迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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今回の話を読む際は脳内で 「TIME TO COME」や「 VANISHING TROOPER」を流すと楽しいかもしれません。
 いえ、まぁ私が執筆作業で流してた曲ってのもあるんですけども 。


動き出す刻

 

 組み合いながら上空へと跳躍し、激しくもつれ合う二機のモビルスーツ。その巨体が夜空のキャンバスを裂くように交差し、金属が軋む嫌な音、装甲が擦れ合う鈍い音、時折轟く爆発音が、静まりかけた夏の街を震わせる。

 

 衝撃波は空気の層を叩き、遠く離れたカネバン有限公司のビル屋上にも、振動となって届いた。防護ガラスが微かに揺れ、照明の灯りが一瞬だけ明滅する。

 

 (……あのモビルスーツは何だ……ガンダム、なのか?)

 

 リョウガは手すりに身を寄せ、夜空を睨みつけていた。彼の視線の先では、赤く塗られた一機が宙を蹴りながら敵と格闘している。そのシルエットは、かつて資料で見た「赤いガンダム」と酷似していた。だが、対峙しているもう一機――白を基調にしたトリコロールカラーのその機体は、彼の記憶には存在しない。

 

 青、赤、黄色が鋭く機体の各部を走り、鋭角的なシルエットは洗練と精密さを兼ね備えている。脚部は軽快で無駄がなく、脚部には小型のバーニアが内蔵され、浮遊と推進を自在に操っていた。背中のバックパックユニットはU状の形をした珍しい見た目で夜空を滑空している。頭部には特徴的なボルトがいくつかハマっているカバーのようなものが備わっており、その機能すらリョウガには見当がつかなかった。

 

 彼は別世界で数々のガンダムを見てきた。博物館で目にしたレプリカのRX-78、カミーユ、ジュドーが乗るZとZZ、戦場で咆哮を上げたモビルファイターたち。そして、ゼロシステムを搭載したウイングガンダムゼロ――搭乗者の脳に戦場の全情報を直接流し込む、あの狂気のようなシステムを持つ機体さえ記憶している。

 

 だが、目の前のそれは、彼の知識の外にあった。思い違いか、赤いガンダムのようにこの世界でのその姿なのか。いずれにせよ、今この瞬間、彼の目の前で現実として戦っている。

 

 突如として、赤いガンダムの体勢が崩れる。

 

 謎のガンダムの鋭い一撃が命中し、赤の機体が翻りながら空中で弾かれる。その拍子に、左腕に装備されていた巨大な盾が切り離され、制御を失った鉄塊が、夜空を裂いて落下を始めた。

 

 その質量は並大抵のものではない。風を裂く轟音とともに、暗い街並みに向けて一直線に降下していく。リョウガの目が、思わずその軌道を追う。

 

 次の瞬間、彼の心臓が冷水を浴びせられたかのように縮み上がった。

 

 (……マチュ!?)

 

 ビルの屋上の陰――そこに立っていた少女が、何かに気づき顔を上げた。その視線の先には、今まさに迫る巨大な盾。彼女はその存在に気づいていない。空の戦いに目を奪われ、目前の死の影に無防備だった。

 

 ――喉が張り裂けるほどの声が、夜に響き渡る。

 

 

「コール!!! ヒュッケバインッッッ!!」

 

 その叫びと同時に、リョウガの全身から放たれた念動力が、空気を押しのけて奔流となる。彼の想念は特定の周波数と波長を持ち、空間の一点を強制的に捻じ曲げた。

 

 その現象は、「パーソナル転送システム」と呼ばれている。彼の世界で”ボソンジャンプ”の理論を応用して作られた秘密技術。通常は音声認識端末を介して起動するが、リョウガのシステムは独自に改良が施されていた。彼の強い意思と、それに伴う精神波が起動キーとなる。

 

 そして次の瞬間――

 

 空間が光に包まれ、雷鳴のような音が走る。時空を裂いて出現したのは、深紺の機体《ヒュッケバイン》。機体全体から細かな粒子が舞い、まるで騎士のように立ちはだかるその姿は、夜の帳に映える黒の守護者だった。

 

 盾の落下は止まらない。地面との距離はもはやわずか。だがヒュッケバインは一瞬の遅れもなく、ブースターを全開にして地を蹴った。

 

 時間がゆっくりと流れ出す。リョウガの眼には、すべてがスローモーションに見えた。

 

