迷い込んだ凶鳥   作:ゲット虚無

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そもそも女の子が普通にウロチョロしていい場所やないねんな


意識し始め

 

 夕日が沈みかけたコロニーの裏通り。街のざわめきが遠くに引いていく中、帰り道を急ぐマチュの足取りは軽かった。 制服姿の彼女は、両手で小さな紙袋を抱えていた。中身はリョウガに頼まれた参考書。重さはあれど、その一歩一歩はどこか弾んでいる。

 

(今日はあの参考書持ってったら、きっとびっくりするかなー♪)

 

 彼の呆れ顔を想像すると、思わず頬が緩む。 けれど、その平和な予感は、次の角を曲がった瞬間に裏切られた。

 

「よう、嬢ちゃん。どこ行くんだ?」

 

「へっ、ひとりかよ。ここら辺は危ないから俺らが案内してやろうか?」

 

 低く濁った声と共に、五人のチンピラが彼女を囲んでいた。制服姿の少女を前に、にやついた顔が並ぶ。

 

「やーちょっと……そこ通してくれません?」

 

 毅然とした声を返すマチュ。だが、その声に余裕はなかった。

 

 一人の男が手を伸ばし、彼女の手首を乱暴に掴んだ。

 

「いいからさ?こっちは親切に言ってやってるんだぜ?」

 

「いや別にいいし………痛っ……たいなぁ、このぉ!!!」

 

 瞬間、マチュの額が勢いよく男の顎にぶつかった。

 

「がッッ.....このアマ、優しくしてやってんのにつけ上がりやがって!?……」

 

 怒りのままに掴む手に力がこもる。 逃れようとするマチュだが、腕力では勝てない。 目の前の男の瞳からは理性が消えかけていた。

 

 一瞬、背筋を氷のような恐怖が這い上がる。

 

(あっ…これヤバいかも)

 

「おーい」

 

 まるで空気を割くように、その場に軽やかな声が届いた。

 

 振り返ると、黒髪の青年――リョウガが立っていた。 いつものように気怠げな笑みを浮かべていたが、その目は鋭く男たちを捉えている。

 

「やーやーちょっと失礼。……よいしょっと」

 

 平手をひらひらと見せながら近づくと、スッと絶妙な力加減で男の手を外す。マチュの腕を自分の背中へと引き寄せながら、彼は自然に笑顔を向けた。

 

「いやぁーごめんなさいね? この娘、俺のツレなのよ。“ほら行くよ、マチュ”」

 

「……リョウガ……」

 

 マチュはほっとしたように名前を呼び、彼の腕に縋るように近づいた。 だが――

 

「おいおい、そのまま行かせると思ってンのかよ?」

 

 先ほどのリーダー格の男が前に出る。 腫れ上がった顎には先ほどの一撃の名残。

 

「こっちはそのガキに頭突き喰らってンだよ。慰謝料ぐらいはもらわねぇとなぁ?」

 

 リョウガはちらりと横目でマチュを見た。彼女は唇を尖らせ、気まずそうに目を逸らす。

 

「だって、急に手引っ張ってきたんだよ。……あっちが悪いってば」

 

(……なるほど、手を出したのは向こうからとはいえ……これは拗れる)

 

 リョウガは頭をかき、状況を脳内で素早く分析する。

 

(この手の連中は下手に出たらつけ上がるタイプだし、金払っても満足なんかする訳がない。とはいえ、マチュの手前で手荒なことをするわけにもいかないよな。怖がらせたかないし)

 

 ふと視線を向けた先――遠くの通りで軍警の巡回車両が角を曲がる影が見えた。

 

「よっし……………あっ! あそこ!!?軍警のザクが巡回パトロールしてる!!!?」

 

「……なにっ!?」

 

「マジか!?」

 

「逃げろ逃げろ!!チクられたら終わりだ!!」

 

 男たちがざわめき、数人が後ろを振り返る。 その一瞬の隙を見逃さなかった。

 

「よいしょっと、舌噛むなよ?」

 

 リョウガはマチュをひょいと抱き上げ、お姫様抱っこの要領で走り出した。 彼の腕に支えられながら、マチュは驚きの声を上げた。

 

「えっ!?…………ちょ、リョウガ!?って足速っ!?」

 

「いいから黙ってろって!! スカートは抑えとけよ!」

 

 軽口を叩きながら、まるで“ジョギングの延長”のような余裕ある走り。

 

 背後から怒声が飛ぶ。

 

「テメどこにザクが……………あっ!? 待てやコラ!!!? テメェらも追え!!!」

 

チンピラ達は走るリョウガを追いかけるものの、その脚の早さに驚いていた。

 

(は!?何なんだ、あの野郎!!!速すぎんだろ!人間かよ!?)

