学校の帰り道。陽が傾いて、長い影が歩道に伸びている。マチュはカバンを肩にかけながら、なんとなく遠回りの道を選んだ。
今日は、まっすぐ帰るつもりだったのに。
だったのに――足が勝手に、"あの倉庫"の方へ向いている。
(……なんでなんだろ)
リョウガの顔が頭をよぎる。
すこし寝ぼけたような、でも鋭い目つき。
軽口を叩くくせに、時々すごく真面目なことを言う。
ちょっとズレてて、変なところで敬語使って……どこか掴めない人。
(気になる、のかな……たぶん)
でも、はっきり“好き”って言い切れるほど分かってるわけじゃない。
ただ、放っておけないって思った。
一人で倉庫の隅っこにいた、あの人を見たときから。
昨日の夜、お母さんに言われた言葉を思い出す。
──「最近、帰り遅くない?どこか寄り道でもしてるの?」
「うーん、ちょっとねー。お店見たりとか~」
って、笑ってごまかした。
嘘はついてない。服を買ってるのは本当だから。
でも、それが“誰のためか”は、さすがに言えなかった。
学校でも、今日の昼休み。
──「ねぇアマテ、最近いつも帰りにどっか行ってるでしょ?誰かと会ってんの~?」
「えー?そんなことないよー?ひとりでウロウロしてるだけー」
クラスメイトの何気ない声も、なぜか妙に引っかかる。
(……誰にも言ってない。言えない。別にやましいことなんて何もないのに)
リョウガのことを話したら、どう思われるんだろう。
3歳くらい歳の離れた男の人。自称モビルスーツ持ち。身分不明。無職。
明らかにまともな人じゃない。
でも、あの人は……私が会いに行くたび、ちゃんと真面目に怒ってくれる。
「危ない」とか「気をつけろ」とか……。
軽そうに見えて、私のことをちゃんと真面目に扱ってくれる。
………彼は明らかに”普通の人間”じゃないのに”普通”に接して来る。
(……あの人、誰なんだろう)
どこから来たのかもわからない。
でも、どこか悲しそうな目をしてた。
だからたぶん、私は……
「気になってるんだよね、きっと……」
ポツリと呟いたその声は、風に紛れて誰にも聞こえなかった。
▼▼▼▼▼
ユズリハ家の応接室は、静かで整然としていた。
壁には連邦とジオン双方の外交認証が並び、重厚な本棚には各国条約集と予算監査報告書がずらりと並んでいる。
この空間に立つだけで、リョウガは「ここはヤバい」と察していた。
目の前に座るのは、マチュの母――タマキ・ユズリハ。
彼女は現在、サイド6会計監査局 外交3部の部長を務めている。
戦争で中立を保ったサイド6の財政と外交の両方に睨みを利かせる、いわば“睨まれたら終わり”な立場の人間。
そのタマキが、資料を読みながらリョウガを真正面から見据えていた。
その隣にはマチュが顔に冷や汗をかきながら座っている。
(.....どうしてこうなったんだ)
ーー時はさかのぼること数日前
アーケードを抜けた先、雑多な屋台や廃材バリケードの合間を縫うように、リョウガは歩いていた。装備もなく、身分証もなく、頼れるのは“マチュからもらった服”と自分の身体だけ。
「しかし……ホントに、どうしたもんか」
ぼやきながら両手を組み歩く姿はどこか間の抜けた雰囲気だが、その目は真剣そのものだった。本当であれば治安の悪いこの場所で、身分不明の男がフラフラしていれば即通報モノだろう。
何より、マチュの好意に甘えてばかりというのも、居心地が悪い。
「働き口……どうにか見つけないとホントに不味いぞ」
道端では、民間修理屋の呼び込みや、建設現場の労働募集などの貼り紙が風に揺れていたが、どれも「身分証明書必須」「軍登録者優先」の文字が並んでいた。
「このまま行くとマチュが“じゃあお金貸すよ”とか、“あげるよ?”とか言い出しかねんぞ……」
脳内で、その光景を想像してしまう。
——『はいっ、今月分ね!返さなくていいよ!』
彼女の笑顔と無邪気な声が、脳裏にありありと浮かぶ。
「いかん……いかんぞ!? 色々とダメすぎるだろそれは!?」
思わずその場で頭を抱えた。
「無職で金もなくて女子高生に養われてる構図……おい!!なんなんだこの現実は!?」
通行人がチラリと彼を見て通り過ぎるが、リョウガはもう気にしていなかった。
「せめて、バイトでもなんでも……身分要らずの仕事を見つけねば……!」
▼▼
雑踏の中、裏通りの片隅にしゃがみこんだリョウガは、手元の古びたスマホを真剣な目で操作していた。