 その中で、ヒュッケバインの右腕が力強く伸び――

 

 重力に飲まれた鉄の塊を、マチュの頭上わずか数センチの位置で受け止めた。

 

 激しい衝撃。関節が軋み、腕のフレームが鳴る。それでも、ヒュッケバインは一歩も退かず、彼女を守るように立ち尽くしていた。

 

 地面すれすれで止まったその巨体と盾の間――そこにいたマチュは、ただ呆然とその光景を見上げていた。

 濃紺の機体が、自身の命を、その腕で守り切ったことを。

 

「……あっ……ありがとう、ヒュッケバイン」

 

 小さな声で呟いたその言葉にヒュッケバインは反応するように、わずか視線を傾けた。無機質な瞳の奥に、何かが宿っているような錯覚すら抱かせる動きだった。

 

 そのすぐ後ろ、別の方向から駆け寄ってきたニャアンが、目を大きく見開き、叫ぶ。

 

「こっ、このモビルスーツ……どこから現れたの!? 突然出て来たっていうか……!?」

 

 彼女の声には恐怖ではなく、強烈な好奇心と驚嘆が込められていた。だが、それに返す暇もなく、リョウガが二人の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫か!? 二人共、怪我はないか!」

 

 リョウガの声には、焦りと安堵の入り混じった色が滲んでいた。ヒュッケバインが盾を受け止めた光景――それを見届けた直後の彼の表情は、明らかにいつもの飄々としたものとは違っていた。

 

 マチュは彼に駆け寄り、思わず腕を掴む。

 

「だ、大丈夫……」

 

「……間に合ってよかった。本当に……」

 

 リョウガは苦笑しつつも、彼女の手をぎゅっと握る。その背後、ヒュッケバインの腕が動く。

 

持ち上げていた巨大な盾を軽く握り直すと、背後へと力任せに投げ捨てた。

 

 空を切る重低音。盾はまるでブーメランのように弧を描いて飛び――それを空中で受け止めたのは、先ほどの赤いガンダムだった。

 

 空中で態勢を立て直していた赤い機体が、見事な身のこなしで盾を受け止め、まるで「ありがとう」とでも言うように一瞬こちらを見た――気がした。

 

「おい!? なんなんだそのモビルスーツは!? 一体どこから出て来たんだよ!?」

 

 怒声が鋭く響いた。照明の切れた古びた外灯の下から、ジェジーがドアから半身を乗り出して叫んでいた。彼の背後には、驚愕と困惑を隠せないナブとケーンがぴったりと付き従っている。三人の顔には共通して、目の前の現実を理解できないという色が濃く浮かんでいた。

 

「まさかリョウガ、お前のか!? なぁ、おいお前、前に自分の機体は行方不明になったって――」

 

「あー……最近、見つかったんだよ」

 

 呆れ返ったように言うリョウガ。そのあっけらかんとした口調に、ジェジーの怒りが爆発する。

 

「意味がわかんねぇよッ!!?」

 

 怒鳴り返すジェジー。彼の声がこだまする中、ヒュッケバインは静かにその場に佇んでいた。全身を包む深紺の装甲は、どこか不気味なほど静寂を纏い、夕闇と街灯の合間に溶け込んでいる。だがその双眼だけは、青く光り、周囲を冷徹に見据えていた。

 

 その瞬間、地面へ降りた立った謎のガンダムは背部から煙幕弾を射出した。高圧噴射音とともに、無数の煙が四方へと拡散していく。あたり一帯はたちまち黄緑色の霧に包まれ、視界が急速に閉ざされた。

 

「なんだ?……突然……」

 

 リョウガは眉を寄せて呟いた。薄れていく視界の中、二機のザクがゆっくりと地に降り立つ。重厚な着地音と共に、赤いガンダムと、先ほどのガンダムの姿は煙の向こうへ消えていた。

 

「チッ、なるほど.....奴さん、どうやら見つかっちゃマズい立場にあるらしいな……」

 

 軍警のザクが周囲を睨みながら行動を開始する。そのうちの一機が、難民区域の一角に立てられた掘っ立て小屋の屋根を無造作に引きはがした。もう一機は壁を蹴り飛ばし、内部を探っている。

 

「……やり方ってもんがあるだろ。胸糞が悪ぃ……」

 

 リョウガは、小さく呟きながら拳を握った。骨が軋むほどに、強く。

 

