ロビンの休日   作:翠川花子

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休日の理不尽

「それで、どうして傭兵になったの?」

 

 そう問うてきたロビンさんに対して、俺は肩を竦める。

 場所は夢境。人がいないわけではないけれど、盛況と言うわけでもない外れた場所。

 

 階段に座ったロビンさんは、横に座れと言わんばかりにぽんぽんと手のひらで隣を叩いていたが、流石にそこまで距離を詰めるわけにはいかない。お互いの立場的に。

 ロビンさんよりも上の段に座った。

 不満げな視線から逃げるように空を見上げる。

 夢境の空には慣れない。空と言う感じがしないし、俺には眩しすぎる。

 

「どうしても何も……他に生きる方法がなかったから、かな」

 

 紛争が絶えない星に生まれて、物心ついた時には両親はおらず既に訓練をしていた。生まれつき戦闘の才能が有ったから命が助かり、それを使えと言われた以上は使うほかに選択肢がなかった。

 

「大人になっていくにつれて、抜け出せる可能性があることにも気が付いたけれど……」

 

 既に何年も戦った後。仲間もいて、自分だけ逃げるなんてことは出来なかったのだ。戦いは生きるための条件だったはずなのに、気が付けば生活の手段になって──つまりは傭兵となって戦場を渡り歩いた。ただ、金のために命を危険に晒し、命を奪う。

 

「じゃあ、どうして今はここにいるの?」

 

 そういうロビンさんは、どうしてだか映像データで何度も見たものと比べて、ずっと穏やかな表情をしていた。慈しむような、嬉しそうなような。

 

「それはまあ、いろいろあってね」

 

 もしかしたら、彼女も俺のことを覚えているのかもしれない。あの紛争地で出会った時のこと。

 

 ほんの少しの交流であった。俺の立場からしたらロビンは特別な一人で、ロビンの立場からしたら俺はありふれた複数のうちの一人でしかなかったはず。覚えていない可能性の方が高いはずだけど。

 

 偽善者となじる仲間もいれば、皮肉たっぷりに平和なところからよく来たねと笑う奴もいた。

 俺は素直に尊敬したし、彼女の歌に心を激しく動かされた。

 

 カスビリンアート―Ⅷでの出来事だ。

 

 偶然にも俺はそこでロビンさんと会話する機会に恵まれて、こんな人がいるのかと感動してしまった。厭世観が吹き飛んだ。もう命のやり取りはしたくないと思ったし、彼女が心を痛めるような行動を取りたくないとも考えた。彼女の歌を聞いただけで。

 

 最後の一押しは、彼女が流れ弾に倒れた時か。

 まさか本当に前線付近に来るなんて夢にも思っていなかった。

 

 その時も俺は必死に戦って、生き延びたことを仲間と喜び、死んだ仲間を悼み。ただ立場が違っただけの敵を心の中で蔑んだ。

 ロビンが流れ弾に倒れたと聞いて、俺はどうしようもないほどに動揺して。

 

「……個人情報だから言えないかな」

「……ふふ、残念。記者になったってことは、いろいろインタビューするのが仕事なのでしょう?」

「人選ミスだと思うだろ?」

 

 傭兵をやめて何とか仕事を見つけたが、まさかの記者だ。最初は戦争や紛争の悲惨さを伝えたいと思っていたのだが、やりたいやりたくないで割り当ててくれはしなかった。紛争地に行きたがる記者なんていないだろうに、要望を聞いてくれても良かったのではないか。

 ともあれ、結果としてロビンさんとまた会えたのならラッキーと喜んでもいいのかもしれない。

 

「そんなことないわ。ほら、こうしていろいろなお話が出来ているでしょう?」

「俺のインタビューじゃなくて、あんたのことを聞かなきゃいけないんだ」

 

 まあ、インタビューは明日。

 今日は休日。

 

「はい! お仕事の話は終わりにして、せっかくの休日なのだからもっとちゃんと夢境を案内するわ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 お忍びデートという単語が頭をよぎったが、すぐに払いのけた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

       

数システム時間前

 

 

 記者として働きだしてまだほとんど時間が経っていない。にもかかわらず、あの歌姫ロビンのインタビューを任されるなんて、久しく感じていなかった緊張に身体が震えた。

 

 記者なんて似合わないとも言われたし、お前ならいけるとも言われた。個人的には記者の仕事に、紛争地に行くのでなければ傭兵の経験は役立たないと思っていたのだが。

 案外胆力であったり、物怖じしない性格であったり。多くの人と関わってきた経験から、相手に見せるべき態度も使い分けられて。意外と活かせる点は多かった。

 

「でも、今回は流石に……」

 

 ロビン。

 俺が傭兵をやめた理由であり、憧れの人でもある。

 

「緊張とかいう次元じゃ済まないな」

 

 ちゃんとインタビューが出来るかすら怪しい。聞いた話だと、そもそも取材のアポイントメントを取るのも簡単じゃないらしいが。優良なところでなければ取り合ってもらえない筈なのに、どうしてうちみたいな怪しいところが取材できるようになったのだろう。

 

