割と自分でも書いてても「なんかベっタベタな展開だなぁ…………」と思ってます。
まぁ.......その王道もしくは御都合展開ということでここは一つご容赦を…………
燃えるような空の下、リョウガは全力で走っていた。
アスファルトを蹴る音が反響し、全身を貫く心拍が耳に響く。
足は止まらない。目も逸らせない。
彼が辿っていたのは、ただの“勘”ではない。
――念動力と、ニュータイプ能力。
人の気配、思念のうねり、敵意と憎悪の残滓。
それらを研ぎ澄まされた感覚で読み取り、まるで地図をなぞるかのように道筋を描いていく。
(……ッ。マチュは……“アマテ”は、俺を救ってくれた。だから今度は――俺が、救う)
彼女の存在は、この世界に来てからの自分にとって初めて与えられた“人のあたたかさ”だった。だからこそ、彼女を傷つけさせることなど断じて許さない。
そのときだった――彼のスマホが震えた。
画面には、非通知。
「……来たな」
一拍も置かずにリョウガは通話ボタンを押した。
「もしもし? お前らか? “マチュ”を攫いやがったのは?」
受話口から聞こえたのは、歪んだ男の笑い声だった。
『あ? へぇ~~この子”マチュ”ってんだ?まぁ非通知からなのによくわかったなぁ? あんた、もしかして予知能力者?それともニュータイプだったりしてなぁ?』
バカにしたような調子。わざとらしい芝居がかった声音。
それを聞きながら、リョウガは眉一つ動かさず、冷たい声で返す。
「誰が手品をバラすかよ。俺が目的なんだろ? 彼女を解放しろ」
『そうは行かねぇな。こっちは古典的なやり方でやってんだよ。このガキは人質だよ、テメェをここに来させるためのな。テメェのスマホに場所を送ったから見てみな?』
「そりゃあ、ご親切にな。……でもな」
リョウガの声が、さらに低く、静かに変わる。
「そんなことしなくても、お前らの場所は”とっくに特定してる”から安心しろよ」
『……は? マジか? なんなの、お前……?』
受話口から、動揺と困惑が混ざり合った息遣いが漏れた。先ほどまでの余裕が崩れ、空気が濁る。
だが、それでも相手は虚勢を張った。
『……まぁいいや。このこと、軍警にでもチクってみろよ。
このガキを……』
「なんだ? 犯すか? 痛めつけるか?」
リョウガの声が、鋼のように冷たくなる。
「――やってみろ。後悔させてやる」
その瞬間。
世界の空気が変わった。
言葉と共に放たれた怒り――否、殺意。
それは彼の念動力と同調し、まるで実体のある槍のように、受話口を超えて相手の脳へと突き刺さった。
冷たい。鋭い。
ザラザラとした砂の塊が神経を削るような、耐えがたい“悪意の感触”。
相手の男は、そのあまりに生々しい“殺意”に一瞬呼吸を忘れた。
――汗が背中を伝う。指先が震える。
受け取った側の男は、背筋にまるで氷柱を突き立てられたような錯覚に陥る。
(……な、なんなんだよコイツ……!?)
それでも、かすれた声で最後の強がりを吐く。
『……てめぇが大人しく来れば、何もしねぇよ』
ブツリ。通話は、切られた。
リョウガはスマホをゆっくりと下ろし、鼻を鳴らす。
「ハッ……腰抜けが」
そのまま、天を仰ぐように顔を上げた。
コロニーの空は、今や真紅に染まっている。
彼の視線は、遠くに見える薄暗い倉庫街のひとつを射抜いていた。
「……待ってろよ、マチュ。
お前を誰にも、傷つけさせたりなんか――絶対にさせねぇ!!!」
拳を握る。
彼の念動力が反応し、周囲の空気がピンと張り詰める。
覚悟は、もう固まっていた。
あとはただ、“取り戻す”だけだ。
リョウガはひとつ息を吐き、そして静かに足を踏み出した。
その先には、罠が待つかもしれない。
血が流れるかもしれない。だが、それでも構わない。
なぜなら、彼女はもう――自分の“世界”そのものだったから。
▼▼▼▼▼
――あれから、どれくらい経ったんだろう。
外はまだ明るいのか、それとももう夜になったのか。時計もない、窓もない。空間はまるで冷凍庫のように無機質だった。
手首のガムテープが食い込み、力を込めると微かに血が滲む感触がある。口元の布はきつく、呼吸をするたびに唇が擦れて痛んだ。
(くっそ痛い……息しづらいし最悪……)
男たちの笑い声が、部屋の奥から漏れていた。
気に障る。耳障り。気持ち悪い。でも、もっとも怖いのは――このまま何も起きないことだった。
ふいに、男の一人がスマホを取り出した。
「ん?……おっ連絡すんのか?」
「ああ、ビビらせてやろうや?」
耳にスマホを当てた男が、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、マチュを見た。
その笑顔が、ぞっとするほど嫌悪を誘った。
(……誰? ……まさか……)
次の瞬間――その声が、聞こえた。
『もしもし? お前らか? “マチュ”を攫いやがったのは?』
その声――
それだけで、背筋を走る震えが止まった。
(……リョウガ!?)
