迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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ここ最近、投稿頻度が落ちてきている....いやマジでこの時期のリアルが忙しすぎる....
一週間に2話投稿するのでやっとになってきている......


進路

 

 まだ陽の高い昼間の時間帯。

 

 リョウガはマチュの母――タマキに呼び出され、リビングの椅子に座っていた。窓からは柔らかな日差しが差し込み、カーテンがふわりと揺れている。テーブルの上には、丁寧に淹れられた紅茶のカップが穏やかに湯気を立てていた。

 

 彼女が穏やかな笑みで紅茶を出してきたあたり、どうやら怒られる類の話ではなさそうだ。だが、リョウガの胸には微かな不安と好奇心が入り混じった妙な緊張があった。

 

「タマキさん、どうしました?話したいことって」

 

 彼がそう尋ねると、タマキは申し訳なさそうに微笑んで応えた。

 

「ごめんなさいねリョウガ君、急に呼び出して」

 

「ああいえ、そんなとんでもない」

 

 リョウガが笑顔を返すと、タマキは一瞬口元を迷わせたが、意を決したように静かに言葉を継いだ。

 

「まぁその……これを、ちょっと見てほしいの」

 

 言いながら、タマキは一枚の紙をテーブルの上にそっと置いた。

 

 リョウガは首をかしげながらもそれを手に取り、覗き込む。その紙には、学校のマークと『進路希望調査票』という無機質な文字が記されていた。

 

「うん? ……進路希望調査? これって、マ……アマテの?」

 

「えぇ、そのコピーよ」

 

 瞬間、彼の視線が無意識のうちに紙に記された“第一希望”という欄に吸い寄せられ――

 

 次の瞬間――

 

「のわぁぁぁっっ!!?」

 

 リョウガは身体が後ろにのけぞり、バランスを崩して椅子ごと盛大にひっくり返った。床に激しく背中を打ちつけるも、紙を握りしめたまま目を見開いている。

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!?」

 

 その紙には、丁寧な少女の文字でこう記されていた。

 

 第一希望:お嫁さん

 第二希望:地球に行く

 第三希望:クラゲ

 

「え……えぇ…………っ!?」

 

 まさかの内容に脳の処理がまったく追いつかない。“将来の夢”としては可愛い――いや、確かに可愛いが、これは進路希望調査票というもっと現実的で深刻な問題に対して書かれたものである。リョウガは何度も何度も文字を見返すが、内容が変わるはずもなかった。

 

「ま、まぁ、“誰の”とは書いてないけど……」

 

 リョウガが目の前の紙に視線を落としながら、顔を引きつらせて呻くように呟いた。

 

 テーブルの向かい側では、タマキが気まずそうに、けれどどこか嬉しげに苦笑していた。年相応の穏やかな落ち着きを漂わせながら、ティーカップを片手に上品な所作で紅茶を口に含む。金色の液体が揺れるたび、まるで何かの儀式のように静かな空気が漂っていた。

 

「先生から連絡があってね……まぁ私も困っちゃって……」

 

 そう前置きしながらも、タマキの声には深刻さよりも、ほんのりとした照れと楽しさが混じっていた。

 

「いやいやいやいや、こういうのって普通、大学名とか、将来の就職先とか、書くもんじゃ……!?」

 

 リョウガが紙を手に突き出すようにして抗議する。が、その顔は真っ赤で、どこか嬉し恥ずかしい混乱の色が浮かんでいた。

 

「ええ、だから困ってるのよ。もう提出期限も近いのに、これじゃあねえ?」

 

 タマキはテーブルの端に肘をつきながら、ため息まじりにそう言うものの、その目元は笑いを隠しきれていなかった。確かに困っている節は見受けられるがどこか微笑ましそうに笑っているようでもあった。

 

 リョウガはとうとう机に突っ伏すように頭を抱えた。

 

 (な、なにを考えとんのじゃアイツは....)

