そしてディスクにはうっすらと傷が......割って軽く掃除したんですけど変わらないし
いやぁ買い替え時なのか.....萎えぽ.......
そこは、現実の世界とは違う“何か”だった。
重力のない空間。色彩の意味を失った視界。
その中に、光が形を持って立っていた。
まるで彫刻のように、まるで神像のように――それは“ロボット”としか言いようのない存在だった。
否、それはロボットの概念を超えた巨大な意思の塊。形を認識する前に、圧倒的な存在感だけがマチュを貫いていた。
ひとつ、またひとつと、光の塊が現れる。
真紅、蒼、黄金、黒鉄――それぞれが異なる“意志”を持つかのように、その姿は目に焼き付けられる前に眩しすぎて視えない。まるで光がその形を持っているかのように。
だがその中で、たった一機だけは違った。
――ヒュッケバイン。
その姿は、マチュが知っている“彼”の相棒に似ていた。だが、どこか違う。
より重々しく、より鋭く、より深淵に近い色を纏っていた。
胸騒ぎのようなものが、マチュの内心に波紋を走らせた。
そのとき、新たな“光”が現れた。
他と違って、その光は徐々に収束していき――ついにはその“本当の姿”を晒した。
機械の悪魔。
仮面のような顔面に、禍々しく輝く赤い両目。
その視線が、はっきりと――マチュを見ていた。
その瞬間、脳が拒絶を始める。全身が硬直し、喉が凍りつく。
「な、なんなの……?」
その問いに、答えるように……空間が歪んだ。
声にならない声が、心に直接叩き込まれる。
『 な ん だ と 思 う ? 』
――心を“見られた”。
そんな錯覚が、全身を覆う。
「っ――!!」
マチュは叫びながら、ベッドから跳ね起きた。額から、こめかみから、首筋から……汗が止まらない。まるで水を被ったかのように、寝間着が肌に張り付いている。息が乱れて、喉が焼けるほど乾いていた。
「い、いくらなんでも……怖すぎ、だっての……」
荒れた呼吸を落ち着かせようと胸に手を当てるが、心臓は狂ったように跳ねていた。
夢であることは分かっている。けれど、あの瞳の“実在感”だけは嘘じゃなかった。
マチュはベッドの端で膝を抱える。
視界の奥に焼き付いた、赤い双眸の残像が、まだ彼女を見つめているように思えた。
▼▼▼▼▼
「……そろそろ来るはずなんだけどな」
リョウガは、薄暗い路地の奥――廃工場跡地の搬入口で、壁にもたれながら周囲を見渡していた。時間は深夜、街の喧騒が遠ざかった無人地帯。電灯もなく、月明かりが細く伸びた鉄骨の影を地面に落としている。
ここは、“そういうやり取り”のために使われる場所だ。配達されるのは、合法とは言い難い物品。今回は拳銃――小型だが火力はある、護身用の自動式。彼のような“部外者”にとって、正式なルートで武器を持つのは難しい。だから、こうして地下の伝手に頼るしかなかった。
(……物騒な話だよな)
ポケットに手を入れながら、リョウガは小さくため息を吐いた。
正直、今の彼の戦闘力を考えれば――銃の一丁や二丁、必要ないと言えばそうかもしれない。彼の肉体は鍛え上げられていた。ニュータイプとしての感覚、念動力、格闘術――すべてが一流。並の不良や傭兵程度なら素手でもひねれる。
だがそれは、力が使える前提の話だ。
『いいか? 武器も機体も、その力が使えない時……頼れるのは結局、自分の肉体だけだ』
脳裏に響く、かつての師の言葉。炎天下の岩場で、足場の悪い訓練場で、何度も聞いた台詞だ。
そのたびに、リョウガは思ったものだ。
『の、脳筋すぎやしませんか?』
だが返ってくるのは決まって一喝だった。
『バカ野郎っ! 身一つな時に戦えなくてどうする!!』
その“無茶苦茶な理屈”に何度も泣かされた。骨が折れたことも、歯が欠けたこともある。だが、そのおかげで今の自分があるのも事実だった。
(……って、違う、今悩んでるのはそこじゃない)
思考のループから抜け出すように、リョウガは自分の額をぺちりと叩く。そして、ふと――彼の脳裏に、“あの場面”がフラッシュバックした。
『じ、実は私たち付き合ってるんだよ!』
「ぬおおおおお……ッ!!」
その場にしゃがみ込むと、リョウガは両手で頭を抱えた。耳まで真っ赤に染まり、まるで世界の終わりのように呻く。
(……俺を庇うためとはいえ、他になんかなかったのかぁ?)
