迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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なんか、あの最終話見せられたら、もう色んな意味で吹っ切れましたね。

飛 び 出 し て い け 宇 宙 の 彼 方


短編 波乱は微笑みと共に

 

 ラー・カイラム、艦内通路。蛍光灯が等間隔に天井を照らし、人工的な明るさが静かな廊下を包むその中で、ひときわ耳を劈く怒鳴り声が響き渡った。

 

「加持さんのバカッ!!! もう知らないっっ!!!」

 

 つかつかと床を踏み鳴らすような足音が続く。真っ赤な顔をした惣流・アスカ・ラングレーが、その鮮やかなツインテールを揺らしながら怒りのままに進んでいく。

 

 そのまま角を曲がろうとしたとき、別の方向からやってきた一人の青年――リョウガと鉢合わせる。

 

「あっ、おうアスカ。悪いんだけどシンジのヤツ、今どこにいるか.....」

 

 軽く手を挙げて声をかけた彼に、アスカの双眸が燃えるように光った。

 

「あ”ぁッ!? 話しかけてくんじゃないわよバカッ!!? アタシがバカシンジのいる場所なんて知るわけがないでしょこのバカっっ!!!!」

 

 言葉の鋭さはそのまま怒気に満ち、怒りの矛先が完全にリョウガへ向けられる。彼は反射的に一歩下がりつつ、手を上げて降参のポーズを取る。

 

「お、おう。なんかごめん?」

 

 目をぱちくりさせつつそう答えた彼に、アスカは「フンッッ」と鼻を鳴らし、怒りを発散するかのように再び早足で廊下を進んでいった。後ろ姿からでも、全身が怒りに満ちているのが分かるほどだった。

 

「な、なんだぁ……?」

 

 リョウガが首をかしげた瞬間、背後から気配が近づいてくる。振り返ると、片手をポケットに入れたままの加持リョウジが、いつものように軽い笑みを浮かべて立っていた。ただ、その笑顔の裏には、どこか気疲れしたような雰囲気が滲んでいた。

 

「や、リョウガくん」

 

 軽く手を挙げ、柔らかな声音が通る。しかしその内側に漂う苦笑いに、リョウガはすぐ察した。

 

「……なんか言ったんですか? アイツに?」

 

「どうやら……怒らせちまったらしい」

 

 加持は肩をすくめてみせる。彼の口調は軽いが、状況は重い。

 

「あぁ、いつものですか...」

 

 リョウガは軽く頭を掻きながら、心底めんどくさいなとでも言いたげな顔を浮かべた。ふと、彼の目に浮かんだ疑問をそのまま口にする。

 

 

「年下に好かれるってどんな感じです?」

 

 意外な質問に加持は眉を少しだけ動かし、しかしすぐに苦笑混じりに答えた。

 

「正直言って、そんな良いもんじゃないよ。あの子と俺とじゃ歳の差があり過ぎるし、そもそも.......アスカは俺の事を本気で好いちゃいないさ」

 

「えっ? まさかそんな風には……」

 

 リョウガが目を丸くする。しかし、加持はどこか遠くを見つめるように目を細めた。

 

「……アイツは早く大人になりたいのさ。誰かに認められたい、受け入れてもらいたい。

 

俺から見たらアレは、ただの子供の背伸びだよ……俺みたいなくたびれたおっさんに惚れるなんて、それこそ不健全だろうしね」

 

「はぁ……なるほど」

 

 その言葉にはどこか憐憫と、そしてほんのわずかな寂しさが滲んでいた。リョウガは頷きつつも、自分の中に積もった疑問がまたひとつ解けたような感覚を覚えていた。

 

「シンジ君とくっついちまえば御の字だと思うんだけどねぇ……」

 

 加持はそう言って、胸ポケットからタバコを取り出す。火をつけて一口吸うと、白い煙がため息のように吐き出された。

 

「どうなんスかね……シンジはどっちかてーとレイを好きなんじゃないかと思うんですけど……アスカとは毎回口喧嘩しっぱなしだし……」

 

「そっかぁ……」

 

 加持の声が静かに返ってくる。そして、ふと表情を和ませたまま、軽く問いかけるように言った。

 

「ところでリョウガくん。君には春はまだ来てないのかい?」

 

「アッハハハハ……来テルト思イマス?」

 