 

 顔を両手で覆い、呻くように転げ回るその様子は、もはや床の一部と化していた。

 

「アイツが学校から帰って来たら、話をしましょうか……?」

 

 タマキが優雅にカップを置きながら、微笑む。その笑顔が、どこか「ちょっとしたいたずらの仕上げ」に見えたのは、きっとリョウガの被害妄想ではないだろう。

 

「そうね……リョウガくんが私の息子になるのは歓迎だけど、まだ先のことだし」

 

 肩をすくめながらそう言ったタマキの声には、どこか冗談めいた響きがあった。だが、完全に冗談というには、その目元があまりにも優しすぎる。

 

「タマキさんッッ!?」

 

 リョウガが思わず顔を上げると、タマキは悪戯が成功した子どものようにくすくすと笑っていた。

 

「あら、ウフフフ、冗談よ冗談? やぁねぇ」

 

 そう言って再び紅茶をすする仕草はどこまでも上品だったが、どう見ても内心は面白がって仕方がないという表情だった。

 

 リョウガは何も言えず、そのままごろんと仰向けに床に倒れた。天井の照明をぼんやりと見つめながら、疲れ果てた声でつぶやく。

 

「……もうちょっと考えて書いてくれマチュ……頼むから……」

 

 リビングに残るのは、ため息混じりの青年と、そんな彼を眺めながら上機嫌に紅茶をすする一人の母の姿だった。静かに微笑むその横顔は、どこか幸せそうで、どこか安心しているようでもあった。

 

▼▼▼▼▼

 

 玄関のドアがカチャリと開いた。

 

「ただいまー、ってアレ? リョウガじゃん? 今日来るの早いね?」

 

 マチュの軽やかな声が、リビングに響いた。部屋に差し込む夕日が、彼女の赤い髪を茜色に染め上げている。

 

 しかし、次の瞬間――彼女の足はぴたりと止まった。

 

 そこには、予想だにしない光景が広がっていた。

 

 リビングのテーブルを挟んで座る、リョウガとタマキ。そのテーブルには、年季の入った厚めのアルバムが広げられており、リョウガがそれを食い入るように見つめていた。

 

「これが5歳の頃のアマテ。で、よだれを垂らして寝てるのが8歳の頃ね」

 

「おお……あっ、これ中学の入学式の写真ですか?」

 

「そうなのよぉ。旦那が急に仕事で来れなくなっちゃってね……ほら見て、このムスッとした顔」

 

 タマキはどこか懐かしげに微笑みながら、ページを指でなぞる。リョウガも、にこにこと嬉しそうにページをめくっていた。写真の中のマチュは、今より少し幼く、髪はまだ赤く染められておらず、まっすぐな黒髪だった。

 

 少しふてくされたような表情と、どこかあどけなさを残す眼差しに、リョウガは思わず見入る。

 

 (へぇ……黒髪だった頃も、悪くないな……いや、むしろ……)

 

 そこへ、マチュの全力のツッコミが炸裂した。

 

「……いや何やってんのッッ!?!?!?」

 

 ガタン!と足音を響かせてリビングに飛び込み、彼女は信じられないものを見たように目を見開いていた。

 

「うおっ!? おかえりマチュ」

 

 思わず立ち上がるリョウガに、マチュは顔を真っ赤にして詰め寄る。

 

「な、な、なんで!? なんで私のアルバム見てんの!!?」

 

「あらお帰り~アマテ~。アマテが帰ってくるまでリョウガくんがちょっと暇そうだったから、昔の写真でもって思って。ね?」

 

 タマキは微笑ましそうに、紅茶のカップを片手にゆったりとした口調でそう言った。

 

「な、は? なん……お母さん!!?」

 

「いいでしょ? 減るもんじゃないし、思い出は共有した方が仲が深まるって言うじゃない?」

 

「今、色々と私の中で何かが減っててるんだけど!!?」

 

 耳まで真っ赤に染めながら、拳をプルプルと震わせて抗議するマチュ。その姿はまるで小動物のように威嚇しているが、威圧感はゼロだった。もう顔から火を噴きそうな勢いで真っ赤だった。

 

「ていうか、見てたでしょ!? 中学のとか、変な寝顔のとか!!」

 

「あー……いや、まぁ…………その、黒髪も案外……かなり可愛いな」

 

 マチュの顔が真っ赤に染まり、目を見開いたまま硬直する。そして次の瞬間、感情が一気に沸点に達した。

 

「リョウガアアアッッ!!!」

 

▼▼▼▼▼

 

「まぁ本題はこれなんだけどな」

 

