迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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その姿

 

 いつもの倉庫。天井に走る蛍光灯はところどころ切れており、壁の端には古びた傷が入っている。そんな薄暗い空間にも、マチュの声は明るく響いていた。

 

「ねぇねぇ!!リョウガ!今日も地球の話してよ!!」

 

 まるで子供のように目を輝かせながら、マチュはリョウガに詰め寄った。彼女の声には、興奮と好奇心が入り混じっている。

 

 この数日、リョウガがふと口にした「自分は地球出身だった」という話が、マチュの中で火を点けたのだ。それ以来、顔を合わせるたびに彼女は矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。海は?空気は?空の色は?重力の感覚は?そして時折、妙に細かい生態系の話に脱線するのも常だった。

 

「やっぱり日本が一番住みやすかったな。ここ――イズマの公用語が日本語だったり、文化もそっち寄りなのは割と助かってる部分だ」

 

 少し懐かしむように目を細めてリョウガが言うと、マチュは身を乗り出して問いかけた。

 

「リョウガって地球にいた頃は何してたの?」

 

「そりゃあ……マチュみたく学校に通ってて……」

 

 その言葉の先に、リョウガの思考が沈み込む。瞼の裏に浮かぶのは、もう戻ることのできない記憶だった。

 

『機械獣がもうそこまで!? 連邦軍のモビルスーツはまだ来ないのか!?』

 

『あれが…………マジンガーZ?』

 

『俺に戦う力があれば…………俺に守れる力があればッッ!!』

 

『……………ヒュッケバイン それがお前の名前か』

 

 一瞬だけ目を閉じて息を吐き、マチュの頭に手を乗せた。

 

「楽しく過ごしてたよ」

 

 マチュはその手に目を細めると、くるりと笑みを浮かべた。

 

「ふーん? じゃあさ、じゃあさ! クラゲも見たことあるんだよね!!!」

 

 その瞬間、リョウガの顔がピクリと引きつった。

 

(……まずい。また始まるぞこれは……)

 

 案の定、マチュは語り出した。

 

「まずね!クラゲっていうのはただのぷにぷにじゃないんだよ!刺胞っていう毒針を持ってて、しかも種類によっては光るんだよ!?神秘性と危険性が共存してるとか最高じゃない!?でね、でね!実は一部のクラゲは死なない体を持ってるって話もあって……」

 

 マチュの勢いは止まらない。リョウガは苦笑しながらも、適度に相槌を打って彼女の熱弁に付き合っていた。

 

△△△△△

 

難民区域の裏通り。

 

路面はひび割れ、そこかしこに廃棄されたパーツや空き缶が転がる。

赤錆にまみれた外壁の隙間からは漏電した光がチラつき、看板のネオンは疲れたように明滅していた。

夕方になれば、路地の一角はすでに煙草と電子オイルの匂いに支配され、冷えた空気と混ざって肺にじわりと染みこむ。

 

リョウガはマチュを家まで送り届けた後、その路地をコンビニで買った冷えたペットボトルを片手に歩いていた。

一口、口をつけては微かに眉をひそめ、また無言のまま歩みを進める。

 

(ここの治安は相変わらずって感じだな……さっき絡んできたチンピラで今日、何人目だ?)

 

油断すれば肩がぶつかり、声をかけられ、カツアゲを狙われる。

そんな空気が、裏通りには常にまとわりついていた。

だが、リョウガのような雰囲気の人間が歩けば、逆に関わりたくないと思われるのか、今のところは無事だ。

 

いつも通りの景色――だが、その先に見慣れない“違和感”があった。

 

古びた雑居ビルの前、人影がぽつんと立っている。

 

長身で細身の少女。制服に似たコスプレのような衣装。

肩までの髪がさらりと揺れ、背中には黒く四角い配達バッグ。

 

(……あれ、配達員か?……この区域で?)