声は酷く怒っていた。冷たくて、尖っていて、でもマチュには分かった。
ただこんな声は初めて聞く。それ故にマチュは驚いた。
男が返す。
「あ? へぇ~~この子”マチュ”ってんだ?まぁ非通知からなのによくわかったなぁ? あんた、もしかして予知能力者?それともニュータイプだったりしてなぁ?」
「……」
マチュは何も言えずに、その場で固まっていた。
話が、続く。
「そうは行かねぇな。こっちは古典的なやり方でやってんだよ。このガキは人質だよ、テメェをここに来させるためのな。テメェのスマホに場所を送ったから見てみな?」
すぐに声が返る。
『そんなことしなくても、お前らの場所は”とっくに特定してる”から安心しろよ』
(え……)
マチュの目が見開かれる。
(もう……場所、分かってるの?えっ何で?)
声が続く。彼の怒気がこめられた、低く、硬質な音。
『なんだよ? 犯すか? 痛めつけるか?』
男たちが笑いながらこっちを見る。マチュは背筋をこわばらせ、震えそうになる身体を必死に押しとどめた。
(リョウガ……)
『――やってみろ。後悔させてやる』
その瞬間、空気が、変わった。
マチュ自身は見えないはずの“何か”が、部屋中を駆け抜けたような感覚。
寒い。でも冷房とは違う。皮膚ではなく、神経が冷やされていくような。
(……なにっ!?この”ザラザラ”!?)
隣の男が額の汗を拭った。もう笑っていなかった。
「……てめぇが大人しく来れば、何もしねぇよ」
そして、男は通話を切る。
「チッ....舐めやがって....」
部屋が静まり返った。
マチュの中でそれが”勘”なのか何なのかは分からない...だが確かな確信が生まれていた。
(……来る)
(リョウガが――来る)
そう確信した瞬間、怖さも、寒さも、痛みすらも、ほんの少しだけ遠のいた気がした。
拘束された手の力を抜き、ゆっくりと息を整えた。
▼▼▼▼▼
「な、なぁさっきのアレ、何だったんだ?」
「俺が知るかよ!?んなのよぉ!!」
男達は数分前の出来事を気味悪がっていた。
その瞬間、ドアの外から風圧のようなものが吹き込んできた。
空気が変わる。
まるで、部屋の温度が数度下がったような――いや、それどころじゃない。
ぞくりと背筋を走る悪寒。
チンピラたちの動きが一瞬止まる。
「……なんだ? 今の、風か?」
「いや……違う、何か来る……」
その時、マチュの中に確かな“気配”が差し込んだ。
(来た……)
あの、ざらついたような。これは彼の“殺気”だ。電話越しから聞こえた彼の声から伝わったあの感覚。
誰よりも真っすぐで、誰よりも不器用なあの人の意思が――この空間に、今、入ってきた。
(……やっぱり来た)
マチュの瞳に、ほんのわずかな光が戻る。
(遅いんだよ、バカ……)
そう呟いたその瞬間――部屋の鉄扉が一瞬の静寂の後、蹴り破られる。
“障害物”と化していた鉄板は、壁に叩きつけられ、そのまま鈍い音を立てて倒れた。
煙と塵が室内に流れ込み、内部の視界を奪う。だが――
リョウガには見えていた。
視線の奥、彼の“感応”はしっかりとマチュの存在を捉えていた。
(……いた……!)
