撫でされるような緊張が走る。リョウガは身構えつつ、ゆっくりと振り返った。

 

 そこには、街の喧騒とはあまりに不釣り合いな雰囲気を纏った少年が立っていた。

 青みがかった髪、血のように赤い瞳、どこか空気から浮いているような存在感。

 その姿は、まるで夢の中から抜け出してきた幻影のようだった。

 

「……ん、まぁな。なんか既視感を感じたっていうか……」

 

 リョウガが言葉を選びながら応じると、少年はふわりと笑みを浮かべて言った。

 

「君も“キラキラ”を見たことがあるのかい?」

 

「……”キラキラ”?」

 

 耳慣れない単語に、リョウガは眉をひそめる。

 この少年、年の割にどこか年齢不詳な口調で、得体の知れなさを感じさせた。

 

「そのキラキラか……は分からないけど、似たようなのは見たことあるよ。

ただその時の記憶は……個人的には色々と複雑でな。できれば、あまり思い出したくはない」

 

 リョウガの言葉に、少年は静かにうなずいた。

 感情の起伏のないその仕草に、不思議と胸がざわつく。

 

(この掴みづらい感じ……なんかカヲルの奴を思い出すな……アイツも最初こそ何言ってんのか分からなかったし……)

 

 思考の端に、かつて出会ったもう一人の“異質”な少年(渚カヲル)の顔がちらついた。

 

「えっとじゃあ、俺行くよ。……その、会えてよかった」

 

 別れ際の言葉に、少年がふと問いかける。

 

「君、名前は?」

 

「……あっ、あぁリョウガ……リョウガ・カグラギだ」

 

 名乗った瞬間、少年の顔にまたあの得体の知れない微笑が浮かぶ。

 

「僕は“シュウジ”、シュウジ・イトウ。またどこかで会えたらいいね」

 

 そう言うと、彼は手に持っていたペンキの缶をそっと足元に下ろし、

 まるで詩を綴るかのような手つきで、再び壁に向かってペイントを始めた。

 

 リョウガはしばしその姿を見つめる。

 筆の動きは迷いなく、色彩は力強く、それでいてどこか静かな憧れを感じさせた。

 

(……これ、こいつが描いたもんだったのか)

 

 ほんのわずか、胸の奥に灯る感情があった。それは尊敬とも驚きとも違う、言葉にしづらい何か。

 

「ああ、またどっかでな」

 

 リョウガはそう返すと、背を向けて歩き出す。

 足取りはいつの間にか軽くなっていた。

 

 そして、遠ざかる彼の背中を見送りながら——

 少年、シュウジは微かに笑みを深くして呟いた。

 

「逢えるさ……、と“ガンダムが言っている”」

 

 その言葉は、まるで風に乗って消えていく祈りのようだった。

 




(とある少女のコメント)「付き合ったんですか?....私以外の人と...」


スパロボのアクシズイベントっていいですよね。

特にスパロボIMPACTは泣きました。
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