迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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何度目かの来訪

 

 廃資材が積み上げられた薄暗い倉庫。 簡易ベッドの上でぼんやりと天井を見つめていたリョウガは、足音が近づく気配に目を細めた。

 

「……また来たのか」

 

入り口からひょっこり顔を覗かせたのは、昨日と同じ少女――マチュだった。 彼女は紙袋を両手で抱えながら笑顔で中へ入ってくる。

 

「言っとくけど……君みたいな子が、どこの誰かも分からない男に、何度も会いに来るもんじゃないぞ?」

 

マチュはその言葉をまるで聞いていないかのように、紙袋をリョウガの目の前に差し出す。

 

「はいこれ。服、買ってきたんだ。サイズ、合ってるかな?」

 

リョウガは呆れたように眉をしかめ、重いため息を吐いた。

 

「いや聞いてくれよ……ほんの少しでいいから……」

 

「大丈夫でしょ?」

 

マチュは腰に手を当てて胸を張る。

 

「だって、もしリョウガが悪い人なら初対面で襲ってるはずだし。でもリョウガは、そういうことしなかったでしょ?」

 

「あのね……そういう問題じゃないのよ」

 

リョウガは立ち上がり、倉庫の隅に積まれた壊れかけの端末を指で弾くように示した。

 

「調べたんだよ、ここがどういう場所か。難民の多い区域で警備も医療もまともに機能してない。治安なんかもあってないようなもんだ」

 

そしてマチュをまっすぐ見て、低く、はっきりと告げる。

 

「……君がここに来る途中で、何かあったらどうする。誰かに目をつけられてたら?何か奪われてたら?乱暴だってされちま…………悪い、これは言いすぎた。忘れてくれ」

 

一瞬だけ、マチュの表情が曇る。 けれど、すぐに彼女は微笑みを浮かべて言った。

 

「……でも、来たんだよ。私はリョウガのこと気になるから」

 

その無邪気で、そして真っ直ぐな言葉に、リョウガは言葉を失った。 否定するべきなのに、できなかった。

 

彼は目をそらし、少しだけ困ったように苦笑する。

 

「ハァ……変な子だな、君は」

 

「えー?そっかな~~」

 

マチュは嬉しそうに笑い、袋からシャツを取り出す。

 

「ほら、さっさと着替えて。洗ってない服ばっかじゃ嫌でしょ?」

 

「……仕方ないな全く」

 

リョウガはそれを受け取りながら、ふっと目を細めた。 どこか懐かしい感覚だった――あの世界で、誰かにこうして“手を差し伸べられた”記憶が、ほんの少し、胸を温かくする。

 

△△△△△

 

陽も落ちていき、倉庫の薄明かりがリョウガとマチュの間に穏やかな影を落としていた。 マチュは床に腰を下ろし、ペットボトルの水を開けながら口を開く。

 

「ねぇ、リョウガってさ……どこから来たの?」

 

突然の問いかけに、リョウガの手が止まる。

 

「モビルスーツを持ってるってことは……やっぱり軍人なの?」

 

リョウガは少しだけ間を置いてから、苦笑しながら首をかしげた。

 

(まぁヒュッケはMSじゃなくPT(パーソナルトルーパー)になるんだが、この世界じゃ伝わらないしな)

 

「……そうとも言えるし、そうとも言えない」

 

「どっちなのさ?」

 

「……どこから来たのかは、まあ……言いにくいかな」

 

「ん~?」

 

マチュは目を細めてじっと見つめてくる。 口元をすぼめ、ジトリとした眼差しがリョウガを刺す。

 

「……なんか、はぐらかしてない?」

 

「そう言われてもな……」

 

視線を逸らすリョウガの態度に、マチュはふぅんと唇を尖らせる。 一方で、彼は苦々しい現実を思い出すように、わずかに肩をすくめた。

 

「まぁ……身分を証明できるもんなんて、何一つ持っちゃいないからな。軍警に見つかれば、即座に逮捕コースだよ」

 

「……ってことはつまり、他の難民の人たちと一緒ってこと?」

 

マチュの問いに、リョウガは小さくうなずく。

 

「大体ね。金もないし、どうしたもんかって……ずっと考えてる。こんな状況じゃ、マトモに働くことも難しいだろうし」

 

思わず、天井を見上げながらため息をつく。

 

その横顔に、マチュは少しだけ真剣な視線を向けた。 だが、すぐに明るい声色で返す。

 

「じゃあさ、私がなんとかしてあげる」

 

「は?」

 

「働き口、探してみる!……っていうのは冗談で、でも……知り合いの伝手とか、何か役に立つことがあるかも」

 

「…………」

 

リョウガは一瞬だけ返事に詰まり、やがてふっと表情を緩めた。

 

「……悪いこと言わないから、俺みたいなどこの馬の骨とも分からん男に構うのは、マジでやめなさい!!!?」

 

腕を広げ、芝居がかった口調で宣言する。

 

マチュはむっと頬を膨らませて立ち上がる。

 

「やだよ!っていうか、それ自分で言っちゃうの!?」

 

「だって年下のJKに世話されてる無職の男って構図……不健全にもほどがあるだろ!社会的にも!?」

 

ジェスチャーで謎の“ダメ”マークを作るリョウガに、マチュは吹き出しながら肩をすくめた。

 

「知らないよ!ていうか、その“JKに世話されてる無職”って言い方やめて!」

 

「ありがたいけどさ!? 助かってるけどさ!? でもイメージが……なぁ!?」

 

「うるさいなもう!服も買ってあげたのに!」

 

「服もありがとうね!?助かってるから!ホント感謝してるよ!!!?」

 

「どういたしまして!!!」

 

マチュはぷいっと顔を背けながらも、口元は笑っていた。 リョウガも、ようやく肩の力を抜いて小さく笑った。

 

――ここに来てから初めての、心の底からの笑いだった。

 

▼▼▼▼▼

 

マチュが帰った後、倉庫には静寂が戻っていた。

薄暗いライトの下、リョウガは仮設のベッドにもたれかかりながら、天井をぼんやりと見つめていた。

 

その表情には、戦場にいたときとは違う、どこか繊細な迷いが滲んでいた。

 

「……なんで、あの子は俺に構うんだろうな」

 

ぽつりと、誰にも聞かれない独り言が漏れる。

 

この世界に来てから、彼女にはろくに身分も明かしていない。過去も語らない上に自分の話をマトモにしないというのに、あの少女は何度も会いに来る。世話を焼く。服を持ってくる。心配する。

 

「まさかと思うが……思春期特有の謎とか好奇心とか……そういうやつに惹かれて、ってことじゃないだろうな……」

 

言ってから、リョウガは自分の額を押さえた。

 

「……もしそうだったら……あまりにも不健全すぎる……」

 

どこまでも真面目な独白だった。

戦場では幾多の命を救い、仲間の背中を預かっていた男が、たった一人の少女の善意にここまで狼狽えるとは――

当人としては、真剣そのものだった。

 

「……それとも、単に放っておけないってだけか……?」

 

理由を探しても、確かなものは出てこない。

だけど、心のどこかで、マチュの存在が少しずつ“軸”になりつつあるのをリョウガは感じていた。

 

 

彼は深く息をつき、目を閉じた。

 

「……ま、考えても答えが出るわけじゃないよな……」

 

静かに目を伏せたまま、リョウガは眠れぬ夜を、静かに迎えるのだった。

 





端から見たら中々危うい関係性ではある。
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