ゴツン、とブーツが床を踏み鳴らす。重い一歩。
それは怒りと殺意と決意を乗せた、彼の覚悟そのものだった。
部屋の中、怯えたように武器を構える男たち。
その中央、壁際に座り込む少女の姿が、ようやく見えた。
「……おい、お前ら」
リョウガの声は低く、乾いた鋼のように響いた。
「覚悟はいいだろうな?」
言葉に込めたのは、警告ではない。“確定”だ。
すでに奴らに“問う”必要などない。ただ――ブチのめすだけ
「クソッ!!」
「殺すぞテメェッ!! 撃てッ!!」
男の一人がポケットから拳銃を取り出し、焦りきった手つきで向けてきた。
リョウガの念動力が、瞬間的にその武器を弾き飛ばす。
空気が歪み、拳銃は男の手から強引にねじ切られて壁に叩きつけられる。
「警告はした……って顔してたか?」
リョウガの身体が、次の瞬間には飛んでいた。
踏み込み、拳を叩き込む。
「ぐぅッ!!?」
男の顔面が崩れるように崩れ、歯が床に散った。
もう一人が腰を抜かし、無様に転がる。
(すっとろいな.....まぁ軍人でもないチンピラならこんなもんか)
拳の軌道も、足の重さも、すべてが今のリョウガには研ぎ澄まされていた。
脳裏に焼き付いているのは、マチュの顔。怯える姿。傷ついていたら、と思うだけで手が震えそうだった。
「さぁ来いよクズ共....俺に来て欲しかったんだろ?」
部屋の奥で一人、まだ残っていた男が震えた指でナイフを取り出す。小さな刃。だが、目の焦点が合っていない。恐怖に呑まれていた。
「う、うるせぇッ……たった一人で英雄気取りかよ?……こっちには“数”が――」
「数?」
リョウガは鼻で笑った。
「弱い奴ほどよく群れるって言葉知らないのか?」
その瞬間、彼の足元から空気が弾けた。
――念動力が爆ぜた
ブレる残像とともに一気に距離を詰め、腹部へ渾身の肘打ち。
「がはっ!!」と情けない呻きとともに、男は吐しゃ物を撒き散らして沈んだ。
すかさず背後から来たもう一人も、リョウガの背中に手を伸ばした瞬間にその手首を掴まれる。
「触るんじゃねぇよ....その薄汚い手で……!」
ぐきり――と骨が悲鳴を上げる音がした。
直後、男の身体が壁に叩きつけられる。それは念動力によるものだった。
もはやここの空気はすでに戦場だった。
「くっ……くそっ、や、やばい、こいつ、まともじゃ――」
「今さら逃げ腰か?」
リョウガが肩越しに睨む。その目は笑っていない。まるで人間を見ていない獣のようだった。
「最初から覚悟もなく、あの子を攫ったのか?」
指を鳴らす。まだ数人残っている。だが、皆足がすくんで動くことができない。
チンピラという小物が、初めて“力の格”というものを思い知らされた瞬間だった。
その時だった。
「マチュ!!」
リョウガの爆ぜるような声が、塵の中を貫いた。
視界の先に――いた。
煤けた空気が揺らぎ、その向こう、コンクリの壁にもたれかかるようにして倒れていた少女。
制服のまま、両手首は無残にガムテープで縛られ、口元には布が噛まされていた。
(……いた……生きてる!!)