 リョウガはため息をひとつ漏らしつつ、タマキから手渡されたコピーをテーブルに滑らせた。それは、進路希望調査票。見慣れたフォーマットの上に、だが見慣れない、いや、あまりに突飛な“願望”が書かれていた。

 

「アマテ……いくら何も思いつかなかったにしても、さすがにここに書くのは違うでしょ? ……それに」

 

 タマキが眉を下げて心配そうに問いかけると、リョウガも紙を指さしながら呆れたように続けた。

 

「第三希望のクラゲってなんだよ、クラゲって……」

 

「たまたま頭に浮かんで」

 

「おバカ……」

 

 リョウガはバシッと額を手で覆い、机に肘をついた。その仕草には、もう何も言えないといった無力感と、どこか照れ隠しのような諦めが滲んでいた。

 

 とはいえ、第一希望が「お嫁さん」だと書かれている以上、無視はできない。しかも、ほぼ確実に“自分”のことを指しているとなれば、なおさらだ。ため息をもう一度吐くと、彼は覚悟を決めたようにタマキへと視線を移した。

 

「タマキさん……すみません。少し、アマテと二人きりで話をさせてもらってもいいですか?」

 

「……わかったわ。お茶、淹れてくるわね」

 

 タマキは席を立ち、そっとリビングから姿を消す。室内には静寂が落ち、残された二人の空気が一気に緊張を孕んだものになる。

 

 テーブルを挟んで、リョウガとマチュは真正面に向き合った。

 

「……まあ、そうだな。マチュ。この“第一希望のお嫁さん”って……誰の?」

 

「リョウガだけど?」

 

「デスヨネー」

 

 棒読みの声が、部屋に虚しく響いた。

 

「……じゃあ、この第二希望は?」

 

「ずっと前に、私リョウガから地球の話を聞いたでしょ? 前々から気になってたけど、最近シュウジが地球に行きたいって話しててさ。それじゃあ、いつかみんなで一緒に行こうってことになったの。私と、ニャアン、シュウジ……もちろん、リョウガも」

 

「そうか……ん?」

 

 何か引っかかるものを感じたリョウガが、目を細める。

 

「……お前、まさか俺抜きでまた、あそこをうろついたのか?」

 

「あっ……」

 

 マチュの顔が一瞬で凍りついた。しまった、という顔で。

 

「お・前・な・ぁ~~~~~~?」

 

 リョウガの手がマチュの両頬を撫でまわす。まるで説教中の兄のような態度だった。

 

「いひよぅ、ニャアンもいっひょにいふぁってば~~~(一応、ニャアンも一緒にいたってば~)!!!」

 

「前にあんなことあったってのに、まだ懲りてないのかお前は!?」

 

「だ、大丈夫だよ……そういう連中、私を見ても何故か逃げていくし……」

 

「はぁ!?」

 

 リョウガは素っ頓狂な声を上げた。

 

 それもそのはず――かの誘拐事件を経て、マチュが一時的に行方不明になった際、彼女を救うためにリョウガが起こした“事件”は、あの区域の裏社会では今も伝説として語られていた。

 

 曰く、「彼の女に手を出した者は皆殺しにされた」

 曰く、「赤毛の女に手を出せば、地の果てまで追われる」

 曰く、「MSがあっても無駄。奴はそれごとぶっ壊す」

 

 その色々と尾ひれのついた噂のせいで、今では“赤毛”というだけでチンピラや半グレが避ける始末だという。ある意味、彼女はあの場所で最も安全な存在となっていた。

 

「アハハ……」

 

 マチュは軽く笑った。どこか照れ隠しのような、けれど嬉しさが滲んだ笑みだった。ほんのりと紅潮した頬が、薄明かりの下で愛らしく色づいて見える。

 

「はぁ……全く」

 

 対するリョウガは、呆れ半分、諦め半分のため息をついた。

 

 マチュが両手の指先を絡める。まるで心の内を形にするように、両手をぎゅっと結ぶ。そして、伏し目がちに小さく呟いた。

 

「それに……その……もし、さ?……リョウガと結婚とか……するなら。リョウガの生まれ故郷がいいなって……」

 

 声は小さかったが、言葉の重みは強かった。

 

 瞬間、リョウガの心がふっと揺れた。息を呑み、視線を泳がせながら頬を掻く。自分の“故郷”を、彼女が“未来の場所”として考えてくれている――その事実が、不意打ちのように心を打った。