 この区域では、法の存在はあってないような所がある。政府の目も届かず、治安も不安定なこの場所では、軍警とてやりたい放題だ。建物の多くは正式な登録すらされていない違法建築で、住民の大半も身元が曖昧な難民か、法の網から逃れてきた者たちである。

 

 ――だが、それでも。

 

 彼らが瓦礫の中で必死に生きていることまで、無視していい理由にはならない。

 

 今、彼の胸に渦巻くのは、過去に何度も見てきた「正義」の暴力だった。

 

「……」

 

 リョウガは目を伏せた。自分は、戦争の駒になるつもりなどない。ヒュッケバインをこの世界で見つけてからというもの、ずっとそれだけは肝に銘じてきた。

 

 ヒュッケバインは、この世界において突出した存在である。まるで未来からきた兵器のような存在。下手に目立てば軍警だけでなく、連邦やジオンのような勢力にも目をつけられる。

 

 ”だから彼は最初の戦いの後、光子力研究所に属した”

 ”自分やヒュッケバインを利用されないために”

 

 彼は元の世界で戦いを通していく中で連邦やジオンにも良い人間がいるのは知った、だが今でも連邦の組織自体はあまり信用をしていない。

 

 もし見つかれば、ヒュッケバインは回収され、研究資材として解体されるだろう。それと同時に、リョウガ自身も、「特別な個体」として扱われることになる。彼の力――念動力も、きっと「研究対象」として扱われるだろうし、それに加え彼はニュータイプでもある.......ムラサメ研の連中からすれば彼は喉から手が出るほど貴重な人間として見られる。

 

「……ヒュッケバイン……リター――」

 

リョウガはヒュッケバインへリターン(帰投せよ)と命じようと口にしかけた,,,,その時だった。

 

「リョウガ……戦わないの?」

 

 背後から、マチュの静かな声が響いた。

 

 

▼▼▼▼▼

 

「リョウガ……戦わないの?」

 

 その声は、銃声にも似た鋭さで彼の背中を貫いた。

 

 振り返らずとも、彼女の視線が何を見つめているのか分かっていた。崩れかけた瓦礫のを中を漁るザク。家と呼べるかも怪しい建物の壁を剥ぎ取りながら、無言で踏み荒らすザクたちの姿――

 

 マチュの瞳には、そんな光景を前にした“怒り”とは違う、もっと根の深い“正しさ”が灯っていた。

 

「……確かに、連中のやり方には腹が立つさ」

 

 低く答えるリョウガの声は、自嘲と葛藤にまみれていた。歯を噛み、低く言い放った。足元の地面を見つめ、握り締めた拳が小刻みに震える。喉の奥を押し殺すように、言葉を続ける。

 

「でも今ここで戦ったって、意味はないんだよ……無駄に目立って、返って状況を悪くするだけだ」

 

「意味? 意味って何っ!? あいつらがあんなことしてて、リョウガは本当に平気なわけ!?」

 

 マチュの声は震えていたが、それは怒りでも恐怖でもない。彼女が本当に問いかけていたのは、リョウガの“在り方”だった。元の世界で、誰よりも苦しみながら、それでも人々のために戦った彼が――なぜ、今ここで躊躇うのか。

 

「アマテ……」

 

 喉元まで出かかった名前を、リョウガは呑み込んだ。過去の記憶が、胸の奥でひび割れるように疼く。かつて彼が見殺しになんてしなかった無数の人々。彼らを救うために、自分や仲間たちがどれほどの血を流してきたか。

 

 ――だが、今は。

 

 彼の中で言葉が詰まる。今の自分は、この街を、この人々を、見捨てようとしている。あの頃の自分が、最も許せなかった選択を、選ぼうとしている。

 

 そんな沈黙を割って、乾いた声が響いた。

 

「そいつの言う通りだよ、お嬢ちゃん」

 

 アンキーが、隅に立ったまま煙草を咥えていた。紫煙を吐き出しながら、冷めた目で続ける。

 

「そいつのそのモビルスーツがどんな性能だかは知らないけどね? どれだけすごかろうと、こんなとこで軍警に喧嘩売るのは愚かだ。連中はただの警備部隊じゃない。背後には“本物の軍”がいる。目を付けられたら終わりさ」

 

 言葉を切った瞬間、アンキーの視線が鋭くなる。ザクのモノアイの視線がこちらにを向かおうとしている。

 

「チッ……ここも漁られちゃ、まずいね...ジェジー!! ザクを隠しな!!」

 