正直、マチュのことは嫌いじゃない。むしろ、どこか惹かれている部分もある。無鉄砲で、勝気で、妙に子どもっぽい……でも、まっすぐで。
(……何だったら、好きって言ってもいいかもしれない)
自分で思ってしまった言葉に、さらに顔が赤くなる。
(いやいやいや……あ、あれは、あの場を乗り切るための方便だ。そ、そうさ。そうに違いない)
ぶんぶんと首を振って、自分に言い聞かせるように繰り返す。けれど、頭の中にはマチュの照れた顔が浮かんで消えない。
すると、薄闇の中で誰かの足音がした。
――コン、コン、コッ……
リョウガはすぐに立ち上がった。周囲に視線を走らせながら、無意識のうちに肩幅に足を開き、重心を低く構える。まるで何かに備えるように。呼吸が浅くなるのを感じつつ、ニュータイプとしての直感が静かに警鐘を鳴らしていた。
(来たか――)
その“気配”は、確かにこちらに近づいていた。緊張が背筋を這い上がる。だが次の瞬間、現れたのは――
「コ、コンニチワ、オイソギデスカ?……あっ」
拍子抜けするほどの声だった。姿を現したのは、猫耳フードをかぶった長身の少女、ニャアン。リョウガの眉がぴくりと動く。
「……おお、”ベツニイソイデイマセンヨ”」
拍子抜けを隠しきれないながらも、彼は慣れた調子で合言葉を口にする。そして、軽く手を差し出す。
「.......まさか君が来るとはね」
ニャアンは明らかに緊張していた。手元に抱えた包みをぎゅっと握りしめながら、リョウガに差し出す。
「い、いや私も……けっこう驚いてる……これ、配達ので、す」
「そんなに固くならなくていいよ。はい、これお金」
リョウガはポケットから封筒を取り出し、彼女へ渡す。ニャアンは封筒を受け取ると、内側を開いて素早く確認する。
「……うん。確かに。……その、貴方みたいな人が、そういうの使うって、なんか意外で……あっ、いや別に深入りする気じゃなくて……!」
言葉がつっかえ、視線が泳ぐ。彼女の耳がぴくぴくと揺れていた。
「いや別に気にしてないよ。……治安悪いだろ、ここ? いざって時、何もないよりはマシだと思ってさ。牽制用だよ」
リョウガは穏やかに笑う。だがその笑みに、どこか深い疲れのようなものがにじんでいた。
「……そう、なんだ。あっ――」
その時、ニャアンのお腹が小さく鳴った。かすかな音だったが、沈黙の中ではやけに響いた。
「あーお腹空いてるなら、なんか奢ろか?」
リョウガは自然な調子で言った。
「えぇ!? いっ、いや、いいよ!? わっ悪いし!」
「別にラーメン一杯くらい奢るのなんか、大したことないって……ほら、行こ。ああ、これ別にナンパとかじゃないからね? そんな度胸ないし……」
リョウガは視線を逸らしながら、耳までほんのりと赤くなっていた。
「わっ、分かってるよ!?」
ニャアンも慌てて首を振り、頬を真っ赤に染めて返した。その声には、ほんの少しだけ安堵と、嬉しさが混じっていた。
▼▼▼▼▼
二人は、深夜営業のラーメン屋のカウンター席に並んで座っていた。店内は明かりが柔らかく、湯気と油の匂いがほんのり漂う。遅い時間のためか、他に客は少なく、会話は自然と控えめな声になる。
ニャアンは、湯気が立ちのぼる丼の中を見つめながら、箸を少し止めて言った。
「その……リョウガさんって……」
「別に“さん”付けしなくていいって」
不意に口を挟んだリョウガの声に、ニャアンは一瞬びくりと肩を揺らした。だがすぐに小さく頷く。
