リョウガ「見せてやるっ 俺とヒュッケバインの力をなぁ……………!!」(ブラックホールキャノンn度撃ち)
あれから季節は巡り、年の瀬の喧騒も、春の柔らかな日差しも過ぎ去っていった。じりじりとアスファルトを焼くような陽射しが降り注ぐ、7月。うだるような暑さがコロニーを包む中、リョウガは二十歳という節目を迎えていた。大人としての自覚が、彼の身を一層引き締める。
リョウガが住処とする倉庫もまた、この半年で様変わりしていた。
かつてはジャンク屋で購入したストーブで冬の寒さを凌ぐのが精一杯だったこの場所も、今では彼のささやかな城となっている。家庭教師としての安定した給与と、時折手伝いに入る馴染みのラーメン屋のバイト代。それらを地道に貯め、少しずつ掃除や改装を進めた成果だった。
壁際の本棚には参考書や歴史書が整然と並ぶ一方で、その隣にはリョウガ自身が組み立てた小さなデスクが置かれ、生活空間と作業空間が緩やかに区切られている。
そして何より大きな変化は、壁に取り付けられた一台のエアコンだった。
「はぁぁ……文明の利器は偉大だぁぁ……」
唸りを上げて冷風を送る室外機を見やり、リョウガは心からそう呟く。去年の冬、凍えるような寒さの中で毛布にくるまっていた頃を思えば、夢のような快適さだ。
流石にそんな姿をマチュに見られ「冬休みの間だけでもいいから家(ウチ)に泊まって!!!」と怒られたのが懐かしく感じる。
このエアコンを導入できた時の喜びは、今でも忘れられない。
その快適な空間の中央。ソファに並んで座る二つの影が、モニターに映し出される色彩の鮮やかな映像をぼんやりと眺めていた。
そのソファに並んで座る二つの影。リョウガとマチュは、古びたモニターに映し出される、色彩の鮮やかな映像をぼんやりと眺めていた。
「まーたそんな古いアニメみてる。リョウガって、たまに趣味がおじさんくさいよね」
マチュは呆れたように言いながら、リョウガの肩にこてんと頭を乗せた。その声には、親密さからくる遠慮のなさが滲んでいる。リョウガは戸惑いながら、ポテトチップスの袋に手を伸ばした。
「い、いいだろ別に。勉強だよ勉強。歴史の」
「それ、ただの言い訳でしょ」
モニターの中では、三色の戦闘機が目まぐるしく空を舞い、変形合体を繰り返している。
リョウガが再生しているのは、この世界で数十年来の傑作と名高いロボットアニメ、『ゲッターロボ』だった。
――彼が最近知ったばかりのことだが、自分の記憶にある機体や人物たちは、一部を除いてこの世界ではすべて「アニメ」や「漫画」として存在していたのだ。
(……不思議なもんだよな)
リョウガはぼんやりと画面を眺めながら、思わず息を吐く。
来たばかりの頃、必死に調べても見つからなかった“彼ら”の情報――
この世界に「実在」しないと知ったときの喪失感。
だが、ようやく気付いた。
自分が知る世界とは異なり、彼らの活躍や物語は、ここでは“フィクション”の中に刻まれていたのだ。
『チェェンジ・ゲッター1! スイッチ・オン!』
勇ましい叫び声と共に、赤を基調とした人型のロボットが大地に立つ。その精悍な顔つき、ヒーロー然とした立ち姿。パイロットスーツに身を包んだ三人の若者たちが、コックピットで熱く拳を握りしめる。
その中心にいる、いかにも主人公といった風貌の青年。画面には『流竜馬』というテロップが表示されている。
『許さんぞ恐竜帝国! 人類の未来は、この俺とゲッターロボが守ってみせる!』
正義感に燃える瞳。仲間を鼓舞する真っ直ぐな言葉。爽やかで、どこまでも好青年な主人公。
(......いや誰だよ、この好青年は)
背中に嫌な汗がじわりと滲む。
リョウガの脳裏に浮かぶのは、本物の“流竜馬”の姿だ。