「え、えぇ!? 隠すったってどこに!?」

 

 焦るジェジーが走り出す。彼が向かう先、格納庫の奥にそっと佇むのは、クランバトル用として、あり合わせのパーツで作られた旧型のザク。未整備、未登録の密造機だ。

 

「ーーッ!」

 

 その背を追って、マチュが駆け出した。

 

「おい、マチュ!! どこに行くんだ!?」

 

 リョウガの声に、彼女は振り返らない。

 

「あのお嬢ちゃん……やる気だね」

 

アンキーが小さく呟いた。次の瞬間、格納庫から重低音が響く。

 

 ザクのモノアイが淡く輝き、鉄骨を軋ませながら動き出す音。空気が緊張で張り詰める。

 

 

「クソっ……ヒュッケ!!」

 

 リョウガが叫んだ瞬間、濃紺の機体――ヒュッケバインのツインアイが蒼く閃いた。全身の関節部が微かに発光し、上半身を前屈してハッチを開く。

 

 それはまるで、搭乗者の意思を読み取ったかのような反応だった。まるで呼ばれるのを待ち続けていたかのように

 

 リョウガは身を翻し、足場に飛び乗って一気にコックピットへ滑り込む。シートに沈み込んだ瞬間、HUDが展開され、各部の動作確認が自動で始まった。

 

 その刹那――

 

『おい貴様!! 何者だ!! その見たことのない機体は未登録だ!!』

 

 軍警のザクから、通信が飛び込んできた。既にこちらをロックオンしている。動けば即座に交戦状態に突入する。

 

「ああ、クソッ……!! バレちまったんなら仕方ねぇ!!」

 

 リョウガは叫び、操縦桿を握り込んだ。その手には焦燥と、ほんのわずかな決意が混じっていた。

 

「ーーーーなるようになりやがれ……ッ!!」

 

 

 ――そう吐き捨てた瞬間、胸の奥にかすかな震えを感じた。

 

 これは本当に正しい選択なのか。自分は戦わないと決めていたはずだった。

目立つな、関わるな、戦うな。それが、異世界に来た彼がこの地で生き延びるために作ったルールだった。

 

 だが、そのルールは誰かの痛みの上に成り立っている。

 

 理屈ではわかっている。

 

 軍警に牙を剥けば、自分もヒュッケバインも目をつけられ、最悪、拘束されて解体される可能性だってある。ヒュッケバインはこの世界にとって規格外の技術であり、自分の念動力もまた、脅威と見なされるはずだ。だからこそ、今まで慎重に動いてきた。

 

 ――だが。

 

 あの時、マチュの瞳に映っていた光。怒りでも、恐怖でもない、ただただまっすぐな「問い」。それが、リョウガの心を揺さぶった。どこかで自分が捨ててきたもの、守ろうとしたはずの「誰かのために動く」心が、彼女の言葉で蘇ってくる。

 

 (本当に、俺は……このままでいいのか?)

 

 自分が戦うことで変わるものなんて、きっとたかが知れている。だが、何もしなければ、変わる可能性すらなくなる。ならせめて――

 

 (目の前の、これは……俺がやる)

 

 決意が心の底に灯る。その刹那、ヒュッケバインの背部スラスターが閃光とともに起動する。青白い光がコロニーの夜を裂き、機体が滑るように前方へ加速していった。

 

 黒い鋼の影が、夜の静寂を切り裂きながら、軍警のザクへと一直線に突き進んでいく。

 途端に、相手も反応した。ザクのマシンガンが火を噴く。オレンジの曳光弾が幾筋もの閃光を描きながら、一直線にヒュッケバインへと向かってくる。視界を覆うほどの弾幕――

 

「念動フィールド展開ッッ!!」

 

 リョウガの声がコックピットに響いた瞬間、ヒュッケバインの頭部から淡い光が走る。それは彼の念動力とリンクしたT-LINKシステムが作動した合図だった。

 

 本来このシステムは、Mark-IIへの改修と共に搭載された機構であり、念動力の精神感応によってチャクラム・シューターの使用や念動フィールドを展開する為のシステム。だが、今この初代とも言うべきヒュッケバインでも――その機能は正常に機能していた。

 

 緑の波紋が機体の周囲に広がり、半透明のフィールドが形成される。無数の弾丸がバリアに触れた瞬間、次々に弾かれ、金属音を立てながら周囲に弾け飛ぶ。

 