確かに目が合った。
怯えの色を宿しながらも、まっすぐにこちらを見ている。
その視線が、まるで心に火を灯した。
脳が叫ぶよりも早く、体が動いた。
リョウガはほとんど滑り込むようにして彼女の前に膝をつく。
震える指で、まず手首のガムテープを一気に引き裂いた。皮膚が少し赤く腫れていて痛々しい。だが、今はまず拘束を解くことが先だった。
次に、口元の布を外す。
解放された唇が微かに震え、すぐに呼吸が乱れる。苦しかったのだ、ずっと。
「おい無事か!? ケガは!? ……スマン、遅くなった……!」
声を張ったつもりが、思ったよりも掠れていた。
感情が喉に詰まり、うまく出ない。怒りでも恐怖でもない。安堵だった。
それが、一気に全身を脱力させるように襲いかかってくる。
マチュは、何かを言おうと口を開き、涙を堪えきれずに溜めながら、ようやく声を絞り出す。
「……バカ……来るの、遅い……!」
それは怒りでも責めでもなく、心からの訴えだった。
普段は絶対に弱みを見せようとしない彼女が、今にも壊れそうな声で、それでも“言わずにいられなかった”一言。
その目に浮かぶ涙が、リョウガの心臓を締めつけた。
「勘弁してくれ……これでも大急ぎだったんだ」
声に熱がこもる。
冗談めかして言いながらも、指先は震えていた。
そっと差し出した手。
マチュの手が、その上に重なった。
小さな手だった。だが、しっかりと――生きている。
(良かった……本当に、無事で……)
その感触が、何よりも大切だった。
安堵が胸に染み込み、同時に背骨の奥で燃えるような怒りが再び噴き上がる。
(こんな目に……この子を……)
その瞬間、リョウガの後ろで、コンクリを擦る音がした。
「……っ、まだ……終わってねぇぞ……」
呻きながら立ち上がろうとする影。
さっき壁に叩きつけた男の一人が、まだ意地を残して立ち上がろうとしていた。
振り返らずとも分かった。
リョウガは、静かにマチュの前に立ちふさがるように立ち上がる。
彼女の身体を隠すように、自然と動いていた。
「まだ立つか? だったら――地獄を見せてやるよ」
その声は、低く、静かに。
だが、聞く者の背骨を凍らせるほどの怒気を孕んでいた。
マチュはその背中を、ただ見上げるしかなかった。
そこにいたのは、自分がいつも見ていたリョウガではなかった。
怒りに満ちた暴力の化身でもなく、ただ――「自分のために怒っている」一人の人間だった。
不器用で、真っ直ぐで、どこまでも優しいあの人が、今この瞬間だけは全てを捨てて“守る側”になっていた。
(……今の、あんた……すごく、かっこいいよ)
マチュの頬を、涙が一筋だけ伝った。
「正直言ってよ……まさか“コイツ”使うことになるとは思わなかったんだぜ?」
血を吐くように笑いながら、男が喉を鳴らす。
目の焦点は定まらず、それでいて狂気だけははっきりと宿っていた。
「元は“クラバ用”にパクったもんでな……軍警の連中に目ぇつけられるのが面倒だったから隠してたが……テメェら二人ぶち殺す為なら構わず使ってやる!!」
「……何を!?」
リョウガの眉が跳ね上がる。
次の瞬間、男はコートの内ポケットから手のひら大のリモコン型デバイスを取り出し、迷いなくスイッチを押した。
直後、建物が低く軋んだ。
「……っ!? 何の音――」
ギギギ......と壁が振動し、床が波打つように揺れ始めた。
埃が天井から舞い、ガラス片が軋みを上げて崩れ落ちる。
「なになになに!?」
「クソっ、一旦逃げるぞマチュ!!!」
反射的にリョウガはマチュを抱き寄せ、すでに崩れ始めた壁を駆け抜けた。
「きゃっ――!」
マチュが短く声を上げる間にも、背後で天井の梁が崩落し、鉄骨が唸りを上げて地面へ叩きつけられる。
まるで、建物そのものが目を覚ましたかのように暴れていた。
リョウガは崩壊する屋根を蹴って飛び、マチュの身体を守りながら外へ飛び出す。
背中に衝撃波が追いかけてくる。息が詰まりそうな熱風が頬をかすめる。
ようやく外気に触れた。
息を吸ったその瞬間、背後から――
『ヒハハハハハハッッ!? どうだい!? 驚いたかぁ!?』
喉を裂くような咆哮が、スピーカー越しに地響きのように鳴った。
『MSだよ!! MS!! モビルスーツってやつだよ!!
覚悟するのはテメェの方だったみたいだなぁ!? リョウガくぅん!!?』
爆煙の中から姿を現したのは――黒く塗装された異様なシルエットの機体だった。
両肩に大型の砲塔を備え、脚部は旧式だが、がっしりとしたフレーム。
ボディには粗雑なスプレーで落書きのような髑髏マークが塗られている。
「……おい、あれ……まさかガンキャノンか!?」
見慣れたはずのシルエットに、リョウガは戦慄した。
だがその形は微妙に異なり、全体に不気味で“悪趣味な改造”が施されていた。
鋭角的なカメラアイ、金属片のように角張ったパネル、黒と金の配色――それは、兵器というより“暴力の象徴”に近かった。
「やっぱ姿違うのかよ……てか黒塗り!? そもそも見た目の改造が悪趣味すぎる!!!?」
「モ、モビルスーツ!? リョウガ……!! 流石に逃げないとマズいよ!!!?」
マチュの声は震えていた。リョウガの腕の中で、彼女の身体が強ばっているのが伝わる。
リョウガはぎゅっとマチュを抱き直しつつ、一歩だけ後ずさった。
(いや、確かに……相手はMSだ。生身じゃ、どう足掻いたってどうにもならねぇ……)
だが――
“俺”には
かすかに、胸の奥で脈打つものを感じていた。
それは理屈じゃない。“エンジンの起動音”でもなければ、“機械的な反応”でもない。
もっと――深いところで繋がっている感覚。
(……ここ最近、アイツの気配はずっと近い。目をつぶらなくても、集中しなくても感じ取れる。……たぶん、呼び出せる……!)