 

「あっ……えっと……そ、それは今考えなくてもいいだろ? それに、気が早過ぎるだろ……」

 

 やや上擦った声で返すのがやっとだった。感情が追いつかない。マチュがそこまで真剣に考えているとは思っていなかった。彼女のまっすぐさが、またも理性の防壁に静かに穴を開けてくる。

 

 だが、マチュは少しだけ唇を尖らせながら反論する。

 

「えぇ……? でも、別に考えるくらいならいいでしょ?」

 

 その目は少し拗ねたようで、しかしやはりどこか真剣だった。恋する少女のまなざし。リョウガはそれを正面から受け止め、深く息を吐いた。

 

「いいけど……」

 

 少しの間を置いて、リョウガは視線を紙の上へ落とす。そこには、整った文字で「お嫁さん」と書かれた願望が、妙に無垢な存在感を放っていた。

 

「それを“進路希望”に書くな」

 

 今度はまっすぐにマチュを見つめ、リョウガは静かに、しかしはっきりと告げた。

 その一点だけは譲れないと、リョウガは静かに、だがはっきり言った。

 

「お母さんには、好きに決めていいって言われたし……」

 

「あのなぁ……いや、うーーん……」

 

 否定するだけでは、マチュの気持ちを押さえつけることになる。リョウガは脳内で思考をめぐらせる。そこで、第三希望――「クラゲ」が目に入った。

 

 ……これだ。

 

「なぁマチュって、クラゲ好きだよな?」

 

「うん、好きだよ、特に私が好きなのは――」

 

 語り始めそうなマチュを慌てて止める。

 

「だぁ解説ストップ!! マチュ、海洋学を学ぶのはどうだ?」

 

「えぇ~~」

 

 不満そうに頬を膨らませるマチュに、リョウガは説得に入る。

 

「この三つの中じゃ一番マシだろ?それを学べる大学に行けばマチュは好きなものについて勉強できるし、タマキさんはマチュの進路が決まって安心する。俺も、将来について変に気を揉まなくて済む。

 

な、悪くない話だろ?」

 

「うーん……まぁそうだね。それで二人が納得するなら……」

 

「よし、それで決まりだな」

 

 ようやく話がまとまったことに、リョウガは胸を撫で下ろすように息をついた。喉の奥でひとつ、小さくため息が混じる。緊張が抜け、肩の力がようやく緩む。その顔には、ささやかな達成感と、どこか“父性”じみた安堵の色が浮かんでいた。

 

 

 そんなリョウガの表情を見届けたマチュは、突然ゆっくりと席を立ち、彼の隣に移ってきた。そして、何の前触れもなく、そっと頭をリョウガの右腕に預ける。赤毛がふわりと揺れて、リョウガの肩に触れた。

 

「……どうした?」

 

「リョウガさ……最近あんまり、私にかまってくれてないよね」

 

 その声は、からかいでも拗ねた調子でもなかった。あくまで静かで、少しだけ寂しげな響きを持っていた。

 

「いや、今まさに構ってるだろ……」

 

 言い訳めいた言葉を返しつつも、リョウガはその真正面から目を逸らす。マチュの頭の重みが腕に伝わって、どこか心が落ち着かなくなる。

 

「そういう意味じゃなくて……恋人としてだよ」

 

 決定的な一言だった。リョウガは一瞬、言葉に詰まり、曖昧に頬を掻いた。

 

「そ、それは……」

 

「最近じゃ、家庭教師の仕事終わったらすぐ帰っちゃうし、クラバが終わったら私の門限気にして送り届けて……家には入らないし。デートも全然できてないよね? 休日にリョウガの倉庫に遊び行っても、たいてい店長のおじさんのとこのバイトでいないし……」

 

 語尾は少しずつか細くなっていった。マチュは恨み言のように言っているつもりはなかった。ただ、心に引っかかっていたものを素直に口にしているだけだった。

 

「……すまん」

 

 その言葉は、短くても重みがあった。リョウガの視線が、申し訳なさそうに彼女の横顔を伺っていた。

 

「ううん、いいよ。謝らなくても」

 

 マチュは小さく首を振ると、リョウガの方を見上げた。その瞳は濡れたガラスのように、微かに光を湛えていた。

 

