これは、彼がまだ前の世界にいた頃の話である。
鋼鉄の防壁に囲まれた基地。その敷地の一角には、場違いにも純和風の道場が立っていた。
それは、ゲッターチームのリーダー、流竜馬の一声により作られた特別な修練場だった。畳張りの床に並ぶ木刀や防具、壁には古風な書が掲げられている。
道場中央。
荒い息を吐き出しながら、額に汗をにじませたリョウガが、ゼェゼェと片膝をついていた。その道着は汗でぐっしょり濡れ、幾度もの衝撃で所々破れかけている。
彼の前に立つのは流竜馬。
その道着の背中にある『竜』という一文字が、まるで生き物のように威圧感を放っていた。
リョウガは、その背中を見るだけで息が詰まりそうになる。
「おい、リョウガ」
低く、重い声。
顔を上げると、そこには竜馬の獰猛な笑みがあった。
鋭利な刃物のような視線。まるで猛獣が楽しげに獲物を追い詰めるような、純粋な闘争 本能の笑顔だった。
「……俺が直々に鍛えてやってるんだ。これでそこらの軍属やチンピラ如きに負けるようなことがあったらよ……」
ゆっくりと拳を握る竜馬。その骨と筋肉が軋み、ギリッと不気味な音を響かせる。
「俺がお前をぶっ殺すから、覚悟しろよ」
一切の冗談も、戯けた表情もない。
ただ、純粋な“殺気”だけがリョウガの背筋を貫いた。
(……ひ、ひぃん……)
リョウガは情けなくも無意識に一歩後ずさる。
だが、その動きを見逃す竜馬ではなかった。
「よし、休憩は終わりだ!もう一試合いくぞッ!!全力でこい!!!」
竜馬の怒号と共に、常人では視認さえ難しい速度で『殺人拳』が放たれた。
それは『空手』という一般的な武道の範疇を遥かに超え、文字通りの殺意を込めて放たれる攻撃だ。防御する術すら、当時のリョウガは持ち合わせていない。
「うおおおおおおおおおおっ!!!?」
彼は自分の持つニュータイプの勘と生存本能を総動員し、攻撃を紙一重で避ける。
だが、竜馬の拳風がリョウガの頬を切り裂き、小さな傷を刻んだ。
「おい!そんな避けてるだけじゃいつか死ぬぞ!撃ってこい、攻めろ!!」
その咆哮に鼓膜を震わせながら、リョウガは必死に応じる。
「無理ですって!!そんなの受けたら死にますって竜馬さん!!」
「死なねぇよッ!!骨折ぐらいで済むわ!!」
「無茶言わんでくださいよおおぉぉおっ!!?」
慌てふためきながらも、リョウガは闘争本能に駆り立てられるまま、自らも拳を振るった。
その拳を軽くいなし、楽しげに再び竜馬が拳を叩き込んでくる。
「もっとだ!もっと来い!!俺を倒す気でこなきゃ意味がねぇぞ!!」
竜馬の顔に笑みが浮かぶ。
それは決して嘲笑ではないし彼が憎いからしている訳ではない、『リョウガならついてこられる』という期待と信頼を込めた、荒々しい激励の表情だった。
(こんな修行……生きて終わるのか……!?)
リョウガの悲鳴にも似た内心の叫びは、しかし決して届かない。
ただ拳と拳がぶつかり合う衝撃音だけが、道場の壁を揺らしていた。
その地獄のような訓練の日々が、やがて後のリョウガの強さを作り上げる礎となることを、この時まだ彼自身も知らなかった。
道場に響き渡るリョウガの絶叫と竜馬の狂気じみた笑い声は、日暮れまで途絶えることなく続いたのだった。
(流竜馬のコメント)「地獄を見せる愛情もある」