リョウガは抱えていたマチュをそっと地面に下ろし、彼女の肩に両手を添えて顔を覗き込んだ。
「マチュ……今から、一か八かの賭けに出る。俺を……信じてくれるか?」
その言葉に、マチュの目がほんの一瞬だけ大きく開いた。
だが、迷いはなかった。むしろ、それを待っていたかのように、彼女は叫ぶ。
「なに言ってんの!!! 信じるに決まってんじゃん!! 私は――私だけは、リョウガを信じてる!!」
言葉の刃が、リョウガの胸を突き刺したように感じた。
それは痛みではない。魂の奥底で燃え上がる確信の火だった。
「……よし……!! 分かった!!!」
その時だった――
『死ねやああああああああああああああああああ!!!!!!』
男の怒号と共に、巨大な黒い機体の足が、怒りの象徴のように振り下ろされてきた。
――重い、速い。
その鉄塊の重量が、リョウガとマチュを押し潰そうとしていた。
(来る……!! 間に合え……!!)
リョウガは地を蹴り、マチュを抱きかかえるようにして跳び退る――
同時に、彼は天空へ向かって咆哮した。
「来いッッ!! ヒュッケバインッッ!!!!!!」
▼▼▼▼▼
「来いッッ!! ヒュッケバインッッ!!!!!!」」
リョウガの声が空気を揺らし、彼の魂の奥底から放たれた意志が世界に触れる。直後、周囲の空気がどこか重たくなる。温度がわずかに下がり、肌を刺すような緊張感が辺りを包む。
何もない空間の一角が、まるで水面に一石を投じたかのように歪み始めた。重力が捻じれるような圧が地面に伝わり、静寂の中に違和感が満ちていく。
そして次の瞬間、確かな存在感を持った巨影がその場に“現れた”。
漆黒に近い深い紺色の外装。機体骨格は力強く、無駄のない構造で、両肩に備えられたバーニアと背面のスラスターがその正体を明かしていた。
それは、ヒュッケバイン。
だが――
「……初代……!?」
リョウガの胸の内に、かつての記憶が駆け巡る。最後に共に戦ったのは、より高性能なMk-IIだったはず。しかし、今そこに立つのは、原点とも言うべき最初の姿――あの頃、最も長く、最も近くで戦い抜いた機体。
(自己修復の過程で、原点に回帰したのか……それとも、“あの時の絆”が今の姿を選んだのか)
静かに膝を折り、手を差し出すように腕を伸ばすヒュッケバイン。その無言の仕草に、リョウガは深く頷いた。
「マチュ、危険だ。お前も来い!」
「何で突然、リョウガのモビルスーツが現れたのかなんで勝手に動いてるのかとか聞きたいことしかないけど......”よくわかんないけど、なんかわかった”!!!!」
彼女は戸惑いながらもリョウガの手を掴み、彼と共にヒュッケバインの掌へと乗り込む。機体は彼らを優しく包み込むようにハッチを開き、二人を中へと迎え入れた。
機内は変わらぬ構造を保ち、座席にはパイロットスーツが丁寧に置かれていた。
「あ”っ……ここにあったのか、俺のスーツ……って今は着てる暇ねぇ!」
慌ててスーツを脇に押しやり、リョウガは操縦席に腰を下ろす。座席の隙間に、マチュが収まる。リョウガの両足の間に小柄な身体を滑り込ませるようにして座ると、彼女は顔を赤らめた。
「ご、ごめん……なんか、変な体勢になって……」
「気にすんな。ここ、基本一人用だからな」
ハッチが閉まり、周囲の音が遮断される。コックピットに静寂が戻り、リョウガの意識が一気に戦闘モードへと切り替わる。操縦桿に手を伸ばしたとき、掌に伝わる感触は懐かしいもので、まるで長い眠りから覚めた友に再会したかのようだった。
「……ホント久しぶりだな」
視界に映るのは、今にも砲撃を仕掛けんと構える黒塗りのガンキャノン。コックピットの中で、チンピラの狂気じみた顔が思い浮かぶ。
「マチュ、ここからは俺とヒュッケバインの仕事だ。絶対に守る。だから――しっかりつかまってろ」
リョウガの声に、マチュは静かに、しかし力強く頷いた。