 

「ちょっと追わせてどうすんの!?」

 

「そのうち勝手に疲れるさ!連中が体力に自信があるとも思えないし!!!」

 

 角を曲がる頃には、追っ手の足音も次第に遠のいていった。建物の隙間に挟まれた細い裏路地――人気はなく、夕焼けもすでに赤から深い藍へと変わりつつある。

 

 張り詰めていた空気がようやく緩むのを感じながら、リョウガはふぅ、と小さく息を吐いた。そして腕の中の少女をそっと抱え直し、丁寧に地面へ降ろす。

 

 マチュの足が地に着いた瞬間、ようやく彼女も安堵の息を漏らす。

 

「ごめーん、リョウガ助か……………あたっ」

 

 礼を言いかけたその瞬間。

 リョウガの指先が、不意にマチュの頭に刺さる。

 

 べしっ、と小さな音がした。

 強くはないが、注意と焦りを込めた、静かなカラテチョップ。

 

 マチュは思わず目をしばたたかせ、気まずそうに視線をそらす。

 

「おら、見たことか。言わんこっちゃない」

 

 リョウガの声は静かで、けれど明らかに真剣だった。

 その瞳に浮かぶ苛立ちは、怒りではなく――心底、心配していた者の色だった。

 

「君みたいな子がこんな時間にウロついてたら、ああなるって。……いつも俺、言ってたことだろ?……たまたま通りかかったから良かったものの……本気で焦ったんだからな?」

 

 言葉の最後は、ほんのわずかに震えていた。

 マチュは唇を結んだまま、小さく肩をすくめる。

 

「いっいや、まさか……出くわすなんて思わなくてさ。……いつもなら――」

 

「…………"アマテ"」

 

「う.....」

 

 低く、抑えられた声で名前を呼ばれた瞬間。

 マチュの体がぴくりと反応した。肩が跳ね、思わず顔を上げる。

 

 その目には、リョウガの真剣なまなざしがまっすぐに向けられていた。怒っている感じではない。でも、真面目だった。本当に心の底から、彼女を案じていた。

 

「…………ご、ごめん…………な、さい」

 

マチュは力なく目を伏せ、ぽつりとぎこちなく謝る。

それを聞いたリョウガは、ようやく肩の力を抜き、少し口元をほころばせた。

 

「……よろしい。何事もなくて良かったよホント」

 

 言いながら、彼の手がそっとマチュの頭に乗る。

大きくて温かい手が、くしゃっと髪を撫でた。

 

 ワシャワシャと、遠慮のない動き。

 それでもマチュは不思議と、嫌ではなかった。むしろ、少しだけ安心する。さっきまでの恐怖や緊張が、ふっと抜けていくのを感じた。

 

「今度から俺のとこに来るときは、必ずスマホで連絡してくれ。そしたら駅まで迎えにくらいなら行くからさ。……いいね?」

 

「……うん」

 

 マチュの返事は素直だった。彼に嫌われたくないという思いからなのか彼女を知る人物であれば驚くほどマチュは素直に答えた。

 

 それを聞いたリョウガは、ほっとする。

 

(…………誰かを叱るなんて慣れないことやるから不安だったけど分かってくれたか……………この年頃ほど叱られたり怒られるなんてまず嫌に決まってるだろうからなぁ、俺もそんな経験あるし)

 

 ふとリョウガはマチュの右手を取った。

 

「捕まれてた方の手……痛むか?」

 

 不意に優しく問われたことに、マチュの目が見開かれる。

 けれどすぐに、彼女は小さく首を振った。

 

「う、うん……大丈夫。なんともないよ」

 

 リョウガの表情がようやく緩む。

 そのまなざしは、明らかに安心と温もりを滲ませていた。

 

「……そっか。なら良かった」

 

 マチュはその声に、心のどこかがほっとする。

 けれど、それを表に出さず、照れ隠しのように紙袋をゴソゴソと漁った。

 

「……あっ、こっこれ……」

 

 差し出されたのは、リョウガが以前「欲しい」と言っていた参考書。

 

「探してたやつ。……見つけたんだ」

 

「おっ、マジでか」

 

 リョウガが受け取りながら目を細めると、マチュは小さく得意げに頷いた。

 