 

違和感の正体は、彼女の“動き”だった。

まるで動作が固まりかけた映像のように、ぎこちなく繰り返される仕草。

 

インターホンの前で、少女の指が何度も伸びては止まり、また戻る。

その指先にはためらいが宿り、足元では爪先がせわしなく地面をちょんちょんと蹴っていた。

まるで、“決意”を固めきれずにいる子供のようである。

 

しばらくその様子を観察していたリョウガだったが、流石に放っておけずに声をかけた。

 

「……あー、配達なら、押した方が早いと思うけど?」

 

「――へ゛ッ!?」

 

少女はひどく間の抜けた声を上げ、肩をビクリと跳ねさせた。

 

振り向いた顔は、思ったよりも整っていて、整っているがゆえに――今の反応とのギャップがすさまじい。

 

「いっ……いや……その……ち、違っ、いや、違わなくもないけど!」

 

視線は定まらず、口元はもごもご、頬は見る間に真っ赤に染まっていく。

制服めいた服の胸元を手で押さえ、配達バッグをぎゅっと抱えるその姿は、どこか頼りなく、それでも変に愛嬌がある。

 

(……なんだ、この子?)

 

「す、すみませんッ、ちょっとその……押すのが苦手で……!」

 

「インターホンが?」

 

「はい……その、いきなり怒鳴られたらどうしようとか……住所違ってたらって思うと、変に緊張して……」

 

言いながら、少女はリョウガを見ずに、バッグの縁をぎゅうっと握りしめた。

褐色肌の細い指が震えているのが見える。

 

リョウガは肩をすくめ、小さく笑った。

 

「なのに、配達の仕事してるのか?」

 

「……はい。じゃないと生活していけないし」

 

その一言に、リョウガの目つきが僅かに変わった。

 

(あー……そういうこと。運び屋か、この子)

 

彼女のバッグの形、そしてこの区域の住人が使うルート――

それらが、リョウガの勘を確信に変えていた。

 

「配送業者ってこと?」

 

「えっと……ちょっと違う、かも……。一応、届けてはいるんですけど……」

 

「……いや、聞かないよ。無理して答えなくていいって」

 

少女はほっとしたように目を細めたが、すぐにまた気まずそうに視線を逸らす。

 

「……名前は?」

 

「ニャ……ニャアン……」

 

「マジか、猫みたいな名前だな」

 

「うぅ……名前の話、いつもされる……」

 

「あぁ……いや、悪い。可愛い名前だなって思っただけだよ」

 

「~~~~ッ!!」

 

耳まで真っ赤になり、ニャアンはぴょこんと一歩後退った。

それでも、リョウガの前で意を決したように、ボタンへ指を伸ばし、そっと押す。

 

ピンポン、と高い電子音。

 

「……押した……」

 

「おお、やったね?」

 

「う、うん……」

 

間の抜けた返事だったが、どこか達成感がこもっていた。

少し胸を張るその姿は、照れながらも誇らしげで、やはり変わっている。

 

「あの……それじゃ配達しないといけないんで」

 

「ああ、お気をつけて?」

 

リョウガはその背中――スラリと伸びた細身の体が、階段を軽やかに登っていくのを見送る。

無事に届けられるのか心配にもなるが、同時に、妙な安心感もあった。

 

配達員のふりをした、非合法な運び屋の少女。

臆病で、でも変に度胸がある。

 

(……なんか変な子だったな)

 

リョウガは残ったペットボトルの水を口に運び、少し首を回すと、また夜の路地を歩き始めた。

 

▼▼▼▼▼

 

倉庫の一室。

薄明かりの蛍光灯が天井でかすかに明滅し、空間には静かな電子音だけが漂っていた。

埃をかぶった機材の隙間を縫って、一台の古びた端末が青白い光を放っている。

リョウガはその前で無言のまま腕を組み、わずかに目を細めていた。

 

古い電源回路のせいか、モニターには時折ノイズが走る。

だが、彼の視線はそれに動じることなく画面に集中していた。

その姿は、まるで遠い戦場での索敵作業を再現しているかのような、沈着な気配をまとっている。

 

机の上には、情報端末の他に雑多な紙束や記録媒体が積み上げられていた。

この世界のモビルスーツに関する資料、民間の軍事ジャーナル、果ては誰かの手書きの設計図まで。

整頓されていないそれらが、彼の焦りと探索の執念を雄弁に語っていた。

 

「しっかし……世界が違えば、MSの見た目ってのはこうも違うもんなのか……」

 