 死んだ魚のような目で乾いた笑みを浮かべるリョウガ。その姿はどこかやさぐれた犬のようで、妙に哀愁が漂っている。

 

「たっく、どいつこいつも……人の目の前で惚気たりイチャついたり……」

 

 ぶつぶつと呪詛のような独り言をこぼすリョウガに、加持はふと表情を和らげ――彼の頭に手を置いた。

 

 ポンッ。

 

 その手のひらは大きく、温かかった。リョウガは一瞬だけ目を見開き、その感触にどこか父性的なものを感じた。

 

「ま、そう気を落としなさんな。君にもいつか良い相手が見つかるよ。しかめっ面なんてやめな? せっかくのイケメンが台無しだぜ?」

 

「……加持さん」

 

 少し目を細めて見上げるリョウガの表情に、加持もまた優しげな笑みを返す。

 

「ん? 何だい?」

 

「そんな風にミサトさんを落としたんですか?」

 

「ゴホッゴホッ....!?」

 

 不意を突かれた加持は、吸っていたタバコの煙を喉に引っ掛けて咳き込む。リョウガはその様子を見て、してやったりとほんの少し口の端を上げていた。

 

▼▼▼▼▼

 

 サイド6、午後。人工の青空には雲一つなく、コロニー内部とは思えぬほど心地よい風が、整備された都市の路地を静かに撫でていた。

 

 リョウガは信号を待つ歩道の前で昔のことを思い出していた。

 それはラーカイラムの中での加持とのあの会話だった。

 

(マチュって俺の事、本当に好きなのかな.....)

 

 もちろん、疑っているわけではない。あの時のマチュの告白も、いつも自分へ向けてくれる、あの笑顔も、言葉も、全部嘘だなんて思ったことは一度もなかった。彼女とはいい関係が築けていると......思っているがふと思い出した、その記憶にリョウガは少しだけ不安になっていた。

 

 思春期特有の感情。大人びた相手に対する幻想と執着。年齢差のある関係につきまとう、いつかの“終わり”の可能性――。アスカが加持に抱いてたあの感情である。

 

(あの時の告白が嘘なんて思わないが....かと言ってあの時のマチュって16だったろう?....もし....いや何疑ってんだ俺は.....うう、そっそんなことは無い筈.......)

 

 路上だというのに涙を流すとは、この男は、いやこのヘタレは一体何を考えているのだろうか?

 

 絵に描いたような哀愁……いや、惨状を晒していいるのはこの男――リョウガ・カグラギ。

 

 ニュータイプの力も、念動力も、戦場で鍛えた判断力も、己の鍛え上げた肉体も、この時ばかりは役に立たなかった。

 

 

「あっ、あのリョウガ・カグラギさんーーですよね?」

 

 路上で感情の波に呑まれていたリョウガは、唐突な呼びかけに戸惑いながらも振り返った。

 

「....ふぁい、なんでしょう.....」

 

「えっ....あの大丈夫ですか....?」

 

 思わず鼻声で答えてしまい、自分でも情けなくなる。顔を拭いながらリョウガは急いで取り繕い、むりやりに直ぐ気持ちを切り替える。

 

「えっと...ごめん目にゴミが入って....」

 

「あっ、ああそうなんですか」

 

 相手は制服姿の女子高生――ハイバリー高校の生徒。見るからにマチュと同じ学年、もしかすると同じクラスかもしれない。黒髪のショートカットが凛とした印象を与える。

 

 リョウガは内心(……あれ?どこかで見たような……)と思いつつも、とりあえず愛想笑いを浮かべる。

 

「それで....俺に何か?」

 

 リョウガが問うと、少女はひと呼吸置いてから、真っ直ぐに彼の目を見据えた。

 

「スーーーー……じゃあ単刀直入に聞きますね?

 

 貴方は、アマテ・ユズリハさんとはどんな、ご関係なんですか?」

 

「......はい?」

 

久しぶりの波乱の予感をリョウガは感じた。

 

▼▼▼▼▼

 

 ファミレスの窓際の席で、リョウガは改めて気持ちを落ち着かせ、慎重に言葉を選びながら口を開いた。少し冷えすぎた冷房が首筋を撫でるのを感じつつ、テーブルの上のコーヒーカップを持つ手に、僅かな汗が滲む。

 

「それで……俺とマ――アマテがどんな関係か、だったかな?」

 

「はい、そうです」

 