「うん。少しは……勉強になるかなぁって思って」

 

「そっか、よし。んじゃあ――マチュん家で勉強しようか?」

 

 唐突に言われて、マチュは一瞬固まる。

 

「え"っ……!? でも、きょっ今日って……その日じゃないでしょ……?」

 

 あたふたと動揺するマチュを見て、リョウガは肩をすくめて笑う。

 

「なんだよ~~プライベートで教えるって言ってんだよ。参考書もあることだしな?」

 

「えぇ~~~~~?」

 

 顔をしかめて紙袋をぎゅっと抱きしめるマチュ。

 

 リョウガはそんな彼女の頭を軽く撫でる。

 

「ほらウダウダ言わないの」

 

 そう言って笑った彼の声に、ようやくさっきまでの張りつめた空気がほどけていく。

 

 夕暮れに包まれた裏道の片隅。

 そこには確かに、誰かを想って生まれる優しい風が吹いていた。

 

△△△△△

 

 玄関のオートロックが開き、マチュとリョウガが並んで入る。

 

 一日の終わりを告げるような静けさが、家の中には満ちていた。

 

「ただいまぁ……」

 

「お邪魔しまーす、ってのもなんかもう慣れてきたけどな」

 

 マチュの声はどこか気まずげで、リョウガは冗談を交えながら靴を脱ぐ。

 その空気の端に、確かな“気配”があった。

 

「……おかえりなさい、アマテ。リョウガさんも」

 

 リビングの奥、ソファに座っていたのはマチュの母・タマキ・ユズリハ。

 いつも通りの端整なスーツ姿。片手にはタブレット、だが画面には目を落としていない。

 

 マチュは一瞬、体を強張らせる。

 

「あーちょ、ちょっと遅くなっただけだよ。別に迷子になったとか、変なことに巻き込まれたとか、そんなんじゃないから」

 

(めっちゃ言い訳っぽいな……)

 

 リョウガが横目でチラリと彼女を見る。

 対してタマキは、ため息一つつかずに穏やかに言った。

 

「ええ。そう、だったらいいんだけど」

 

 言葉は柔らかい。だが、その視線は一切の虚偽を許さない。

 

 リョウガは、静かに一礼した。

 

「どうも。……少し俺の所に来る道中の道端で声をかけられたようだったので、迎えに行きました。危険は避けたつもりです」

 

 タマキは何も言わない。ただ、数秒間リョウガの顔をじっと見つめた。まるで、その背後の出来事すべてを読み取っているかのように。

 

 そして、静かに視線を戻し、タブレットを閉じた。

 

「アマテ、制服を脱いで顔を洗ってきなさい。それから、二人とも夕食はどうしますか?」

 

「すみません…………頂きます」

 

「……えっ……う、うん。私……ちょっとシャワーも浴びてくる……」

 

 マチュは小走りで自室に向かう。その背中に、「何も言われなかった」安堵と、「何も言われなかった」不安が入り混じっていた。

 

 リビングに残されたリョウガは、短く息を吐いた。

 

「……何も言わないんですね」

 

「言う必要がないと思っただけです。私は、娘の選択にあまり口を挟みたいとは思っていません。ただし――」

 

 視線がこちらを向いた。

 

「ーーあの子がもし道に迷ったり危険な目には合ったりした時は助けてあげて。本当ならこれは親としての私の役目なんでしょうけど……」

 

「……大丈夫です。分かってますから………タマキさんがあの子をすごく大事にしてるってことは」

 

 その言葉にタマキは彼に微笑んだ。彼になら娘は任せてもいいのかもしれないと。

 

 

 リョウガは知ってか知らずか親の公認を受けた。

 

△△△△△

 

 シャワーの音が静かなリズムを刻む中、マチュは洗い流す水の温度とともに、夕方の出来事を反芻していた。

 

(……なんで、こんなにドキドキしてるんだろ)

 

 目を閉じれば、リョウガが腕の中に自分を抱えた感触が蘇る。

 ひょいと持ち上げられたときの、あの安定感と、耳元で聞こえた少しだけ焦った声。

 助けに来てくれたことに、とても安心した。

 

(まさか助けに来てくれるなんて思わなかったし……)

 

 心の奥がじわりと温かくなる。

 同時に、リョウガに名前を呼ばれた時の、あの低く真剣な声音が胸を締めつけた。

 

『…………"アマテ"』

 