呟きは、誰に向けるでもない独白だった。

静かな倉庫の中、古びた端末から放たれる薄い光が、彼の横顔を青白く照らしている。

 

スワイプした指先に応じて、次の画像が表示される。

そこに映っていたのは、この世界で“ガンダム”と分類されるモビルスーツ。

鋭く尖った眼光、無機質でむき出しにした棘のようなシルエット、工業的な装甲ライン。

その異様な姿に、リョウガの心はざわついた。

 

「……これ、ホントにガンダムか?」

 

液晶に映るその“異形”を見ながら、リョウガはごく自然に眉をひそめていた。

それは兵器としての完成度を追求した結果なのか、あるいは人間の形を模した“何か”が突き抜けた姿なのか。

いずれにしても、彼が知っているガンダムとはかけ離れていた。

 

かつて、自分が知っていたガンダム像――

連邦軍が誇った白い英雄、RX-78-2。その“白い悪魔”とまで称された端正なフォルムを思い出す。

 

しかし、今見ているこの“赤いガンダム”は、どこか違う。

威圧的で、無慈悲で、まるで――

 

「……エヴァンゲリオン」

 

 思わず口にした名は、使徒殲滅の為に開発された汎用人型決戦兵器。

その鋭利なライン、獣のような沈黙、そして“何か”を抱え込んでいるような生々しさ。

それは彼の友人である碇シンジが乗っていた“初号機”と重なった。

 

「まさかな……」

 

自嘲気味に呟く声が、ひどくかすれていた。

けれど、心のどこかで認めざるを得なかった。

これはガンダムの姿を借りた、もうひとつの“怪物”なのかもしれない、と。

 

画面の中で冷たく光る双眸が、まるでこちらを見ているかのように思えた。

リョウガはふと視線をそらし、無意識のうちに背筋を正す。

 

息を吐き、背もたれに寄りかかると、倉庫内に染みついた機械油と鉄の匂いを意識的に吸い込んだ。

それはかつての戦場で幾度も嗅いだ、命と引き換えに生き残った記憶の残り香でもあった。

 

「俺の知ってるガンダムってのは、もっとこう……正統派というか、なんというか。

こっちは……なんだろうな、無駄を削ぎ落した“戦うためだけの兵器”って感じがする」

 

言葉を吐きながら、彼の脳裏にはある存在の姿が浮かび上がる。

 

ヒュッケバイン。

 

RTX-008L――“バニシング・トルーパー”と恐れられた、彼の相棒。

あれはもともと、ビルトシュバインを母体に開発された機体だった。

本来搭載予定だったプラズマ・ジェネレーターの代わりに、異星由来のEOT技術を応用したブラックホールエンジンが導入され、RTX-008L/Rの2機が試作された。

 

だが、月面テクネチウム基地で起きた暴走事故が全てを変えた。

008Rはエンジンの暴走により消滅。

その事故で“ブラックホールエンジンは制御不能”というレッテルを貼られた008Lも、封印の対象とされた。

“二度と世に出してはならない兵器”――そう断じられて。

 

後に問題が解決し封印を解かれた008Lは、やがてリョウガと出会い、そして共に戦うようになる。

 

「なぁ……お前は今どこにいるんだ?」

 

気づけば、彼は画面のガンダムに向けてそう問いかけていた。

だがその問いは、他でもない“ヒュッケバイン”に向けられたものだった。

今もどこかで自分を待っているのか、それとも——

 

昼間にマチュに語った地球の話。

あれがきっかけだったのかもしれない。

彼の心には、あの初めてヒュッケに乗り込んだ日の記憶が生々しく甦っていた。

 

迫り来る機械獣の群れ。

瓦礫と火炎の狭間で、必死に逃げ惑う市民たち。

その最中、震える手で操縦桿を握り、敵に立ち向かった日。

それは、奇しくも今のマチュと同じ年頃のリョウガの姿だった。

 

(今のお前が見たら、どう思うんだろうな……この世界のガンダムを)

 

彼は、無言のまま画面を見つめる。

 




ジフレドってヱヴァカラーではありますけど、全体的に見たらそこまで似てないっていう塩梅で面白いですよね。とはいえ初見時は変な声が出ましたけど
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