 リョウガの目の前で、彼女は冷静にストローをくわえ、静かにアイスティーを飲んでいる。その視線はやや鋭く、探るような色を隠していなかった。店内には他の客の話し声がざわめきとして響いているが、彼女の声はそのざわめきの中でもはっきりと、芯を持って聞こえた。

 

「まぁ、彼女の家庭教師をやってて……」

 

「……それは知ってます」

 

 あっさりと切り捨てられ、リョウガは返す言葉を失った。彼女は落ち着いた表情のまま、じっと彼を見つめ続けている。まるで隙がない。

 

(どうしたもんかな……俺とマチュが付き合ってることを他人に簡単に話していいもんなのか? 世間体の話っていうより、アイツが学校で変に騒がれたりするのは避けたいしな。だいたい、この子にそこまで説明する義理があるのか……)

 

 リョウガは心の中で深く溜息をつき、表情には出さないよう努める。彼が答えあぐねていると、目の前の彼女が再び口を開いた。先ほどよりもさらに強く、確信を帯びた声音で――

 

「……お二人はお付き合いされてるんですよね?」

 

(急にぶっこんで来たなこの子……)

 

 内心慌てながらも、リョウガは努めて冷静を装った。

 

「なんでそう思ったの?」

 

 質問を質問で返すと、彼女は軽く頷きながら丁寧に答え始めた。その目には微かな熱が宿り、真剣そのものだった。

 

「それは……元々、アマテさんに家庭教師が出来たって話がクラスで広まった時には、すでにそんな噂が立ってたんです。本人は周りには頑なに否定してましたけど、その三週間後くらいに、今まで見たことないくらいアマテさんが元気で明るくなってて……クラスのみんなもその変わり様を見て『デキた』って。去年からなんとなく雰囲気が明るくなったなとは感じてましたけど、あれを見たら私もそうなのかなって……」

 

「なるほどねぇ……」

 

(しかし、どこから俺がアイツの家庭教師やってるなんて話が流れたんだ? あいつが自分からベラベラ言うわけないし。まさかストーカーでもいるのか?……いや待てよ、ハイバリー高校って女子高だったよな?)

 

 リョウガは少し首を傾げ、眉間に軽く皺を寄せながら考え込む。彼女の視線は一瞬たりとも離れることなく、リョウガに向けられ続けている。その視線を感じ取り、彼は無意識に話題を逸らそうと口を開いた。

 

「その……アマテって普段、学校ではどんな感じなんだい?」

 

 すると、彼女の表情が一瞬でパッと輝き、瞳に喜びの色が宿った。

 

「物凄くカッコイイんです!!!!!!!!!!」

 

(……おんやぁ?)

 

 予想を大きく上回る反応に、リョウガの額から冷や汗が伝う。彼女の目はきらきらと輝き、興奮した様子で次々と言葉を並べ始めた。

 

「頭が良くて! 運動神経もすごく良くて! 優しくて! カッコよくて!!」

 

「へ、へぇ……なるほどね」

 

(あぁ……俗にいう女子高の王子さまってやつか……まさかマチュの奴がソレだったとは)

 

 想像もしていなかったマチュの学校生活の一面に、リョウガは困惑を隠しきれない。それでも、彼女はさらに熱を込めて言葉を続ける。

 

「それと……笑顔がとても素敵です」

 

「あっ、それはすごい分かる」

 

 思わず本音が口をついて出ると、彼女は一瞬嬉しそうな表情を浮かべた後、直ぐにシュンと肩を落とした。その変化にリョウガは僅かな罪悪感を覚える。

 

「……やっぱりお付き合いしてるんですね……」

 

「う、うーん……なんて言えばいいかな……」

 

 リョウガは気まずそうに顔を掻いた。言葉を慎重に選びながら、彼は真摯な表情で答えた。

 

「その……事実がどうあれ、そういうことを俺がベラベラ喋るのは違うと思ってんだ。もしそれでアイツが傷つくようなことがあれば、俺は許せないし、しちゃいけないことだと思ってる」

 

「そう……ですね……」

 

 彼女は静かに頷き、少し寂しげな視線を落とした。そんな彼女を見て、リョウガは穏やかな声をかけた。

 

「だから、その……俺が言えることは、『これからも彼女と仲良くしてほしい』くらいになんのかな。あいつ、学校でのことは碌に話してこないからさ。正直、友達いるのか少し心配してたとこあったけど……君みたいに心配してくれる子がいたみたいで安心したよ」