鍛え上げられた肉体、野生動物のような鋭い眼光、そして何よりも――気に入らないことがあれば、まず拳か拳銃の弾丸が飛んでくる理不尽の化身。訓練と称して何度も地獄を見せられ、その暴力的なまでの生命力に畏怖すら覚えた、あの男。
画面の中の爽やかなヒーローと、己の記憶に刻まれた荒ぶる狂戦士の姿が、まったく結びつかない。
リョウガはさらに、モニターに映るゲッターロボそのものにも、拭いがたい違和感を覚えていた。
(……なんかこのゲッターロボ...ゲッター1も俺が知ってる物よりなんか細身なんだよな。俺の知ってるゲッター1はこう...ずんぐりしてたというか太ましいっていうか。)
思考の端に甦るのは、重量感あふれる巨体で、片手にゲッタートマホークを持ち、まるで獣のように自分とヒュッケバインに襲いかかってきたゲッターロボの姿。
『オラっ!!避けるんじゃねぇ!!』
『勘弁してくだいよォォ!?』
あれは訓練ではなかった。ただの“しごき”だ。思い出すだけで胃がキリキリと痛む。リョウガは無意識に、ぶるりと身を震わせた
「……なぁマチュ。このアニメの主人公、どう思う?」
「え? どうって……カッコいいじゃん。正義の味方って感じで」
「……そうか」
リョウガは力なく頷き、リモコンを手に取った。これ以上見続けると、精神に異常をきたしそうだ。
彼はアーカイブリストの中から、もう一つの古典的名作を選択する。
『マジンガーZ』
これもまた、リョウガにとっては馴染み深い名前だった。
オープニング曲が終わり、本編が始まる。悪の科学者ドクター・ヘルが操る機械獣軍団の脅威。それに立ち向かう、黒鉄の城と、その若き操縦者。
『待て! 機械獣!』
モニターに、熱血漢そのものの顔がアップで映し出される。兜甲児。
リョウガが知る彼も、確かに熱血ではあったが、もっとこう……単純で、良くも悪くも直情的で、それでいて頼りになる......かけがえのない親友だった。アニメの彼は、記憶の中の本人より少しだけ行儀が良いように見える。
マジンガーもどこか彼が知る物のとはデザインが微妙に異なっていた。
『マジーーン・ゴー!』
『パイルダー・オン!』
雄叫びと共に、マジンガーZが地下プールからせり上がってくる。その威風堂々たる姿。
その瞬間、リョウガの肩に寄りかかっていたマチュが、ぽつりと呟いた。
「……あれ? なんかこのロボット……」
「ん? なんだ、見たことあるのか?」
リョウガが問いかけると、マチュは首を傾げ、眉をひそめた。モニターに映るマジンガーZの黒い巨体を、食い入るように見つめている。
「うーん……いや無いはずなんだけどなぁ。でも、なーんか……すごく嫌な感じがする……夢で、見たような……?」
彼女の声は、自分でも確信が持てないかのように微かに揺れていた。
忘れたはずの記憶の断片。認識できなかったはずの「向こう側」の存在。その残滓が、アニメというフィルターを通して、彼女の無意識を揺さぶっている。
特に、マジンガーZが持つ“魔神”の側面――その根源にある■■■■の気配を、彼女の魂が感じ取って拒絶しているのかもしれない。
リョウガは、そんな彼女の内心の揺らぎには気づかず、少し拍子抜けしたように返した。
「なんだそりゃ。寝ぼけてるんじゃないのか?」
「……そうかも。ごめん、なんでもない」
マチュはそう言って、再びリョウガの肩に頭を預けた。
だがその瞳は、もう画面を追ってはいなかった。胸の中に生まれた、名状しがたい小さなさざ波。その正体が何なのか、彼女自身にもまだ分からなかった。
リョウガは、そんな彼女の様子に気づかないまま、一人、画面の中の英雄たちと自分の記憶とのギャップに、静かに頭を抱え続けるのだった。
(ーーえっ、ミネルバX? 誰!?誰なの!?)
