迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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今回は短いです。



記憶にない存在

 

 「全員全果」と書かれた謎の額縁が壁に飾れたカネバン有限公司の事務所。その雑然とした光景の中に、異様なまでに目を引く額縁がひっそりと、しかし確かな存在感を放っていた。

 

部屋の中では怒声が響いていた。

 

「冗談じゃねぇ!!!こっちだって巻き添えくらうとこだったんだぞテメェ!? てかリョウガ!!なんでテメェまでいるんだよ!!?」

 

 けたたましい声の主は、眼鏡をかけた男、ジェジーだった。彼の額には血管が浮き出ており、リョウガに向けて指を突きつけている。その表情は怒りというよりも、切実な焦燥に満ちていた。

 

「あーーーもう、うるっさいなぁ...耳に響くからやめてくれよ.....」

 

 リョウガはうんざりしたように片手で耳を覆う。彼の顔には疲労が滲み、この騒がしい状況に辟易している様子がありありと見て取れた。

 

眼鏡を掛けた目の前の男は尚、リョウガに怒鳴り散らす。

 

「ああ!?ふっざっけんなテメェ!? オメーに作ってやった”偽造書類”の借りを返してもらってねぇのは忘れてねぇんだからな!?」

 

ジェジーの言葉は、まるで火花が散るようだった。

 

「いやだからラーメン奢ったじゃん? 皆に?」

 

 リョウガは飄々と返す。その態度がさらにジェジーの神経を逆撫でする。

 

「アホか!? それでチャラになる訳ねぇだろ!? バレたらこっちもお陀仏なんだぞ!?」

 

 ジェジーの目は血走っており、例の偽造書類の件が彼らにとってどれほどのリスクを伴うかを物語っていた。

 

「?.....ってあークラバに出ろって話なら何回聞かれても断るから」

 

 リョウガは首を傾げ、まるで話が噛み合っていないかのように言う。彼の返答は、ジェジーの怒りをさらに増幅させた。

 

「んだとコラァーーーーっ!!」

 

 ジェジーの怒声が事務所中に響き渡る。その声は天井に反響し、耳に痛いほどだった。

 

(あ~~うるっせぇ~~~こいつこの見た目で気性が荒いの、なんなのよ)

 

 リョウガは内心でぼやく。ジェジーの見た目は知的な雰囲気だが、その気性の荒さとのギャップに、リョウガはいつも戸惑いを覚えていた。

 

「.......どっちみっち、何かしらで借りはちゃんと返してもらうからな?」

 

 黒髪の男、ナブは腕を組みながらリョウガを睨む。ジェジーとは対照的に、ナブの言葉は静かだが、その分だけ重い圧力がこもっていた。

 

「わーってるってば」

 

 リョウガは面倒くさそうに答える。彼らの怒りを受け流すことに慣れてしまっているようだった。

 

「....そもそも、直接来られても困るんだよ」

 

 ナブの次の言葉の標的になったニャアンは、リョウガとマチュの後ろに隠れるように身を縮めた。彼女の耳がぴくりと震えているのが見える。その表情には、畏縮と、少しばかりの申し訳なさが混じっていた。

 

「でも今日中に受け取り希望って...ねぇ?」

 

 流石にマチュが彼女を見上げながらフォローを入れる。彼女はリョウガの腕を掴んだまま、ニャアンを庇うように一歩前に出る。

 

 それで思い出したのか、ニャアンはバックからインストーラーデバイスを取り出す。手のひらサイズの、つや消しメタリックグレーのデバイスが、事務所の照明で反射する。それを見た瞬間、ジェジーはサッとそれを奪い取り、デバイスをパソコンから伸びたプラグに繋げ、ナブが作業を始めた。

 

「リョウガ....アンタがウチのお得意様なのは百も承知だけど、こっちだってメンツってものがあるんだ。なんでもいいから近い内に借りはちゃんと返してもらうからね?」

 