 

 リョウガの微笑みに、彼女は慌てて手を振った。

 

「あっ、えっ、私はただのクラスメイトってだけで……アマテさんの友達ってわけじゃ……」

 

 少女は一瞬、慌てふためくように両手をパタパタと振った。リョウガの何気ない問いに対して、彼女は急に照れくさそうな表情を浮かべ、頬がみるみるうちに紅潮していく。その反応があまりに純粋で、リョウガの表情には自然と穏やかな苦笑が浮かんでいた。

 

「そうなの? なんで? あいつ、滅茶苦茶、根明だし喋りやすいと思うけどな……」

 

 リョウガがマチュを思い浮かべながら何気なく言った言葉は、彼女の羞恥心をさらに刺激したようだ。彼女は下唇を噛み、視線を落としてさらに困ったような表情を見せる。小さな肩がきゅっとすくまり、彼女の微かな息遣いがリョウガの耳にも届く。

 

「その……緊張するというか、なんというかぁ……!!」

 

 ついに耐えきれなくなった彼女は、両手で顔を覆い隠してしまった。恥ずかしさと、どこか嬉しさも混じったような甘酸っぱい仕草だった。

 

 その様子を見ながら、リョウガは内心で複雑な気持ちを抱いていた。

 

 (この子でこの様子だと、他にも落としてる子がたくさんいるんだろうな……前からアイツ、天然ジゴロな所あるとは思ってたがこれほどとは……)

 

 リョウガの脳裏に、無邪気に笑うマチュの顔が浮かぶ。天真爛漫で気さくな彼女が、学校でも多くの少女の心を掴んでいるというのは、想像に難くなかった。なんとなく嫉妬のような感情が胸をくすぐったが、ここで悶々としていても仕方ない。そもそもこれで嫉妬をするのもおかしい事だろうとリョウガは気持ちを切り替えるように、ゆっくりと優しい笑みを浮かべた。

 

「まぁ……その、これからもアマテとは仲良くやってほしい……それじゃあダメかな?」

 

 その問いを聞くやいなや、彼女はパッと顔を上げ、大きな瞳を輝かせて勢いよく答えた。

 

「是非!!!!!!!!」

 

 あまりにストレートな反応に、リョウガは若干押され気味になってしまう。

 

「う、うん……」

 

 苦笑交じりに頷いたところで、彼女はふとスマホを確認し、はっとした顔で席から立ち上がった。

 

「あっ、もうこんな時間!!」

 

 門限が迫っていたのだろう。彼女は慌てふためきながら荷物を手早くまとめ始める。その様子を見て、リョウガはやんわりと笑いかけた。

 

「あらら。じゃあ君もう帰りな。ここは俺が奢るよ」

 

「えぇ……いや、そんな悪いですよ」

 

「いいのいいの。若い子は黙って奢られてなさいって」

 

 リョウガが冗談交じりに微笑むと、彼女は一瞬戸惑い、そして耳の先まで赤く染めながら小さく頭を下げる。

 

「あ……ありがとうございます。その……今日はすみません。用事があったかもしれないのに、突然こんな……」

 

「ハハハッ大丈夫だよこれぐらい。気をつけて帰りな」

 

 申し訳なさそうに何度も頭を下げながら、彼女は慌ただしく店を出て行った。その後ろ姿がドアの向こうへと消えていくのを、リョウガは穏やかな目で見送った。

 

 一人になった店内で、彼は軽く肩を落として小さく息をついた。

 

 カップの中で冷めかけてしまったコーヒーに再び口をつけながら、リョウガはほっと安堵の吐息を漏らした。

 

「……最初はどうなるかと思ったが、何事もなくて良かった」

 

(しかし....なんだ? さっきからやけに寒気を感じるが冷房が効きすぎてるのか?)

 

何気なく窓ガラスの外を見ると――そこには両手をガラスにべったり貼り付け、恐ろしく真顔でリョウガを睨むマチュの姿があった。

 

「…ブフゥゥゥーー!?」

 

(マママママ、マチュ!? 一体いつから……!)