「じゃ、じゃあ……リョウくんで。……そのリョウくんって、いつからここにいるの? ここ最近の人……だよね?」
彼女は問いかけながら、遠慮がちに目線を上げる。リョウガは丼から顔を上げ、湯気越しに目を細めた。
「うん、まぁ。来たのは5か月前だよ。……なんでイズマにいるかって理由は……まぁ、“いろいろあってね”」
その語尾にはどこか寂しさが滲んでいた。ニャアンは、それ以上追及すまいと慌てて言葉を継ぐ。
「べ、別に言いたくなかったら、言わなくていいよ」
「ごめん、助かるよ」
一瞬だけ笑みを浮かべたリョウガの顔に、ニャアンの胸がちくりとした。会話はそれきりになり、しばらくは二人とも黙って麺をすすった。
やがてニャアンが箸を置き、手を合わせる。
「ごちそうさまでした。……その、カツカツだったから助かったよ。ありがとう」
「いいって、別にこれくらい」
リョウガは少しだけ肩をすくめて、軽く手を振った。だがその仕草にはどこか優しさがあった。
ニャアンはふと、空になった丼を見つめながら口を開く。
「……もう行くね。無事に終わったこと、報告しないといけないから」
「そっか。……最近は物騒だから、気をつけなね?」
そう言ってリョウガは立ち上がる。ニャアンは頷いて、立ち上がりながらもこちらを振り返った。
「うん。……リョウ君もね?」
そう一言添えて、ニャアンは頭を小さく下げると、店の引き戸をすっと開いて外へと出て行った。
外の空気は冷たく、彼女の背中を夜の闇が静かに包み込んでいった。リョウガはその背中を見送りながら、ふぅと息をついた。
(……少しは、この街にも馴染めた、かな)
彼の目に浮かぶ光は、わずかにやわらかいものだった。
▽▽
外の空気は、夜の冷気に晒されて肌をひやりと撫でた。自動ドアではなく、少し重い引き戸を引いてラーメン屋を出たニャアンは、一歩外に出た瞬間、無意識にパーカーを羽織りフードをかぶった。風が耳元でひゅっと鳴る。
(ふぅ……終わった……)
心のなかで小さく呟く。別に危険なやり取りではなかった。相手も妙にフレンドリーで、それなりに話しやすかった。でも、それでも。
(緊張は、するよ……)
自分のような小心者が、よりによって非合法の運び屋なんてやっているのが不思議だと、いつも思う。やめようと思ったことも何度もある。でも――今の生活のためにはやめられない。
足元からコツコツと響くブーツの音に、周囲の視線が集まるような錯覚がして、ニャアンは思わず肩をすくめた。
(……でも、あの人は、変じゃなかったな)
少しは普通に話せた。それが少しだけ、ニャアンの心を軽くしていた。
『リョウ君もね?』
あの言葉は、咄嗟に出たものだった。気遣い半分、義務感半分。でも、それを素直に受け取ってくれたのが嬉しかった。
(人をちゃんと見てる人だ。そういうのって、あんまりいないんだよな……この街じゃ)
街灯の明かりが歪んで伸びる影のなか、ニャアンはそっと深呼吸する。仕事はまだ終わっていない。報告もあるし、次の依頼が舞い込む可能性だってある。
彼女は背筋を伸ばし、顔を前に向けた。
(よし……もう少しだけ、頑張る)
自分に言い聞かせるように、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。誰に見られているかも分からないこの街で、自分がここにいる意味を、ほんの少しでも証明するために。
夜のイズマの雑踏に、ニャアンの背中が溶けていった。
ZERO「エッホエッホ、なんか認識されたから挨拶しなきゃ、エッホエッホ!」