 ごしごしと顔を洗う手が止まらない。

 顔の熱さが、シャワーのお湯のせいなのか、自分のせいなのか分からなかった。

 

△△△△△△

 

「さーて、ユズリハさん。今日も張り切ってやってもらおうか?」

 

 リョウガが自分の分のノートを広げ、軽口を叩く。

 その調子はいつも通り。だが、マチュの方は、どこかそわそわと落ち着かない。

 

「……ちょっと、なんかテンション高くない?」

 

「だって“マチュが持ってきてくれた参考書”だろ?使わなきゃ意味ないじゃない?」

 

「……そりゃ、そうだけどさ……」

 

 マチュは椅子に座るも、姿勢が定まらず、髪をかき上げたり、ペンを弄ったりを繰り返す。

 

ふと、リョウガが顔を覗き込む。

 

「 どうした、なんか顔赤いぞ?湯あたりでもしたか?」

 

「っ!してないっ!」

 

 マチュは慌てて顔を背ける。

 リョウガは「そうか?ならいいけどよ」とあっさり受け流し、またノートに視線を戻す。

 

(もう何なの……リョウガのやつ)

 

 気が抜けると同時に、マチュは少しだけ胸を撫で下ろす。

 けれど同時に、また別の熱がじんわりと頬に戻ってくる。

 

(……ほんと、何なんだろ私。なんで、あんなに嬉しかったんだろ)

 

ノートに書かれた文字が、どこかぼやけて見えた。

 

△△△△

 

 コロニーの夜は静かで、窓の外には遠く人工の星々が瞬いていた。

 リビングの一角、ダイニングテーブルの上には開かれた参考書とノートが並び、2人分の椅子が並んでいる。

 

「ほら………ここの計算、まーた引っかかってんぞ?」

 

 リョウガが何気なく手元のノートに視線を走らせながら、マチュの方へ手を伸ばした。

 不意に、その手がマチュの指先に触れる。

 

「……っ!」

 

 ピクリと肩を震わせたマチュは、反射的に手を引っ込めた。心臓の音が跳ね上がる。

 それに気づいた様子もなく、リョウガはあっけらかんと言った。

 

「ああ、悪い。これマチュのだったな」

 

「……っう、うん……そう……だね……」

 

 なぜか目を逸らして答えるマチュ。耳まで赤い。

 

(も、もう……なんでそんな平然と……)

 

 まるで何でもない出来事のように振る舞うリョウガに、マチュは内心ジタバタと焦っていた。

 

(こっちはめちゃくちゃ動揺してるってのに……!)

 

 

 その数分後 。

 

 トントン、と控えめなノック音と共に、扉の奥からタマキ・ユズリハが現れた。

いつものスーツ姿のまま、手には二つのマグカップ。湯気の香りはカモミールティーだった。

 

「少し、休憩を。リョウガ"くん"もどうぞ」

 

「あ、すいません。ありがとうございます。いただきますね」

 

 マチュも礼を言いながら受け取るが、母の視線がすっとリョウガの方へ移った瞬間、どこか空気が変わった。

 

 タマキはマチュの目を盗んで、ほんのわずかにリョウガへ身を寄せる。

 

 その声は柔らかく、しかし明確に意図を含んでいた。

 

「リョウガくん。……貴方はあの子よりも“三つ”年上だから、分かってることでしょうけど──」

 

 その一拍の“溜め”に、リョウガは微かに背筋を伸ばした。

 

「あの子が貴方と同じ歳になるまでは……極力ふしだらな事はしないように、ね?」

 

「――は、はい!? いや、えっ、あっ、はぁ!!!?」

 

 言葉を選ぶ間もなく、反射的にリョウガが声を上げる。

 

「ウフフフ、冗談よ」

 

 タマキは涼しい顔で微笑み、すっと踵を返して台所へと戻っていった。

 

(じょっ冗談、か……!?いや!?何?何なの?)

 

 リョウガはカップを片手に、固まったまま視線を虚空に泳がせた。

 

 横で様子を見ていたマチュは、「何話してたの?」と首を傾げてくるが、リョウガは「…いや、なんでもない」とだけ返した。

 

 だが、耳まで赤くなっているその様子に、マチュは怪訝な顔を浮かべたまま、再びノートに向き直った。

 




恐らくマチュって17歳くらいですよね?
今のお話の自系列は物語が始まる一年前くらいなので16歳の設定にしています。

なので
マチュ、16歳
リョウガ、19歳.....とまぁ結構危ないっすねクォレハ
こっちですよジェイデッカー。
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