▼▼▼▼▼
平日の昼下がり――
リョウガは自室のローテーブルに座り、分厚い資料と参考書の山を前に、せっせとページを整理していた。今晩もまた、マチュの勉強を見る約束がある。数学、英語、現代文……教える内容は多岐に渡るため、要点を付箋でまとめたり、難解な問題には自作の解説ノートまで用意している。
(……俺も随分と板についてきたもんだな)
部屋には、紙をめくる乾いた音と、遠くから微かに流れるラジオのBGMだけが響く。窓の外では、淡い日差しがコロニーの建物を照らし、穏やかな時間がゆっくりと流れていた。
そんな静寂を破るように、机の上に置かれたスマホが軽く振動した。
「ん?」
リョウガは手を止め、画面をのぞき込む。
通知の主は非通知――見覚えのない番号だ。
「マチュだったらメールなんかじゃなくて、どうせいきなり電話してくるし……」
不審に思いながら、画面に表示されたメッセージを開く。
そこにはたった一言、奇妙な英文が浮かび上がっていた。
『Let's get the beginning』
「はぁ?なんだ、イタズラメールか?」
リョウガはスマホを睨み、肩をすくめて苦笑した。
画面に浮かぶ意味不明な英語の羅列に、まるで悪戯電話にでも引っかかったような虚脱感が広がる。
(……くだらねー)
ぽち、と電源ボタンを押して画面を落とす。
指先が一瞬、机の天板に止まる。そのままじっと指先を見つめるが――
「ま、いいか。そんなヒマじゃねぇ」
自分の考えを振り払うように、リョウガは肩を回し、積み重なった参考書の山に向き直った。
その瞬間。
机の上のスマホが、また震え出した。
「ん、今度は誰だよ……?」
画面を見ると、今度はマチュの名前が表示されている。
タイミングの良さに、リョウガは思わずニヤリとした。
「おや、噂をすればってやつかな?」
受話ボタンを押し、スマホを耳と肩で挟みながら、両手は資料の整理を続ける。
「もしもーし、どうした? 迎えか~~?」
しかし、次の瞬間――
『リョウガ協力して!!!!!!!』
マチュの耳をつんざく絶叫が、スマホ越しに炸裂した。
あまりの爆音に体ごとビクッと跳ねて、椅子から転げ落ちそうになる。
思わず手にしていた資料まで床にばら撒いてしまった。
(な、なんだよいきなり……!?)
キーンと響く耳を片手で抑えながら、リョウガは必死で落ち着きを取り戻そうと深呼吸する。
スマホの向こうでは、まだマチュの声がせわしなく響いている。
「と、とりあえず会って話そうか? マチュ……な!」
耳の奥に残る余韻を押さえながら、リョウガは苦笑いで呟いた。
散らばった紙の山を拾い上げる余裕もなく、慌ただしく部屋を飛び出す。
日常のはずの昼下がりが、急にどこか騒がしく転がり始めていた。
▼▼▼▼▼
「おいこれ……MS用のインストーラデバイスじゃないか。どうしたんだよ、これ?」
リョウガは思わず眉をひそめつつ、手のひらに乗せた小さな機械をまじまじと見つめる。
その筐体は、指先にひんやりとした金属の感触を伝えてきた。
つや消しのメタリックグレーの背面には、小さく「WG-X22100」と表記されてる。側面には複数のデータポート、そして認証用のスロット――明らかにただの電子機器とは違う存在感を放っている。
(……こっちの世界じゃ、これを装着しないとモビルスーツの武装は起動できないんだったな)
この世界に来てから、身をもって知った“常識”。
ガンダムで使われていた教育型コンピュータによく似たシステム。戦闘プログラムや各種武装の制御コードをこの小さな筐体ひとつで管理・更新できる――いわばMSの“頭脳”だ。
「WG-X22100……確かV-440の模倣品だったか。」
リョウガは指でそっとその文字をなぞる。