元は絡んできたチンピラが持っていたものだが、今は彼の“調査用ツール”と化している。殴るだけ殴って放り出してきたが、本人は無傷だったのでたぶん大丈夫だろう、多分。
「……あぁここもダメか....いやそりゃそうか。くッそ~~~体力仕事なら自信しかないんだけどなぁ」
一人ぶつぶつ言いながら、操作を続けていると、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
「ーーーねぇリョウガ、私の家庭教師になるってのはどう?」
「はいィ?なに言って……ってなんだよマチュか」
リョウガは端末から顔を上げ、思わず情けない声を漏らす。目の前にはマチュが立っていた。学校帰りなのか、制服姿のまま。
「いや最近さ、塾行くのもちょっとメンドクサくなってきちゃってさ~。そしたらリョウガもお金の心配は要らなくなるでしょ?」
「いや、いやいやいやいやいや!?」
即座に全力でツッコむリョウガ。反射で端末が膝から滑り落ちそうになるのを慌てて拾いながら、額に手を当てて天を仰ぐ。
(流石に無理がある……俺が知ってる歴史とこの世界の歴史や年表は違うんだぞ? 一年戦争以前の政治体制とか、知識が共有できるレベルの話ならまだしも……俺だってこっちの歴史や常識は未だに勉強中なんだっての……)
すると、マチュがふっと笑いながら、わざとらしく首を傾げた。
「あ~~~もしかして……リョウガって、あんまり頭よくなかったりする?」
「おいコラ」
即座に立ち上がって指を突きつけるリョウガ。
「俺はな。学生時代は成績は上から数えた方が早かったんだぞ!!数学と歴史は毎回満点だったんだからな!?」
「じゃあ大丈夫じゃん?」
マチュはにこっと、無邪気な笑顔で言う。
「えぇ……うーん…」
リョウガは頭をかきながら、目をそらす。
(やばい……このままだと押し切られそうな気がする……)
ーーーそして現在に至る。
「あなたの経歴……確かに資料としては整っていますね。民間教育支援事業所属、過去に連邦軍の教導課程に籍あり……」
「恐縮です」
(もちろんどれも偽造だ。難民区域で仲良くなった”知り合い”に作ってもらった、だから完璧な仕上がり……だと信じたい)
リョウガは背筋を伸ばし、礼儀正しい物腰で応対する。
“よそ行きモード全開”である。
「ですが――あなたのような方がなぜ、身元も明かさず、現在は登録住所もない状態でサイド6に?」
「……"諸事情"により、現在は…その…少々潜伏中の立場でして。政治的理由も絡むため、明言は差し控えますが……」
「なるほど。軍か外交絡みですね?」
「はは....恐れ入ります。」
タマキはあっさりと返す。
リョウガは内心冷や汗をかきつつ、苦笑で受け流すしかなかった。
(……やっぱりこの人、ただの“母親”じゃねぇ……外交局の目は伊達じゃねぇ……)
「では、私が知るべきなのは一つだけです」
「……なんでしょうか?」
「あなたが――“娘にとって危険な存在かどうか”ということです」
リョウガは息を飲んだ。
しかしすぐに、それまでの作り笑いを引っ込め、真面目な声で返す。
「おれ失礼.....私は……少なくとも彼女に危害を加える気も、利用する気もありません。彼女の優しさに、救われただけです」
それは、嘘のない言葉だった。
マチュが差し伸べてくれたあの手を、リョウガは本当にありがたく思っている。
タマキはしばし沈黙し、娘の姿を横目で見る。
マチュは緊張しながらも、リョウガの言葉に小さくうなずいていた。
「……いいでしょう。条件付きで、あなたの“家庭教師”としての受け入れを認めます」
「感謝いたします」
「ただし、今後あなたの情報が私の監査において重大な虚偽を含んでいた場合、その場で通報します。
それと、娘に何かあれば――これは外交関係ではなく“親”として対処します」
「ええ、それが一番怖いですね……」
リョウガは少しだけ苦笑した。
本気だった。あの人が本気で動いたら、このコロニーで逃げ場なんてない。
「それと、教科は歴史、それと数学と物理もお願いします」
「……えっ あっあの、いえ分かりましたはい」
マチュがくすくす笑い、タマキが小さくため息をつく。
こうして、サイド6外交局部長の監視付きという“非常に緊張感のある立場”ながらも、リョウガはマチュの家庭教師という“仮初の身分”を得ることになった。
もし彼のことを調べても何一つ経歴が出てこないからこの世界の住人から見れば不気味な存在であろうリョウガくん。
お前はデューク東郷か.......