『なっ、なんだ!? バリアだと!? まさか、サイコミュ兵器ってやつか!?』

 

 無線の向こう、軍警のパイロットの声が上ずっていた。

 

「まぁ……似てはいるなァァッ!!」

 

 リョウガの口元が、苛立ちと嗤いの中間に歪む。そのままヒュッケバインは加速し、突進と同時に右手を突き出す。ザクの頭部を鷲掴みにすると、その勢いのまま地面へと叩きつけた。

 

 コロニーの床面が軋む。ザクの装甲が悲鳴を上げながら地に沈み、砕けた床材と粉塵が周囲に巻き上がった。

 

 「確か、この辺に地下トンネルがあったはずだよな……!? 地上で暴れりゃ被害が出る……だったら――そこで思う存分やろうぜッ!!?」

 

 背部スラスターが再点火される。ヒュッケバインの腕部が、倒れたザクをさらに押し潰すように沈み込み、地面へと猛烈な加重を加えた。

 

 地面に走ったヒビが一気に広がる。蜘蛛の巣状に伸びていった裂け目は、ついに構造限界を迎えたかのように大きく開口し、その下に広がる闇が露わになる。

 

 そして――

 

 二機の巨躯が、砕け落ちる床とともに地下へと一気に転落した。崩れ落ちる瓦礫の嵐と、巻き上がる粉塵の奔流。その中で、軍警の悲鳴が通信に乗って届く。

 

『ヌゥオアアアーーーッ!? こ、こいつ、なんて無茶苦茶しやがるううううううううッ!?』

 

 暗闇の中、ヒュッケバインのツインアイが蒼く光る。その姿はまるで、地底から這い出た影の王のように、静かに、だが確かに、獲物を逃がさぬ狂鳥の気配を纏っていた。

 

 

▼▼▼▼▼

 

『クソっ....なんて奴だ!?こちらアラガ!!謎の未登録のモビルスーツと交戦中!!』

 

『こちらラゴウチ!!こっちも未確認のモビルスーツを発見!!』

 

『なんだって!?クソ、どうなってやがる!?』

 

 混乱した軍警の通信がコロニーの空気にこだまのように響く。だが、そんな連中の狼狽を尻目に、ヒュッケバインは沈黙を保ったまま、獣のようにザクへと食らいついていた。

 

「ずおぉぉりゃああああああーーー!!!!」

 

 リョウガの叫びと共に、ヒュッケバインが機体全体をねじり込むように捻り上げる。右手でザクの頭部を鷲掴みにし、そのまま重心を軸に旋回。分厚い鉄の塊であるはずのザクが、まるで人形のように宙を舞う。動きの合間に放たれた機体の駆動音が、衝突音と共鳴し、空気を震わせた。

 

 ザクが遠心力に振り回され、視界の彼方へと高々と放り上げられる。宙を裂くその軌跡は、まるでリョウガ自身の怒りの放物線だった。

 

「直伝、大雪山おろしぃぃぃぃッッ!!!!!!」

 

 師匠の記憶が、ふと脳裏をよぎった。

 

 毎日のように泥にまみれ、汗と打撃音の飛び交う修行場で、何百回、何千回と繰り返された投げ技の稽古――その中には、師匠である流竜馬が冗談交じりに見せてきた、明らかに逸脱したような技だった。「武蔵がよく使う技なんだよ」「弁慶なら笑いながら投げてたに違いねぇ」

 

 そんな軽口を叩きながら、無理やりリョウガの体を担ぎ上げ、振り回し、無造作に投げ飛ばす師匠の姿。

まともに受け身を取れず、地面に背中を打ちつけて呻いたあの日の感触が、今もなお記憶に焼き付いている。

 

 まさか、そんな記憶の中の悪ふざけが、ここで実戦の技として蘇るとは――。

理不尽だったあの投げ技が、理に叶った破壊の一手として生まれ変わる瞬間。

 

 かつての師匠の笑みが、脳裏に浮かぶ。

 

――見てるかよ、竜馬さん。

 

 リョウガは心の中で問いかけた。

 

 冗談半分で教えられたあの大技が、今や敵モビルスーツを空へと投げ飛ばす。それはどこか滑稽で、しかしこの上なく痛快だった。

 

『ガァァァァ!?なんなんだこいつはぁ!?』

 