V-440はこの世界においてガンダムに使用されていた、そしてこれはV-440の完全なコピー。民間仕様のザクでも、これさえ組み込めば本来は許可されない武装が使える――クランバトルに使用するMSに使う為、非合法で取り扱われているとも聞く。
「……んで、駅でぶつかった奴がこれをカバンに入れたと?」
「そう!!しかもそのおかげで見てよこれ!!?」
語気を強めるマチュが、リョウガの顔のすぐ近くにスマホを突き出してきた。
画面のガラスは見事にヒビだらけで、蜘蛛の巣のように白い線が走っている。
「……うん、見事にバッキバキだな……で、マチュはどうしたいんだ?」
問い返すと、マチュは遠慮のない表情で即答する。
「そんなの決まってんじゃん!!!修理代を払ってもらうためにも捕まえたいの!!」
マチュの勢いに、リョウガは頭を抱えずにいられなかった。
「あのな……マチュ。そもそもお前の話を聞いてれば、そいつは軍警から逃げてた運び屋なんだろ?やめとけ。スマホの修理代なら俺が出してやるから、そんな危ないことに首突っ込むな。こいつも捨てちまうか売り払おう」
「えぇ~~!?そんなんじゃ納得できないよ、あの子がぶつかって来なきゃこのスマホも無事だったはずだもん!!!」
納得いかないとばかりに、マチュは小さく拳を握る。その仕草に、リョウガはつい溜息をつきながら苦笑する。
「んも~~、駄々こねるんじゃな……あの子ってなんだ?子供か?」
「ううん、私と“同い年くらいの女の子”」
その一言で、リョウガの頭にある人物の顔が浮かぶ、額から変な汗が吹き出る。
「な、なぁマチュ、そいつ。もしかして長い黒髪で、肌は浅黒かったりするか?」
「えっ? なんでわかった!?」
心底驚いている様子だ。そのリアクションを横目に見て、リョウガは静かに顔を手で覆う。掌越しにため息がこぼれた。
(……やっぱりニャアンか。よりによって……)
頭の中に蘇るのは、街で何度か顔を合わせた、あの黒髪の少女――
どこか影のある眼差しと、いつもぎこちない態度。それでいて肝が据わっている不思議な雰囲気。
ニャアン――妙な縁で何度か接点を持った、“運び屋”の女の子。
(よりによって、マチュのスマホぶっ壊してくるとは……彼女もついてないな)
リョウガは首をかしげつつも、どうしたものかと考え込んでいた。
マチュはそんな彼の様子に構わず、さらに詰め寄る。
「知り合いなの?ねぇ、どこにいるか知ってる?早く会って直接話したいんだけど!」
その必死な様子にリョウガは少しだけ苦笑した。
「……いや、知り合いってほどでもないけど……まぁ、ちょっと縁があったってだけでさ。でも、あいつもあいつで必死だったんだろう。軍警から逃げてたんだし……。」
そう言いながらも、リョウガは心の奥底で妙な予感を覚えていた。
この世界に来てからというもの、妙にトラブルや縁が連鎖する。
自分が巻き込まれるだけでなく、周りの人間――特にマチュ――までがいつの間にか事態の渦中にいるのだ。
(まぁ……もしもの時は俺が守ってやれればいいか)
そう腹を括ると、リョウガは資料と参考書の山をそっと片付け始めた。
「まぁ、会うだけ会ってみるか。今度は俺も同行するからな?」
「本当!?やった!」
リョウガに抱き着き、無邪気に喜ぶマチュ。その姿に、リョウガはやや複雑な笑みを浮かべた。
(……あーあ、また厄介事だ。けど、コイツの“困った顔”なんて見たくないしな)
彼はもう一度、掌の小さなデバイスと、ヒビだらけのスマホと、マチュの明るい表情を交互に見つめながら――
この奇妙な日常に、ゆっくりと覚悟を固めるのだった
自分の師匠や親友が綺麗なジャイアンばりにあんなキラキラした瞳してたら困惑が強いと思うんですよ。