「ねぇ、私たちが最後にキスしたのって……ファミレスの時だよ? ほら、リョウガが泣きじゃくってた……」

 

「うっ……恥ずかしいことを思い出させないでくれ……」

 

 顔を赤らめて目をそらすリョウガに、マチュはくすっと笑う。彼女の笑顔には、からかい半分、愛しさ半分の優しさが混じっていた。

 

「アハハ……ごめんごめん。でもさ」

 

 ふと、マチュの笑みが消える。彼女の瞳がまっすぐリョウガを捉えた。その視線には、曇りのない“恋人”としての想いが宿っていた。

 

「たまには、恋人としての時間も……ちゃんと作って欲しいな」

 

 その一言は、まるでお願いでも、宣言でもなく、ただの“本音”だった。飾らず、まっすぐで、リョウガの心に刺さった。

 

「……わ、わかったよ」

 

 頷いた彼の声は少し掠れていた。自分の中にある“線引き”が、今まさに揺らいでいた。

 

 「リョウガってさ……たまに隙があるから。気を付けた方がいいよ? いつ私に襲われても、知らないからね?」

 

 ふいに、マチュの唇がイタズラっぽく吊り上がる。まるで猫のようにいたずらな笑みで、言葉とは裏腹にその瞳には真剣さがどこか隠れていた。

 

「な、なんだよそれ……前にも言ったけど、そういうのは……」

 

「分かってるって。でも、“据え膳食わぬは女の恥”って言うじゃん?」

 

「それ、“男”だよ……」

 

「そうだっけ? でもほら、今だって“隙だらけ”」

 

 言うが早いか、マチュはリョウガの首の後ろに両腕を回し、その体をぴたりと寄せてくる。彼の胸板に自分の胸を押し当てるようにして、体温と心音を感じさせた。

 

「ば、バカ……タマキさん、いるんだぞ!?」

 

 リョウガは耳まで真っ赤になり、小声で抗議する。

 

「いいじゃん? 別にチューするくらいなら、お母さんも察して邪魔しないでくれるって……」

 

「……ま、待てって、マチュ……おい……ンンン――」

 

 マチュの瞳が静かに閉じられ、ためらいなくリョウガへと顔を寄せた。次の瞬間、柔らかな唇が彼のそれにそっと重なる。

 

 リョウガの言葉は喉の奥で途切れ、吸い込まれるように沈黙へと変わった。

 

 彼女の吐息は、ほんのりと甘く、微かに震えていた。唇の柔らかさが、じんわりと自分の輪郭を侵食してくるようだった。触れ合った身体の熱が、火照るように伝わり、心臓の鼓動を跳ね上げる。脳裏が一瞬真っ白になる。

 

 まるで、世界ごと息を潜めたかのような静けさ。音も、時も、感情すらも、一時停止したかのようだった。

 

 だが、リョウガの心の奥だけは違った。

 

 ――ニュータイプ能力を普段、抑えるのは……もしかすると損かもしれない。

 

 いや、そういう問題ではなかった。

 マチュの“本気”が、あまりにもダイレクトに、余計なノイズなく伝わってくるのだ。彼女がどれほど真剣に自分を想い、どれだけこの瞬間に賭けているのか。能力の有無に関係なく、それはリョウガの核心に届いてしまう。

 

 その“好意”はただただストレートで、嘘がひとつもない。真っ直ぐ過ぎて、時に痛いほどに胸を打つ。それでも、彼女のそれは決して強引ではなく、いつも優しさを帯びて、けれど確実に――彼が引いた理性の境界線を、柔らかく越えてくる。

 

 ……というか。

 

 マチュが“その気”になって初めてを捧げようとしてくるなら、自衛の意味でも、ニュータイプ能力は抑えないべきだと――

 

 リョウガは強く、痛感していた。

 

 見た目は可憐な年下の恋人であっても、油断すれば全力で押し倒されかねない。

 リョウガの中で、ニュータイプ能力の運用方針に関する優先度が、今まさに大きく見直されようとしていた。

 




マチュ「ムフフ見て見て私のお婿さん♡」

リョウガ「マチュみ 漠然とした気の早すぎる将来設計はやめろ」

潔く責任を取るべきっスね 忌憚のない意見って奴っス
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