 通信の向こうから聞こえてくる絶叫は、恐怖と驚愕が混ざった悲鳴だった。だが、リョウガの心は冷えていた。熱く燃える怒りの奥に、冷めた視点がもう一つ存在していた。

 

 (どうせすぐに増援が来る。ここでケリをつけるなら一気にやらなきゃダメだ……)

 

 彼はまだ悩んでいた。戦うと決めたはずなのに、その胸の奥では、今も天秤が揺れている。戦えば、必ず代償が来る。だが、目を背ければ、自分はまた、何もできないまま見送るだけの男になる。

 

(だからせめて今だけは――)

 

 リョウガの瞳が細められる。

 

 その視線は、コックピットのスクリーンに映る軍警ザクの輪郭をなぞっていた。左腕の操作パネルに素早く指を走らせ、反応速度とサーボ出力のリミッターを一段階解除。

 

「行くぞ……ヒュッケバイン!!」

 

 次の瞬間、ヒュッケバインの背部スラスターが重低音を響かせ、機体が宙を切り裂くようにそのまま滑空する。黒き影が空間を縫い、ザクの目前に鋭く突き立つように着地した。

 

 着地と同時にリョウガは操縦桿をひねり、右腕を旋回させる。腰部装甲の下から、眩い光を帯びたロシュセイバーが一閃。展開と同時に膝を曲げるようにしゃがみ込み、ザクの両脚部を切断した。鋼鉄の脚が重々しく崩れ落ち、関節がねじれ、バランスを失った機体がぐらつく。

 

『このッ――!』

 

 軍警ザクのパイロットが叫びと共にマシンガンを振り上げた。だがその動作すら、ヒュッケバインの反応速度には届かない。

 

「――遅いッ!」

 

 リョウガは一気にセイバーを旋回させ、ザクの右腕を肘から先ごと切断した。その武器を持つ青い腕は、そのまま力なく地面に転がり、ガチャリと虚しく金属音を響かせる。

 

 ザクのモノアイがぎょろりとリョウガの機体を捉え、反応する間もなく――ロシュセイバーが滑らかな軌道で振り上げられ、刃の先端が正確に、赤色のモノアイに突き刺さる。刹那、光学ユニットが焼き切れる閃光が走り、センサーが爆ぜた。

 

『グオオオオオ!? こいつ……!?』

 

 ザクは体勢を保てずに崩れ落ちていった。蒸気を噴きながら無様に沈黙するその姿は、戦う意思の喪失を端的に物語っていた。

 

「アンタらも……仕事なんだろうが……今回は運が悪かったと思っててくれ」

 

 リョウガは静かに呟いた。

 

 だが、もう通信は通じていない。先ほどの一撃で通信回線ごと破壊されていたのだ。彼の声は、ただコックピット内に虚しく響くだけだった。

 

 握った操縦桿に、力が少しだけ戻ってくる。

 だがその奥で、リョウガの胸の奥に灯る小さな熱は、まだ完全に消えていない。これはまだ「戦い」の始まりでしかないことを、彼は理解していた。

 

その時だった。

 

 コックピットの奥――意識の奥底で、再び“感覚”が震えた。

 

 彼のニュータイプとしての勘が、リョウガを背後へ振り向かせた。

 

 ――そこにいた。

 

 あのガンダムだ。先ほど赤い機体と交戦していた、見覚えのない謎のガンダムが、再び姿を現していた。だが、今のそれは少しだけ様子が違っていた。

 

 閉じられていたように見えた頭部のカバーが展開し変形したのか、そこから現れたのは――特徴的なU字のアンテナ。そして、より洗練されたフェイスパーツ。

 光を反射するトリコロールの装甲と、鋭利なラインが照明の中で、浮かび上がるように煌めいていた。

 

 どこか既視感を抱かせるようなそのデザインだが、やはりリョウガの記憶には引っかかりがなかった。

 ――ガンダムであることは間違いない。けれど、ZでもZZでも、ましてやウィングやXでもない。

モビルファイター達のガンダムがやたら奇抜な見ためをしていたのを覚えているが、こんな見た目のものはなかった。

 

 知らない。どこにも属していない。その姿は、彼の知識の外側にあった。

 

 それは、こちらへと静かに歩み寄ってきていた。敵意もなく、武装も向けず。ただまっすぐに。

 

 リョウガは即座に通信を開く。

 

「おい、アンタがナニモンか知らんが、そこで止まれ。妙な動きをしたら……容赦しないぞ」

 

 警告にも似た言葉を、重く低い声で告げた。ヒュッケバインがロシュセイバーの切っ先を相手に向ける。ガンダムは一瞬だけ立ち止まり、どこか――困惑するような、焦るような挙動を見せた。

 

 そして、数秒後。機体から通信が入った。

 

『ちょちょ!!? 待って待ってリョウガ!!  私!! マチュ!! アマテ・ユズリハ!! 17歳!?』

 

 (――えっ?)