 

 マチュはゆっくり窓をコンコンと叩き、口の動きだけで何かを伝えている。

 

『イ・マ・カ・ラ・ソ・ッ・チ・ニ・イ・ク・カ・ラ・ウ・ゴ・ク・ナ・ヨ ?』

 

 リョウガは小さく頷くしかなかった。

 

 波乱は、まだ過ぎ去っていなかったのだ。

 

▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 ファミレスの席は夕暮れの薄いオレンジ色の光に包まれ、ゆったりと流れる音楽が柔らかく空間を満たしていた。その穏やかな空気とは対照的に、リョウガはテーブルに両手をついて深々と頭を下げる。普段の飄々とした態度が嘘のように、真剣そのものだった。

 

「まぁ、かくかくしかじかと言うことでして……あの、やましいこととかは一切無かったんです。若い子をたぶらかしてた訳でも浮気してた訳でもないんです。信じてください……どうかこの通り……」

 

 彼の頭は「へへー」と擬音が聞こえそうなほどテーブルに近づいている。その姿にマチュは小さくため息を吐き、少し呆れながらも許しを与えた。

 

「ハァ....もういいよ、分かったから」

 

「そ、それなら良かったデス……」

 

 リョウガはおずおずと顔を上げるが、目の前のマチュがまだどこか不機嫌そうに唇を尖らせているのに気づき、心配そうに眉を寄せた。

 

「別に付き合ってること言っても良かったのに……」

 

マチュはそう一言ごちた。

 

「いや、そんな勝手はできないだろ? それで迷惑を掛けちゃいたたまれねぇよ」

 

「そんなこと起きないってぇ~~~」

 

 マチュはさらに呆れた様子で再びため息をついた。

 

 その瞬間、リョウガはテーブルの上の彼女の手を、そっと包み込むように握った。いつもの余裕のある仕草ではなく、その手は微かに震えていた。昼間の時のことを思い出したのだ。

 

「リョウガ……どうしたの?」

 

 マチュは目を丸くし、優しく問いかける。リョウガは視線を落とし、静かに口を開いた。

 

「なぁマチュ……マチュは俺の事、好きか?」

 

「何? 突然、好きに決まってんじゃん? どうしたの急に?」

 

 彼女のあまりにも当たり前のような返事に、リョウガは安心と共に胸が痛くなった。彼は静かに続ける。

 

「いやさ……たまたま昔のことを思いだしたんだ」

 

 リョウガの手が少し力を込めて彼女の手を握る。触れたその指先から、彼の不安が伝わってくるようだった。

 

「昔、俺の知り合いにさ、年上に惚れてる子がいたんだよ。なんども告白したり好きだって伝えても軽くあしらわれて……でもそいつはさ、本当にその人の事を好きだったわけじゃなかったんだ。『もう自分は大人だ!』って背伸びしてただけで……実際そいつは後で“同い年の男の子を好きになってた”」

 

 彼は吐き出すように語り終えると、わずかに肩を落とした。その様子を、マチュは静かな表情でじっと見つめていた。

 

「マ、マチュの事を疑ってるわけじゃないんだ……ただその事を思いだしたら不安になったっていうか……実際、俺達、三つも歳が違うわけだし……もしマチュが俺と同じ歳になったら、自然に俺から離れていくんじゃないかって……わ、悪い……急に何言ってんだろうな……ハハハ」

 

 リョウガはそう言いながら、震える声を抑えきれず、顔を伏せた。彼の瞳には小さな涙が浮かび、それがぽつりとテーブルの表面を濡らした。いつもの強がりも、飄々とした態度もなく、ただ弱々しく肩を震わせている。

 

「リョウガ……」

 

 マチュはそっと席を立つと、彼の隣に移動し座り直した。静かにリョウガの手を握り、彼を慰めるように微笑む。

 

「ホント何バカなこと言って……」

 

 その言葉の直後、マチュはリョウガの胸倉をぎゅっと掴み、自分の方へ彼の顔を引き寄せた。彼女の瞳が近づき、その柔らかい唇がリョウガの唇を包む。リョウガの目が驚きに見開かれ、心臓が早鐘のように高鳴った。

 

 約一分ほど経った後、二人の唇が離れると、リョウガは呆然としたままマチュを見つめた。

 

「マ、マチュ?」

 

「あのさ……本当に好きじゃないならこんなことしないから……私はリョウガのこと、本気で大好きなんだから」

 

 マチュは静かにそう言いながら、そっと頭をリョウガの胸に預ける。彼女の柔らかな髪が彼の頬に触れ、甘いシャンプーの香りがふわりと鼻をくすぐった。その穏やかな言葉と優しい仕草に、リョウガの胸の奥は少しずつ温かく満たされていく。