 机の上に座るアンキー。このカネバン有限公司の女社長である彼女は、扇子で顔を扇ぎながら、そう言い放った。その声には、ジェジーやナブのような感情的な激しさはないが、揺るぎないビジネスの厳しさが滲んでいた。彼女の目は、リョウガの奥底を見透かすかのように鋭かった。

 

「はいはい、わかったわかった。何回も同じこと言われて耳がタコになりそうだよ」

 

 リョウガを顔をしかめ、ため息をついた。彼の視線は、額縁に飾られた「全員全果」という文言に、無意識のうちに吸い寄せられていた。この事務所の独特の空気に、改めてこの世界の異様さを感じざるを得なかった。

 

 突然マチュがリョウガの服の裾を引っ張る。リョウガはふと振り返り、しゃがんで聞き耳を立てる。マチュの顔が、彼の耳元に寄せられた。

 

「ねぇリョウガ....」

 

 マチュの声は、ひそやかで、しかし確かな疑問を含んでいた。

 

「はいはい?」

 

 リョウガは、マチュの顔を覗き込むようにして応じる。

 

「...あの人とはどういう知り合いなの?」

 

 マチュの視線が、アンキーに向けられている。その目には、先ほどのニャアンに向けられたものと同じ種類の、探るような色があった。

 

「あ? アンキー? いや取引相手と客の関係なだけだぞ....?」

 

 リョウガは、素直に答える。彼にとって、アンキーたちは商売相手であり、世話になっている人間たちだ。それ以上の感情はなかった。

 

「ふーん....」

 

 マチュは、納得したような、していないような、微妙な表情を浮かべる。

 

「マチュ...お前そこまで行くとちょっと嫉妬深いぞ?」

 

 リョウガは、呆れたように呟いた。

 

 

「そこの運び屋のお嬢ちゃんはまだいいとして、リョウガ、その隣の子は誰なんだい?」

 

 アンキーの涼やかな声が、不意に飛んできた。彼女の視線が、リョウガの隣で腕を組んで立っているマチュに注がれている。

 

「えっ、ああこの子は」

 

 リョウガは、紹介しようと口を開いた。しかし、その言葉を遮るように、マチュが喋る。

 

「彼女です」

 

 マチュは、一切の躊躇なく、毅然と言い放った。その言葉と共に、彼女はリョウガの腕をぎゅっと掴み、その場にいる全員に、自分たちの関係を誇示するように微笑んだ。

 

 リョウガは「またかよ...」と言った感じでバシっと片手で顔を覆う。

 

その時、場が一瞬凍る。

 

 ジェジーはスッ転びそうになり、眼鏡がずり落ちる。ナブは目を見開き、口をあんぐりと開けている。ケーンは盛大にずっこけて、床に尻もちをついた。アンキーもまた、扇子をぴたりと止め、目が点になっていた。事務所全体に、奇妙な静寂が広がる。

 

「リョウガ....きっ君、未成年に手を出したのか?」

 

 ケーンが、よろめきながらも立ち上がり、血相を変えてリョウガを問い詰める。その声には、怒りよりも、信じられないという困惑が色濃く滲んでいた。

 

「お、お前...流石にそれは.......」

 

 ナブもまた、呆れたように、しかし真剣な眼差しでリョウガを見つめる。

 

「いや、まぁいいんじゃねぇの....外野が言う事じゃねぇだろ」

 

目元へ眼鏡を直すジェジーが、開き直ったように呟く。

 

「ククク....なるほど。ここ最近、アンタがロクに顔出さなかった理由が漸くわかったよ」

 

 アンキーは、静かに笑みを浮かべた。その笑みには、全てを見透かしたような、あるいは全てを承知したような、深い意味が込められていた。

 

「おいコラ、変な勘違いすんな!? まだキス以上のことはなんもしてねぇよ!!」

 

 リョウガは、真っ赤な顔で絶叫する。彼の必死な弁明は、しかし、さらなる墓穴を掘ることになる。

 