そしてヒュッケバインのツインアイが鋭く輝いた。それは、主の意志に応え、再び戦場へ立つ覚悟の光だった。
▼▼▼▼▼
コックピット内の光が操作パネルを淡く照らす。視界には暗闇と警告表示が交錯し、緊張感が肌を刺すように走っていた。操縦桿を握るリョウガの指に、自然と力がこもる。
「行くぞ……相棒」
静かに、だが確かな決意を込めて呟く。リョウガがそっと呼びかけたその瞬間、ヒュッケバインの外装が淡く発光し、エネルギーが走る。機体全体が滑らかに前傾し、重心が沈む。戦闘態勢――それはまるで猛禽が狩りの瞬間を見据えたような、鋭利な気配を纏っていた。
対峙する黒塗りのガンキャノンは、両肩のキャノン砲をわずかに振り、照準を調整するように構えていた。その動きには整備された軍事的合理性などなく、ただ狂気と破壊の欲求が滲んでいた。
「どうしたどうしたァ!そんなガラクタで俺のガンキャノンに勝てると思ってんのかァ!?」
挑発混じりの通信がスピーカーから弾けるように響く。しかしリョウガは一切反応を示さなかった。マニピュレーターの可動域を最大に開き、ヒュッケバインを前へと突き出す。圧倒的な加速。疾風のように黒い影が戦場を駆け抜けた。
一瞬の間合いを詰め、ヒュッケバインは真正面からガンキャノンに飛び込んだ。砲撃の溜めを読み切り、その軌道を外して機体の左側面へ滑り込む。左腕で肘関節を抑え込み、右の拳が鋼鉄の腹部装甲に叩きつけられる。
金属が軋み、敵機の上半身が仰け反る。だが止めを刺す余裕はない。リョウガは膝を高く上げ、脚部関節へ迷いなく突き上げるように打ち込む。
「マチュ、平気か!?」
「大丈夫、酔いそうだけど……ちゃんと見てるから!」
震える声で返すマチュ。リョウガは短く頷いた。
ガンキャノンが無理やり距離を取ろうと後退するが、その腕を逃がさず掴み返す。敵が肘を荒く振り回すも、ヒュッケバインは冷静に一歩引いて体を反らす。そして、継ぎ目を見逃さなかったリョウガは掌底を突き入れ、肘関節に打撃を加え、続けざまにガンキャノンの砲身を引きちぎる。
衝撃が伝わり、敵機は大きくよろめいた。
『クソがっっ!!?なんなんだ!!』
「……動きが単調過ぎるんだよ、お前」
『くっそがァァァァアアア!!!なんで、なんでてめぇの方がMSの扱いに慣れてんだよォ!!』
「……悪いな。こっちは“何度も死ぬほど戦ってきた”んでね」
冷静に放たれたその声には、かすかに過去を滲ませた痛みが混じっていた。
ヒュッケバインの腰部からロシュセイバーが滑り出し、手元に自動的に納まる。その刃が発光し、粒子が静かに踊る。機体が再び走る。鋭い切っ先がガンキャノンの右腕のジョイント部分に滑り込む。接合部が焼け、右腕を切断される。
敵が左腕での反撃を試みるが、すでにその動きは読まれていた。ヒュッケバインが軽やかに軸足を切り替え、回転と共に背後を取る。
「行け!!!リープ・スラッシャーッ!!!」
ヒュッケバイン本体から空中へ射出されたパーツが空中でドッキングし、高速で回転しながら飛翔しガンキャノンの両足を切り刻む。
装甲の内部で火花が散り、改造されたMSのシステムが限界を迎えていた。
リョウガは深く息を吐きながら操縦桿を緩める。
セイバーを持つ手が、尚も倒れぬ敵に向けて構えられる。
『は?おっ、おい待てよ……も、もう勝負はついてんだろ?こっこっちはもう身動き一つ取れねぇんだって?』
リョウガは黙して応えず、セイバーを両手で構える。
『待てよオイ!!?殺す気か!!?まっ、待ってくれ!?俺が悪かった!!?アンタらの前にはもう二度と顔を見せねぇって約束する!!?』
ロシュセイバーの刃がゆっくりと頭上に掲げられ、敵機のカメラアイが震えるように光を揺らす。
『たっ、助け……!!?命……命だけはぁぁぁぁ!?』
「馬鹿か、誰が殺すかよ」
冷たくも静かな声と共に、ビームの刃は胴体を外し、コックピットを避けて頭部――カメラアイごと貫いた。敵機は完全に視界を失い、その巨体を沈黙させた。