 

 「マ、マチュぅ!?」

 

 あまりにも間の抜けた名乗りに、リョウガは一瞬ポカンとした顔になる。だが確かに通信から聞こえてくる、その声は、間違いなくマチュのものだった。

 

「お前!? なんでそいつに乗ってんだよ!? 確かザクに乗って行ったはずだろ!」

 

 半ば叫ぶように問い詰めると、マチュは少しバツの悪そうな声で答えた。

 

『えっ、えっとね!!ジェジーと一緒に出たはいいけど、すぐに軍警のザクに見つかって蹴られて……。逃げ込んだ整備トンネルの下に、コレがあって!!』

 

 彼女の説明は要領を得なかったが、要するにこうだ。

 

 逃げ込んだ先の地下でこのガンダムに遭遇し、直感で「あっちの方が強そう」と思い、咄嗟に乗り換えた。

 そして案の定、訳もわからぬままザクを返り討ちにし、こうして戻ってきたのだと。

 

 あまりにも勢い任せの行動に、リョウガは頭を抱えたくなる。

 

「そいつの元のパイロットはどうしたんだ? まさか無人機だったわけじゃないだろ」

 

『えぇ? どうなんだろう。もうほんと、あの時は無我夢中で、周り全然見えてなかったから……わかんない!』

 

 そんな調子で返され、目の前のガンダムはマチュの声と連動するように、頭部を掻くような仕草をした。

 

 リョウガはため息をつく。

 

「……十中八九、この混乱に紛れて逃げたんだろう」

 

 ガンダムの性能を見れば、正規の軍所属でないのは明らかだ。パイロットも裏稼業の人間か、あるいは脱走兵か――ろくでもない想像しか湧いてこない。

 

 その時、通信越しにマチュが再び呼びかけた。

 

『ねぇ、リョウガ』

 

「うん?」

 

『戦ったんだね……』

 

 ヒュッケバインの足元に横たわる、撃破された軍警ザク。その残骸を見下ろしながら、彼女はぽつりと呟いた。

 

 リョウガは少しだけ間を置いて答える。

 

「……正直、色々悩んださ。でも、あの光景を見て、何もせずに目を背ける方が――間違ってると思った。あとはもう、お前と同じで無我夢中だったって感じだ」

 

 そう言って、苦笑した。自嘲とも、照れともつかない笑みだった。

 

『ううん、それでいいと思う。……そのほうが、なんかリョウガらしいよ』

 

「……そうか?」

 

『うん』

 

 その一言が、少しだけリョウガの胸を軽くした。

 彼自身、この選択が正しかったのかはまだ分からない。だが――自分の心には、嘘をつかなかった。それだけは、確かだった。

 

 そして。

 

『おい、コラ!!お前ら!! なにイチャついてんだ!! 増援が来る前に逃げるぞ!!?』

 

 途端に通信が割り込んできた。ジェジーの怒鳴り声が、まるで爆発音のように鼓膜を突き破る。

 

 振り返ると、あのボロボロのザクがこちらへ向かって走ってきていた。どうやら奥から這い出てきたらしい。

 

 リョウガとマチュは機体越しに目を見合わせた。

 苦笑が、同時に漏れる。

 

「ったく、騒がしい奴だな……。行くぞ、マチュ?」

 

『ラジャー! 相棒!』

 

 ヒュッケバインと、名も知らぬガンダム――二機の影が、揃って暗闇の中へと跳び去った。

 




パーソナル転送のくだりは完全に本作の独自設定です。はいもう滅茶苦茶、作者の都合です。

 ちなみにリョウガ君がジークアクスのパイロット(エクザベ君)が正規の軍人ではないと思った理由は赤いガンダムに終始、圧倒されていた姿を見たからです。これもオメガサイコミュ起動しないクアックスくんが悪い()

 アニメ本編と違い、ラゴウチを撃退したあとアラガが襲ってこない=宇宙に出ていないのでマチュはここではキラキラを見ていません。
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