「……いやいや……確かにうちはものすごくブラックだし、なぜか傭兵上がりの俺が一番知性も教養も品性もあるやばい会社だからって、まさかそんな……」

 

 言いながらだんだん不安になってきた。

 俺をピノコニーに派遣しておいて、まさか行き当たりばったりにアポからとれなんてそんな馬鹿な。

 

 

 

「は? 取材許可もお前がやるに決まってんだろ。ちゃんと良いネタ取って来いよ。出来なきゃクビだ!!」

「く──すっぁ…………ふぅ……あい。わかりましたぁ(死ねやクソボケ)

 

 念のため連絡してみた結果がこれだ。

 馬鹿じゃん。

 無理じゃん。

 クビじゃん。

 

「……うん。夢境楽しむぞー」

 

 

 

 

 いい大学も出てなければ、ちょっと探れば元傭兵であることもバレてしまう。そんな俺がまともな所で働けるはずがなかった。当然、俺の勤めているところもなんだか怪しい会社だ。

 

 ロビンへのインタビューなんて緊張する、なんて思えてたのは今は昔。

 やるだけのことはやってみるが、恐らく無理だろう。流石にクビにはならないと思いたいけれど。

 

 

 

「あっ♡ もしもしぃ、突然のお電話もうしわけありません。わたくしアメトーと申します」

 一応アポ取れるかやってみよう、と事務所の方へ連絡してみる。

 

「はい……ご用件は?」

「あ、ロビンさんにインタビューを……」

「インタビューですね。まず、個人の場合は受け付けておりません。団体名、あるいは企業名をお聞かせいただけますか? 審査がございます。そのうえで、えっと、そうですね。インタビューが出来るのは……」

「あっ、その、明日とかできますか?」

「は? あ、失礼。その、申し訳ありません。先ほども申し上げた通り、審査がございますので。インタビューまでお時間は頂いております。失礼ながらあなたは……?」

 

 ……イチかバチかで俺の勤めている会社の名前を言ってみたところ、電話が切られた。

 

「……まあ、うん」

 

 たぶんブラックリストに入ってそうだな。普通の方法でインタビューは無理だ。

 とはいえ普通じゃない方法を取るわけにもいかないし。どうしようもないかも……

 

 

 

 

 夢境はいい所だな。

 活気があって、皆楽しそうだ。暗い顔で俯いているのは飲み過ぎた奴と俺くらいなものだ。

 

「あの。大丈夫?」

 

 と、可愛らしい声。透明で不快感がなく、よく通る声。

 これを聞いてまずは指揮官や扇動者に向いていると思うあたり、流石の俺も参っているらしい。

 

「いや、まあ……いろいろあって」

 

 一応もうこれ以上関わらないで欲しいと言う感情をこめて言ったのだが、伝わらなかったらしい。いや、もしかしたら伝わったうえで、それでも心配してくれているのか。

 声をかけて来た女性は傍に立ったまま動こうとしなかった。

 

 こういうタイプは折れない。こちらが折れて話してしまった方が楽だろう。

 

「あの。俺はここにロビンさんのインタビューをするために来たんです」

「ロビンの……?」

「うちの企業はちょっと、まあ、控えめに言ってまともな所じゃないんですよ。俺は一昨日出張先の星系から戻ってきたばかりなのに、ロビンのインタビューしにピノコニーに行けって言われて。正直ロビンさんに会えるの嬉しいし、舞い上がっちゃって、ピノコニーに着くまで気づかなかった俺にも落ち度は……いやないよ。アポ取らずに突撃させたクソ上司が悪いだろ……そのうえでまあ、そうだな。なにに落ち込んでるんだろう」

「えっと……大変なのね」

 

 ……思わず愚痴を全部ぶつけてしまったが、結果として俺もよく分からなくなった。

 うちの上司が駄目なのは前からわかっていることだし、理不尽な目にあったのも初めてじゃない。それでこんなに落ち込んでるのは……

 螺旋のように様々な考えが絡まって、渦巻きに飲まれたみたいに思考の底へ入り。たどり着くのは原始的な感情。きっと、好きとか言う、子供みたいなもの。

 

「あ、なるほど。ロビンさんに会えると思ってたのに会えなくなったからか」

 

 やっぱり、俺はロビンさんとのインタビューに緊張する以上に、喜んでいたのだ。

 もう一度会えたのならお礼が言えるかもしれない。謝罪が出来るかもしれない。あの時は助かって本当に安心したと、笑いあえるかもしれない。そんな期待があったから。

 

「あら? それが原因で落ち込んでいるのなら、私が解決できるわ」

「はあ……解決?」

 

 顔を上げてみると、分厚いコートにマスク、それからサングラスをかけている女性。と言うか、髪型と髪色。羽にヘイロー。見れば雰囲気とオーラもあって、今更ながら声もそうだ。

 

 こちらが気が付いても、なお焦らすように。

 ゆっくりとマスクを取って、俺に微笑んで見せた。それから慌ててサングラスを取り。

 

「今日は休日だったから、でも、これで少しは元気が出るかしら?」

 

 




 続きますが、そのうちです。
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