「他人を殺すなんてもう……二度とごめんだね」
セイバーの光が収まり、機体の腕がそれを腰へと戻す。
「……マチュ、怪我ないか?」
「うん……大丈夫。でもリョウガ...その......聞きたいことが山ほどあるんだけど」
「分かってる……後で説明する。いくらでもな」
ヒュッケバインは静かに立ち尽くしていた。燃えたぎる戦場の残響の中で、それは一つの安堵を纏っていた。守るべきものを、守れた。それだけで、今は十分だった。
「ッッ.......なんだ!?」
その瞬間、リョウガも、そしてマチュも、思わず言葉を失う光景を目の当たりにした。
コックピットのスクリーン越しに――いや、それだけではない。機体の視覚センサーを超えて、まるで“心の中”に直接届くかのように、空間が突然染まり始めた。
それは、理屈では説明できない色彩の洪水だった。
目の前の現実が、まるで水面に落ちたインクのように揺らめき、発光する粒子が宙を漂う。金、銀、蒼、紅――名前のつけようのない“色”が混ざり合いながら、空間を満たしていく。
『ラ───ラ───ラ───』
誰のものとも知れない、少年のようにも、少女のようにも聞こえる不思議な声が、ゆっくりと繰り返される。
その音は直接耳に響くのではなく、意識の底に囁きかけるようだった。
「リョ、リョウガ? こ、これ何なの?」
驚きに目を丸くし、マチュがリョウガの腕を掴む。その手にはかすかな震えがあった。
「わ、わからん……俺だってこんなの初めて見る……なんなんだこれは……」
リョウガの視界もまた、光に包まれかけていた。まるで目を開けたまま夢を見ているような、現実と虚構の境界が溶け合う感覚。見たことのない景色のはずなのに、どこか懐かしい感覚が胸を締めつける。
(クッソ……“キラキラ”してやがる。なんなんだ、これ………眩しくて仕方がなーー)
『君も“キラキラ”を見たことがあるのかい?』
あの声が、脳裏によみがえる。
街の片隅で偶然出会った少年――シュウジ。無垢な瞳でこちらを見つめながら、あの謎めいた絵の前で口にした言葉。
リョウガははっと息を呑んだ。
「似ている……あの壁に描かれていた絵と……この景色が……」
美しいのに、不気味で、どこか危うい――あの“絵”の記憶。まるで未来を予知するかのように、シュウジが描いた謎のアートと、今見ている光景が、あまりにも似ていた。
やがて、声が、光が、まるで潮が引くように、静かに消えていく。
現実の空間が、ゆっくりと元の色へと戻っていった。
機体の中の明かりだけが、再びいつもの“日常”を思い出させる。
リョウガは一瞬、呆然として動けなかった。心拍数が戻るまでに数秒を要した。
(……さっきのが、まさか“キラキラ”ってやつだったのか? 条件は……何だ? 俺がニュータイプだから……か?)
自問する。だが――すぐに否定する。
(いや、それなら俺だけに見えるはずだ。でも、マチュだって同じ光景を見ていた……)
隣を見ると、マチュも目を見開いたまま、まだ現実に引き戻されきっていない様子だった。彼女の目には確かに、“同じ光”が映っていた。
「リョウガ……?」
マチュの声が、かすかに震えていた。
「……いや、悪い。さっきの現象のことは……いくら聞かれても、本当に分からん」
そう答えるしかなかった。リョウガ自身が、誰よりも“わからなかった”のだから。
そして――この“現象”が、これから何をもたらすのか。
それを知るには、まだ時間がかかりそうだった。
ぶっちゃけますね、正直言って私もあの行動力オバケの狂犬であるマチュがチンピラに大人しく捕まっていられるか?って思います。普通に抵抗して暴れそうというか金的を蹴り上げそうというか.....割とそういう部分で悩んだ末にこんなベタなお話になりました。いやはや二次創作は難しいですな...