 

「誰もそんな事聞いちゃいないよ」

 

アンキーがそう言い放った。

 

「のぉぉぉぉ......」

 

 その言葉に、自ら墓穴を掘ったことを自覚したリョウガは、両手で頭を抱えた。彼の呻き声が事務所中にに響くのであった。

 

▼▼▼▼▼

 

 事務所の窓の外に目をやると、薄暗くいドック佇むモビルスーツの姿が見えた。それは、片腕だけが装甲を纏っておらず、他の箇所もあり合わせのパーツが使われている、いかにもジャンク屋に似合いのザクだった。しかし、その歪な姿にも関わらず、どこか存在感を放っている。

 

「なんだよ、このザクまだあったのか」

 

 リョウガは、そのザクを見て思わず呟いた。彼はこのザクを以前から知っていたのだろうか。

隣に立つマチュも、彼の視線の先を追うようにして、その奇妙な機体を不思議そうに見つめていた。

 

「なんだいアンタ?クランバトルに興味あんのかい?」

 

 アンキーが、そんなマチュに問いかけた。その声には、商売人特有の探るような響きがある。

 

「いや、何言ってんだアンタは....」

 

 リョウガは呆れたように呟いた。

アンキーがマチュに妙な話を振ったことに、少しばかり苛立ちが混じっていた。

 

「聞いてみただけさね。他意は無いよ」

 

 アンキーは飄々と答える。その涼しい顔は、本心が見えない。

 

「ハァ...それじゃあ、用は済んだわけだし俺等は帰らせ....なんだ?」

 

 リョウガが事務所を後にしようとしたその時、”彼の感覚が音を立てる”

 

 そして足元から微かな振動が伝わってきた。それは、まるで地面の下から何かが蠢いているかのような、不穏な震えだった。事務所の電灯が、チカチカと不規則に明滅し始める。

 

「...リョウくん、どうしたの?」

 

 ニャアンが不安そうにリョウガに聞いた。彼女の顔には、困惑と恐怖が浮かんでいた。その視線は、リョウガの真剣な横顔に釘付けになっている。

 

「......何か来るっ」

 

 リョウガのニュータイプとしての感覚が、鋭く警告を発していた。地面の振動は次第に大きくなり、事務所の窓ガラスがガタガタと音を立て始める。遠くから、何か巨大なものが動くような地響きが聞こえてきた。

 

「えっ何!?」

 

 マチュの悲鳴にも似た声が響く。

 

「モビルスーツだ!!!地下から来るよ!?」

 

 ケーンがそう叫び、事務所の奥にある屋上への扉を勢いよく開け放った。古びた金属製の扉が、バンっと音を立てて開く。外の冷たい空気が、一気に事務所の中に流れ込んでくる。リョウガ達もそれを追って屋上に出る。彼らの視線は、夜空の下で蠢く新たな影に向けられていた。

 

 屋上に出ると、眼下の地面が激しく揺れ、アスファルトとコンクリートがバリバリと音を立てて隆起していくのが見えた。そして、その亀裂の奥から、けたたましい駆動音と共に、黒い影が姿を現す。

 

 激しい音と共に地下から出てくる二体の機体。一体は、リョウガが何度かデータベースで見たことのある「赤いガンダム」だった。異形なシルエット、鋭角的な装甲、そして、禍々しく輝くツインアイ。

 

(赤いガンダム!?....それともう一体はなんだ...!?)

 

しかし、もう一体の機体は、リョウガの記憶には全くない姿だった。

 

 二体の機体は互いに掴み合いながら、そのまま上空へと上がっていく。

彼のいた世界でも見たことのないモビルスーツの姿に、リョウガはただただ困惑していた。

 

(.....一体、何が起きてるんだ?)

 

 目の前で繰り広げられる信じられない光景に、彼の思考は停止寸前だった。

 




リョウガ「お、俺の知らないガンダムだとッ!?」
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