 

「……リョウガは?」

 

 マチュはやや上目遣いで、真っ直ぐ彼を見つめる。その瞳には、リョウガの返答を期待する純粋な気持ちがはっきりと表れていた。

 

「好きだよ……すごく……すごくアマテのことが大好きだよ」

 

 震えるように呟きながら、リョウガは力強くマチュの身体を抱きしめる。腕の中に伝わる彼女の温もりは心地よく、その胸に抱え込んだ不安や心配を溶かしていくようだった。知らず知らずのうちに瞳からこぼれ落ちた涙が頬を伝い、彼女の肩にぽたりと落ちる。

 

「んもう……こんなことで泣かないでよ?」

 

 マチュはくすぐったそうに笑い、呆れつつも優しい声色で彼の背中を軽く叩いた。

 

「悪い……ホント、ごめん」

 

 リョウガがか細く謝ると、マチュはポケットから小さく畳まれたハンカチを取り出した。ゆっくりと丁寧な手つきでリョウガの頬を拭いながら、慈しむように微笑んでいる。その優しさに触れ、リョウガは照れくさいような、それでいてとても幸せな気持ちを噛み締めていた。

 

 ふと、マチュは少しだけ表情を引き締め、真剣な目でリョウガを見上げた。

 

「その……リョウガがさ……そんなに心配なら。次の段階に進んだら安心できる?」

 

「な、なんだよ? つ、次の段階って?」

 

 突然の彼女の言葉に動揺したリョウガは、瞬時に顔を真っ赤に染め上げる。その様子を楽しそうに見つめるマチュは、悪戯っぽい笑みを浮かべて軽く首を傾げた。

 

「私に言わせる気?」

 

 彼女の意地悪な言葉に、リョウガはますます慌てふためき、両手をぶんぶんと振りながら必死に言い訳を始める。

 

「そのマチュ……そういうのはお前が大人になってから……な? ほら、いくらタマキさんから公認で付き合ってるって言っても、そういうことはまだ早い気がするというか……」

 

「ふーん……? あと三年も私を待たせるんだ? いいのかなー? その間に私に他に好きな人が出来ても? シュウジに私を取られちゃうかもよ~~?」

 

 わざとらしく拗ねてみせるマチュの姿に、リョウガは目を丸くしてますます焦った。

 

「な、なんでそこでアイツの名前が出てくるんだよ!? えっ、ああじゃあ学校を卒業したら……な? そ、それで手を打とう? その頃にはもうマチュも19くらいだろ?」

 

 必死に妥協案を出すリョウガを見て、マチュは面白そうに唇を尖らせ、わざと不満げな表情を作る。

 

「えぇ~~?」

 

「た、頼むよ~~? 俺を捨てないでくれぇ~~」

 

 リョウガは泣きそうな顔でマチュに縋りつくように抱きついた。そんな彼の弱々しい姿を見て、マチュは呆れつつも心の中に深い満足感を覚えていた。

 

「いや、そんなことしないから!!!」

 

「マチュ~~~!」

 

 子供のように抱きついて泣きじゃくるリョウガをあやすように背中をぽんぽんと叩きつつ、マチュはやれやれと苦笑を浮かべた。しかし、そんなリョウガの不器用な愛情表現が、マチュにとっては何よりも愛おしく、嬉しいものだった。




この黒髪の子は話題にもなった例のマチュを(ガチで)好きそうなクラスメイトの子です。
「でも、幸せならOKです」の気概で身を引きましたが、依然学校の方ではマチュをよくない目で見てると思います。

今回はリョウガはリョウガでマチュに対して依存に近いモノがあったっというお話です。
彼にとって彼女はこの世界で初めて出会った人間で純粋な好意を自分に向けてくれたり、良くしてくれた人物でもあります。確かに元の世界では彼には多くの頼れる仲間や親友たち、大人がいました。戦いの中で彼も色んな経験を果てに成長をしています。

ただ恋愛方面だけは前の世界ではからっきしだったり初恋ということもあって弱気になってます。リョウガがここまで自分の弱さを見せるのもマチュを相当信頼しているからです。

若干アラドとゼオラの関係性とかを参考にしています。
第二次aのアラド編を初めてやった時はゼオラの方がアラドに対して依存的なのは驚いたんですよね。
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